東京消防庁OBの元署長が、TVで、間違った解説を多々しておりました。

謹んでお詫び申し上げます。

 

「燃えた火の粉が原因で屋根から燃え下がった」

燃え下がり等はみられません・・・・・ m(__)m。

 

「朱色の塗料が原因で(うるし?)、燃えるのが早く、このような激しい火災になった。」

火災の最盛期には、通常、このように激しく燃焼してしまいます・・・・・・ m(__)m。

 

「特異な燃焼をしている」

通常の大規模火災です・・・・ m(__)m

 

「防犯センサーが放火犯を感知した・・・・」

赤外線センサーだと思います。人だけでなく、火煙の熱にも反応しますので、どちらかの特定は難しいです・・・・・m(__)m

 

その他、多々の誤った解説、全て素人の発言ということで、ご容赦ください。

 

この火災は、火災調査報告書に書くとすれば、

 何らかの火源により延焼が進行した本殿において、自動火災報知設備が作動し、上方から(おそらく)3分の1以上まで溜まった低濃度酸素の火災生成雰囲気に、この作動を確認するために駆けつけた警備員が、シャッターを開放し、消火器を用いて、滞留した煙に向かい消火器を放出。(火源に対して初期に噴出した場合のみ消火効果が発揮されるものを意味なく噴射したことにより、)燃焼生成ガスに外部空気を混入させ、さらにシャッターの開放により、酸素を建物内に取り込み、一気に燃焼が拡大したもの。さらに、本殿内部の火炎は(防火区画されていない?)建物内部を伝い南殿に延焼。同時に輻射熱により、北殿が延焼したもの。なお、屋内消火栓、放水銃などによる延焼阻止は行われなかった。

です。

 

この火災は、

 ①屋内消火栓にて、本殿内の上方に向かって放水し、本殿の上部に溜まった燃焼生成ガスの温度を下げる。

 ②ドレンチャー(水量の確保がどれだけあったのか等多少疑問要素ああります)及び放水銃を早期に作動させて、隣棟への延焼防止を図る。(言われているように、外部からの延焼を妨げるためだけのものではなく、外部への延焼防止効果もあります)

 この2点により、これほどの延焼は妨げることが可能でした。

 

さらに、事前の設備として、

 ①防火区画を設ける。

 ②よく言われているように、スプリンクラーを設ける。

これらにより、本殿のみの焼損で抑えることが可能でした。

 

消防設備の設置義務が無かったのではありません。

設置義務が免除されるので、燃焼しても良いという方針で設置していなかったのです。

 

これは、永平寺の写真です。

数年前に、中を見学しました。

矢印のところに、延焼防止を図るためのスパンドレルと呼ばれる防火区画が見えます。

このような、古い文化財でも、火災の延焼を少しでも守るために、コンクリートの壁を作ったりしています。

中を歩くと、他にも、いろいろと、火災対策がされていました。スプリンクラーも場所によってですが、設置されていました。

完全とは言えないのでしょうが、火災対策を一生懸命に構築されていたのが、非常に印象的でした。

 

過去4度も消失してしまった首里城。

今年、ようやく、完成した建物には、いったいどのような延焼阻止対策が講じられていたのでしょうか?

 

忠実に再現することだけを考えて何も設置しなかったのであれば、また、焼失するのは、覚悟のうえ?

このとても大切な、文化財を設計した方は、どのような、防火対策を講じていたのでしょうか?

 

通常の建物には、内装により、一定面積で防火の区画を設けるよう厳しく定められていますし、大規模建物にはスプリンクラーの設置が義務付けられています。これは、一定面積以上、燃え広がらないよう、また、多数の死者が建物火災で生じないよう、考え抜かれた法律です。

これを減免する以上、それなりの対策を講じていたはずなのですが、それがどうのような対策だったかが、今の所、全く見えてきません。

 

永平寺でさえ、いろいろな対策が講じられています。

今年、ようやく完成した建物。

まさか、5回目も全て消失することを覚悟して、復活させたのではないと思うのですが・・・・・

 

ニセコで、499.8㎡だの、999.8㎡だの、2999.8㎡だのという、設計の建物を見るたび、仕事を失うのを覚悟して、デザイナーに食って掛かっている消防設備屋(元、火災性状の専門家)のたわごとということで、ご容赦ください。

 

11月末に、首里城を見に行こうと、沖縄までの航空券と宿を申し込んでいた森尻でした・・・・・・ m(__)m