大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
想定以上に壊れる教育現場のGIGAスクール端末。修理契約せずに故障機が塩漬けのケースも
- 大河原 克行
2023年6月28日 06:13
【大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」】想定以上に壊れる教育現場のGIGAスクール端末。修理契約せずに故障機が塩漬けのケースも - PC Watch (impress.co.jp) 配信より
レノボ・ジャパンが公開した「パソコンのあつかいかた」
2020年度に実施されたGIGAスクール構想により、小中学校に1人1台環境の端末が整備されてから、3年目に入っているが、ここにきて、導入された端末の故障が問題になり始めている。これまでPCを使ったことがない子供たちが利用するために、PCメーカーが想定していた以上に、過酷な使い方が行なわれていたり、授業中に机の上から落下することが相次いだりといったことが発生しており、故障の多さに修理体制を強化するPCメーカーもあるほどだ。
自治体や学校でも、修理期間中は予備機を活用して、授業に支障が出ないようにしているケースがあるものの、中には予備機を用意していなかったり、自治体の予算から捻出される修理費用が確保できず、想定外の故障に修理が追いついていなかったりする学校もある。GIGAスクール構想で整備されたデバイスを取り巻く課題を追ってみた。
10台に1台が故障している現場も
文部科学省が2021年10月に公表した資料によると、小中学校に整備された945万9,698台のデバイスに対して、破損や紛失したPCは、1万9,228台となり、全体の0.2%となっている。ただ、ここで示された故障したPCの台数は、2021年4月~7月までの4カ月間の数字であり、単純計算すれば、年間ではこの3倍の規模になる。
文部科学省が2021年10月に公表した端末の故障状況
だが、この数字を見た業界関係者の間からは、「故障するデバイスの数は、この水準を遥かに上回っているのが実態だ」と指摘する声がほとんどだ。
あるPCメーカーの関係者からは、「ビジネスPCでは、コンマ数%の故障率だが、GIGAスクール端末では、10台に1台が故障しているという自治体があるほどだ。故障率が2桁に達するといったことは、これまでに経験がない」と驚く。また、「教員が生徒に使い方をしっかりと教えている学校では故障率が低いが、そうではない学校では一気に故障率が上がっている」との声もあり、学校によって故障率に大きな差があるようだ。
GIGAスクール構想によって、最も多くのデバイスを導入したレノボ・ジャパンおよびNECパーソナルコンピュータでは、GIGAスクール端末はすべて、群馬県太田市のNECパーソナルコンピュータ群馬事業場で修理を行なっており、そのための修理エリアを「2nd Map」として拡張。修理能力を当初の1.3倍にまで引き上げている。
また、GIGAスクール端末向けの保守に関する専用問い合わせ窓口を用意する特別な措置も行なっている。
NECパーソナルコンピュータ群馬事業場ではGIGAスクール端末の修理エリアを1.3倍に拡張した
だが、あるPCメーカーからは、「GIGAスクール向け端末の修理台数は、当初想定よりも多く、その水準は、とても1.3倍では収まらない」との声もあがる。
GIGAスクール構想で導入された端末の多くは、米国防総省が定めたMIL規格に準拠しており、一定水準以上の堅牢性や耐久性を維持しているが、それでも多くの端末が故障している点も驚きだ。
極端な言い方になるが、米国防総省以上に厳しい環境で利用しているのがGIGAスクール端末ということになる。
故障の8割が机などからの落下による物損
中でも多いのが、落下による故障である。修理に持ち込まれる端末の約8割が、落下による故障だとするPCメーカーもあるほどだ。
この落下の理由のほとんどが、授業中に、机から端末を落としてしまうものだという。
「授業でPCを使っていない時間には、手前に教科書やノートを置いて学習をするが、学習に夢中になると、教科書やノートが、奥に置いてあるPCを押してしまい、机から落下するといったケースがよくあると聞く」
との声があがる。
机から落下した結果、基板に衝撃を与えてしまったり、液晶パネルが割れてしまったりといったことが起きている。
また、学校と自宅と間を持ち運ぶ際に、故障させてしまうケースもあるという。
「ビジネスユースにありがちな持ち運び時の微妙な振動が繰り返し加わることでの故障というよりも、ランドセルに入れて放り投げているのではないかと思うような故障が散見されている。空っぽのランドセルに入れていたり、持ち運びの際に保護ケースに入れていなかったりといったことが想定されたり、中には通常の使い方ではない故障や、よほど乱暴に扱わないと壊れないのではといった例もある」
と、明かす関係者もいる。
NECパーソナルコンピュータ群馬事業場では、大量の砂がPC本体内に入っていた例があったという。それは、屋外授業で校庭などで使用し、端子の隙間から少し砂が入ったというレベルではなく、想定できないほどの砂が堆積されていたという。このように、ビジネスPCや家庭向けPCの故障の水準を上回るような故障内容の報告が相次いでいる。
そのほかにも、こんな例がある。机の上に鉛筆やシャープペンシルを置くと、芯の高さと、同じ高さにUSB端子が重なる場合があり、端子口に、鉛筆の芯が偶然入ってしまったことでショートし、発煙してしまったというケースだ。また、USB端子部に、ゴミが入ってしまったため、それを取り除こうとしてシャープペンなどを使ってしまい、同じ状況になった例も報告されている。中には、端子の中に無理やり消しゴムを入れてしまうというケースもあったという。
さらに、コロナ禍では、除菌用のアルコール消毒液を大量にかけてしまい、その結果、USB端子から液体が流れ込み、ショートさせてしまうという故障のほか、ケーブルを引き抜くときに、コネクタ部ではなく、線を引っ張ってしまうため、本体の端子にも余計な負荷がかかり、故障の原因になることがあるという。
また、クラムシェル型よりも、デタッチャブル型が、圧倒的に故障が多い。
デタッチャブ型では、タブレットとキーボード部分の脱着を行なう構造となっているため、その部分の故障が目立つ。
教育現場では、タブレットとしても利用できるデタッチャブル型の方が、使い勝手の面からも人気が高いが、
故障が多くなるという点では、PCメーカーや学校現場にとって気になる課題となっている。
いずれにしろ、「自然故障よりも、物損による故障が圧倒的に多いのが、GIGAスクール端末の特徴である」というのは、PCメーカー各社に共通した声だ。
PCは「たたかない」、「投げない」
GIGAスクール端末の導入で、最も台数が多いレノボ・ジャパンでは、この状況を重く捉えて、2021年5月から、「パソコンのあつかいかた」という小中学生向けの動画をYouTubeで公開した経緯がある。
(省略)
ここでは、「パソコンはたたかない」、「パソコンはふまない」、「パソコンは投げない」、「パソコンを落とさない」、「水をこぼさない」、「コネクタにものを入れない」などの基本的な扱い方について説明。PCを持って移動する際には、「赤ちゃんだっこ」がいいことも示している。
そのほか、「パソコンのもちかえりかた」や、「パソコンのきほんそうさ」、「パソコンのかくぶのなまえ」といったコンテンツも用意し、これらを授業でPCを使う前に、生徒に見せてもらうなど、教育現場でのPCの故障率の低減につなげる努力を行なっている。
延長保証に加入する自治体が少ない実態も
故障したPCは、PCメーカーの標準保証や延長保証を利用して修理を行なうという手もあるが、メーカー保証のほとんどは、落下や液体こぼれなど、取り扱いが適正でなかった場合に生じた故障や損傷は、有償修理になっている。つまり、メーカー保証の範囲では、GIGAスクール端末を、無償で修理するできるケースが少ないとも言える。
一部のPCメーカーや販売店では、物損による故障でも無償修理が行なえる延長保証を、GIGAスクール端末向けに用意した例もあるほどだ。
ある業界関係者は次のように指摘する。
「修理費用は自治体の負担となるため、その費用が捻出できず、故障したデバイスをそのままに塩漬けにしている自治体もある。予備機を使ってカバーしている例のほか、中には、前年度に比べて生徒数が減少したことで、なんとかカバーできているといったケースもある」。
また、予備機を用意していなかったり、PCメーカーの延長保証を契約していなかったり、保険に入っていなかったりといった自治体が多いのも実態だ。予備機の台数などについては、文部科学省が明確なガイドラインを示さなかったため、導入の検討をしなかった自治体も多く、さらに、保守のための予算まで確保できなかったという自治体も少なくない。
GIGAスクール構想では、1台あたり4万5,000円の端末の整備予算は補助金として確保されたが、予備機の費用や、端末の保守および運用に関わる費用は補助金ではカバーされていない。PCメーカーの基本保証は、無償で1年間はカバーされるが、それ以降もサポートを受けられる延長保証を契約する場合や、故障した場合の修理費用を補償することができる保険に別途加入する際には、自治体が費用を負担することになるため、多くの自治体が契約を見送ったという経緯がある。
ある関係者によると、PCメーカーが用意している延長保守の契約をしている自治体は、導入した自治体の10%弱、販売店などが提案する保険サービスあわせても2割強に留まるとの見方を示した。
そうした状況が、端末の故障が増加することによって、一部自治体では、問題が表面化してきたというわけだ。
また別の関係者によると、液晶と基板が重なって修理が必要になると、修理費用だけで、整備補助金の4万5,000円を超えてしまうケースもあり、それも自治体にとっては頭が痛い問題になっているという。
予備機の追加調達の壁になる本体価格の上昇
さらに、新たに予備機を確保しようとしても、GIGAスクール構想で整備したときとは状況が変わっている点も課題だとする声がある。
とくにiPadは、整備時点では、32GBの第8世代モデルが3万4,800円(アップルストア価格)であり、導入に必要とされるキーボードなどを加えて、4万5,000円の補助金の中に収まるような形で提案が行なわれていた。
だが、現在も流通している第9世代モデルでは、32GB版が廃止され、64GB版となったことと、2022年の値上げにより、4万9,800円からの価格設定となっており、1.4倍も価格が上昇している。
〇 GIGAスクール構想2.0推進ハンドブック: GIGA端末の更新で新しいステージへ
丸山洋司/悠光堂
〇 GIGAスクール構想対応 実践事例でわかる! タブレット活用授業
田中 博之/学陽書房
〇 GIGAスクール構想 小学校低学年 1人1台端末を活用した 授業実践ガイド GIGAスクール構想 小学校低学年 1人1台端末を活用した 授業実践ガイド 佐藤和紀,三井一希/東京書籍
〇 学校のICT活用・GIGAスクール構想を支える ICT支援員
ICT支援員 編集委員会/日本標準
〇 GIGAスクール構想で進化する学校、取り残される学校
桐生 崇,櫻井直輝,中川 斉史,前田 康裕,駒崎 彰一,佐和 伸明,平井 聡一郎,加藤 朋生,櫻井 良種,藤川 大祐,長谷川 元洋,高橋 暁子,稲垣 忠,黒上 晴夫,伏木 久始,小柳 和喜雄,柴田 博仁,近藤 武夫,田中 裕一,齋藤 浩司,新保 元康,小髙 美惠子,高橋 純,梶本 佳照,豊福 晋平,荒木 貴之,寺尾 敦,朝倉 一民,毛利 靖,水谷 年孝,平井聡一郎/教育開発研究所