Ponkotutuusin

 

第21集

老人少年 著

小説

カラスの眼

 

第101話→第105話

 

 

 

第百一話 「カンタの巣」

 ニヤアー、「オーイ、朝だぞポー。」、ニセクロ親方だ。

 「しまった、寝過ごしたか?」ぼくは慌てて飛び起きて、墜落するように下に降りた。

 

 ゆうべは、遅くまで強い木枯らしの音が物凄くて、中々寝付けなかったんだ。やっと風が収まって来て、少しウトウトしたところを、親方に起こされて、まだ寝ぼけているんだ。 バサバサー「おはよー、ポー。」あ、親分だ。「お早うございます」

 

 「慌てなくていい。ひどい風邪で寝られないのは、みんなも同じだ。おかげでカンタの巣作り用に丁度いい枝が、たくさん落ちた。木の実や蓑虫のご馳走付だ。人間さんが片付けちまう前に、頂いてしまおう。」、カンタの巣作りの後も、北の離れガラス達とドライチ達の、難しい仲裁もあって忙しいけど、コウゾー親分は、いつもと同じ元気一本なんだ。

 

 落葉樹が中心で、枯れ枝の多い、北遊歩道の森は、以前からハクビシン達が、餌場として大切にして来た森だ。今ではネコやカラスも自由に入れようになった大事なエリアだ。

 「おはよー、」、「今朝も、早くから有り難う。」と、カー子おばさんとカンタの親子がもう来ていた。ゆうべの風で落ちた、木の実や虫をつつきながら、朝ごはんと、巣の材料集めの、一石二「丁」(「鳥」はNG)なんだ。「おはよー、」、ほかのカラスもみんな起きて来て、ご馳走を食べながらの、賑やかな枝集めが始まると、あっと言う間に、カンタの巣は出来てしまった。

 

 少しづつだが、持ち寄ったスギやヒノキの葉っぱで、フカフカのベッドも出来上がったんだ。「試しに、お布団に入ってご覧。」と、嬉しそうに言うカー子叔母さんに、「うん、」と、返事をして巣にもぐりこんだカンタが、カアーと喜びの声を上げて言った。

 「あったかーい、父ちゃんや母ちゃんの匂い、手伝ってくれた公園の兄弟みんなの匂い、世界一の巣だよ、みんな有り難う。」と、カンタは本当に、すごく嬉しそうだ。「よかったね、お前は幸せ者だよ。あたしからもお礼を言います。きのうも今日も、みんな本当に有り難うございます。」、カー子叔母さんもそう言って、丁寧にお辞儀をしたんだ。

 

 「よかったぜ、少しはカラスのためになる事が出来た。」と言って、樹の上の方から降りてきたのは、なんと、アオダイショウのオロチだ。猛禽の目を誤魔化す、オトリの巣を上の方の枝の、目立つ所に、かつての宿敵ハクビシン達と、力を合わせて造ってくれていたんだ。

 興奮に震える、キタナギ親分の心声が響いた。

 「楽しいぜ、オロチの大将と一緒に、こんな仕事が出来るなんて、夢にも思っていなかったよ。これも勇気を出して、無駄な争いや古い対立と、必至に闘ってきた、ニセクロ親方やコウゾー親分のおかげだ。」

 

 永い間争い続けた、北のネコのドライチ親方と一緒に、今日は公園のハクビシンを代表する兄弟として、離れガラス達にこれから会いに行く、立場と決意が痛いほど伝わるキタナギ親分の言葉だった。

 

 

 

 

第百二話 「アオメとクロハシ」

 「アオメやクロハシのことはみんな知ってるな、離れて棲む北の兄弟達だ。今日は、今から彼らの所へ行って、ドライチ達公園北側のネコとの争いを、終らせる相談をする。」、コウゾー親分は、カンタの所の巣作りに集まった公園の兄弟達に、今日の大事な用事の話をしたんだ。

 

 離れガラスは、群れの近くのエリアに家族単位で棲み、ほかの群れからお嫁をもらったり、公園にお婿さんに来たり、群れの血が濃くなり過ぎない為にも、大切な存在なんだ。そして、いつも群れのすぐ外側に居て、猛禽や野良犬、野良ネコの動きに目を光らせているんだ。何処の群れとも普段は仲が良く、でも、争いが起きると、先頭で戦い、難しい話し合いもリードする、それが離れガラスたちなんだ。

 だから、離れガラスは、イヤでも強く賢いカラスに成長してゆく。

 

 「今回は、意外と大仕事だ。」、親分が話を続けた。

 「大掛かりな戦争より、彼らの説得の方が難しい。縄張りの外で暮らし、色々な群れを故郷に持って、何かある度に、厳しい判断と行動で乗り切って来た、その、高い誇りを持っているのが彼らだ。気心知れた兄弟だが、中途半端な話が通用する相手ではない。キタナギ親分や、まだ若いポーにも、一緒に来てもらうのは、公園の平和の大切さを、良く分かって貰いたいからだ。」

 「確かにその事は、しっかり肝に銘じておこう。」ニセクロ親方は、キタナギ親分の方を見て言った。「ドライチを市邨の校門の前に待たせている。そろそろ出かけよう。」

 

 バッサー、「おはよー」、オンミョウ親分だ。「よかった、今から行くところだな。アオメやクロハシには、市立大の裏で、今挨拶してきた所だ。」、オンミョウ親分の亡くなった母親も、離れガラスの出身だった。

 

 公園北側のバス通りを渡ると、すぐ市邨学園の大きな敷地が右側に広がる。左側の大きなマンションが終わり、道を挟んで、名古屋盲学校に変わるすぐ手前の向かいに、市邨学園の校門がある。

 

 「ニセクロさんには済まないが、今日はお願いします。皆さんにも、お手間をかけます。」いつも豪快なドライチ親方が、今朝は緊張しているんだ。

 「こちらの話が終ったら、僕が市大の裏へ知らせに行きます。」一緒に来ていたグレトラ兄さんが、ニヤアー、と大きく鳴いてそう言った。

 待っていたドライチ親方、ニセクロ親方とグレトラ、キタナギ親分と別れ、更に北側の職員住宅(公務員名古屋合同宿舎)と市邨の間の、真っ直ぐな道の上へ右に曲がり、真東へ飛ぶと、正面のからの朝日がまともに当たって眩しい。

 右の市邨学園と、左の職員住宅が途切れると、グランド外周の立派な並木が続く、私立大学千種キャンパスの南側となる。

 

 バサバサー、カアー、カアアー、アオメとクロハシが飛んできて、元気に出迎えてくれた。

 

 

 

 

第百三話 「公園の北の兄弟たち」

 「コウゾーさん、今日はお世話様です。」    

 「オンミョウ親分、ポー君も、わざわざ、有り難うございます。」

 離れガラスのアオメとクロハシは、丁寧な挨拶で、出迎えてくれたんだ。

 

 「君達こそ、編隊飛行の時はご苦労様。」オンミョウ親分が応えた。アオメは清明山の群れ、クロハシは公園の群れの一員として、編隊飛行に参加していたんだ。 

 「あの編隊飛行が終って、ドーム北広場に降りた時、ドライチが挨拶に来た。あの時はよく辛抱して、大人しくしていてくれた。」オンミョウ親分はそう言って、更に続けたんだ。

 「ドライチ親方を頭(かしら)にする、この辺りの猫は、君たちにとっては敵なのに、黙ってあの場をやり過ごし、争いにしなかったお陰で、今日の仲直りの話も出来るんだ。本当に、良く我慢してくれた。」すると、クロハシが応えて言ったんだ。

 

 「いつも仲良くしている、ニセクロさんやキタナギ親分は、もう今では公園の兄弟です。あの時、おれ達離れガラスだけの事情で、もし争いになれば、兄弟の顔を潰してしまう事になる。そうなれば、あの素晴らしい編隊飛行も、ニセクロさんの、争いをなくす努力も、ぶち壊しですから。」すると、アオメもぼく達に、こう言ったんだ。

 「知らない連中はおれ達を、無法者の抜けガラスなんて呼んで、いつも争いの種のように言うけど、色んな群れの出身が居るおれ達は、何処の群れとも、仲良くしたいんです。争いになれば、戦場になる場所に巣があるんですから、巣を守るために、戦いもし、止めさせもするのは、辛いけどいつもオレ達です。」

 

 「そうか、それなら話は早い。」と、コウゾー親分が話を始めた。

 「今、公園のニセクロ親方と、ハクビシンのキタナギ親分が、ドライチ親分に、お前たち離れガラスとの争いを、止めるように話をしている。ドライチが承知すれば、グレトラが、ここへ知らせに走ってくれる。仲直りの場所は、公園の北入口前だ。お前たちは、あくまで離れガラスだ。だから、オレは命令できねえ。決めるのはおまえ達だ。」

 ニヤアー、グレトラさんだ。猛スピードの忍者走りでやって来て、ぼく達の居る、すっかり葉を落としたイチョウの下から、心声で呼びかけてきた。

 

 「ドライチ親分は承知したよ。今仲間のネコを集めて、話をしてから公園に向かいます。」

 

 「分りました。今全員集めます。」バサ、バサバサー、2羽は、勢いよく、仲間を集めに飛び立っていった。

 

 

 

 

第百四話 「広く強く兄弟の絆」

 「寒い」、朝日が昇ってくる、この時間帯の冷え込みが、すっかり厳しくなって、ぼくは、思わず呟いたんだ。すると、コウゾー親分が言った。

 

 「これから寒くなると、餌捕りも厳しくなる。その分、争いも起き易い時期だ。この時期を逃がすと、仲直りも中々難しくなる。その辺に気が付く所も、ニセクロがただのネコの頭じゃない、大親方と尊敬される所だ。おれ達公園の仲間の誇りといっても、褒め過ぎじゃない。」

 ぼくが、師匠として尊敬するニセクロ親方を、自分の群れの頭、コウゾー親分にこうして褒められると、何か、ぼくが褒められてるみたいで、凄く嬉しいんだ。ニセクロ親方とコウゾー親分からは、戦う技や勇気だけじゃなく、争いや憎しみと闘い、兄弟の絆を広げてゆく、心の強さも、ぼくは教えられてきたんだ。そして今日は、その大切な日なんだ。

 

 カーカー、カアアー、

 私立大裏の大イチョウの木に、白い息を吐いて、大勢のカラスが集まって来る。北の離れガラス達だ。

 「兄弟、」戻って来たクロハシとアオメが、集まった15羽、大人の離れガラス達に呼びかけた。そして、カアアーっとひと鳴きしたアオメが、話を続けたんだ。

 

 「今では、公園のネコやハクビシンも、おれ達の大切な兄弟だ。勿論、もう殺しあったり、傷つけあったのも、過去の事だ。これは、公園ガラスの頭、コウゾー親分、公園ネコの頭、ニセクロ親方の、今までの大変なご苦労があっての事だ。その事は、離れガラスのおれ達が、一番良く知っている。」、そして、今度はクロハシがみんなに話した。

 「今日は、そのコウゾー親分とニセクロ親方が、おれ達と、ドライチ親方達ネコとの、長く続いた争いを終らせるために、わざわざ働いてくださっている。たった今、ドライチ親方が、仲直りに承知したと、知らせが届いた、おれも参加した、あの編隊飛行の時、二セクロ兄弟がドライチ親方との争いを終らせ、兄弟の仲間になった。もう、おれ達がドライチ親方達と争って、兄弟の顔に泥を塗る理由は、何処にもない。この仲直りを承知して、長かったネコとの争いを終らせて、本当の平和を手に入れよう。」

 

 カーカーカー、カアアー、ドライチとの仲直りの話に、最初は驚きを隠さなかった離れガラスたちも、クロハシの熱い語り掛けを聞いて、全員が承知する事に同意したんだ。

 

 「今すぐに行って知らせます。」と、嬉しそうに云うと、グレトラ兄さんは、物凄いスピードの忍者走りで、猫たちが待つ市邨の校門へと向かった。

 

 

 「よし、公園北入口前だ。」、アオメとクロハシの合図で、バサバサーっと飛び立った兄弟達は、松並木の綺麗な市大裏を後に、朝練の生徒たちが走る、市邨学園のグランドをひと越え、公園北入口前に降り着いた。

 

 

 

 

第百五話 「和解と友情の朝」

 多くの木々が葉を落とした公園の朝は、朝日が縞模様に、木々の長い影を作っている。北国や高山から、寒さを逃れてやって来た、公園を冬の棲み家にする鳥たちも顔を揃え、季節の表情を色濃くしているんだ。

 

 「おー、クロハシとアオメか、兄弟、本当によく来てくれた。」公園北側のエリアを行動範囲にするネコ達の頭、ドライチ親方が、やって来た離れガラスの一団を出迎えた。翼をたたみながら、早速アオメが応じた。

 

 「これもすべて、公園の兄弟の皆さんが、働いてくれたお陰です。何しろ、親方達とおれ達は、ただの今まで、戦うだけの付き合いで、殺して食う事しか、お互い考えられなかったんだから、こうして話をしているのが、まるで夢を見ている様です。」クロハシも、改めて心声を開いた。

 「おれ達の争いでは、周りにも迷惑をかけて来たのが、今日、ここで解決出来る。出来町通りから北のエリアでは、清明山の兄弟、こちら側では公園の兄弟に、随分迷惑や心配もかけ、今度の事でも、随分と世話にもなってしまった。」

 

 それを聞いていたオンミョウ親分が、笑いながら話をしたんだ。

「なあに、つい何年か前までは、何処もかしこも、誰も彼もが敵同士で、狭い縄張りを出れば、直ぐそこは戦場だった。長い間、それが当たり前の事だったんだ。色んな群れに親兄弟のいる離れガラスには、争いの起こる度に、一番気の毒をさせて来たのに、最後までネコとの争いを、背負わせてしまった。先に平和を手に入れられたのも、離れガラスの苦労があっての事だ。今度は、おれ達が骨を折るのは、その恩返しで、当たり前の事なんだ。」

 「それは本当にそうなんだ。」オンミョウ親分の話に、深くうなづいて、ドライチ親方が話し出した。

 

 「死ぬか生きるか、食うか食われるかの敵だから、クロハシやアオメの事は、いつも注意深く見てきた。だから、離れガラスの事は、おれ達が、一番良く知っている。群れの掟や縄張りに厳しいカラスの社会で、血でも場所でも、群れと群れとの間にいて、争いでは、幼馴染や親子同士も戦わされ、難しい仲裁も矢面に立って裁いて来たのが、実は群れから離れて生きる、このカラス達だったよ。一番平和から遠い所にいて、一番平和を望んでいたのが、この、離れガラスたちなんだよ。」

 

 ドライチ親方の心声が、はっきり震えているのが、僕には分かったんだ。

 

 公園と、その北側の広いエリアから集まった大勢の兄弟達に、ハクビシンのキタナギ親分が、大きな心声を発した。

 

 「ニセクロ親方とコウゾー親分、オンミョウ親分のお世話、そして、クロハシ、アオメ、ドライチ親方の勇気で、今日から、ここにいるみんなが兄弟になった。これから餌も少なくなる冬だが、餌は取り合っても、命の盗りあいは、もう無い。これが新しい兄弟の掟だ。」

 

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つづく

 

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