Ponkotutuusin

 

第10集

老人少年 著

小説

カラスの眼

 

第46話→第50話

 

ごあいさつ

Yahoo!ぽつうで、ご好評頂いた、カラスの眼文庫が、

今回、リニューアル版で、連載投稿させていただく事に

 なりました。毎週火曜日の、深夜、11時55分に、アップ

  ロードしてゆく予定です。宜しくお願いいたします。   

 

老人少年ブログファミリー

potuu 配信ほんぶ

 

 

 

 

第四十六話 「新しい兄弟谷が深いほど架けた橋は大きい」

 排水口に戻ると、キタナギもニセクロ親方も、すっかり元気を取り戻していたんだ。ついさっき、ぼく達の力を借りて、やっと排水口から這い出したキタナギにしても、排水口が真っ赤になるほど出血した親方にしても、回復の早さが普通じゃないんだ。そしてニセクロ親方が、ハクビシン達にこう話した。

 

 「おれ達は、この板をどけただけだ。お前たちを体を張って水から守ったのは、ここに居るお前たちの親分だ。キタナギ親分は、自分は死ぬ覚悟でみんなを助けようとした。だからここだけは間違えないでくれ。」すると、キタナギは静かに言った。

 「みんな聞いてくれ。ネコもカラスも、この板が俺たちの出口を塞いでいて困る事なんか、一つだってありゃしない。むしろ見殺しにしちまえば、枕を高くして寝られたんだ。それをわざわざ逃がしてくれて、おまけにオレまで助けたんだ。」そして更に、こう続けたんだ。

 「ここからは、本当に良く聞いてくれ。ここに、足を痛めながら、オレを排水管から引っ張り出したカラスが2羽居る。両方ともオレに身内を食われたカラスだ。ここに居るネコの親方の息子2匹もオレが食った。だけど親方は俺を助けるために、自分の右の前足をオレにわざと噛ませたんだ。俺を引き上げてくれたこの若いネコの親父もオレが…」、「もういいぜ、キタナギ、それ以上言うな。」コウゾー親分が、キタナギの話を遮るように、みんなにこう言った。

 

 「今はみんな無事でよかった、そうじゃないか、例え今までは殺し合い、食い合った中だって、今はもう同じ公園の兄弟だ。兄弟が全員無事だなんてこれ以上のことは無いぜ。そうだろうみんな。」、でも、キタナギはもう一度みんなに話した。

 「とにかく、兄弟達がこの板をどけてくれなかったら、おれ達はみんな今頃はあの世に行っちまってるんだ。このネコとカラスの兄弟達の恩は、オレたち末代まで忘れちゃあならねえ。みんなのお陰で本当に助かった。ありがとう。」

 「ありがとう。」、ハクビシンたち全員が、ぼく達にお礼を言った。優しい、静かな心声だった。するとカーキチがハクビシン達に訊いたんだ。

 「ところで、みんなはトウカエデには登れないのかい。」、この場面でこれを訊けるのは、おそらくカーキチしか居ないと思って、ぼく達は思わず笑い出してしまった。するとキタナギ親分が笑いながら言った。

 「大人のハクビシンには、登れない樹なんかない。ただ、チビ助や、チビを連れたメスだと、トウカエデはちょっと難しいから、群れを守るために、バラバラにならないようにトウカエデは避けるんだ。」それを聞いたカー子叔母さんが大笑いしながら「なーんだ、そうかい、あたしゃ儲かっちまったよ。みんなに手伝わしちまって、悪い事したよ。」、カンタもそれを聞いて、あさっての方を向いて照れ臭そうにしたんだ。

 

 朝の覚王山出動から、今日は忙しかったんだ。西日の公園に響く、ヒグラシの声を聞いていると、ドッと疲れが出て、周りに居るハクビシン達が、幻のように見えたんだ。父ちゃんの仇を助け、その仇と今日からは兄弟になった現実が、まだしっかり飲み込めない自分がいたんだ。

 

 

 

 

 

第四十七話 「平和な公園の夕暮れ」

 弟を食い、父ちゃんを殺したキタナギを、ぼくは許していなかったし、許す事は出来なかった。これからも一生許す事はないと思うんだ。ただ、ハクビシンとの戦いは今日で終ったし、ハクビシンに襲われる事も、ハクビシンを襲う事ももうない。

 ぼくは、自分で、父ちゃんの仇を討つ道を閉ざしたんだ。今までの全部を背負ったまま、ハクビシンへの憎しみを乗り越えていくのが、父ちゃんの仇を討つことになるのは、理屈では分かっていても、キタナギ達を心から兄弟と呼べる自身が、今のぼくには無いんだ。

 それに対し、グレトラは、同じ様にキタナギに親を殺されているのに、ハクビシンを呼びに言った時に、「兄弟、」と呼んでいた。兄弟子の立派な態度を見てしまうと、まだまだぼくは、二セクロ親方からも、教えてもらう事が沢山あると、つくづく思ったんだ。

 

 「今日から、ひら場の縄張りが変わった。」ニセクロ親方が、宣言するように話し始めた。

 「今まで、オレとキタナギで争ってきた縄張りは、全部廃止だ、これからは、病院の裏と公園全部が、おれ達ネコとハクビシン全員の縄張りだ。空のことは今までどおり、コウゾーさんの所にお願いします。それでいいかいみんな。」

 当然、反対する者は居なかったんだ。今まで互いに餌だった同志が、仲間になった分、戦いに使っていたエネルギーを、ほかの餌捕りに、しかも広い縄張りで自由に出来るんだ。キタナギは改めてこう言った。

 「おれ達を、憎いと思う気持ちは、簡単にはどうにもならないかもしれない。でも、命を助けてもらった兄弟を、もし裏切るハクビシンが居たら、そいつはハクビシンの群れにとっても、裏切り者だ。オレが絶対に許さない。」

 「そんなやつはいないと思うぜ。それより、トンビやアオダイショウ、それに流れ者のワン公にも油断はできねえ。とりあえずはみんなで、ここをしっかり守っていこうぜ。 暗くなると、オレたちは厄介だ。そろそろお開きにしようぜ。」、コウゾー親分は、そう言うと帰りかけて、キタナギにひとこと言ったんだ。

 

 「キタナギ親分、これからは、オレたちがこの排水口を見張っていて、また板を被せた時には、すぐにづらしに来るから、もう心配する事は無いぜ。群れを守った勇敢な親分が居て、この板切れの心配さえ無ければ、みんな楽しくやれるってもんだ。」

 

 日没を知らせるように、公園中でヒグラシの大合唱がはじまった。

 

 

 

 

 

第四十八話 「気持ちが通じると言う事」

 バッサアー、薄暗くなった公園を、低空で飛んで巣の下まで戻った。早朝から忙しかったけど、ろくなものを食べていないから、気が付くと、ふらふらになるほどお腹がぺこぺこだった。

 丁度、昼の大雨で、クモや毛虫の新鮮なのが、沢山落ちていて、今夜はご馳走の食べ放題なんだ。いつも食べきれずに、干乾びたり腐ったりしてたけど、今度は、ハクビシン達が、大分片付けてくれるはずだ。ネコは、毛虫は苦手だけど、ハクビシンはムシャムシャ美味そうに食うんだ。

 「ポー助、晩飯か、」、あっ、二セクロ親方だ。「お疲れ様。」

 「とうとう、父ちゃんの仇は、討てない事になっちまったな。俺の判断で勝手にこういう事にしちまって、済まなかったなあポー。」親方がそんな事を言うから、ぼくは首を横に振って言ったんだ。

 

 「それは親方やグレタラも同じ事だよ。本当にハクビシンと仲良くなれれば、卵や赤ん坊が、ハクビシンに食われなくてすむんだから、父ちゃんだって喜んでくれるはずだよ。」

 「本当にそう思ってくれるか。」親方が訊くから、本当のことを僕は話したんだ。

 「ぼくだって最初は、あいつらは敵なんだから、みんな溺れて死んじゃえばいいと思ったよ。でも、親方は必死だし、コウゾー親分の命令は絶対だし、やるからには、真剣に一生懸命やらないと、こっちが危ないから、必死でキタナギ親分を助けたのさ。」、それでもすまなそうにしている親方に、ぼくは続けて言ったんだ。

 

 「それでも、キタナギを助けている間に、キタナギが、ハクビシンの群れには大切な、立派な親分なんだと分かったし、可愛いチビ助たちや、お母さんたちを見てたら、母ちゃんを思い出したんだ。それで、その時思ったよ。こいつらを見殺しにしないで、本当に良かったってね。」、すると一緒に来ていたグレトラが、大きな声でニヤー、と鳴いてぼくに言った。

 「エライ、さすが兄弟、頭の出来が違うぜ。切り替えが早いし、物の道理を良く分かってる。気持ちのスッキリしないところは、オレにもあるし、ポーも同じだ。だけど、変えるところは変えていかなきゃ、何も前に進まねえのを、ポーはちゃんと分かっているんだ。」

 「その通りだグレトラ、こいつはたいしたカラスなんだよ。」二セクロ親方までぼくを褒めてくれたんだ。

 

 ぼくは、グレトラが気持ちの話までしてくれたのが、体が震えるほど嬉かった。

 

 

 

 

 

第四十九話 「初めての星空」

 「うわー、今夜は星が綺麗だぜ。」グレトラが、思い切り伸びをしながら、夜空を見上げた。昼の大雨で、空気が綺麗になって、星が綺麗に見えているんだけど、勿論ぼく達カラスには、星なんか見えないんだ。

 

 「いいなあ、カラスには月も満足に見えないから、星は無理だよ。」、とぼくが言うと、「そんな気の毒な事はねえ。よし、頭ん中を空っぽにするんだ。この星空が、どんだけ綺麗に見えているか、心声で送ってやるから、たっぷり眺めればいい。」グレトラは、そう言うと星空の映像を心声に乗せて、僕に送ってきた。

 

 すごい。真っ暗な空一杯に、数え切れない小さな光の点々が、キラキラ瞬いているんだ。「うわー、お星様ってこんな綺麗なものだったんだ。始めて見たよ。グレトラありがとう。この次はネコに生まれたいよ。」すると、グレトラは空を見上げたままで、僕に言ったんだ。

「こんなんで良ければ、いつでもサービスするぜポー、こんなに喜んでもらえたら嬉しいよ。その代わり、一度でいいから空の上からの眺めってやつを、見てみたいもんだぜ。」、そうか、カラスが夜目が利かない様に、ネコは空が飛べない。昔みたいにいがみ合っていたら、ぼくがこんな綺麗な星空を見ることなんて、一生無かったんだ。ぼくらには何でもない事だけど、確かにそう言われて見れば、空から見た公園の森は、時々ウットリするほど綺麗だ。だからぼくはグレトラに言ったんだ。

 「グレトラの兄貴がそんなに見たいなら、いつでも見せてあげる。約束するよ。」そんな話をしながら、グレトラの心声を借りて、綺麗な星空を見ていると、一個の星がスッと流れて消えちゃったんだ。

 

 「あっ、今のはなに?星が動いて消えたよ。」、と訊くと、「流れ星さ、じいっとしているのに飽きた星が、我慢できずに走り出すんだ。でも、決まった所にじいっとしてないと、消されてしまうのさ。何でも我慢は大事だって事さ。勉強になるだろうポー。」グレトラは、ニヤーと鳴きながらおしえてくれたんだ。

 もう、とっくに寝る時間だったが、いつまでもこのまま、綺麗な星を眺めていたかった。とうに鳴きやんだヒグラシの代わりに鳴き出した、コオロギや鈴虫の声が、綺麗な星の瞬きと良く合って、すばらしくいい気分になるんだ。

 

 違う生き物同士、争わずに、お互い得意な事を出し合って、足りない所を補い合えば、まだまだ楽しい事が沢山あると、星を眺めながら思ったんだ。

 

 

 

 

 

第五十話 「平和な公園の新しい朝」

 「ありがとうグレトラ、兄貴の眼を貸して貰って、今夜は夢みたいな、綺麗な夜空を見せてもらったよ。ずっと見ていたいけど、グレトラだってもう帰る時間だし、だいいち兄貴の首が痛くなっちゃうよね。」ぼくは、本当に、ずっとこの綺麗な星空を見ていたかったけど、今日はグレトラも疲れてるし、ぼくもさすがに眠くなったんだ。

 「そうだな、この星空の景色を瞼に焼き付けて、思い出しながら寝るといいよ。何だか、空の高いところに、ふわふわ浮かんでるみたいな、いい気持ちで夢を見るんだ。ぐっすり眠れるぜ。」「それはいい、オレも帰るぞポー。」親方とグレトラは、真っ暗な公園の闇の中へ消えていったんだ。

 「ありがとう、おやすみ。」

 

 カアー、カアー、みんなの鳴き声と眩しい朝日で眼を覚ました。今日は生ゴミのお宝の出る日だ。いつも通り市営南棟の屋上に集合し、アパートの餌場で少しだけ食べ、カー子叔母さんの魚の骨を、横取りするふりをして群れを離れ、秘密の餌場、モロズミ邸でミートボールをゲットしたんだ。

 

 いつもの朝の、いつもの街の風景なんだけど、昨日、ハクビシンとの戦いが終った今、空の色や街の様子が違って見えるのは、季節のせいだけではない、平和の空気が濃くなったせいだと思った。

 「もう、敵討ちはもう止めたけど、平和な公園を守る仕事をもっと頑張るよ。」

と、父ちゃんや母ちゃんに、心の中で言ったんだ。昨日キタナギを助けた事で、生きている世界も、ぼく自身も、今までよりずっと、大きくなったんだと、いつもの餌捕りをしながら、そんなふうに思ったんだ。

 でも、モロズミさんちの照り焼きミートボールの味も、ちゃんと2個、紙に包んであるのも、いつも通りで、これだけは変わらないし、これからも、ぼくの秘密の餌場なんだ。

 

 公園に戻ると、ハクビシンの親子連れが、ツツジの植え込みの周りで、蝉やカナブンの死骸を、のんびり朝ご飯にしている。これが昨日までなら、ありえない光景だったから、さっきから、空や町が違って見えている意味が、はっきり分かるんだ。公園は変わったんだ。新しい平和が来たんだと僕は思った。

 羽根づくろいに、噴水池に行くと、ハトやカラスやネコに混ざって、ハクビシンのチビ助どもの姿があった。

 

 陽の高くなった空を見上げると、まだまだ熱い夏の空が、白い雲を浮かべていた。

 

第五十一話へ

つづく

 

老人少年

老人少年ブログファミリー

potuu 配信ほんぶ