「光のことば 闇のことば」(17)からの続き

 

哲学に関して言えば、すでに現代の生物学の成果がこの学問分野に与えた影響は、かなりのものではないでしょうか。ブレイン・サイエンスの成果は哲学が扱う世界観・人間観にさらに大きな影響を与えると思います。文学について言えば、すぐれた詩が人間を感動させるとき、人間の脳の中で、それに対応する物質現象が起きている。それが解明されれば、どうすれば人間を感動させられるかがもっとよくわかる。どういう詩、どういうストーリーがなぜより人を感動させるのかといったことがわかってくる。(利根川進)

 

  先日お亡くなりになったノーベル賞受賞者の利根川氏による37,8年前の発言であるが、哲学に関して言えばデカルト以来の近代哲学の課題である認識の問題は現代では脳科学や認知科学といった実証的な科学によっても研究されていると言われており、この分野の現在地がどの辺りにあるのかについては興味深いものがある。一方、文学に関する利根川氏の発言についてはどうだろうか?人が感動するとき人間の脳内で生じる物質現象が解明されれば「どうすれば人間を感動させられるかがもっとよくわかる」と仰っているが、同じ文学作品を読んでも感動する人もいればそうでない人もいるという事実を考えれば、一概にそのように断定することは不可能だと思われる。もちろん利根川氏はその程度のことは十分承知の上で発言されてはいるのだが、結局のところ最終的な結論としては個々の人間の性格や知能などは遺伝子によって決まっているのであり、その範囲内で私が上で疑問として述べたようなことが偶然性として働くことはあるとされるのである。そうなると、生命体の基本はDNAという物質なのであって、我々はすべてDNAが身にまとっている姿に過ぎないということにもなるであろうが、文系脳の私としては科学はある程度のことは解明できるとしても生命体にはそれを越える神秘的な部分が存在すると考えるほうが「健全」(笑)なのではないかと思うのである。科学や技術の暴走を防ぐためにも。