「花燃ゆ」杉家の血筋、戦後復興に努めた大商会頭・杉道助…ジェトロ創設、日韓国交正常化にも尽力

【けいざい徒然草】「花燃ゆ」杉家の血筋、戦後復興に努めた大商会頭・杉道助…ジェトロ創設、日韓国交正常化にも尽力(1/4ページ) - 産経ニュース 配信より

 

 幕末の思想家、吉田松陰が主宰した私塾「松下村塾」で学び、明治維新で活躍した長州藩(今の山口県)出身の志士らの姿を松陰の妹、杉文(すぎ・ふみ)=後に楫取(かとり)美和子=を通して描くNHK大河ドラマ「花燃ゆ」。その松陰の実家、杉家の流れを汲む関西財界人がいた。昭和21年から5期14年間、大阪商工会議所の第16代会頭を務めた杉道助(みちすけ)(1884~1964年)だ。松陰が好んだ孟子の言葉「至誠」の生き方に共鳴し、第二次世界大戦後の大阪経済復興に尽力したほか、日本貿易振興機構(ジェトロ)の創設、さらには日韓国交正常化交渉にも貢献した姿を紹介したい。(栗川喜典)

ドラマで想像しやすく

 「『花燃ゆ』を見てますか?この人はドラマに登場する杉家の血筋で、吉田松陰は大叔父に当たります」

 

 大阪商工会議所が運営する大阪企業家ミュージアム(大阪市中央区)。廣田雅美事務局長が杉道助を紹介する展示の前で説明すると、年輩の入館者から「ほお」「なるほど」などと声が上がった。

 

 大河ドラマ「花燃ゆ」は志士らを多く育てた吉田松陰(伊勢谷友介)の実家である杉家を中心に描かれており、杉家の四女、文(井上真央)が主人公。その松陰や文らの長兄で、原田泰造演じる梅太郎(後に民治)の孫が杉道助だと言えば、想像しやすいだろうか。

 

 現在の山口市に生まれた杉は中学時代を萩市で過ごした。松陰がかつて暮らした三畳間で寝起きしたり、民治から松陰の思い出話を聞いたりしたことから、のちに「愛国者、思想家、至誠の人としての松陰に共鳴し、尊敬するようになった」(「杉道助追悼録」)という。「至誠」とは孟子の言葉「至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり」(誠意を持って接すれば心の動かない者はいない)が基で、松陰が好んで用いた。

大阪の地盤沈下に警鐘

 大阪企業家ミュージアムのデジタルアーカイブなどによると、慶応大を卒業した杉は鉱山会社を経て、妻の生家である大阪の綿糸問屋、八木商店(現・ヤギ)に転職。紡織会社の設立などに関わり、社長だった義父の死後、2代目社長に就任した。

 

昭和4年から大商の議員を務め、16年に副会頭に就任。戦後の21年、当時の会頭が連合国軍総司令部による公職追放で辞任したことから、杉が後を継いだ。

 

 戦後復興が進む当時すでに、占領経済や中央集権化などにより大阪経済の地盤沈下が懸念されていたらしく、杉は28年1月の新年賀会でこう呼びかけた。

 

 「大阪は経済の中心だとか言われてきたが、今は名目だけだ。これを元の大阪に戻そうではないか。大阪の復興は日本の経済発展、国力の回復に寄与するところが大きいと信ずる」

 

 これをきっかけに、産官学などによる大阪経済振興審議会が発足。大阪経済の振興策がまとめられ、大阪国際(伊丹)空港や地下鉄網、幹線道路、港湾などの整備、重化学工業化といった方向付けがなされた。

 

 翻って現在は「大阪の地盤沈下」どころか、「東京一極集中の是正」が喫緊の課題。安倍晋三政権は地方創生によって解決に取り組むとしているが、今年3月30日に大商で開かれた通常議員総会では、あいさつに立った第25代の佐藤茂(しげ)雄(たか)会頭が昭和28年の杉の言葉を紹介し、「われわれに示唆を与えてくれる」と述べ、大阪の産業発展に向けた奮起を議員らに促した。

貿易振興、万博誘致、日韓交渉も

 杉は「経済の発展は貿易の振興拡大なくしてありえない」と信じ、品質を高めてデザインを工夫した製品を輸出することが重要だと指摘。26年に大商が中心となって、主に中小企業のために世界市場の情報を収集、提供する機関「海外市場調査会」を発足し、自ら理事長に就いた。

 

当初は運転資金にも困るほどだったが、「杉さんは当時のお金で500万円をポンと用意してくれた」と岡部邦生初代事務局長が『ジェトロ20年の歩み』に記している。海外市場調査会は他の団体との統合を経てジェトロに改組され、わが国の貿易振興などに貢献し続けているが、残念ながら本部は東京に移ってしまっている。

 

 また、杉は29年にわが国初の第1回国際見本市を大阪で初めて開催。以降は大阪と東京で開かれるようになった。こうした貿易振興の取り組みを足がかりに、杉は大阪への万国博覧会の誘致を決意。35年11月に大商会頭を退任後は当時の左藤義詮(ぎせん)・大阪府知事に持ちかけ、岸信介や佐藤栄作ら元首相と同郷の山口県出身で政界にも顔が利いたことから実現を目指した。

 

 さらに杉の行動力を買った国が、第二次世界大戦後の日韓国交正常化第6次交渉の政府首席代表への就任を依頼。36年から代表を引き受けた杉は「外交においても至誠で解決できないことはない」と訪韓し、朴正煕国家再建最高会議議長(後に大統領)とも会談した。漁業水域などの重要案件で成果を挙げ両国首脳会談にこぎ着けたが、病に倒れ39年の師走に80歳で帰らぬ人となった。

 

 その後の交渉は円滑に進み、日韓は40年に国交を正常化。念願の大阪万博も45年に開催された。こうした尽力があったにもかかわらず、朴正煕氏の娘の朴槿恵氏が大統領となった今の日韓関係は政治的にぎくしゃくしており、大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」に胸躍らせた関西もバブル経済の崩壊後、力強い繁栄を享受しているとは言い難い状況だ。泉下の杉はさぞ歯がゆい思いをしているのではなかろうか。

改めて功績の周知を

 そんな杉の人柄を知る手がかりとして、本人や親交のあった人々が記した書物や写真などのほか、レコード盤が残されている。

 

昭和28年の大商75周年記念のラジオ放送座談会「大阪経済の今昔を語る」を収録したレコードには、阪急東宝グループの創始者、小林一三やクボタ創業者の久保田権四郎らに交じり、司会を務めた杉のよく通る声を聴くことができる。

 

 また、里井達三良(たつさぶろう)・元大商専務理事は随筆で杉にふれ、「長い会頭時代、会頭室の扉はいつも開放され、どんな人にもくったくなく会われた」と、人の話によく耳を傾けた面を紹介。その半面、「当たりさわりのない受け答えをしていると『やり過ぎてもいいから、思うとおりやってみたまえ』とハッパをかけられる」などと、部下に示した容赦ない厳しさも挙げている。

 

 自宅での杉は作業着姿で掃除をしたり風呂を焚いたりする飾らない性格で、見知らぬ記者が訪ねても気さくに酒食でもてなしたとのエピソードも残されている。意に沿わぬ報道があろうとも泰然自若を貫いたようで、今の財界人も学ぶべきところが多いだろう。

 

 ところで杉家の地元・山口県では、杉道助の知名度はどのようなものだろうか。山口県大阪営業本部(大阪市北区)の中山広信主査によると、近年は県内でも吉田松陰以外の杉家ゆかりの人々は知られておらず、「ドラマを機にゆかりの地や人物を掘り起こし、平成30年に迎える明治改元150年に向けて観光キャンペーンなどに取り組んでいく」という。

 

 同本部は折しも今年4月8日、関西圏などで山口県の売り込み機能を強化しようと、山口県大阪事務所から改称したばかり。大商会頭を輩出した縁からも大阪と山口が協力し、ぜひ杉道助の功績も改めて現代の人々に知らしめてほしい。

 

私のコメント : 令和7年6月6日、ことし夏に行われる参議院選挙に向けて山口県選挙管理委員会が山口県下の各市町の担当者を対象にした説明会を開き、想定される選挙日程や注意点などを説明しました。

 

令和7年6月5日、山口県庁に行き、山口県教育情報化推進室 中村主査、三時主査と私は、山口県における教育情報化推進、企画と活用推進にかかり、その面談をした。

令和7年6月5日、山口県庁にて、ことし夏に行われる参議院選挙に向けて山口県選挙管理委員会がSNSなどを活用して投票率が低い若年層に投票を呼びかける取り組みを強化することなどの対応等もあり 山口県選挙管理委員会 佐伯亮祐 主任と私は、面談した。

 

○ ウチではこうやってます! 自治体職員 現場のお悩み解決Q&A 静岡県市町行財政総合相談窓口/ぎょうせい

 

○ 投票事務から労務・施設管理まで 公選法だけじゃない!選挙管理委員会の業務にまつわる法律問題Q&A  法曹有資格者自治体法務研究会,法曹有資格者自治体法務研究会/第一法規

 

○ 大震災復興へのみちすじ: 防災政策の新段階と地方自治体の政策活動
池上 洋通/自治体研究社

○ 地方自治体のリスク管理・危機管理――内部統制、コンプライアンスから防災・BCPまで 森 健/商事法務

○ 裁判例から読み解く 自治体の債権管理
青田 悟朗/第一法規株式会社

○ 選挙ガバナンスの実態 日本編:「公正・公平」を目指す制度運用とその課題
大西 裕/ミネルヴァ書房

○ これからの地方自治の教科書
大森 彌,大杉 覚/第一法規

#山口県教育情報化推進室

#村上誠一郎総務大臣

#電波法


令和7年6月6日、山口県では、大雨による浸水被害や土砂災害の発生を想定した図上訓練が山口市役所で行われ、情報の伝達手順などを確認しました。山口市役所の災害対策室で行われた図上訓練には市の職員や消防の担当者などが参加し、大雨で浸水被害や土砂災害が発生するという想定で行われました。