第3話「奪われた補給線」
U.C.0125年4月20日 03:18(地球標準時) ルナ2外縁宙域・連邦軍補給線第17航路
宇宙は、沈黙していた。
黒い空間を滑るように進む、六隻の連邦軍補給艦。その後方に、光を殺した護衛部隊。
「これより補給ルート第17号を通過、予定時刻は05時30分……」
通信士の報告を、カイ・ルグランは僅かに聞き流す。
(この静けさが一番危ない)
搭乗する〈RF-01 フレイムレイス〉のコックピットで、彼は計器を睨みつけていた。
昨日の襲撃――リアン・ファルクの姿が、網膜に焼き付いている。
「……反応なし。宙域はクリーン」
味方部隊からの報告に、ミナ中隊長の声が被さる。
「気を抜くな。やつらは空間を切り裂いて現れる」
U.C.0125年4月20日 04:02 第17航路・小惑星帯セクターM-22
「センサー異常! 高エネルギー反応――多数!」
突如、虚空が破られた。
赤い閃光が連なるように現れ、護衛機の一機が爆散した。
「ここで来たか……!」
ミナの〈MSK-100S ジェルダ改〉が即座に対応、ビームバルカンを連射。
「迎撃開始! パターンBで展開!」
カイの機体も反応する。左肩部のスラスターが開き、緊急加速で味方機を庇う。
敵は――機動力に特化した新型の赤い機体群。
リアンの搭乗機〈AMX-014GR レイヴン・ツァイト〉が、その中央を滑るように突進してきた。
「見せてみろよ、お前の“炎”を……!」
U.C.0125年4月20日 04:13 宙域戦闘中
ビームが交差し、補給艦一隻が沈黙する。
カイはフレイムレイスを旋回させ、背部のスラスターで敵を引きつけながら誘導した。
「くそっ……ファンネルが反応しない……」
彼の言葉に、機体のAIが応える。
《未認証エネルギーが臨界寸前。ユニット再調整中》
フレア・モードは使用不能。
(まだ、あの光は……自分のものじゃない)
だがリアンのレイヴン・ツァイトは容赦しない。
8基の有線兵装「ドラグーン・バースト」が円を描き、カイの機体を包囲する。
「終わりだ!」
リアンの声とともに、無数のビームが放たれる。
「……まだ終わってない!!」
U.C.0125年4月20日 04:17 フレイムレイス、再点火
直撃の寸前、カイの機体に異常発熱が走る。
光学センサーが焼かれ、通信がノイズに包まれた瞬間、
フレイムレイスの背部から、金色の光翼が再び展開した。
《システム臨界超過。リミッター解除。フレア・モード再起動》
ファンネル・ヴァリアントが咆哮するように浮上し、次々と敵機を押し返す。
金色の軌跡は、まるで空間を引き裂く火炎。
リアンの顔がこわばった。
「これが……貴様の“答え”か……!」
フレイムレイスとレイヴン・ツァイトが激突する。
ビームランスとヒートソードが火花を散らし、二機の機体が回転しながらぶつかり合う。
「まだ、俺はあんたに勝ってない……だから、ここで終わるわけにはいかないッ!」
U.C.0125年4月20日 04:23 宙域戦闘終了
敵は撤退した。補給艦は半数を失ったが、ルナ2への最終便は確保された。
リアンは戦場を離脱しながら、小さく笑う。
「やはり面白いな、お前は」
その通信は、連邦のどの記録にも残されなかった。
U.C.0125年4月20日 07:35(地球標準時) 月面基地ルナ2・第5ドック・医療ブロック
人工重力がわずかに揺れる中、カイ・ルグランは治療室の簡素なベッドに腰掛けていた。
包帯の巻かれた右手には、火傷の痕。フレア・モードの臨界出力が、彼自身にまで影響を及ぼしていた。
「……君、よくぞ生きて帰ったな」
低い声と共に扉が開き、連邦軍中将――エドモンド・ヴァンスが現れた。
グレーの軍服に身を包んだ老将の目は、戦場ではなくその背後を見ている。
「今回の戦果は認める。しかし問題はその“力”だ」
「フレイムレイスのことですか?」
「違う。君自身のことだよ。あの機体は……人間の理性では制御できん」
カイは押し黙った。
戦闘中、自分の意識が薄れた一瞬。機体が“自動的に”攻撃を仕掛けたような感覚――あれは自分の意志だったのか?
U.C.0125年4月20日 09:15 ルナ2・格納庫裏 第2管制塔
一方そのころ、ルナ2内部の高セキュリティ区画で、極秘の通信が発信されていた。
アクセスコード:N-03Λ-THEIA。
発信者不明。行き先は地球軌道外の暗号通信サーバー。
送られたのは、フレイムレイスの内部構造図、コアシステム制御コード、戦闘ログ――
連邦軍最高機密の一部だった。
黒い影が端末から離れ、暗がりへと姿を消す。
「次は……“試作2号機”か」
U.C.0125年4月20日 13:50 ルナ2・ブリーフィングルーム
格納庫でのメンテナンスを終えたカイは、ミナ中隊長に呼び出されていた。
「カイ、聞いたか? 先週の内部監査で、機体情報の一部が外部に漏れてた可能性がある」
「……敵に?」
「まだ断定はできない。でも、これはただの軍事機密じゃない。“あの機体”は、軍の派閥ごとを揺るがす鍵なんだ」
モニターに表示されたのは、連邦軍上層部の組織図。そして赤く囲われた“フレイム計画部”の名。
その隣に、別のマークが浮かぶ。
“AEF(アルシオン独立工業連合)”――かつてのジオン残党が変質し、経済ネットワークに潜り込んだ組織。
「まさか……“彼ら”に?」
「その可能性はある。だがもっと深い場所から漏れてる……内部の誰かが動いている」
U.C.0125年4月20日 17:10 ルナ2 軌道上・警戒宙域
その頃、ルナ2上空では見えない圧力が高まりつつあった。
警戒機のセンサーが微弱な残留波を捉えた。
通常のステルス航路ではありえない、微細な粒子の流れ――
「まさか、また奴らか……?」
AIが割り出したコースの先には、まだ明かされていない“第2の試作機”の格納庫があった。
U.C.0125年4月20日 18:42 ルナ2・南部格納区画
機体整備主任の女性技術士――セリナ・クロフォードは、胸騒ぎを覚えていた。
格納庫に保管されたまま、誰にも公開されていない機体――RF-02“リヴァイアサン”。
それは、フレイムレイスの兄弟機。制御不能として封印されたはずの、暴走型コア搭載試作機。
「誰かが……これを狙ってる」
彼女はその場を離れると、緊急直通回線を開いた。
宛先は、カイ・ルグラン。
「……本当に危ないのは、あんたの機体じゃない。あれを、絶対に動かしちゃいけない」