
新型コロナウイルスに加え、そのほかの感染症の流行を受け、解熱剤や咳止めなどの医薬品の入荷が厳しい状況となっている=京都府宇治市の宇治徳洲会病院(渡辺恭晃撮影)
感染症が本格的に流行する冬を前に、薬の供給不足が全国的な問題となっている。ジェネリック医薬品(後発薬)の不祥事に加え、新型コロナウイルスの感染「第9波」や、それ以外の感染症が流行したことなどが大きな要因だが、薬価が抑えられた結果、多くの後発薬が不採算品目になっているという構造的問題も背景にある。国は増産などに向けた対応策を打ち出したが、薬不足が収束に向かうかはなお不透明だ。
【グラフでみる】薬不足が全国的に深刻化、その理由は
「入庫未定」。錠剤がびっしりと保管された棚の一部にはられた赤字の注意書き。10月、宇治徳洲会病院(京都府宇治市)内の薬局では、患者が処方薬を待つ中、せき止め薬が不足していた。 「薬が手に入りづらくなり枯渇してきている」。小児科部長の篠塚淳医師(46)は危機感を示す。同病院ではコロナ患者が急増したことで薬の在庫が急減。8月をピークとした感染「第9波」に加え、インフルエンザなど他の感染症患者が増加したことが薬不足に拍車をかけた。 主にせき止め薬や解熱鎮痛剤など数十種類が未納になり、薬によっては1週間納品されないことも。提携する調剤薬局も同様で、別の薬で代用した時期もあった。 感染症薬だけではない。実はここ数年、抗菌薬や止血剤などさまざまな薬の不足が深刻化している。昨年5月から継続調査する業界団体「日本製薬団体連合会」によると、今年9月末の段階で製造販売されている品目の2割超が供給停止か限定出荷の状態だった。 背景には、出荷ベースで処方薬の約8割を占める後発薬をめぐる不祥事がある。令和2年以降、後発薬メーカーによる製造工程や品質管理の不正が相次いで発覚、これまで10社以上が業務停止命令や改善命令を受け、減産が続いている。代わりに注文が殺到した他の会社も生産力が追い付かなくなるなどし、慢性的に供給不足が続く状態だ。 日本医師会が8~9月に実施した調査では、院内処方を行う医療機関の9割が「入手困難な医薬品がある」と回答した。同会は「医薬品はいつでも手に入り、安く買えて当たり前だという常識が揺らいだ」と指摘する。 不足する品目として挙がったのは、せき止め薬の「メジコン錠」や去痰薬「ムコダイン錠」など。11月に入り、インフルエンザ治療薬(主に乳幼児向け)の在庫逼迫(ひっぱく)も明らかになった。「タミフル」の名称で今季、ドライシロップ130万人分を用意していた中外製薬は8日から限定出荷に。原料調達が困難などとして「増産は難しい状況」という。 薬不足は国民の健康に直結する。事態を重く見た武見敬三厚生労働相は10月以降、不足している薬を製造するメーカーに対し、緊急増産を要請。11月2日に閣議決定された国の総合経済対策にも、企業が増産する際の人員整備や設備投資を支援するなどの対応策が盛り込まれた。
■急がれる後発薬の構造改革 感染症の治療薬不足が深刻化する中、厚生労働省の要請を受けた製薬会社は対応を急いでいる。ただ、慢性的な供給不安に陥っている薬の多くは、国が普及を後押ししてきた安価な後発薬だ。当面の増産だけでなく、安定供給を促す産業構造の抜本的な改革が急務となっている。 せき止め薬「メジコン」をつくる新薬メーカーの一つ、塩野義製薬は、せき止め薬の供給不足を受けて増産に乗り出した。工場を24時間稼働させ、令和6年の生産量を4年の2倍超となる3億2100万錠以上にする。手代木功社長は10月末の決算会見で「十分に製品がないのは、感染症(治療薬の)メーカーとしてじくじたる思いがある」と話した。杏林製薬も来年稼働する新工場で去痰薬「ムコダイン」を増産する予定で、来秋にも供給を開始する。 一方、後発薬の供給不安を巡っては、需要の急拡大にメーカー側の生産体制整備が追いつかない産業構造のひずみが浮き彫りになっている。 国は医療費を抑制するため、安さが売りの後発薬の使用を促してきた。現在、その数量シェアは約8割を占める。ただ、急拡大した市場には、新規参入も増え、企業間の競争は激化、製造・品質管理の体制整備が追い付かない状況も生んだ。増産する余力も少なく、原薬や資材、エネルギー価格の高騰も後発薬メーカーの経営を圧迫し、薬不足を長引かせている。 厚労省は今年7月、後発薬の安定供給のために検討会を設けた。11月2日に閣議決定された総合経済対策では「令和6年度薬価改定において、安定的な供給確保に向けた薬価上の措置を検討する」との文言が盛り込まれた。国民の健康に直結する薬の安定供給を促すため、薬価制度や産業構造の抜本的な改革が求められている。
■安定供給は国の「安全保障」問題 神奈川県立保健福祉大大学院の坂巻弘之教授の話 「現在の薬不足の原因は2つある。1つはインフルエンザなどの感染症が増加し、需要が急激に増加したこと。もう1つは後発薬メーカーの不祥事により薬の生産が減ったことだ。 後発薬は同じ商品を複数社が販売するため、競争する点が価格しかない。後発薬の使用量は増えたものの、低価格であるために利益は少なく、各メーカーは増産体制を整えられなかった。そうした中で一部メーカーによる不祥事が起きてしまった。 薬不足解決のために、まずは不祥事を起こさないようにメーカーが襟を正すこと。そして、低すぎる薬価の見直しと、増産体制整備のための設備投資への補助金も解決策になる。 11月2日に閣議決定された国の総合経済対策には薬価の見直しなどが盛り込まれたが、議論はまだまだ十分ではない。薬不足は感染症の拡大や災害のほか、原料を輸入する際のサプライチェーン(調達・供給網)の分断によっても起こりうる。 薬の安定供給は国民の命に影響を与える重要な課題であり、国の安全保障の問題でもある。今起きている事象だけでなく、これから起きうる問題も考えた議論が必要だ」(鈴木文也、安田奈緒美)
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