茶道・裏千家の前家元・千玄室さんのお別れ会 元特攻隊員で“茶の湯文化”と“戦争の経験”語り継ぐ「情けない日本にならないで」
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茶道・裏千家の前家元・千玄室さんのお別れ会 元特攻隊員で“茶の湯文化”と“戦争の経験”語り継ぐ「情けない日本にならないで」(MBSニュース) - Yahoo!ニュース 配信より
茶道・裏千家の前の家元、千玄室さんのお別れ会が開かれました。
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千玄室さんのお別れ会が開かれる
元特攻隊員・千玄室さん 最後のメッセージ「今を大事に。今があってこそ明日がある」
ことし8月、102歳で亡くなった千玄室さん。お別れ会には親族や親交のあった人たちが参列しました。
(京都府 西脇隆俊知事)
「会うたびに背中を思い切りたたかれて『がんばってや』と言われたのが非常に印象に残っています。ご冥福をお祈りする気持ちで献花させていただきました」
(文化庁 都倉俊一長官
)「日本を代表する外交官・文化人として、日本文化を世界に発信していただき、感謝の気持ちでいっぱいです」
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茶の湯文化を世界に広める 1975年にはエリザベス英国女王(当時)に茶をふるまったこともある千さん。
千利休の流れをくむ茶の湯文化を世界に広め、1992年には元ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領らとも交流しました。
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「『おかあさーん』と叫んだ声が私の耳の奥に残っています」特攻隊員としての経験を後世に残す 一方、こんな過去もありました。
(千玄室さん)
「もう誰もいません、ぼくらの仲間は私1人になった。生き残った人はみんな死んでしまった」
太平洋戦争中、千さんは海軍の特攻隊員で、生前、自らの体験を語り続けてきました。
MBSは今年6月、亡くなる約2か月前の千さんを取材。テレビカメラを前に語ったのは最後の機会だったとみられます。
特攻機のそばで開いた茶会の写真。すると、仲間が立ち上がり。
(千玄室さん)
「『おかあさーん』と叫んだ声が私の耳の奥に残っています。『おふくろに会いたいなあ』と、みんな涙流しながら。思い出しますね。みんなの声が。みんな突っ込みました。みんな帰りませんでしたね。みんな亡くなった」
仲間が特攻で命を失う中、千さんには待機命令が続き、終戦を迎えました。
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「茶を介し敬い合えば、国同士も争わなくなるはず」
そして戦後、裏千家の家元に。「茶を介し敬い合えば、国同士も争わなくなるはず」との思いで茶会を開いてきました。
(千玄室さん)
「80年間、慙愧の念に堪えず、私は生き残ってきた。このお茶をすすめ合う気持ち。アフターユー、どうぞ、どうぞ。本当の心のもてなし、大事なことなんです。これを世界中に伝えてきている。“千よお前残ってな、お前のお茶で武は負けたけど文でやれ、文で勝て”みんなの声が聞こえますよ」
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「情けない日本にならないでください」
戦争の記憶が薄れることに危機感
そうした仲間たちを弔うため、毎年、沖縄での慰霊祭にも足を運んだといいます。亡くなる2か月前にもその思いを語っていましたが、叶いませんでした。
(千玄室さん)
「これ最後やと思う。もう102歳だからね。『千中尉、ここでご無礼します』と」
そしてインタビューの最後、私たちに戦争の記憶が薄れることへの強い危機感を語っていました
(千玄室さん)
「とにかく日本は(太平洋戦争があった)80年前のことなんて誰一人忘れていますよ。もう情けない日本にならないでください。本当」
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