時が流れ再び浮かび上がるもの…
昨日今日と、どこか通じる話しを聞き、流れる時間の重なりに、感じたので記し書き。
。。。。
声楽院のメンバーには色んな人が通っています。
昨日の歌練の休憩の合間での話をまず一つ。
第二次世界大戦中、沖縄では地上戦が行われ多くの人が家族や友人と生き別れ、失っています。
なので戦後孤児になった子供も多かったそうです。
その孤児になった子の中にはアメリカ人が養子として引き取りアメリカに渡った子も多かったそうです。
基地で記者をしている方が歌練メンバーにいて、今その孤児たちの行方を捜している取材をしていて、ある孤児の話しをしました。
戦争中、沖縄北部に米軍の陣地が張られていて、その敷地の周りには敵から身を守るためたくさんの地雷が埋められていたそうです。
その地雷を潜り抜け一人の男の子が米軍内に逃げ延びて来たそうです。
兵士達は、その男の子の運の良さに驚き、保護し、可愛がっていたそうです。
そして戦争が終わり、孤児になったその子を兵士の一人が養子に受け入れてアメリカに連れて帰る事になりました。
しかし、養子にしてアメリカに連れていくのはそんなに簡単な手続きではなく、荷物に隠れてアメリカに連れ帰ろうとし沖縄を出たまではいいが、本土の基地で見つかって止められてしまったそうです。
それで、その場所にその子はしばらく残され、親切な人がまた彼を沖縄へ送り返してくれたらしいです。
それから先の彼の行方は分からず、今彼女は取材をしているとのことでした。
それを聞いてた別のメンバーが、似た話しがあるといいました。
メンバーの従兄弟の旦那さん方の叔父さんの話しです。
彼もまた戦争中に親、兄弟全員を戦争で亡くしてしまったそうです。
それで周りの人や親戚に育ててもらい大人になったそう。
そして近年、役所で働いている知人がその叔父に、お前に似た人がいる、と話を振ってきたらしく、
その似た人というのが、
ある男性で、彼は沖縄出身の戦争孤児だということ。
親兄弟を皆亡くしてしまって、戦争後、アメリカ兵の養子として引き取られるのが、手続きが上手くゆかず、本土に置き去りにされてしまったと。
それからいつか自分で沖縄に行くと目標を描き生きてきて、プロボウラーとしてある大会で優勝して、その時のインタビューで自分は戦争孤児で沖縄の出身だと自分の話しを打ち明けたそうです。
それを見た知人がその叔父さんに何だか似てると話をしてきたそうです。
そして、本当に彼らは兄弟だったことが分かったらしいです。
お互い天涯孤独になったと思っていたのが、十何年も経て兄弟が生きているのが分かったという話しでした。
そして、最初の男の子の行方を、北部の当時からを知ってて相談に乗れそうな人物の当てを、記者をしている彼女に紹介してくれてました。
……
そして、今日は父の話し。
今日は先日の母の忘れ物を届けに実家に来てます。
それで父と話をしていました。
そして話しの流れから祖父の話しへ。
祖父は生前、糸満で船をいくつもち貿易などをしていました。
そしてある時、フィリピンとオーストラリアの間の漁場に向かった十何人乗る船が忽然と消息を断ち行方知れずになったそうです。
通信が2日過ぎてプツリと切れどこを捜索しても見つからず、そのまま船も乗組員達もいなくなってしまいました。
この事で祖父も会社も大変苦難を味あわされたそうです。
祖父の従兄弟も甥っ子も船に乗っていたそうです。
船には他に宮古出身の方も多くのっていたとのこと。
そして父が言うには...
船は、北朝鮮に拉致されていたんじゃないかと。
というのも、
数年前、北朝鮮との貿易をしている船に宮古の人が仕事で乗っていたそうで、
そこで北朝鮮に着いて港で荷物の出し入れ作業をしていた彼が船の周りに集まっていた北朝鮮の見物人の中に、宮古人の顔つきをした男性を見かけたそうです。
そこで彼は船から、宮古の方言で呼びかけ手を振ってみたところその男性が宮古方言で返してきたらしく、でもすぐ人が来てその男性は連れていかれてしまったそうです。
祖父は亡くなる前も、船の乗組員のことを気にかけていて、看病していた父にもしかしたら、、拉致されたのかも、と話しをしていたようです。
実際、面倒見のよかった祖父は、会社に北朝鮮の人も雇っていて、彼らは日本姓を名乗って働いていたそうです。
父はある彼に可愛がってもらっていたらしく、よく記憶しているといっていました。
船場で飯炊きの仕事をしていて、暇があれば
よくザーザーとノイズの多いラジオを聞いていたそうです。
父は、彼に教えて貰ったという、手を使わず耳をや左右の小鼻を別々にピクピク動かす芸を私にやって見せました。
その彼は船が行方不明になって数年後に、何かのトラブルで殺されて亡くなってしまったそうです。
当時は韓国の人北朝鮮の人同士間のトラブルなども沖縄であったらしいですが…
だからといって真相は分かりませんし、行方不明になった船の乗組員のことに関しても、根拠にもならない事かもしれません。
ただ、
私に少し遠くに感じてた事象がもっと近いところに存在していたのを感じたこと。
近しい人が居なくなり、残された人の想い。
居ないと思っていた人が、本当は居て各々人生を生きていたこと。
今は重なっていない各々の時間でも、先にある結び目。
表に現れない(知らない)事実。
表層では捉えきれないけど、深層で進み先で分かり出会う事。
なんだかそんな予感を感じ取ろうとしてみる自分がいました。