村上春樹は『風の歌を聴け』で,1979年の群像新人文学賞を受賞。同年上半期の芥川賞の候補作になるが,受賞を逃す。村上は1980年上半期の芥川賞の選考においても,『1973年のピンボール』で候補作になるが,再度受賞を逃す。

 

 

 村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』を読んだのは30数年前のことであるが,この小説が私にとっていかに魅力的に思えたか(衝撃的であったと言ってもよい)ということを,私は今でもはっきりと覚えている。私はこの一作だけで村上春樹のファンになり,以後,村上の作品が出るたびごとにそれを読み続けた。『1973年のピンボール』,『羊をめぐる冒険』,『中国行きのスロウ・ボート』,『蛍・納屋を焼く・他短編』,『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』…。そして『ノルウエイの森』を読んだとき,私は初めて村上の作品に違和感を覚えた記憶がある。私は『ダンス・ダンス・ダンス』を最後に,村上春樹を読まなくなった。数年前,1週間ほど入院したことがあり,その頃世間で大きな話題となっていた村上の『1Q84を読んでみたが,やはりその違和感は同じだった。ただ,30数年前にこの作品を読んだときに受けた「衝撃」はいったい何だったのだろうかという疑問(というよりは興味)はずっと続いていており,時々思い出したりもするのだが,うまく言語化することができないままである。今回再読して感じたことは,私は,村上春樹を「気分で読む作家」だと思っていたということである。

 

 「この話は1970年の8月8日に始まり,18日後,つまり同じ年の8月26日に終る」(p.13)のだが,何か特別な出来事が起こるわけではない。東京の大学で生物学を専攻する<僕>は,1970年の夏,海辺に面した街に帰省し,友人の<鼠>と「ジェイズ・バー」でビールを飲み続け,左手の指が4本しかない女の子と親しくなり,<僕>が寝たことのある3人の女の子のことを思い出すうちに物憂い夏が過ぎていく。それだけの話だ。この話のどこに私は魅力を感じてしまったのだろう。おそらく,それは,この作品が持っている「乾いた感傷」とでも言うべき「気分」と当時の私の気分がピッタリ合っていたということだろう。そして,再読してみて「発見」したことは,今でもそうだということだ。

 この小説は,29歳になった<僕>が,1970年の夏の出来事を語るという形式になっているのだが,冒頭で,デレク・ハートフィールドという,村上春樹が作り出した架空の作家のことが語られる。「僕は文章についての多くをデレク・ハートフィールドに学んだ。…不幸なことにハートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。…しかしそれにもかかわらず,彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人でもあった。…ただ残念なことに彼ハートフィールドには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のところ,不毛であるということはそういったものなのだ。」(p.9)。「ハートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。『文章を書くという作業は,とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく,ものさしだ。』(「気分が良くて何が悪い? 1936年)」(p.10)

 そう,「気分」なのだ。この小説を肯定できるかどうかは,この小説の持っている「良い気分」を共有できるかどうかにかかっているのだ。そして,私は,この「良い気分」にどっぷりと浸かってしまい,村上春樹とはそういう作家だと決め込んでいたのである。しかし,村上はプロの作家として,その次元にとどまることを良しとしなかった。数年前に出版された村上の自伝的エッセイ『職業としての小説家』(株式会社 スイッチ・パブリッシング)の中で,村上春樹は次のように述べている。

 

ある高名な文芸批評家…は「この程度のもので文学だと思ってもらっては困る」と僕の最初の小説『風の歌を聴け』を酷評しましたが,それを目にして「そりゃ,そういう意見もあるだろうな」と僕は素直に思いました。…その人と僕とでは,「文学」というもののとらえ方が,もう最初から違っているわけです。その小説が思想的にどうかとか,社会的役割がどうかとか,前衛か後衛かとか,純文学かどうかとか,僕としてはそんなことはまったく考えてもいません。こっちとしては「書いていて楽しければそれでいいじゃないか」みたいな姿勢から始まっているわけですから,そもそも話が噛み合うわけがないんです。『風の歌を聴け』の中に,デレク・ハートフィールドという架空の作家が出てきて,その作品のひとつに『気分が良くて何が悪い?(What’s  Wrong

About Feeling Good?) 』というタイトルの小説がありますが,まさにそれが当時の僕の頭の真ん中に腰を据えていた考え方です。気分が良くて何が悪い?…

 そういう姿勢が徐々に変化を見せてきたのは,『羊をめぐる冒険』(1982)を書き出した頃からです。このまま<気分が良くて何が悪い>みたいな書き方ばかりしていたら,職業作家として,たぶんどこかで袋小路にはまり込んでしまうだろうということは,自分でもおおよそわかっていました。今のところその小説スタイルを「斬新なもの」として受け止め,気に入ってくれている読者だって,同じようなものばかり続けて読まされれば,そのうちに飽きてくるでしょう。「ええ,またこれかよ」みたいなことになるはずです。もちろん書いている僕自身だって飽きてきます。(『職業としての小説家』 pp.245-246

 

村上のこの発言は,今まで私の中で引っかかっていた疑問にある程度答えてくれているように思われる。確かに,プロの作家としては同じ次元にとどまっていては読者に飽きられるだろうし,進化していく必要はあるだろう。『職業としての小説家』の他の箇所で,村上春樹は,特定の表現者を「オリジナルである」と呼ぶための条件を次のように述べている。(1)ほかの表現者とは明らかに異なる,独自のスタイルを有している。(2) そのスタイルを,自力でヴァージョン・アップできる。(3) その独自のスタイルが時間の経過とともにスタンダード化されていく。(pp.90-91)  村上春樹は『風の歌を聴け』で示したスタイルを,初の長編小説『羊をめぐる冒険』から徐々にヴァージョン・アップさせていったのであり,私がそれに気づいたのが『ノルウエイの森』だったということなのだろうが,私は,『ノルウエイの森』の中に,村上春樹が初期の作品で示したWhat’s Wrong About Feeling Good?というスタイルをもはや見いだすことができなかったという点に居心地の悪さを感じたのだと思う。

 ところで,「気分が良くて何が悪い?」は,村上春樹が言うように,「その小説が思想的にどうかとか,社会的役割がどうかとか,前衛か後衛かとか,純文学かどうか」といった従来の文学の底流に存したテーマを否定した上で成立するスタイルであるが,それは,ただ即物的な「気分の良さ」によって表されているのではない。『風の歌を聴け』には,その全編を通じて,登場人物たち(僕,鼠,4本指の女の子,ジェイ)が発する乾いた言葉の中に,なんとも説明しがたい「ほろ苦さ」が満ちているのである。この「乾いた感傷」こそ,私にとってのこの小説の魅力なのであり,その気分に浸りたくなったとき,私はまたこの小説を読むことになるだろう。

 

「あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。」(pp.152-153)

 

(このレビューは以前Yahoo!ブログに掲載した記事に若干の修正を施したものです。)