Ponkotutuusin

 

第9集

老人少年 著

小説

カラスの眼

 

第41話→第45話

 

ごあいさつ

Yahoo!ぽつうで、ご好評頂いた、カラスの眼文庫が、

今回、リニューアル版で、連載投稿させていただく事に

 なりました。毎週火曜日の、深夜、11時55分に、アップ

  ロードしてゆく予定です。宜しくお願いいたします。   

 

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第四十一話 「意外な行動に出たニセクロ」

 「このままじゃ、ハクビシンの奴らは全員ドザエモンだ。敵でも見殺しに出来ねえ。親分には悪いが、奴らを助けるぜ。」

 どうしちゃったんだ。あんなにキタナギを憎んでいたニセクロ親方が、奴らを、この大雨の中で助けようとしているんだ。何が何だか分からずに居るぼくに聞こえてきたのは、親分の、これまた驚きの心声なんだ。

 「オレ達も親方と一緒に、奴らを助けるぞ。みんなネコを手伝うんだ。」、僕には納得がいかなかったけど、作戦に参加している限り、親分の命令は絶対なんだ。15羽のカラスが一斉にニセクロ親方の後に続いた。

 

 格子蓋の所に着くと、もう雨水は排水口に流れ込み始めているけど、さっき二本足の公園作業員が、大きな板で蓋をしたので、中の様子が見えないんだ。

 「このままじゃ死んじゃうよー、」、「頑張れ、」、ハクビシンたちの、必死の心声だけが、頭が割れるほど伝わって来るんだ。

 「早くしないと間に合わない、みんなで板を手前にずらすんだ。」、グレトラはそう言うと、若いネコ4匹と一緒に、板のへりの角に鋭い爪をかけて、手前に引っ張ったけど動かない。僕には意味の分からない行動だったが、尊敬するニセクロ親方たちが、必死になっているので、何とかしたいと思って自然に神声を発したんだ。

 「力のある若いカラスで、反対側から押してみよう。」ぼくとカーキチとカンタも入れて全部で7羽の若いカラスが、ネコが引っ張っている板の、反対側のへりを、体勢を低くして、口箸で力いっぱい押したが、中々動かないんだ。

 その間にも、水はどんどん排水口に流れ込み、悲鳴のような奴らの心声も、大きくなる一方だ。

 

 「左右両側から、口箸を突っ込んで板を持ち上げるんだ。」コウゾー親分の号令で、残りのカラスが、板と地面の間に口箸を差し込んだら、急に板が軽くなって、ズルリと動いたんだ。

 強烈なハクビシンの体臭が鼻を刺した。格子蓋の中は、配水管から逃げてきたハクビシン達でいっぱいだ。もう首の所まで水に浸かって、頭だけ水面から出している状態なんだ。ところが、せっかく板をどけたのに、一匹も出て来ないんだ。出ようとするチビ助たちも、親が首根っこを咥えて出そうとしない。

 

 「戦いに来たんじゃあないんだ。助けにきたんだ。 このままじゃおまえらみんな死んじまうぞ。」、と、二セクロ親方が説得している相手こそ、ぼくの父ちゃんを殺した、あのキタナギだった。

 

 

 

 

 

第四十二話 「ニセクロの勇姿」

 真っ黒な雷雲に覆われて、真昼なのに薄暗い豪雨の中で、ぼくは必死に眼を凝らして、キタナギの姿を探したんだ。だって、今ぼく達が助けているのは、ぼくの父ちゃんを殺したキタナギに従う、一番憎い、ハクビシン達なんだ。

 

 排水口から配水管に水が流れ込む、その管の丸い口が開いているまん前に、ひときわ大きな体で踏ん張っているのがキタナギだ。大人でも、子ネコより少し大きい位が普通なハクビシンの中で、親方やグレトラにも負けない大きな体格のボスなんだ。

 排水口は縦横深さ50cm位の、コンクリートの箱が地面に埋められた物で、サイクリングロードに集まった水が流れ込み、底から20cmまで水位が上がると、直系15cmの管の口に吸い込まれて行くんだ。今、排水口の中は、その管の口が隠れる所まで水位が上がり、外から滝のように流れ込んだ水が、ギュルギュル音を上げて、配水管に吸い込まれている。

 キタナギは、そこに立ちはだかっている。地獄の入口を背にして、渦巻く激流のまさに渦中で踏ん張っているんだ。

 

 「キタナギ、そんな所で頑張ってないで出て来ないと、みんな死ぬぞ。」、とコウゾー親分が言うと、キタナギが始めてこう言った、「バカ言え、今オレがここを動いたら、ここに居るハクビシンは、全員配水管に飲み込まれちまう。助けに来てくれたのは良く分かった。頼む、オレのことはともかく、こいつらを逃がしてやってくれ。」

 そしてキタナギは、「外へ出てクスノキへ逃げろ。」、と命じた。野ネズミほどしかないチビ助を咥えたメスを先頭に、20匹を超える大勢のハクビシンが、格子蓋の取っ手の穴から脱出したんだ。

 「どうしたんだ。おまえも早く出て来いキタナギ。」ニセクロの親方が言ったが、キタナギは薄笑いしながら話したんだ。

 

 「ネコもカラスも、オレたち仇を助けて、死んだ連中のバチが当たらないように、あの世に行って、ちゃんと説明しとくぜ。オレはもう力を使い切っちまった。そっちへ行きたくても体が突っ張っちまって動かねえんだ。」

 「分かったキタナギ、そのまま動くんじゃないぞ。」、そう言って、格子蓋の隙間からニセクロ親方が前足を突っ込んで、キタナギの肩に伸ばそうとしたその時、反射的にその前足に、キタナギが、がぶりと噛み付いたんだ。親方の前足から見る見るうちに真っ赤な血が噴き出した。「いいぞ、口を放すな。」痛いはずなのに、親方は嬉しそうに目を輝かせて、キタナギを励ましたんだ。

 

 敵のボスに前足をかまれ、それでも助けようとするニセクロ親方、ぼくの目の前で、とんでもない奇跡が起きているのに、その時のぼくは、まだ気が付けなかったんだ。

 

 

 

 

 

第四十三話 「親兄弟の仇を助ける」

 「これ以上このままなら、このオマエの前足は完全にダメになる。放すぞ。」

 「ダメだー、」、二セクロ親方が、脳みそが破裂するほどの心声で叫ぶのと同時に、咥えていたその右前足をキタナギは放した。

 「ウウッ、」、ぼくの両足の付け根に激痛が走った。気が付くと、ぼくとカンタは別々の格子の間から、まるでワナにかかったみたいに両足を突っ込み、キタナギの左右の前足を掴んでいたんだ。キタナギの後ろ半身は、猛烈な激流と共に、既に排水管に吸い込まれていた。

 大きなキタナギの体重と、キタナギを地獄に引き込もうとする水圧の全てが、ぼくとカンタの両足に掛かったんだ。跨ぐ様にしている格子の角が、左右の足の内側の付け根に、ぐりぐりと食い込んで、痛さなんかは、とっくに通り越して、足の先の感覚が薄れていくんだ。

 

 「お前たちが助けようとしているこのオレは、親兄弟を食い殺した仇だぞ。もういいから放せ、二セクロの血の味で元気になっちまった。放さないとこの足も、一本づつ順に食うぞ。」、キタナギがそう言っても、僕たちは放さなかった。ほかのハクビシン達を無事に逃がした、僕たちへの感謝が、キタナギの心声から、ちゃんと分かっていたんだ。

 

 「よっこらしょッ、」、大量の出血と疲れとで、右前足を格子に突っ込んだまま、動けなくなっていたニセクロ親方が、やっと起き上がって言った。

 「殺されるところだったぜ。くされハクビシンめ、こんな痛い思いまでしたんだ。ここでオマエニにあの世に行かれたら、この仕返しが出来ねえ。ってのは冗談だが、オイ、キタナギ、今度は左の前足でオマエの顔を引っ掻いてやるから、噛み付くんだ。」

 親方が左の前足を出そうとしたその時、

 

 ドスン、

 

 親方を体当たりで跳ね飛ばし、グレトラの兄貴が右の前足を、格子蓋の取っ手の穴から、頭と、体半分ごと突っ込んだんだ。

 「ひでえ事しやがる、手柄の横取りだぜ。」はじき飛ばされて、ひっくり返りながら、一番弟子の活躍を、親方は喜んだんだ。

 気が付けば、雨も上がり、排水口の激流も収まっていた。キタナギもグレトラの前足に噛み付いたりせず、ハクビシンの器用な前足で、グレトラの肩につかまったんだ。

 

 やっと外に出て来たキタナギは、地面に横になったけど、体が水の流れで冷え切って、ぶるぶると震えていた。雲の間から、午後の太陽が顔を出し、雷も遠くなっていたんだ。

 

 想像もつかない、奇跡の中にぼくは居た。

 

 これがどう言う事で、何を意味するかも、キタナギへの憎しみも、何処かへ置いて来てしまった訳ではなく、はっきり心の中にあるのに、それとは別の、新しい心が、今のぼくを動かしていたんだ。

 

 

 

 

 

第四十四話 「暗く深い心の川を越えて」

 目の前に震えながら横たわっているのは、1年前、ぼくの父ちゃんの左の腿を食いちぎり、まだ飛べなかった弟を食い尽くした大きなハクビシン、キタナギなんだ。そして、僕と一緒にキタナギを助けたカンタも、キタナギの手下に、父ちゃんと、生きていれば、弟か妹になっていたはずの卵をやられたんだ。

 

 でも、現実には、そのキタナギを、ドシャ降りの雨の中、排水口の激流の中から、二セクロ親方を手伝って助け出したのは、そのぼくと、カンタだったなんて。憎しみはまだあるのに、目の前で必死に助けているニセクロを、自然に体が動いて、手伝った心も、本物のぼくの心だから、心は一つじゃないし、心は変わるんだ。すると、二セクロ親方がこう言ったんだ。

 「そうさ、そうなんだ。理屈じゃないんだポー助、分かってくれるか。おまえの父ちゃんの命が、キタナギの血や肉になってるなんてのは、ただの理屈だ。正直、こいつらが溺れ死ぬのを、そのままには出来なかっただけだ。」

 

 そうか、ぼくはドキッとした。命は繋がっているんだ。

 

 そして、ムクドリを追って行った谷田川で、トンビに突っ込んだぼくを止めながら言った、トクサン親分のあの言葉を思い出したんだ。

 「恨みなんてものは、てめえの中で力いっぱいぎゅうっと抱きしめて、捻り潰してしまえ。」

 母ちゃんを食い殺したトンビへの恨みで、殺し屋になってトンビに襲い掛かったぼくに体当たりをした、徳川園のカラスの群れ長、トクサンの言葉だった。

 「恨みで闘っちゃダメだ。」、とトクサンに言われ、「そんなのイヤだ、」と、わめき散らすぼくに襲い掛かるトンビを、一撃で払いのけたのもトクサン親分だった。やっと今、トクサンの、あの時の言葉の、理屈ではない意味が、少しだけ分かった気がした。

 

 「カンタ、それにポー、こういう事は、スッパリ一度に納得の行く話じゃない。少しづつ心が動いて腹に収まって、自分の気持ちになるんだ。」、コウゾー親分の言葉が、ぼくの気持ちの収まる入れ物のように、優しく響いたんだ。

 

 やっと起き上がったキタナギが、「すまねえ、みんなの前で、カラスとネコに礼を言いたいんだ。誰か向うのクスノキに居るみんなを、ここへ呼んできてくれ。まだ、足腰が立たないんだ。」、排水管に飲み込まれる覚悟で、自分の群れを守ったキタナギの、見栄も強がりも無い姿だった。「グレトラ、行こう」、ぼくとグレトラは、ハクビシンが避難した、西遊具エリアのクスノキへ向かった。晴れ上がった空に、西に傾いた太陽が眩しかった。

 「おれ達は、大雨にもハクビシンにも勝ったのかも知れねえな。」、サイクリングロードを走り抜けながら、グレトラが笑って言ったんだ。

 

 ぼくは、もっと大きなものに勝った様な気がしていたが、それが何か分からなかったから、「そうだね」、とグレトラには答えたんだ。

 

 

 

 

 

 

第四十五話 「西の親父とキタジイ」

 「オーイ兄弟、聞いてくれ。にやーっ」、グレトラは、大きなクスノキ、西の親父の上の方の枝に、固まって避難しているハクビシン達に呼びかけた。

 

 「ダメだ、奴ら、戦闘モードのまま、心声のチャンネルをブロックしてやがる。」、「そりゃあ無理も無いよ、ハクビシンには、ネコもカラスも今までは敵だし、餌だったんだから。」ぼくは、仕方がないと思ってそう言ったが、キタナギの言葉を少しでも早くハクビシン達に伝えたかったんだ。ぼくはクスノキの、西の親父さんに話しかけた。

 「親父さんたちは、戦闘モードなんか無いし、心声もオープンチャンネルだったね。お願いだから、ハクビシン達に、奴らのボスの言葉を伝えて欲しいんだ。」

 「ああいいよ。この子達に話が通じれば良いんだろう。」と、西の親父は、快く通訳を引き受けてくれた。

 「ぼく達は、雨の時に、ハクビシン達の行動を観察して、..........そうしたら、排水口に板で蓋をされて..........。」と、今までのいきさつを、西の親父に説明して、「キタナギが、みんなの前で、話がしたいって言ってるんだ。」、と伝えたんだ。

 「分かった、まずわしが行って確かめる。」、すぐに、ハクビシンの長老、キタジイの返事が帰ってきた。西の親父さんは、ぼくの話をそのままチャンネル変換して、伝えてくれていたんだ。キタジイは、もう一匹若いハクビシンを連れて、「俺たちだけでいい。」と言って、2匹だけで排水口の方へ走って行った。

 

 「それにしても、二セクロもコウゾーも、さすが仲間を束ねるリーダーだ。お前たちも、いいリーダーに恵まれて幸せもんだ。」、長年公園の出来事を見守って来た、クスノキの親父さんの言葉には、目先事ではない重みがあった。理屈では説明できないけど、優しさの中に、強さと厳しさがあるんだ。

 

 「お前たちを、疑って悪かった。」、そう言って戻って来たキタジイは、落ち着いた心声でハクビシン達に言った。

 「キタナギ親分は無事だ。カラスとネコが力を合わせて、あの排水口から救い出してくれたんだ。これは、長老としてみんなに言う。この兄弟達に礼をしよう。」、ハクビシンたちは一斉に「カー」、とのどを鳴らし「ありがとう。」の心声を、ぼくとグレトラに送ってきたんだ。

 戦闘モードを解いたハクビシン達の心声が、賑やかに伝わってきた。ぼく達のいつもの雑談と、何も変わりは無かったんだ。ぼくは、このハクビシンたちが、排水溝の中で溺れ死ぬのを、笑って見過ごそうとしていた事を思い出し、そんな事をしないで、助けて良かったと、心から本当に思ったんだ。

 

 キタジイが皆に号令した。

 

 「ヨシッ、みんな親分の所へ帰ろう。もう水も引いた頃だ。巣に戻ろう。」、ハクビシンたちは「ありがとう」と、西の親父さんにもお礼を言い、ゾロゾロとクスノキから降りて来た。助かった安心感か、楽しそうに歩くハクビシンの集団の中に、ぼくとグレトラもいた。ぼくには、夢にも考えた事のない光景だった。

 

 「おれ達が勝った相手は、大雨でもハクビシンでも無さそうだな。」、笑いながらグレトラが言った。

 

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つづく

 

老人少年

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