私はTVや新聞で政治家・小池百合子の言動を見るたびに「なぜこの人は政治家になったのだろう?」という疑問を抱いていたのだが,ノンフィクションライター石井妙子の筆はその疑問に対する明快な答えを与えてくれた。

 

 「彼女には国家観や理念はなかった。」(p.193)

 「人との縁を『人脈』とみる。彼女にとって他人とは何なのか。」(p.141)

 「トップとつながる。あるいはそのように見せる。一番強い者と親しくなり,虎の威を借りタテ社会の論理を突き崩す。」(p.273)

 

 小池百合子は「政治にはそれほど関心がないが,政治家であることには人一倍執念を燃やす人物」なのだった。そして,その根底には強烈な劣等感とそれを「バネ」にした権力への飽くなき願望が存在したのだ。

 

 小池百合子を今日の小池百合子たらしめた武器の一つは,勝負を賭けるときの度胸のよさだ。たとえば,2016年7月,小池は自民党と対立して党を飛び出し,衆議院議員を辞職して都知事選に出馬した。自民党が対立候補として公認したのが元岩手県知事の増田寛也であり,自民党本部での決起集会において当時の都連会長であった石原伸晃が来賓として招いたのが父親の慎太郎である。慎太郎の挨拶は次の言葉で始まる。「大年増の厚化粧がいるんだよ。これが困ったもんでね。俺の息子も苦労しているんだ。…厚化粧の女にまかせるわけになんかいかない。」(p.317) いかにも石原慎太郎らしい物言いだが,彼は激しい批判に晒される。記者たちは感想を聞こうと小池のもとに殺到する。そして,小池はここぞとばかり勝負に出る。彼女はそれまで語ってこなかった,というより秘密にしてきた「過酷な運命」(p.318)を告白する。石井妙子は書いている。「彼女はこの瞬間に都知事になった。」(p.319) これを「乾坤一擲」といってよいのかどうか,私にはわからないが,勝負所を見極め,そこに自分を賭ける度胸はある意味「見事」と思わざるをえない。その一方で,本書を通じて浮かび上がる小池百合子像は政策立案・実行能力における弱点を抱えた政治家であり,度胸のよさに加えて卓越した自己演出能力,利用価値のある人間とそうでない人間とを峻別する冷淡さによってその弱点をカバーすることで権力の階段を一歩一歩上ってきた政治家像である。その意味では,昨年からの感染症の蔓延という危機的状況は政治家・小池百合子にとって大きな試練であり,今のところ彼女はその危機管理能力の限界を露呈しているように思われる。ひょっとしたらコロナは彼女にとって「つまずきの石」になるのではないだろうか。