シロネコ記する。

<短話:秋のまなざし>

・・・人を探して欲しいのです。
私の事務所に彼女が訪ねて来たのは、窓ガラスに照りつける夏の陽射しが激しさを増した7月終わりごろのことだった。

・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。
依頼人は、柔らかな笑みを浮かべながら、私に探索を願った。
行方不明の恋人を探して欲しいと頼む割には、切羽詰った様子ではなく、ましてや笑みを浮かべながらとは、作り笑いというにはあまりにも自然であったし、最初はどうも胡散臭い話だと思った。だから、必要以上に私は事務的な態度で対応した。ついでに法外と思われかねない金額を提示し、適当にあしらってみたのだ。
それなのに、彼女は金額に驚くこともなく、静かにうなずくと、一言「どうぞ、よろしくお願いします。」というと、バックから手付金と朱書きされた分厚く膨らんだ封筒を取り出すと机に置き、丁寧にお辞儀をしてから事務所を出て行った。
私は半ばあっけにとられ、彼女を見送った。そして、封筒から取り出した真新しい札束を指でさすりながら、少し興奮していた。

2,3日は依頼人が記入した書類を眺めて過ごした。
行方不明になった恋人の特徴が思いつくままに書いてあるもので、どれほどに彼が優しく頼りになる人物かが、そこにはくどいまでに書き並べてあった。
言葉を荒げる事はなかった。いつも穏やかで気遣いをしてくれる人だった。
歌がうまかった、おいしいもの好きだった。よく話題の店には連れて行ってくれた。
旅行に行くとたくさん土産を買って来てくれた。土産は部屋いっぱいになってしまって、飾るためにわざわざ買った戸棚にみんな置いてある。
そして、ある日、約束していた待ち合わせの場所に、彼が来なかった。
あの人に限って、自分を裏切ることなど考えられない。
何か起こったに違いない。
・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。

彼の写真は添えられていなかった。
中肉中背で特に目立つ傷やほくろはないようだった。彼も依頼人も写真嫌いとかで、一枚も写真がない。
出身地もわからない、どこに勤めていたのか、通っていた学校すらも知らない。
まるで、雲をつかむような話だった。

・・・そりゃ、からかわれてるんだよ、それともなきゃ、依頼人の願望じゃないか、恋人が居たっていう、ほら、都会の孤独ってやつさ。
いつも調査の時には協力してもらっている友人を、ビアホールに誘って話をすると、やつは大ジョッキをぐいぐいと空けながら、笑い飛ばした。
・・・いいじゃないか、報告書をちょいちょいって作って、金をもらえば・・。はやいとこ見つかりませんでしたって、報告するんだね。
私は、半分ほど残った黒ビールを見ながら、あいづちを打っていた。
唇に残ったビールの泡を拭った苦い味が舌に残って、とても後味が悪かった。

詳しい話を聞くため彼女のアパートに行くと、近くの小山からせみの鳴き声が、滝の音のように絶え間なく聞こえていた。
なるほど集められていた土産は壮観だった。6畳間に飾り戸棚が3つ、その中に、まるで博物館に来たような気になるぐらい、いろいろな物が所狭しと置かれていた。
カラフルな色彩が施された大きな花瓶、やしの実を加工した人形、鳥の羽で出来ていると思われる風変わりな入れ物、身に着けるにはあまりに派手なアクセサリー類はガラスやスパンコールが明かりを反射してきらきらとまばゆく光らせている。部屋の壁にもさまざまの国や地方のポスターが貼られていて、天井からは色とりどりのバナーが下げられていた。
彼女は、ひとつひとつの土産物を指し示しながら、これはどこそこのもの、それを送ってくれたときにはこんなことがあった、などと楽しそうに話ながら、私に言った。
・・・彼のことを知ってもらうには、これが一番ですから・・・。

私は、とりとめのない土産品といつまでも続く彼女の話を聞くうちに、まるで何か酔ったかのような気持ちにさせられた。なんとか、彼の特徴やいなくなったときの様子を聞きだそうとするのだが、依頼人は私の質問に直接答えることはなく、ただ説明するばかりだった。私は、ただうなずきながら聞くばかりだった。
・・・これは、今ではなかなか手に入らないものです、それはこういう風に持って吹き鳴らすものなのです。
依頼人の少しかすれ気味の声が柔らかく耳に染みとおり、いつしか私は、ずいぶん前からこうしてこの部屋で、彼女の話を聞いていたことがあるような気になっていた。

アパートの他の住人は、彼女の部屋の出入りには、ほとんど関心をはらっておらず、手がかりはまったくといっていいほど得られなかった。私が人を探しているとわかると、誰もが好奇心ではじけそうな目つきをするくせに、誰もなにもしゃべろうとはしない、いや、本当になにも知らないのかもしれない。
アパートの全部の家を訪ね、私は疲れ果てていた。
・・・○○○号室のことで・・・ちかごろなにかございませんでしたか?
さぁ、あまりお付き合いをしていないので・・・何かあったのですか?
繰り返される問いかけに、私は、こんなにやっかいな人探しは初めてだと感じていた。
凝った肩を手で揉み解しながら、友人の言うとおり、さっさと報告書を書いて終わりにしようかと、ふと思ったりもした。

よく待ち合わせをしたという喫茶店にも行ってみた。
喫茶店は照り返しがきつい駅前広場にあった。敷かれているアスファルトからはゆるゆると熱い蒸気が立ち上っているようだった。
店の店員は、つい先週からのアルバイトで、なんの助けにもならなからず、別の店にいるという店長を教えてもらって、いろいろと聞いてみたが、始終アルバイトが入れ替わるとかで、依頼人が来ていた時期に店にいた店員が誰かも良くわからない有様だった。
・・・なにしろ、ちかごろのバイトはいい加減でね~
店長は書類を書きまわしながら、いかにも面倒くさそうで、できれば私が諦めてくれればいいと思っているに違いない様子だった。
ともかくも、何人かの連絡先を教えてもらうことが出来たが、そのほとんどがでたらめで、やっと会えた元店員も、自分が店で働いていたことすら、忘れている始末で、まるで覚えていなかった。

こんなに手がかりのない人探しは、初めてだった。
私は事務所に戻ると、ため息を付きながら、依頼人に結果を報告するための電話を掛けた。机に向こうに見える事務所の前の並木道が、ほんのりと色付いているのに気が付いた。あぁ、もう秋なんだ、明日報告を聞きに来るという依頼人の声を聞きながら、私はぼんやりととりとめもない思いにとらわれていた。

翌日、私は、彼女にこれまで調べた状況を書き込んだ報告書を示し、見つけられなかったことをわびながら、心のどこかで、居もしない人間を探させたのではないかと思い、それがふと出てしまいそうで、何度も言葉を飲み込んだ。
・・・見つけられなくて、お気の毒です。(貴女の想像なんでしょう?)
力足らずで、申し訳ありません。(報酬はしっかりいただきますよ!)

・・・長い間ありがとうございます。もういいのです。おかげで見つかりましたので・・・
彼女は、報告を聞き終わると、静かにうなずいた。そして、最初に事務所に現れた時と同じように、柔らかい笑みを浮かべながら、私をじっと見つめた。
私は唖然とすると、ぽかんと口を開けて、依頼人を見た。
彼女は、もう一度かすかに笑うと、
・・・頼りがいがあって、優しくて・・・
そして彼女の唇が、続けて・・・

・・・あなた・・・
と、ささやくのが聞こえた。

クロネコしるす。

続きです。
どうぞ。


以前の広いアトリエは今ではほとんどが店になっているが一部は仕切られて寝室として使われている。
「喉乾かない?」
美鈴はベッドからするりと抜け出して冷蔵庫の方へ消えて行った。
空いたところに寝返りをうつと湿りを帯びた温もりが女の匂いとともに染みてくる。
身を起こすと缶ビールを持って戻ってくるのが見えた。
「そろそろエアコン直す気はない?」
「変わらないよね」
ベッドの脇で缶を開けて喉を潤している美鈴の肉体を天窓からの月明かりは青白く照らし肌ににじむ汗を輝かせる。
「厭味なの?」
ベッドに座り込んで自分が飲んでたビールを差し出す美鈴。
「イメージの事だよ」
誠吾がビールを飲んでいるうちに美鈴は太ももを枕に横になる。
丸まった姿は昼間のネコを想像させた。
「それだってそんなことないでしょ?最初に会ったのって17くらいよ」
「20年前か。
こっちは10才だった」
「その時も裸だった?」
「親父とのセックスの真っ最中」
「ふふふふ」
その時の記憶なのかはもうよく判らないが確かに憶えている。
言われてお茶を運んで来た誠吾がアトリエの重い戸を開けると少女の喘ぎ声が響いた。
声のする奥の方を見ると床の上に転がされた裸の少女に父親のがっしりした大柄な身体が覆いかぶさっている。
父親はこちらを見もせず、
まだ少女の顔の美鈴は上気した目でこちらを見たあと顔を背けて身を反らせながら声を上げた。
「その前から他のモデルとの行為を見てたから珍しくもなかったんだけどね」
「そうなの?」
「子供だったから最初は何してるのかわからなくてお袋に親父とモデルの人が裸で遊んでると言ったら怒られたよ。
他所では絶対言うなってね」
「あはは、そりゃあね。
アタシも恨まれてたし」
「お袋が?」
「だって奥さんが入ってきてもお構いなしなんだもの。
こっちは睨みつけられるわよ」
「そうか」
「やっぱり女同士だとねぇ…
でもご主人だけじゃなく息子にまで手を出しちゃったから今でもたぶんあの世から恨まれてるんだろうなぁ」
「こっちが大人しく手を出されたって訳でもないよ」
まだ店を初めて一月も経たない頃に美鈴はふらりと現れた。
それまで美鈴がモデルになってから誠吾が大学進学のために家を出た何年間かも挨拶程度でろくに話した事は無かった。
ちゃんと話をしたのは父の葬儀以降の事である。
既に母親が亡くなっていたため葬儀の時にはモデルつまり愛人達が誰はばかる事なくずらりと並び、
その光景はなかなか壮観で参列者の好奇心も大いに刺激した。
中には父が生きている頃からもう十年以上顔を出していないモデルもいたらしくそう言う女の目当ては当然ながら遺産のおこぼれである。
一人息子である誠吾には一応知らされていたのだが、
父が生前作成していた遺言では本宅とアトリエなどの不動産と作品はすべて誠吾が相続しその他はすべて現金化してモデルの頭数で等分するとなっていて、
既に体調を崩していた父親に代わって弁護士と一緒に遺言の作成を含めそれらを取り仕切ったのが美鈴だった。
そのため年上のモデルなどからはよく思われていなかったらしい。
現に葬儀の間も美鈴が言葉をかけるとあからさまに不快そうな顔をしたり無視を決め込んでしまうと言う様な光景を何度と無く見かけた。
だがそうは言っても下手に事を荒立ててわざわざ取り分を目減りさせかねない事をする者もいなかったので遺産の分与は滞りなく済んでほとんどのモデルはそれきりになった。
美鈴にしても音信不通は同じで町内にいるらしいとは聞いていたのだが現れるまではどこに住んでるのかさえ知らなかった。
誠吾としてもそんな事があったので美鈴には相応の恩義もあり裸しか知らなかった女の思いもよらぬ聡明さに興味もあったのでつい話し込む事になった。
最初は普通の客と店の主と言うことで話し始めたのだが、
その頃は客もたまにしか来なかったので夕方を過ぎ二人きりになると店を閉める前から父親の思い出話を肴にカウンターに並んでさしで呑み始めた。
それがどうしてああなったのか…
ひとしきりの話題が終わり何となく続いてた会話も途切れたしばらくの沈黙の後、
既に肩が触れ合う距離にいたお互いの顔がどちらからともなく近づき唇を貪った。
その後は耳の横で不規則に漏れる深い吐息に情動を突き動かされて我を忘れ、
『初めて抱いてくれるのにこんなところなの?』
そう言われて気がついた時には既に隠すべきところが残らず露になった美鈴がテーブルの上に横たわり上半身裸の自分が押し開いた足の間にいた。
それから大方は美鈴の都合なのだが時々思い出したように身体を求め合っている。
「でもアタシが他の人に抱かれる事には抵抗は無いのよね」
「全くと言うわけではないよ。
今日の様な事ばかりだともう少し考えて欲しいとも思うし」
「でも身体だけならあんな男でもいいのよ」
「そうだろうけど」
「やっぱり囲いものにでもしたい?」
「それほど日常的に女性を欲しているわけでもないよ。
だからと言って要らないってほど悟ってもいないんだけどね」
ここで女房という言葉が出なかったのが美鈴らしかった。
もう諦めてるのか、
それとも端から頭に無いのか…
「それに相手になるとは正直思えないし」
「とても息子とは思えないなぁ」
「親父を反面教師にしかできなくてね」
「だからその反面教師の片棒を担いだ女がアフターケアしてあげてるの」
頭を起こした美鈴はいたずらっぽい笑顔を浮かべながらシーツの上から下半身を撫でまわしている。
「そりゃどうも」
お返しに髪の中に手を差し入れ耳の後ろをくすぐる。
正直に反応する身体に男の生理の薄っぺらさは感じるがそれを悪いと思うわけでもない。
あまりに奔放すぎる父親を好きにはなれなかったが美鈴を関係を持ってみるとそんな人間に振り回されるのが自分の人生なのかという気もしている。
「声かけられた時ってモデルになってくれって言われた?」
首をすくめて身をよじった美鈴は今度は同じところを頬ずりしている。
「愛人になれって言われたの。
あの人にとってモデルと愛人は同じだったから」
「そう言う事かな」
「でも嬉しかったわ」
「ん?」
「ウチは祖母も母も外国人相手に身体を売って暮らしてたの。
だから母もアタシも父の顔も名前も知らないどころかどこの国の人かもわからないわ。
そんな女が人から必要だって言われる事ってまず無いもの。
身体は別としてね」
「でも結局必要なのは身体だったんじゃないか」
「そうなんだけどね。
ネコ?」
外で低いくぐもった声が響いている。
「今頃盛りなのかな?」
「ねぇ、明日早い?」
「普通でいいと思うけどな」
シーツを捲り上げて誠吾の上に股がった。
「必要なのは身体よ。
いつもね」

開けっ放しのドアからあのネコが入ってきた。
「すずちゃん、おいで」
座り込んだ唯の手招きに呼ばれたネコはニャアニャアと甘えた声で鳴きながら近づく。
「すずちゃん?」
傍に来るとごろりと転がりお腹をさすられると気持ち良さそうに身を捩らせている
「ずっとそう呼んでたじゃないですか」
「いいの?」
後ろにいた美鈴に聞いた。
「嫌がってないんだからいいんでしょ」
美鈴はくるりと背を向け奥へと引っ込んで行った。


ー了ー
クロネコしるす。

前に上げたヤツを放ったらかしにしてますが別の新しいのをあげます。
続きも完成次第順次あげますのでよろしくどうぞ。

では。


普段の外暮らしのせいだろうか。
少しくすんだ白に申し訳程度に黒の斑模様を散らせたネコが開店前の開け放されたドアからとことこ入り込んできてカウンターの椅子の一つに上がり込んだ。
「美鈴さん」
「あっ、コラ」
床の掃除が終わって片付けをしていた深草美鈴は言われて初めて気がついた。
当世のコスプレなんぞとは趣きの違う上品なメイド風のかわいらしい衣装であるがその効果はどちらかというと彼女の成熟ぶりを強調していた。
年の頃はもう30の半ばを越えているのだが日本人離れした整った顔立ちと肉感的なプロポーションはそれを感じさせず、
タイトな黒のワンピースとフリルの多用された真っ白なエプロンのコントラストは柔らかく発達した曲線とその動きの一つ一つに女を強調していた。
「誠吾くん」
「はい?」
「そう言えば名前って何なの?」
カウンターの奥にいる同じ店の人間とは思えないようなラフな格好の男の方へ振り向いた。
「名前…そう言えばありましたっけ?」
稲荷誠吾、
こちらは30前後であろうか。
やや細身の体型で170センチ後半の長身。
清潔そうなエプロン以外は体育会系の大学生かと思うようなカジュアルと言えば聞こえが良すぎでどちらかと言えばだらしない恰好の男である。
「あなたが連れてきたんじゃなかったの?」
人差し指で頭の真ん中をコリコリ掻くようにしてやると大人しくしていたがその手の動きが止まると今度は頬を擦り付けるのに忙しい。
「親父が死んだあとにここに戻って来たらドアの前で寝てましたからね。
その頃はまだ痩せた子ネコでしたけど」
美鈴の手が離れるとやり取りなんぞはお構いなしと言った風情で足を突っ張らせて身繕いに余念がない。
「先客さんね。
となるとあまり無下には出来ないか…
唯ちゃんは今日は?」
「昼からじゃなかったかなぁ」
「頼りない店長ね」
そう言いながら仕込み中の誠吾を押しのけ奥に貼ってあるシフト表を確認に行った。
「すいません。取りあえずそろそろ開けますから」
「そうね」
さっきまでの話題の主は身繕いを終え椅子の上に丸くなって眠り込んでいたのだが、
美鈴に抱え上げられてドアの外のウッドデッキへ連れ出された。
しかし気にする風もなく日当りの良い角まで移動して再び寝入った。

ある地方の山あいにある小さな街。
以前ここはのどかな農村地帯だったのだが長年近隣の住人の湯治に利用されていた温泉が口コミで有名になり、
いつの間にかすっかり観光地になった。
温泉以外にはこれと言って取り柄も無い様な土地なのだがそれでも他所からの人には珍しいらしい観光スポットは幾つかあって観光客の散策コースになっている。
その中で他の名所が点在する場所から少し外れて一軒の喫茶店がある。
築何十年と言う様なかなり古い木造の大きな小屋は元々はすぐ近くに居を構えていたある有名な画家のアトリエだったのが画家の死後に改装されて今は喫茶店として営業している。
店は町道を脇に入って舗装もしてない道を登って来ないといけない場所でおまけに画家の作品は修復中の物以外は町立の文化会館に貸し出しているので店内には一点も無いのだが生前の名声を知る者達が不便も厭わずに訪れるので意外と客は多い。

「水撒いてくる」
店内中に響きわたる乾いた音をたてて客の男の頬を張り飛ばし侮蔑の眼差しをくれてやった後、
美鈴はそう言い捨ててドアから出て行った。
「また、ですね」
お冷やを置いて戻ってきた白川唯がそう言うと誠吾は一応困った様な顔を作ってみせた。
隣の街から来ているバイトの少女である。
美鈴と同じ服を着ているがしかしその視覚効果は全く別のもので、
まだ十代の肉体は発達の余地を残して伸びやかで立ち居振る舞いには柔らかさよりもしなやかさを感じさせその身体を包む制服もそれを強調した。
実はこの服は唯の主張で採用したものである。
曰く観光ガイドに載るくらいなんだから制服くらいあった方がいいと。
美鈴にしても着るものを考えなくていいからと賛成したのだが実際の効果はあったのかどうか誰も検証しようともしない。
「男の人追っかけて行っちゃいましたよ」
平手打ちを食らった当の男はしばらく呆然としていたが我にかえるとばつの悪そうな様子で伝票の上に千円札を置いて出て行った。
「お釣りどうしますか?」
「取りにきたら渡せばいいよ」
「じゃ取りに来なかったら休憩の時にケーキつけてくれます?」
「モンブランね」
「え~、タルトがいいなぁ」
観光とおぼしき客からは少なからずざわめきがおこったが地元の常連は苦笑だけしてすぐ元の話題に戻った。
テラス側の大きな窓はすべて嵌め殺しになっているため外に出るにはわざわざ入り口側から回らなければならない。
美鈴は庭の芝生を横切ると蛇口の所でホースを引っ張りだしていてその足下にネコがまとわりついている。
そこに件の男が現れると客の目は自然とそちらに集中した。
「これじゃ修羅場劇場ですね」
「唯ちゃん」
さすがにたしなめた。

「わざわざ追っかけてくるなんてね」
美鈴は男には目もくれずその向こうのガラス越しに自分を見る幾つもの目を見渡した。
「何が悪いんだ」
「他に何人の男がいるかは知らないにしてもアタシがどういう女なのかは知ってるじゃない。
その女をわざわざ独占しようなんて…腹づもりは知れてるわ」
「だから。
いつまでもそんな暮らしも出来ないだろうと心配して…」
話を片手間に手を休める事無くホースをたぐりながら移動して奥の木にまで水を撒いていく。
当てつけの意味も兼ねて。
その後をネコと男が律儀についていく。
「思い上がりって言うのよ。
そう言うのは。
人の生き方を単純に間違いだと思ってそれを簡単にどうこう出来るなんて、
結局つまらない自己満足じゃない」
興奮気味の男に対して美鈴はどこまでも冷静でそんなやり取りが続くうちにいつの間にか庭を一周していた。
「女の幸せはきちんと愛される事なんだろ?」
「わからない人なのよね」
蛇口を目一杯ひねるとノズルを切り替えて思い切り水を男の顔に叩き付けた。
男は手をかざして遮ろうとしながら後じさりしていく。
「今度はこれで勘弁してあげるわ」
とばっちりを受けたネコはあっという間にどこかへ消えてしまった。
「誘われればすぐ付いて行くような女の癖に…」
まともに受けた男は水流にはじき飛ばされたメガネを拾い上げると情けなさを上塗りするような捨て台詞を漏らした。
「そうね。アタシは身体だけの女」
初夏とは言え高地の日差しはどこまでも暖かい。
「でも貴男はそんな女に袖にされる男じゃない」

山あいの夜は早い。
日暮れ時になるとあっという間に辺りは暗くなり後ろの山の黒い稜線が迫ってくる。
営業を終えほとんどの照明を落とした店内から着替えた唯が次いでまだ制服姿の美鈴と誠吾が出てきた。
「お疲れさまでした」
「お疲れさま」
「美鈴さん今日はお泊まりでしょ?」
「慰めてもらおうかと思ってるんだけど」
「自分で殴ったんじゃないですか」
「いろいろ痛むのよ。
手とか心とか」
「きゃははは」
女同士のやり取りが続く間、
誠吾はウッドデッキの上に突っ立っている。
「じゃ、また明日」
唯は美鈴と誠吾それぞれに手を振って坂を下りるとヘルメットをかぶり迎えのバイクに股がった。
「女同士の方が通じるのかな?」
「自分だって男変えてるじゃないの」
誠吾の言葉には応えず遠ざかって行くテールランプを目で追いながらぽつりと言った。
「そう?バイクが変わっただけかと思ってた」
「バカねぇ。この間から匂い違ってたでしょ?」
「いや、気づかなかった」
「どうにもね…」
ウッドデッキへ上がった美鈴は腰へ手を回し身体を寄せながらあまり逞しいとは言えない胸板に指を這わせる。
「そう言うつもりだとは知らなかったよ」
額に触れた顎が降りてくると顔を上げて唇を重ねた。
「察しの良さなんて期待してないわ」
「食事は?」
「作ってくれるんじゃないの?」
ドアノブにかけられたのと反対の空いた手に指を絡ませた。


ーその二に続くー
シロネコ記する。

9月11日、今日という日の痛みを忘れることはできないだろう。

<短話:今こそふさわしい贈り物>

・・・さあ、贈り物をお届けに来ましたよ。
受け取ってください。
地球人のみなさん、どこですかぁ?

2×××年、地球に降り立った宇宙人は当惑しきった顔つきで、
たたずんでいた。

呼べど叫べど、声に応える地球人の姿はどこにもなく、
荒廃しきった地球の様子から、それが最終戦争で全滅したと、
宇宙人が気が付いたのは、しばらくしてからのことだった。

・・・せっかく持ってきたのに、喜ばれると思ったのに・・・

宇宙人は4本の腕でそっと抱えたボックスに向かって、
寂しそうにつぶやいた。
抱えたボックスには「平和の種」と文字が踊っていた。
シロネコ記する。

ずいぶんと放置してしまったもので、季節も夏から秋へ変わり行きます。
そんな季節のハザマに、ふさわしいお話を。

<短話:晴れ後雨、ところにより…>

夏も終わりだ。
秋の気配が、そこはかとなく漂っている。
気が付けば、あれほど響いていたセミの声が、心なしか遠くから聞こえてくるのだ。

もう、夏も終わりだ。
今日の陽射しもきついとは云え、どことなく和らいだモノを感じる。
とは言うモノの、カンカン照りの晴れ模様の昼はつらい。
夕立でも来て欲しいものだ。

夏の終わりの雨が降ってくる。
激しい雷鳴と共に、どうどうと音を立てて夕立だ。
バタバタと、派手な音を響かせて、夏の名残が降っている。

…晴れ後雨、雷が鳴るでしょう。
…そして、ところにより夏の名残が降るでしょう。

雷雨が止んで、涼しげにすっきりとなった街の公園には、鳴き終わったセミが、至る所に落ちている。