JSKLでは、地理的条件の為『家庭訪問』なるものを行っておらず~かわりに新学期の早い時期に個人面談を行う。


「このまま娘をこちらのS部に行かせるべきか、迷っているんです~娘自身の信号も受け取ることができなくなってしまって...」


~JSKLでは最後となってしまった個人面談を終えて、今でも耳に残っている言葉だ。


このお母さんの息子がP部1年生で、担当させてもらっている。


その息子のことよりも、今年からJSKL~S部に入学した娘のことで...面談は終始した。


実は、マレーシアへ家族で赴任することが決まった時~家族みんなで喜んだそうである。


S期という多感な時期を~あまりにも受験一辺倒で窮屈な日本で過ごすよりも、そんな日本を離れ外国で過ごすことは“伸び伸び”と成長していけるのではないか...マレーシアでは、日本でできないことにどんどん挑戦していきたいし、ここでしか得られないものを求めていきたい~そう願って来馬してきた。


実際、S3年生となる一番上の兄はJSKLではなく現地のインターナショナルスクールへの道を選び、最初の言葉の苦労は壮絶であったが~今ではその壁を突破しおよそ受験生とは思えないほどのゆったりと充実した日々を送り、表情も明るい。


それに対して、JSKLという道を選んだ妹の方はS1年生にして受験生以上の重たい表情を見せるのである。


S生を持つこちらの家庭は、総じて大変教育熱心である。


日本から遠く離れていることが、かえって「日本の状況から遅れまい」という意識を増幅しているのかもしれない。


JSKLのS3年生の卒業式が1月早々に行われることや独自のカリキュラムとしてP1年生から行われている外国語教育が~マレー語ではなく英会話であることもその辺の事情と大きく関係している。


当然~JSKLとしても日本国内と同等の教育を施す責務があり、各家庭や子どもたちの期待には全力で応えていかなければならない。


しかし、日経デパートにしか買い物に行ったことのない子ども、日本食レストランにしか行かない子ども、同じコンドミニアムの日本人同士でしか遊ばない子ども...を見ていると(自分自身も含めてだが)せっかく近くにありながら、もうひとつの大切なものを見過ごしているような気がしてならない。


「JSKLの友だちはテストのこととか受験のことばかり話すの~みんな日本のことだけを見てるみたい...」~そんなことを娘がふと言うんですよ...とそのお母さんは目に涙をためてその心情を吐露した。


心なしか肩を落としてゲートを出ていった母のその傍で、今日も授業が終わったP生たちを迎えにきた進学塾のバスへ生徒たちが乗り込んでいった...






追伸:その後、この娘は現地の器械体操クラブに入部し、言葉はわからないながらも頑張っているようだということ~『もうひとつの大切なものを見つけてくれることを祈りたい...



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