慶応の文春?塾生新聞の元編集局長に聞いた「紙の新聞をつくる意義」と若者が読みたくなる記事

2023年5月29日 11時30分

 

慶応の文春?塾生新聞の元編集局長に聞いた「紙の新聞をつくる意義」と若者が読みたくなる記事:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

配信より

 

「若者の新聞離れが加速する」「紙の新聞を発行する意義が問われている」

慶応大の学生新聞「慶応塾生新聞」ウェブサイト上の記事に、そんな厳しい言葉が並んでいた。逆風にさらされる私たち新聞業界がよく受ける指摘だ。

私は大学時代にも学生新聞の記者だった。現役の学生記者たちは新聞のあり方をどう考えているのだろうか。参考にさせてもらうことがあるのではないか。そんな思いから、キャンパスがある東京・三田を訪れた。(デジタル編集部・小寺香菜子)

慶応塾生新聞

慶応塾生新聞

慶応塾生新聞 1969年4月創刊。学内のニュースや、体育会の活躍、大学出身の著名人や教授のインタビュー等を掲載している。ブランケット判で4~8ページ。例年、学内行事が少ない3月を除いて、月刊で発行。卒業生などに購読発送する他、学内のラックに置いたり、学園祭などのイベントで配布したりしている。慶応塾生新聞会が発行し、同会の部員は約250人。

◆コロナの影響で紙の新聞は部数半減

三田キャンパス近くの喫茶店で取材に応じてくれたのは前編集局長の粕谷健翔さん(4年)。

塾生新聞のウェブサイトを紹介する粕谷健翔さん=港区で

塾生新聞のウェブサイトを紹介する粕谷健翔さん=港区で

2020年に入学し、新聞会に入った。新型コロナウイルスのパンデミックが始まった年だ。コロナの影響が気になり、勢い会話はコロナ禍での苦境から始まった。

「紙で発行する塾生新聞は通常、三田、日吉各キャンパス内にあるラックに置いたり、入学式や学園祭などのイベントの際に手で配ったりしています。だけど、コロナ流行初期の頃は大学構内そのものが立ち入り禁止になってしまったんです」

まずラックに新聞が置けない。立ち入り禁止はほどなく解除されたが、入学式や学園祭といった催しの自粛は2021年まで続いた。その結果、21年度の月平均の発行部数は19年度に比べ54%ほどに減少したという。

一方、WEBサイトへのアクセスは増加し、2005年から始めたWEB配信に一層力を入れるようになった。それまでは、紙面に載った記事をそのままWEBにアップするだけだったが、紙面とは別にWEBに特化した記事を作成するようになった。

「うちの会社と似たような感じ」。先輩記者がつぶやくように、まるで新聞業界そのものだ。心中そんな驚きを感じながらお話を伺った。

2022年にはデジタル担当部署を「Web室」から「デジタル戦略局」に格上げして人数も数人から約10人に増やした。現在はWEBに月15~20本の記事をアップしており、PVはコロナ禍前に比べ3倍に急増した。Twitter、ユーチューブ、インスタグラムも運用している。

◆塾生新聞が考えるバズり記事とは

では、どのような記事がWEBで読まれるのだろうか。私も東京新聞のデジタル編集部でWEB向けの記事を書く仕事をしており、そこはとても知りたいところだった。

慶応塾生新聞のウェブサイト

慶応塾生新聞のウェブサイト

粕谷さんが最も記憶に残っているのが、2022年1月に慶大生が多数出席した成人祝賀イベントで新型コロナのクラスターが発生し、あるテレビ局で報道された時のことだ。報道内容について粕谷さんらが改めて取材したところ、会場や会費などについて誤りがあることがわかり、塾生新聞にその結果を掲載した。

PVは急増していわゆる「バズる」状態となり、Twitter上には「慶応の文春」というコメントも登場した。「実際に参加した人などにしっかり確かめないと、信頼のおける報道機関であるテレビ局ですら間違えることはあるんだなと思った」と粕谷さんは振り返る。

WEB記事づくりでふだん心がけていることは、「時期に合わせた記事をアップする」ということ。例えば、新学期が始まる4月前には学生のニーズを踏まえて「第2外国語特集」「履修アドバイス」、受験期の2月前には「受験生応援特集」の記事を掲載した。

このほか、数多くの写真を使って早慶戦を伝えたり、キャンパス近辺のラーメン店を特集したりした記事も人気を集めた。

ただ、学内だけで読まれる記事のPVの伸びは限界がある。このため「大学の枠を越えた関心を引きつける記事をつくる」ことも必要だという。具体的に聞くと、①有名人のインタビュー(卒業生の櫻井翔さんなど)や②熱烈なファンがいる分野(宝塚など)、③慶応の不祥事(サークルの未成年飲酒など)などを挙げてくれた。

ユーチューブでの動画配信にも力を入れており、有名人の取材の際には動画を撮るようにしている。受験生の応援企画では予備校の有名講師や俳優、アナウンサーが取材に応じ、動画も公開した。「ミスコンテスト」の出場者に対しても質問を投げかける動画を撮り、再生数が伸びたという。

学内にはライバルとなる学内向けWEBメディアも存在している。粕谷さんは「取材力を活かして、差別化を図りたい」と力を込める。

◆結局、紙の新聞はどうするのか

新聞について語る粕谷さん=港区で

新聞について語る粕谷さん=港区で

じゃあ、塾生新聞は紙からデジタルへ移行していくんですか?

取材に同行した先輩記者がこんな質問をした。すると粕谷さんは明快に答えた。

「デジタルはやるけど、紙面を縮小させる動きは別にない。紙の値上がりとかで負担にはなるが、大学というコミュニティの中で1つのペーパーを発行しているのは大事」

では、紙とWEBの棲み分けについてはどう考えますか。記者がさらに聞くと「新聞には問題提起とか、連載や深掘りが多く、PVはそこまで目指していない。大学っていう場から問題提起できることはたくさんある。お店紹介ばかり載せたら新聞じゃないし」と思いを語った。

最近は、ジェンダー平等やルッキズムに関する問題意識を踏まえ、学内で開かれているミスコンテストの是非を正面から問う連載企画を紙面とWEBで展開した。正直なところ、WEBではあまり読まれなかったという。それでも「やる必要はある」と考えている。

粕谷さんは、塾生新聞を「慶応の地方紙」と考えている。地方紙とは、私たち東京新聞など一定の地域や自治体を対象に発行する新聞のことだ。「大学という特定範囲のコミュニティに届けるという意味では、地方紙は塾生新聞と近い部分はあると思う」とその意味を説明する。

近年、地方紙の間では、読者の情報提供や調査依頼を元に記者が取材を進める「オンデマンド調査報道(ジャーナリズム・オン・デマンド、JOD)」の取り組みが広がっている。東京新聞でも「ニュースあなた発」として多くの記事を発信している。塾生新聞でも近くこの取り組みを始め、公式ラインなどで読者の声を募る予定だ。

◆新聞は「コスパ」「タイパ」悪いの?

粕谷さんは、自身の生活の中でも紙とデジタルを使い分けている。WEBではストレートニュースや速報をチェックし、紙の新聞ではニュースを深掘りした記事を読むようにしているという。

せっかくなので、小さい頃からスマホが身近にあったであろう世代に新聞はどういう存在かと、率直に聞いてみた。「新聞って高いし、広げて読みにくいし。一見すると、コスパ(コストパフォーマンス)もタイパ(タイムパフォーマンス)も悪いですよね」。確かに、そう思う人もいるかもしれません。

そんな粕谷さんだが、高校時代に進路で悩んでいた時に、自分と同じような境遇にある人のことを取り上げた新聞記事を読んで「とても共感することができた」という。今も自宅で購読する新聞を熱心に読んでいる。「ニュースを手っ取り早く知りたければ紙の新聞だよねっていうのも読んでいる側からすればすごく思う。思っているよりコスパもタイパも良いのではないか」

一方、ネット空間の中では新聞記事とネット媒体の記事が同列に扱われ「ユーザーの時間の奪い合いになっている」ことも痛感するという。だからこそ、塾生新聞では「独自性をより出していかなければ」と強く意識しているとのことだった。

最後に、新聞に求めることとは何でしょうか、と聞いてみた。

「求められるのは、各社が同じように報道するストレートニュースではない。新たな視点を提供する、社会との接点をそこで感じられたり、読んで知識を得られたり、こういう考え方あったんだって共有できたりする媒体であってほしい」

その通りです。私たちも負けずに独自性のある記事を発信していかなければ、と元学生新聞記者として心に誓いました。

 

【関連記事】学生注目!! バズれ角帽 早大応援部&OBが復活へ全力エール

 

関連キーワード