監督:ジェームズ・ヴァンダービルト

キャスト

 ケイト・ブランシェット(メアリー・メイプス)

 ロバート・レッドフォード (ダン・ラザー)

 デニス・クエイド(ロジャー・チャールズ中佐)

 エリザベス・モス(ルーシー・スコット)

 トファー・グレイス(マイク・スミス)

 

映画「ニュースの真相」は2004年のアメリカ大統領選の最中にCBSのスタッフが犯した「ラザーゲート事件」を扱った映画だ。したがって,実話に基づいた話であり,また当事者であったメアリー・メイプスの自伝を元に作成された映画なので,これをどの観点から見るかによって映画に対する評価も大きく変わってくるのではないだろうか。この映画は再鑑賞なのだが,再鑑賞した理由は近年我が国でもいろいろと問題になるメディアの報道の姿勢についてこの映画は一つの重要な視点を提供していると思われるからである。

 

(ほぼ完全なネタバレです。閲覧にはご注意を)

 再選を目指すジョージ・W・ブッシュ(共和党)とジョン・ケリー(民主党)の争いになった2004年のアメリカ大統領選挙。アメリカ最大手放送局CBSの看板番組「60ミニッツ」のスタッフがブッシュ大統領に軍歴詐称があるのではないかという疑いを持つ。具体的には,1968年,ブッシュがベトナム戦争への従軍を逃れるためにコネを利用して不正にテキサス州の空軍州兵に入隊したのではないかということと,その後の勤務実態にも疑わしい点があるということだ。「60ミニッツ」はダン・ラザーがアンカーマンを務める人気番組なのだが,プロデユーサーのメアリー・メイプスを中心として,ベトナム帰還兵のロジャー・チャールズ中佐,大学教授のルーシー・スコット,ウェッブ版ピープル誌の遊軍記者マイク・スミスの4人でチームが組まれ,ブッシュの軍歴詐称の証拠固めを始める。彼らは,リンダ・スターが運営する反ブッシュのサイトから,情報源としてビル・バーケットを探し当て,ブッシュが無許可離隊をしたことやブッシュが飛行停止処分になったことを記した文書のコピーを手に入れる。その文書にはブッシュの評価者として,すでに故人になっている「キリアン」の署名がある。ビルはその文書の入手先は言えないとしながら,結局,それはジョージ・コンであると話す。彼らは4人の文書鑑定専門家に依頼して,その文書が偽造ではないことをほぼ確信する。さらに,彼らは,バーンズがブッシュをコネで入隊させたと話している動画を入手し,バーンズの証言を取り付けるとともに,文書の内容を裏付ける人物として,キリアンの上司であったホッジス将軍に文書の内容を事実だと認めさせるのである。このような経緯を経て「60ミニッツ」はブッシュの軍歴詐称という大スクープを報道する。この報道は全米を震撼させるが,その数時間後,保守派のサイトから,キリアン文書にはタイプライターを使用していた1970年代にはなかった肩文字が使用されており,したがって,それはワードで作成された文書であることを示すものであって,キリアン文書は偽造されたものであるという指摘がなされ,ブッシュの軍歴詐称疑惑報道は思わぬ方向へと展開していくのである。

 映画はこの後,メアリーたちが必死になって当時の公文書から肩文字のthを見つけ出して反論するが,証言者たちが次々に自分の証言を翻すことによってCBSと「60ミニッツ」が追い詰められていく過程を描き出す。そして,CBSも会社を守るために独立調査委員会に依頼して番組の制作過程を調査する。メアリーに対する調査委員会の査問のシーンは見応えもあるが,結局,ダン・ラザーは「60ミニッツ」のアンカーを降板し,メアリーは解雇され,その他報道に関わった人間は全員CBSを去るのである。

 

 この映画はどのように評価すればよいのだろうか。たしかに,映画の後半は,メアリーやダンがジャーナリストとしての矜恃を失うことなく大バッシングの嵐や保身に走るCBSに立ち向かっていく様子やメアリーを励まし支えてくれる夫の姿,さらにはメアリーの父親との確執などにも触れており,それがケイト・ブランシェットの相変わらず安定した演技と相俟って感動的な仕上がりになってはいる。この作品がメアリー・メイプスの自伝に基づいているということを考えるならば,制作意図はおそらく独立調査委員会におけるメアリーの次のようなセリフにあるのだろう。

「異常なほど騒いで,すべてが終わったときには主旨が何だったかを思い出せない。」つまり,自分たちは過ちを犯したが,それによってブッシュの軍歴詐称疑惑がなくなったわけではないのだということである。たしかにその通りなのかもしれない。実際,独立調査委員会の席上でメアリーが言ったように,これは用意周到に仕組まれたワナだった可能性も捨て去ることはできないだろう。全ては「藪の中」なのだ。しかし,どこかに違和感が残るのだ。それは,映画のテーマが彼らは若干の過ちを犯したが,ジャーナリストとしての奮闘振りは称えられるべきであるという点に流れすぎている点にあるように思われるからである。ダンが「60ミニッツ」の最後の回の終わりに言った言葉 "courage"は,その点でうまい演出で思わずホロッとさせられるシーンではあるが…。

 

 報道に携わる人たちにとってこの映画が「事実上」投げかけている問題は,自分たちが報道する記事は100パーセント裏取りがなされていない限り報道するべきではないということなのか,それとも若干の曖昧な部分はあるにしても報道するべきことは存在するのではないかということである。つまり,報道のあり方を巡る問題である。その観点からこの映画を検証してみたい。

 まず,前半のブッシュの軍歴詐称疑惑を追及するプロセスであるが,やはり,メアリーたちの詰めは甘いと言われても仕方がないであろう。キリアン文書を鑑定した4人の専門家の中でエミリーは肩文字の存在を指摘していたにもかかわらず,メアリーは自分たちにとって有利な鑑定をしたマトリーの指摘をまったく疑うことをしなかったし,放送局の事情によるものであるとは言え,非常に短期間のうちに見切り発車的に(と,私には見えた)ゴーサインを出してしまった。そこには,ブッシュ大統領の軍歴詐称を報道すべきであるというジャーナリストとしての矜恃と同時にスクープをものにしたいというジャーナリストとしての野心も感じられるのである。もちろん,企業の報道姿勢が問われるべきであることは言うまでもないが,あまりにも軽率な姿勢であるということは否めないのである。この事件の結果がその後の報道姿勢に対してある種の萎縮効果を持ったのかどうかは定かではないが,もしそうだとすればその罪は大きいと言わなければならないだろう。

 映画としてはかなり上質な作品であることに変わりはないが,同時に非常に難しい問題を残した作品であることも確かである。もっとも,最近ではジャニーズの性加害問題や統一教会の問題など,海外メディアによる報道や首相が暗殺されるというショッキングな出来事を通じてしか重要な問題が報道されることがない我が国のメディアが「60ミニッツ」のレベルに達していないことは言うまでもないが…。

 

(「Yahoo!ブログ」に掲載したレビューに大幅に加筆修正しました。)