昔、東○消防庁防○課での出来事(一応、仮想現実ということでお願いします)

三○山が噴火した直後から、そこは、大変な騒ぎになっていました。
消○団課、防○課の職員はずっと、不眠で対応し続けていました。
全島避難など、経験もなく、ヘリの運行管理や輸送計画とかも含め、職員の手は全然足りていない・・・・

 当時、火災危険度判定という、初期の炎焼シミュレーションを担当していた若手職員は、キーボードを早打ちできる数少ない職員として、ワープロで時系列や経緯等を記録していました。

 溶岩流が家屋や学校に迫る中、消防ポンプ車を島に運んで、溶岩に放水して冷却できないかという話が他の部から持ち込まれてきました。
 溶岩冷却作戦、別名「焼石に水」つぶやいてしまった若手職員(後にニセコに移住した人かも)はかなり怒られました・・・・は、こうして始まりました。

 若い担当者は、消防車両の移送手段を探せと下命されました。

 民間フェリーは、避難対策ですでに島の沖合に待機したりしていて、東京湾近郊に、そんなのが可能な船はほとんど残っていません・・・、島のふ頭は、大型のフェリーは接岸できないので、大洗とかにいる船も無理・・・

 ゴミ運搬船とか、いろいろあたってみたものの、間に合いそうな船は見つからないし、そもそも、当時、水蒸気爆発で、島が港ごと吹っ飛ぶかもしれないという話が出ている中、そう簡単に民間に依頼もできない・・・・

若い職員は、ふと、思いました。
「あれ?海上自衛隊の船って、消防車運べないのかな?そういえば、自衛隊って、全然出ていないよなあ・・・???」
 当時、自衛隊は軍隊だという発想が強く、河川氾濫などを除き、派遣をお願いするという事例はほとんどありませんでした。政治的な面からも、自衛隊の運用には難しい判断が必要な時代でした。出動命令を下せるのは、総理大臣だけだとか、知事の要請から始まって、いろいろと手続きが必要とか、若手職員は全く知りません。

 ネットとかの無い時代、電話番号はNTTの104番の、番号案内サービスで聞けます。
 104番にかけて、「すみません、自衛隊の番号教えて下さい」
オペレーターの女性が、「どちらのですか?」
「えっと、船を派遣する権限のある、偉い人のいそうなところをお願いします」
「・・・・・??? 市ヶ谷でよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「そちらですと、代表で03-○○○‐○○○○になります」
「ありがとうございます」

で、そこに電話して、電話が転送されて、一度、教わった番号にかけなおしたように覚えているのですが、
「東○消防庁の○尻といいますが、ちょっと教えてほしいのですが、すみません、消防車を大島まで運べるような船ってあるんですか?」
「恐れ入ります、確認のため、お電話をかけなおさせてください。そちらのお電話番号と部課、担当者のお名前をお願いします。」
下から2番目の階級(相手は下っ端だとわかったはずなんですが・・・)と名前を伝えると、すぐに、折り返しの電話がかかってきて、
「大変失礼しました、確認のためお電話させていただきました。○○という護衛艦があり、今、竹芝方面に向かわせるよう指示し、準備させました・・・・・数時間で接岸可能です」
・・・・・ はやっ・・・・

若手職員、問い合わせだけのつもりだったのに、なんか、さすがに、やばそうな、事態展開になってきたことに気付き・・・・・

慌てて、事務室内にひびく大きな声で、
すみません、海自の船が消防車運べるそうで、竹芝に向かわせる準備に入ったそうです・・・

・・・・・・・・・・ 騒々しかった事務室を、沈黙が数秒支配・・・・・・

「それ、いいのか!?」 
「要請になっちゃうぞ!?」
「いや、まだ、準備だから、正式な要請じゃないだろ!」
「向こうは待ってたんじゃないか?だとしたら、要請ってことにならないか?」
「・・・・!!!!・・・・」

・・・・お願い、みんな、そんな怒った目で、私を見ないで・・・・・ m(_ _)m

「都庁には誰つめてる!?、至急、連絡しろ!!」
「○○主任!、作戦室に連絡!!」
「・・・・・!!!」
「・・・・・!!!」

以後、大騒ぎが続き、
結果的に、大型消防車は護衛艦で島に運ばれ、溶岩冷却作戦は無事に遂行されました。

ま、結果的に、怒られないですんだのですが・・・・・・
「新人類は全く・・・・」と、しばらくの間、責められ続けられました・・・・

あれから、○十年・・・・

災害派遣法もしっかりと運用されるようになり、
ゴジラにも、対応できるように解釈され、めでたし、めでたし・・・・