2025年に読んだ本・ベスト10の後半になるが、前回の第1~5位に引き続き、第6~10位は以下のようである。
6. 刈谷剛彦『日本人の思考』(ちくま新書)
教育社会学者としての著者の立場から日本人の思考の傾向について述べた書物であるが、副題の「ニッポンの大学教育から習性を読みとく」とあるように、扱われているのは日本の大学教育が翻訳語を通じて行われてきたことと日本人の思考形成の関係である。
著者はまず日本の大学の大衆化に言及し、「大衆」という言葉は西洋語のMassesやmassの翻訳語として1920年代に発明されたものだが、包括的で曖昧な言葉として流通したと述べる。著者によれば、日本の大学教育はこのような翻訳語によって組み立てられた言葉で行われてきたが、それは日本の大学の大衆化の動因であるとともにその結果でもあった。ところが、ほとんどの場合、翻訳語は原語がもつ意味や文脈からズレており、そのズレを意識しないまま行われている大学教育は演繹型と言われる思考の習性を生み出し、それを普及させることによって日本の現状に即した帰納的思考の発展を妨げた。著者はこのような問題を指摘した上で英語のclassの翻訳語としてその言葉の意味や文脈を含意する「階級」という言葉とともに曖昧な意味で使われる「階層」という言葉をも当てられることによって階級概念を欠いた格差社会論などが広まることになったと述べる。
本書は以上のような主張を展開すると同時にテーマを追求するプロセスを「メイキング・オブ」としてステップ・バイ・ステップで紹介しているので、若い研究者にとっても研究の手順を見るのに役立つものと思われる。
7. J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』(光文社未来ライブラリー 関根光宏・山田文訳)
これは2025年8月23日に当ブログで書評を書いた本である。J.D.ヴァンスについてはいろいろな見方があるだろうが、現在のトランプ政権を支える重要なブレインの一人であり、彼がどのような出自を持ち、それが彼の思想形成にどのような影響を及ぼしているかを見るのに役立つ一書であると思われる。なお、トランプ政権のあり方を考えるという点においては今年発刊された井上弘貴『アメリカの新右翼』(新潮選書)と石田健『カウンター・エリート』(文春新書)が興味深い書物であった。
8. トーマス・セドラチェク『善と悪の経済学』(東洋経済新報社 村井章子訳)
少し前のことになるが、私の学生時代からの友人で長年ある大学で経済学を教えていた人物と話をしていたときにこの本のタイトルを口にしたところ、即座に「経済学に善も悪も関係ないよ」という答えが返ってきた。まさにこういった返答の背後にある現在の主流派経済学のアプローチに異を唱えているのが本書で語られている内容である。主流派経済学のアプローチの根底には自己の効用を最大化することだけを意図して合理的な行動を選択する人間像(ホモ・エコノミクス)という仮定があり、従来からそういった恣意的な仮定から出発して数学的手法を用いてその仮定の中に既に含まれている結論に到達することにどれほどの現実性があるのかという批判があったのだが、本書は一見するとおよそ経済学を論じている書物とは思えない第1章~第4章の目次(第1章「ギルガメッシュ叙事詩」、第2章「旧約聖書」、第3章「古代ギリシャ」、第4章「キリスト教」)を見ても分かるように、経済学を論じるには善悪、つまり倫理の問題を抜きにしては語れないと主張する点に特徴がある。
9. 島倉原『MMT講義ノート』(白水社)
MMTとはModern Monetary Theory「現代貨幣理論」の略で、本書はそのMMTについての解説書である。類書もいろいろ発刊されているが、MMTの理論とその政策を丁寧にわかりやすく、かといってレベルを落とすことなく解説している点で本書は非常に優れた書物である。現在、新聞やテレビを見ると「積極財政か緊縮財政か」という話題をよく目にするが、そもそもこの問題は究極的には「貨幣とは何か」ということに発している。この点に関して経済学には二つの考え方がある。つまり、貨幣とは物々交換の媒介物であるとする「商品貨幣論」と貨幣とは信用、つまり負債であるとする「信用貨幣論」である。MMTは後者の考え方に基づく理論であるが、そこから出てくる結論をひと言で言うと「税金は財源ではなく、国債は資金調達手段ではない」ということである。これは逆に言うと、税金は財政出動において発行した通貨を(特に好況期に)回収する手段であり、国債は中央銀行による短期金利の調整手段であるということになる。本書はこのようなMMTの理論を丁寧に解説するとともに、それに基づく経済政策をも提案しており、その考え方に賛成するにせよ、「MMTはトンデモ理論だ」と批判するにせよ、一読の価値のある書物である。
10. 伏尾美紀『百年の時効』(幻冬舎)
これは2025年9月5日に当ブログで書評を書いた本である。




