
国立大学法人法改正案への反対を表明する参加者=東京都千代田区で2023年11月14日午前11時53分、松本光樹撮影
政府が今国会で成立を目指した国立大学法人法改正案が12日、参院文教科学委員会で自民党や公明党などの賛成多数で可決されました。改正案には大学教員や学生などから多くの懸念の声が上がり、一部の野党も猛反発。国会審議のさなか、岸田文雄首相あてに4万筆を超える反対のオンライン署名も提出されました。大学のあり方を変える法改正を、なぜ政府は目指したのでしょうか。そして、なぜ多くの反対を浴びたのでしょうか。Q&A形式で解説します。【松本光樹】
Q そもそも国立大学法人法って何?
A 2004年4月、全国の国立大(短大も含む)はそれまでの国の行政組織の一部から、大学ごとに独立した法人(国立大学法人)になりました。その組織や業務のあり方について定めた法律が「国立大学法人法」です。03年10月に施行されました。
Q 改正案で何が変わるの?
A 最大のポイントは、強力な権限を持つ「運営方針会議」という新たな合議体の設置を国立大に義務付けることです。これまで学長や役員会が担ってきた大学の中期目標・計画や予算・決算を決議する権限を、運営方針会議に与えます。さらに、大学の運営が決議に従っていないと同会議が判断した場合、学長に改善措置を要求したり、学内の学長選考・監察会議に対して学長の選考・解任の意見をしたりすることもできます。

国立大学法人法改正案の概要
Q 全ての国立大が対象?
A いいえ。収入や学生数などが特に多い一部の国立大が対象です。理事が7人以上いる12大学のうち、政令で指定した大学となっており、当面は、東京大▽京都大▽東北大▽大阪大▽名古屋大と岐阜大を運営する東海国立大学機構――の5法人が対象となります。
Q 長い間議論されてきたのかな。
A 実はそうとは言えません。初めて公式に政府内で言及されたのは21年5月、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の会合の場でした。政府が創設する10兆円規模の大学ファンドから助成を受ける「国際卓越研究大」が着実に成果を出すためのガバナンス(組織統治)強化を話し合う中で話題にのぼりました。
Q 卓越大に限った話だったんだ。
A そう考えていた関係者は多かったのですが、実際はそうではありませんでした。CSTIの議論の結果、合議体設置は卓越大の認定要件になり、実際に今年9月、卓越大の候補第1号に決まった東北大は設置方針を明らかにしました。ところが、その直後、文部科学省は対象を「一定水準の規模を有する法人」に広げる方針を明らかにしました。10月31日に閣議決定された改正案では、卓越大だけでなく、政令で指定する「特定国立大学法人」は運営方針会議を必ず置くと明記されたのです。

東北大=仙台市青葉区で2023年8月30日、和田憲二撮影
Q なぜ対象を広げたの?
A 文科省国立大学法人支援課の担当者は「大学組織が大きくなる中で、学長に決定権が集中していることを課題と捉えた。大規模大学には多くのステークホルダー(関係者)がおり、学長だけでなく、複数人の議論で運営していく必要がある」と説明しています。しかし、大学教育の重要事項を話し合う政府の「中央教育審議会」にも諮られておらず、国立大学協会にも事前に文案を知らせていませんでした。突然の改正案に、大学教員を中心に反対の声が上がり、国会審議を通じて波紋が広がりました。
Q 反対したのは急な提案だったから?
A それ以上に、運営方針会議を通して大学に対する政府の影響力が強まり、「大学の自治が根底から覆される」という懸念が広がったためです。改正案は、運営方針会議を「学長と3人以上の委員で作る」とし、委員には産業界など学外者の参加が想定されました。委員の任命には文科相の承認が必要で、大学人事に政治が介入する恐れがぬぐえないというわけです。
Q 文科省はどう説明しているの?
A 「明らかに不適切な場合以外は承認を拒否しない」としていますが、想起されるのが、20年にあった日本学術会議の任命拒否問題です。学術会議会員について「首相の任命は形式的なもの」とされていましたが、当時の菅義偉首相は会員候補6人の任命を拒否し、いまだその理由を説明していません。石原俊・明治学院大教授(社会学)は「運営方針会議委員の承認拒否はより容易に起こりえる。先進国ではありえないような大学の国家主義化が進むと懸念される」と指摘し、政府の意向に沿う委員のみで大学の方針が決まってしまうことを危惧しています。
Q 憲法が保障する「学問の自由」が脅かされないかな。
A 国会では立憲民主党や共産党、れいわ新選組などの野党が反対しました。改正法には、政府に配慮を求める13項目の付帯決議がされました。「大学の自主性・自律性に十分に留意すること」「運営方針会議の審議事項が教育・研究の内容や方法にわたることがないように運用」などが記されています。ただし、付帯決議に法的拘束力はありません。
Q 禍根を残した印象だね。
A 学術会議の任命拒否問題で学術界と政府の間に生じた不信感が、今回の改正でさらに広がった印象を受けます。政府には、改正法の運用に当たって丁寧な説明と議論が求められます。
