シーボルト遺徳しのぶ法要

江戸時代のオランダ商館医、シーボルトの150年忌の法要が18日、長崎市寺町の晧台寺であり、シーボルトの子孫や国内外の研究者ら約70人が遺徳をしのんだ。

 シーボルトは1823年に初来日し、日本の植物や歴史について研究。66年10月18日にドイツのミュンヘンで亡くなった。法要は、シーボルト研究の成果報告を行う「国際シーボルトコレクション会議」が20日、同市内で開かれることに合わせ実行委が営んだ。

 シーボルトが亡くなった時刻とされる午後2時に法要を開始。僧侶らの読経が響き渡る中、参列者が次々と焼香しシーボルトの功績に思いをはせた。

 シーボルトの子孫コンスタンティン・フォン・ブランデンシュタイン・ツェッペリン氏は「シーボルトは開かれた心を持った人物だった。他人を受け入れる考え方が今の社会でも必要だ」と語った。

 法要後は同寺の裏山でシーボルトの妻のタキや娘の楠本イネの墓参りもした。

長崎新聞社

・・・ 平成28年10月19日(水)、長崎新聞 10時22分配信 より

私のコメント: 平成28年10月20日(木)、津和野町 見了山 本性寺 ご住職との間で、私をとりまく宗務内容に関する 対談ができた。