第20話 エピローグ ― 闇の継承者
FRBのシステムは、停止まで残りわずか30秒という寸前で遮断され、辛うじて守られた。
決済ネットワークが再起動し、赤い警告表示が徐々に収束していくと、会議室の空気は一気に弛緩した。だが、その安堵は誰にとっても重苦しいものでしかなかった。
アレックスは深く息を吐き、額の汗を拭う。
「……終わったのか?」
誰にともなく漏らしたその言葉に、マヤが椅子にもたれかかりながら小さく首を振った。
「いいえ。セルゲイを止めただけ。問題はまだ残っている」
拘束されたセルゲイはFBI本部の地下収容区画に移送されていた。防弾ガラス越しに映るその顔は、敗北の色を見せるどころか、どこか達観した笑みを浮かべている。
「負け犬のくせに、妙に余裕だな……」
アレックスが吐き捨てるように言うと、マヤは画面を指差した。
サイバー班が解析を進めていたFRB侵入ログ。その奥深く、無数のコードの断片に紛れ込むようにして、不可解な通信履歴が残されていた。
それはセルゲイの端末からではなく、別の経路を介していた。
「このパケットは……別の発信源から」
サイバー班の一人が青ざめた声を上げる。
「セルゲイは実行犯に過ぎません。背後には、もっと大きなネットワークが……」
アレックスは視線をマヤに投げかける。
「お前の読みどおりか」
マヤの目が鋭く光る。
「セルゲイはただの駒。舞台は、もっと深いところにある」
***
深夜2時。
FBI本部の作戦室に残ったのは、アレックスとマヤ、そして数名の幹部捜査官だけだった。
ホワイトボードには今回の事件の時系列が整理され、矢印と赤い線が何重にも交錯していた。
「FRBを狙うなんて、国家を揺るがすには効果的だが……あまりに派手すぎる」
アレックスは資料をめくりながら唸る。
「まるで誰かに“見せるための犯行”のようだ」
マヤは唇を噛み、机に広げられたプリントをじっと見つめた。
そこには奇妙なファイル名が記録されていた。
“PROTOCOL_PATRIOT”
「プロトコル……パトリオット?」
アレックスが読み上げると、室内の空気が一層重くなった。
サイバー班の主任が険しい表情で説明する。
「FRBログの深層に埋め込まれていました。おそらく意図的に残された“サイン”です」
画面に拡大されたファイルの冒頭には、たった一つの単語が打ち込まれていた。
“KENNEDY”
一瞬、誰も声を出せなかった。
「……ケネディ?」
アレックスの声が震えた。
「大統領ケネディのことか?」
マヤは冷たい息を吐き出した。
「間違いない。あの暗殺事件……その亡霊が、今も生きている」
幹部捜査官の一人が椅子を蹴るように立ち上がった。
「バカな!あれは60年前の事件だ!犯人はとっくに処理され、歴史の闇に葬られたはずだ!」
しかし、マヤは首を横に振った。
「“闇”は消えないわ。むしろ、受け継がれてきたのよ。血と復讐の連鎖として」
アレックスの背筋に冷たいものが走る。
もし今回のFRB襲撃が、単なる経済テロではなく――“ケネディの借りを返すための序章”だったとしたら?
***
その頃、拘束されたセルゲイは、監視カメラ越しにマヤの姿を見つめながら、不気味に笑っていた。
マイクを通じて響いた声は、低く、暗い。
「君たちは勝ったと思っている。だが、ゲームはまだ終わっていない」
アレックスが睨みつける。
「お前はここで朽ち果てるんだ。もう終わりだ」
セルゲイは首を横に振り、ガラス越しにゆっくりと囁いた。
「俺はただの“橋渡し”にすぎない。俺を潰しても、連鎖は止まらない……
次に動くのは、俺よりはるかに古く、はるかに巨大な影だ」
その目は、確信に満ちていた。
***
夜明け前。
FBI本部の屋上に立ったマヤは、冷たい風を受けながら遠くの星空を見上げていた。
アレックスが後ろから歩み寄り、静かに声を掛ける。
「眠れないのか」
「ええ……」
マヤは髪をかきあげ、長い沈黙のあとで続けた。
「セルゲイは言った。彼は“橋渡し”にすぎない、と。なら、その先にあるのは――」
アレックスが短く頷いた。
「“プロトコル・パトリオット”。ケネディの亡霊。……次の標的は、国家そのものだ」
二人の視線は、東の空に昇り始めた光を見つめていた。
新しい一日が始まろうとしていた。
だが同時に、より深い闇が姿を現そうとしていた。
***
ニューヨークの片隅、古い倉庫街の一室。
暗い部屋の中央には、ホログラムのモニターが浮かび上がっていた。
そこに並ぶ影の人々。
ひとりが低い声で呟く。
「セルゲイは計画どおり動いた。FRB襲撃は成功だ」
「成功?」別の声が冷笑する。
「奴は捕まったぞ」
「問題ない。あれは囮だ。本番はこれからだ」
そのホログラムの中央に、大きく浮かび上がる一枚の写真。
壇上に立ち、笑顔で演説する――トランプ大統領の姿だった。
「ケネディで終わらなかった借りを……我々が返す時だ」
その言葉と共に、暗闇に響くのは氷のように冷たい笑い声。
***
FBIが守ったのは、ほんの小さな勝利にすぎない。
国家の心臓を狙った影は、さらに深く、さらに重く迫ってきていた。
Season 2 END