弘明寺に来てみた
昨日は、南太田にある「常照寺」に行ってみたんですけど、何となくイマイチ感があったので(笑)、今日は、大岡川沿いを歩いて弘明寺に来てみました。
弘明寺って、名前と言うか、地名は、小さい頃から知ってたんですが、どんなお寺なんだか全然知らなかったんですよねぇ。
そんなワケで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia) 』で調べてみると、
~~~ ここから ~~~
弘明寺(ぐみょうじ)は、横浜市南区にある寺。瑞応山蓮華院と号し、市内最古の高野山真言宗の寺である。
寺伝によると721年にインドの善無畏三蔵法師により開設されたという。鎌倉時代には源家累代の祈願所とされ、江戸時代には坂東三十三箇所観音霊場の十四番札所として信仰を集めた。
本尊の木造十一面観音立像(通称「弘明寺観音」)は、鉈彫りの典型的な作例として有名なもので、平安時代の作と伝えられ国の重要文化財に指定されている。弘明寺の名物は、この本尊のほか、秘佛という繁殖を奨励するさまざまな仏像があり、弘明寺では「秘佛拝観」の役務を提供し、仏像美術の特殊な造形美術をその所蔵文物として参詣客の要望により適宜公開している。
弘明寺は、かつて広い面積を有する寺有地を有していた。しかし、廃仏毀釈による公有地化で、北の寺有地の大半を横浜市に譲渡されたこと(後に弘明寺公園として整備されている)や、湘南電鉄(現京浜急行電鉄)が寺の北部分に弘明寺駅を開業したこと、また駅の周辺を寺自身が民有化をすすめたことなどの結果、寺有地は過去の約二割にすぎなくなった。
寺の前から鎌倉街道に至る門前町が古くより開け、弘明寺から鎌倉街道まで、アーケード街となって現在に至っている。鎌倉街道への寺入口の門前街路の交差点の横浜国立大学工学部跡地に横浜国立大学附属横浜中学校と南警察署があり、横浜市交通局地下鉄の弘明寺駅が市電の跡地に建設され、京急の駅と同名の称呼を使用している。かつて、この地は横浜市電の西の終点駅であり、市電のターミナルとして鎌倉方面の市電とバスの乗り換えターミナルとして交通の要であった。また、横浜国立大学工学部の学生街としても賑ったが、現在はそのターミナルは港南区の上大岡駅前に移り、かつての学生町・市電ターミナルとしての賑わいはない。観音橋を挟む門前街のアーケードは、弘明寺商店街として下町の賑わいを残す。特に毎年5月中旬から9月中旬にかけての「3」と「8」の付く日は縁日となっており、さまざまな露天商が店を開き、遠方からも弘明寺参詣客とともに多くの庶民で往来はごった返す。
弘明寺の西側に位置する弘明寺公園と弘明寺商店街のほぼ中央を横切る大岡川の両岸は横浜市有数の桜の名所となっている。
弘明寺が事務局となり「病苦研究会」という真言宗有志の団体が形成されている。 終末医療における、心理面のサポートに仏教思想を活かす為の試みである。
2001年には、京浜急行電鉄株式会社が弘明寺に身代地蔵を奉納した。
戦前から60年以上続けられてきた節分の日の豆まきが、警備員の指示に従わない来場者が増え、1956年(昭和31年)に起きた弥彦神社事件のような群衆転倒事故などの危険性があると寺側が判断した為に今年(2008年)は中止になった。
■「弘明寺」の参考文献情報
* ページ名: 弘明寺
* 著者: Wikipedia の執筆者たち
* 発行者: 『Wikipedia』
* 更新日時: 2008年8月15日 08:02 (UTC)
* 取得日時: 2009年1月2日 02:29 (UTC)
* 恒久的なURI: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BC%98%E6%98%8E%E5%AF%BA&oldid=21253713
* ページの版番号: 21253713
~~~ ここまで ~~~
との事。
とっても歴史のあるお寺だったんですね。知りませんでしたよ(笑)。
弘明寺って、名前と言うか、地名は、小さい頃から知ってたんですが、どんなお寺なんだか全然知らなかったんですよねぇ。
そんなワケで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia) 』で調べてみると、
~~~ ここから ~~~
弘明寺(ぐみょうじ)は、横浜市南区にある寺。瑞応山蓮華院と号し、市内最古の高野山真言宗の寺である。
寺伝によると721年にインドの善無畏三蔵法師により開設されたという。鎌倉時代には源家累代の祈願所とされ、江戸時代には坂東三十三箇所観音霊場の十四番札所として信仰を集めた。
本尊の木造十一面観音立像(通称「弘明寺観音」)は、鉈彫りの典型的な作例として有名なもので、平安時代の作と伝えられ国の重要文化財に指定されている。弘明寺の名物は、この本尊のほか、秘佛という繁殖を奨励するさまざまな仏像があり、弘明寺では「秘佛拝観」の役務を提供し、仏像美術の特殊な造形美術をその所蔵文物として参詣客の要望により適宜公開している。
弘明寺は、かつて広い面積を有する寺有地を有していた。しかし、廃仏毀釈による公有地化で、北の寺有地の大半を横浜市に譲渡されたこと(後に弘明寺公園として整備されている)や、湘南電鉄(現京浜急行電鉄)が寺の北部分に弘明寺駅を開業したこと、また駅の周辺を寺自身が民有化をすすめたことなどの結果、寺有地は過去の約二割にすぎなくなった。
寺の前から鎌倉街道に至る門前町が古くより開け、弘明寺から鎌倉街道まで、アーケード街となって現在に至っている。鎌倉街道への寺入口の門前街路の交差点の横浜国立大学工学部跡地に横浜国立大学附属横浜中学校と南警察署があり、横浜市交通局地下鉄の弘明寺駅が市電の跡地に建設され、京急の駅と同名の称呼を使用している。かつて、この地は横浜市電の西の終点駅であり、市電のターミナルとして鎌倉方面の市電とバスの乗り換えターミナルとして交通の要であった。また、横浜国立大学工学部の学生街としても賑ったが、現在はそのターミナルは港南区の上大岡駅前に移り、かつての学生町・市電ターミナルとしての賑わいはない。観音橋を挟む門前街のアーケードは、弘明寺商店街として下町の賑わいを残す。特に毎年5月中旬から9月中旬にかけての「3」と「8」の付く日は縁日となっており、さまざまな露天商が店を開き、遠方からも弘明寺参詣客とともに多くの庶民で往来はごった返す。
弘明寺の西側に位置する弘明寺公園と弘明寺商店街のほぼ中央を横切る大岡川の両岸は横浜市有数の桜の名所となっている。
弘明寺が事務局となり「病苦研究会」という真言宗有志の団体が形成されている。 終末医療における、心理面のサポートに仏教思想を活かす為の試みである。
2001年には、京浜急行電鉄株式会社が弘明寺に身代地蔵を奉納した。
戦前から60年以上続けられてきた節分の日の豆まきが、警備員の指示に従わない来場者が増え、1956年(昭和31年)に起きた弥彦神社事件のような群衆転倒事故などの危険性があると寺側が判断した為に今年(2008年)は中止になった。
■「弘明寺」の参考文献情報
* ページ名: 弘明寺
* 著者: Wikipedia の執筆者たち
* 発行者: 『Wikipedia』
* 更新日時: 2008年8月15日 08:02 (UTC)
* 取得日時: 2009年1月2日 02:29 (UTC)
* 恒久的なURI: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BC%98%E6%98%8E%E5%AF%BA&oldid=21253713
* ページの版番号: 21253713
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との事。
とっても歴史のあるお寺だったんですね。知りませんでしたよ(笑)。
