シロネコ記する。
<短話:秋のまなざし>
・・・人を探して欲しいのです。
私の事務所に彼女が訪ねて来たのは、窓ガラスに照りつける夏の陽射しが激しさを増した7月終わりごろのことだった。
・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。
依頼人は、柔らかな笑みを浮かべながら、私に探索を願った。
行方不明の恋人を探して欲しいと頼む割には、切羽詰った様子ではなく、ましてや笑みを浮かべながらとは、作り笑いというにはあまりにも自然であったし、最初はどうも胡散臭い話だと思った。だから、必要以上に私は事務的な態度で対応した。ついでに法外と思われかねない金額を提示し、適当にあしらってみたのだ。
それなのに、彼女は金額に驚くこともなく、静かにうなずくと、一言「どうぞ、よろしくお願いします。」というと、バックから手付金と朱書きされた分厚く膨らんだ封筒を取り出すと机に置き、丁寧にお辞儀をしてから事務所を出て行った。
私は半ばあっけにとられ、彼女を見送った。そして、封筒から取り出した真新しい札束を指でさすりながら、少し興奮していた。
2,3日は依頼人が記入した書類を眺めて過ごした。
行方不明になった恋人の特徴が思いつくままに書いてあるもので、どれほどに彼が優しく頼りになる人物かが、そこにはくどいまでに書き並べてあった。
言葉を荒げる事はなかった。いつも穏やかで気遣いをしてくれる人だった。
歌がうまかった、おいしいもの好きだった。よく話題の店には連れて行ってくれた。
旅行に行くとたくさん土産を買って来てくれた。土産は部屋いっぱいになってしまって、飾るためにわざわざ買った戸棚にみんな置いてある。
そして、ある日、約束していた待ち合わせの場所に、彼が来なかった。
あの人に限って、自分を裏切ることなど考えられない。
何か起こったに違いない。
・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。
彼の写真は添えられていなかった。
中肉中背で特に目立つ傷やほくろはないようだった。彼も依頼人も写真嫌いとかで、一枚も写真がない。
出身地もわからない、どこに勤めていたのか、通っていた学校すらも知らない。
まるで、雲をつかむような話だった。
・・・そりゃ、からかわれてるんだよ、それともなきゃ、依頼人の願望じゃないか、恋人が居たっていう、ほら、都会の孤独ってやつさ。
いつも調査の時には協力してもらっている友人を、ビアホールに誘って話をすると、やつは大ジョッキをぐいぐいと空けながら、笑い飛ばした。
・・・いいじゃないか、報告書をちょいちょいって作って、金をもらえば・・。はやいとこ見つかりませんでしたって、報告するんだね。
私は、半分ほど残った黒ビールを見ながら、あいづちを打っていた。
唇に残ったビールの泡を拭った苦い味が舌に残って、とても後味が悪かった。
詳しい話を聞くため彼女のアパートに行くと、近くの小山からせみの鳴き声が、滝の音のように絶え間なく聞こえていた。
なるほど集められていた土産は壮観だった。6畳間に飾り戸棚が3つ、その中に、まるで博物館に来たような気になるぐらい、いろいろな物が所狭しと置かれていた。
カラフルな色彩が施された大きな花瓶、やしの実を加工した人形、鳥の羽で出来ていると思われる風変わりな入れ物、身に着けるにはあまりに派手なアクセサリー類はガラスやスパンコールが明かりを反射してきらきらとまばゆく光らせている。部屋の壁にもさまざまの国や地方のポスターが貼られていて、天井からは色とりどりのバナーが下げられていた。
彼女は、ひとつひとつの土産物を指し示しながら、これはどこそこのもの、それを送ってくれたときにはこんなことがあった、などと楽しそうに話ながら、私に言った。
・・・彼のことを知ってもらうには、これが一番ですから・・・。
私は、とりとめのない土産品といつまでも続く彼女の話を聞くうちに、まるで何か酔ったかのような気持ちにさせられた。なんとか、彼の特徴やいなくなったときの様子を聞きだそうとするのだが、依頼人は私の質問に直接答えることはなく、ただ説明するばかりだった。私は、ただうなずきながら聞くばかりだった。
・・・これは、今ではなかなか手に入らないものです、それはこういう風に持って吹き鳴らすものなのです。
依頼人の少しかすれ気味の声が柔らかく耳に染みとおり、いつしか私は、ずいぶん前からこうしてこの部屋で、彼女の話を聞いていたことがあるような気になっていた。
アパートの他の住人は、彼女の部屋の出入りには、ほとんど関心をはらっておらず、手がかりはまったくといっていいほど得られなかった。私が人を探しているとわかると、誰もが好奇心ではじけそうな目つきをするくせに、誰もなにもしゃべろうとはしない、いや、本当になにも知らないのかもしれない。
アパートの全部の家を訪ね、私は疲れ果てていた。
・・・○○○号室のことで・・・ちかごろなにかございませんでしたか?
さぁ、あまりお付き合いをしていないので・・・何かあったのですか?
繰り返される問いかけに、私は、こんなにやっかいな人探しは初めてだと感じていた。
凝った肩を手で揉み解しながら、友人の言うとおり、さっさと報告書を書いて終わりにしようかと、ふと思ったりもした。
よく待ち合わせをしたという喫茶店にも行ってみた。
喫茶店は照り返しがきつい駅前広場にあった。敷かれているアスファルトからはゆるゆると熱い蒸気が立ち上っているようだった。
店の店員は、つい先週からのアルバイトで、なんの助けにもならなからず、別の店にいるという店長を教えてもらって、いろいろと聞いてみたが、始終アルバイトが入れ替わるとかで、依頼人が来ていた時期に店にいた店員が誰かも良くわからない有様だった。
・・・なにしろ、ちかごろのバイトはいい加減でね~
店長は書類を書きまわしながら、いかにも面倒くさそうで、できれば私が諦めてくれればいいと思っているに違いない様子だった。
ともかくも、何人かの連絡先を教えてもらうことが出来たが、そのほとんどがでたらめで、やっと会えた元店員も、自分が店で働いていたことすら、忘れている始末で、まるで覚えていなかった。
こんなに手がかりのない人探しは、初めてだった。
私は事務所に戻ると、ため息を付きながら、依頼人に結果を報告するための電話を掛けた。机に向こうに見える事務所の前の並木道が、ほんのりと色付いているのに気が付いた。あぁ、もう秋なんだ、明日報告を聞きに来るという依頼人の声を聞きながら、私はぼんやりととりとめもない思いにとらわれていた。
翌日、私は、彼女にこれまで調べた状況を書き込んだ報告書を示し、見つけられなかったことをわびながら、心のどこかで、居もしない人間を探させたのではないかと思い、それがふと出てしまいそうで、何度も言葉を飲み込んだ。
・・・見つけられなくて、お気の毒です。(貴女の想像なんでしょう?)
力足らずで、申し訳ありません。(報酬はしっかりいただきますよ!)
・・・長い間ありがとうございます。もういいのです。おかげで見つかりましたので・・・
彼女は、報告を聞き終わると、静かにうなずいた。そして、最初に事務所に現れた時と同じように、柔らかい笑みを浮かべながら、私をじっと見つめた。
私は唖然とすると、ぽかんと口を開けて、依頼人を見た。
彼女は、もう一度かすかに笑うと、
・・・頼りがいがあって、優しくて・・・
そして彼女の唇が、続けて・・・
・・・あなた・・・
と、ささやくのが聞こえた。
<短話:秋のまなざし>
・・・人を探して欲しいのです。
私の事務所に彼女が訪ねて来たのは、窓ガラスに照りつける夏の陽射しが激しさを増した7月終わりごろのことだった。
・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。
依頼人は、柔らかな笑みを浮かべながら、私に探索を願った。
行方不明の恋人を探して欲しいと頼む割には、切羽詰った様子ではなく、ましてや笑みを浮かべながらとは、作り笑いというにはあまりにも自然であったし、最初はどうも胡散臭い話だと思った。だから、必要以上に私は事務的な態度で対応した。ついでに法外と思われかねない金額を提示し、適当にあしらってみたのだ。
それなのに、彼女は金額に驚くこともなく、静かにうなずくと、一言「どうぞ、よろしくお願いします。」というと、バックから手付金と朱書きされた分厚く膨らんだ封筒を取り出すと机に置き、丁寧にお辞儀をしてから事務所を出て行った。
私は半ばあっけにとられ、彼女を見送った。そして、封筒から取り出した真新しい札束を指でさすりながら、少し興奮していた。
2,3日は依頼人が記入した書類を眺めて過ごした。
行方不明になった恋人の特徴が思いつくままに書いてあるもので、どれほどに彼が優しく頼りになる人物かが、そこにはくどいまでに書き並べてあった。
言葉を荒げる事はなかった。いつも穏やかで気遣いをしてくれる人だった。
歌がうまかった、おいしいもの好きだった。よく話題の店には連れて行ってくれた。
旅行に行くとたくさん土産を買って来てくれた。土産は部屋いっぱいになってしまって、飾るためにわざわざ買った戸棚にみんな置いてある。
そして、ある日、約束していた待ち合わせの場所に、彼が来なかった。
あの人に限って、自分を裏切ることなど考えられない。
何か起こったに違いない。
・・・ある日突然行き先も告げずにいなくなった恋人を探して欲しい。
彼の写真は添えられていなかった。
中肉中背で特に目立つ傷やほくろはないようだった。彼も依頼人も写真嫌いとかで、一枚も写真がない。
出身地もわからない、どこに勤めていたのか、通っていた学校すらも知らない。
まるで、雲をつかむような話だった。
・・・そりゃ、からかわれてるんだよ、それともなきゃ、依頼人の願望じゃないか、恋人が居たっていう、ほら、都会の孤独ってやつさ。
いつも調査の時には協力してもらっている友人を、ビアホールに誘って話をすると、やつは大ジョッキをぐいぐいと空けながら、笑い飛ばした。
・・・いいじゃないか、報告書をちょいちょいって作って、金をもらえば・・。はやいとこ見つかりませんでしたって、報告するんだね。
私は、半分ほど残った黒ビールを見ながら、あいづちを打っていた。
唇に残ったビールの泡を拭った苦い味が舌に残って、とても後味が悪かった。
詳しい話を聞くため彼女のアパートに行くと、近くの小山からせみの鳴き声が、滝の音のように絶え間なく聞こえていた。
なるほど集められていた土産は壮観だった。6畳間に飾り戸棚が3つ、その中に、まるで博物館に来たような気になるぐらい、いろいろな物が所狭しと置かれていた。
カラフルな色彩が施された大きな花瓶、やしの実を加工した人形、鳥の羽で出来ていると思われる風変わりな入れ物、身に着けるにはあまりに派手なアクセサリー類はガラスやスパンコールが明かりを反射してきらきらとまばゆく光らせている。部屋の壁にもさまざまの国や地方のポスターが貼られていて、天井からは色とりどりのバナーが下げられていた。
彼女は、ひとつひとつの土産物を指し示しながら、これはどこそこのもの、それを送ってくれたときにはこんなことがあった、などと楽しそうに話ながら、私に言った。
・・・彼のことを知ってもらうには、これが一番ですから・・・。
私は、とりとめのない土産品といつまでも続く彼女の話を聞くうちに、まるで何か酔ったかのような気持ちにさせられた。なんとか、彼の特徴やいなくなったときの様子を聞きだそうとするのだが、依頼人は私の質問に直接答えることはなく、ただ説明するばかりだった。私は、ただうなずきながら聞くばかりだった。
・・・これは、今ではなかなか手に入らないものです、それはこういう風に持って吹き鳴らすものなのです。
依頼人の少しかすれ気味の声が柔らかく耳に染みとおり、いつしか私は、ずいぶん前からこうしてこの部屋で、彼女の話を聞いていたことがあるような気になっていた。
アパートの他の住人は、彼女の部屋の出入りには、ほとんど関心をはらっておらず、手がかりはまったくといっていいほど得られなかった。私が人を探しているとわかると、誰もが好奇心ではじけそうな目つきをするくせに、誰もなにもしゃべろうとはしない、いや、本当になにも知らないのかもしれない。
アパートの全部の家を訪ね、私は疲れ果てていた。
・・・○○○号室のことで・・・ちかごろなにかございませんでしたか?
さぁ、あまりお付き合いをしていないので・・・何かあったのですか?
繰り返される問いかけに、私は、こんなにやっかいな人探しは初めてだと感じていた。
凝った肩を手で揉み解しながら、友人の言うとおり、さっさと報告書を書いて終わりにしようかと、ふと思ったりもした。
よく待ち合わせをしたという喫茶店にも行ってみた。
喫茶店は照り返しがきつい駅前広場にあった。敷かれているアスファルトからはゆるゆると熱い蒸気が立ち上っているようだった。
店の店員は、つい先週からのアルバイトで、なんの助けにもならなからず、別の店にいるという店長を教えてもらって、いろいろと聞いてみたが、始終アルバイトが入れ替わるとかで、依頼人が来ていた時期に店にいた店員が誰かも良くわからない有様だった。
・・・なにしろ、ちかごろのバイトはいい加減でね~
店長は書類を書きまわしながら、いかにも面倒くさそうで、できれば私が諦めてくれればいいと思っているに違いない様子だった。
ともかくも、何人かの連絡先を教えてもらうことが出来たが、そのほとんどがでたらめで、やっと会えた元店員も、自分が店で働いていたことすら、忘れている始末で、まるで覚えていなかった。
こんなに手がかりのない人探しは、初めてだった。
私は事務所に戻ると、ため息を付きながら、依頼人に結果を報告するための電話を掛けた。机に向こうに見える事務所の前の並木道が、ほんのりと色付いているのに気が付いた。あぁ、もう秋なんだ、明日報告を聞きに来るという依頼人の声を聞きながら、私はぼんやりととりとめもない思いにとらわれていた。
翌日、私は、彼女にこれまで調べた状況を書き込んだ報告書を示し、見つけられなかったことをわびながら、心のどこかで、居もしない人間を探させたのではないかと思い、それがふと出てしまいそうで、何度も言葉を飲み込んだ。
・・・見つけられなくて、お気の毒です。(貴女の想像なんでしょう?)
力足らずで、申し訳ありません。(報酬はしっかりいただきますよ!)
・・・長い間ありがとうございます。もういいのです。おかげで見つかりましたので・・・
彼女は、報告を聞き終わると、静かにうなずいた。そして、最初に事務所に現れた時と同じように、柔らかい笑みを浮かべながら、私をじっと見つめた。
私は唖然とすると、ぽかんと口を開けて、依頼人を見た。
彼女は、もう一度かすかに笑うと、
・・・頼りがいがあって、優しくて・・・
そして彼女の唇が、続けて・・・
・・・あなた・・・
と、ささやくのが聞こえた。