Ponkotutuusin

 

第5集

老人少年 著

小説

カラスの眼

 

第21話→第25話

 

ごあいさつ

Yahoo!ぽつうで、ご好評頂いた、カラスの眼文庫が、

今回、リニューアル版で、連載投稿させていただく事に

 なりました。毎週火曜日の、深夜、11時55分に、アップ

  ロードしてゆく予定です。宜しくお願いいたします。   

 

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第二十一話 「雷鳴」

 「ニセクロの親方、わざわざ来てくれて有難うございます。グレトラの兄貴も、こんな夕立の中すいません。」ちゃんとお礼を言った事がなかったので、ぼくは照れ臭かったんだ。でも、親方とグレトラが、出来町通りまで来ているのが空から見えたときも、今こうして、雨の中、出迎えてくれているのも、ぼくにはとっても嬉しくて、どうしてもお礼を言わなくちゃダメだと思ったんだ。

 ぼくは、競争したりいたずらしたりは毎日だけど、親切は、した事もないし、された事も、母ちゃんが死んでからは、殆ど無かったから、今日は、何か、体の中にあったかいものがあるような、懐かしいような、不思議な気分なんだ。

 

 「なあに、このひどい降りじゃ配水管も洪水で、キタナギ達ハクビシンも木の上へ避難するんで、大勢で出てきやがる。用心に回っていたところへ親分たちが帰ってきたのさ。」、ニセクロさんが言うと、「いつも、ひら場の事じゃ、手間をかけます。今日も雨ん中、ご苦労様な事です。」

、と言って、コウゾー親分は「ちゃんと礼が言えてよかったな。」と、ぼくにも小さく心声をくれた。

 半分はぼくへの照れ隠しでニセクロさんが言った話に、それを分かっていてもちゃんと御礼を言う親分は、格好いいし、ぼくもそういうカラスになりたいと、本当に思ったんだ。

 

 ウッ、雨はひどいが、風はそれほど吹いてないのに、全身の羽根がゾワッとなった。

 

 ピカ、パシッ、

 カリ、カリカリッ、カラカラカラッ、ガラガラドオッスウ-ン  

 ゴロゴロゴロ…

 

 一瞬だけ、目を焼かれる様な明るさで、公園の景色が青白く見え、すぐそばで生木の枝が折れるような、短く鋭い音がした。ほんの1秒も空けずに、空が壊れて落ちたような轟音が、空気を激しく叩いた。

 病院新築棟の避雷針に雷が落ちたんだ。この雷を合図に、夕立はものすごい滝の雨になったんだ。

 

 「弱った事になっちまった。少しましになるまでは、爺さんの世話になるより手が無い。」親分が言うと、「世話だなんてよしてくれ。こんな有難い事はない。久しぶりに、こうして顔を揃えたみんなとゆっくり話も出来る。それにこの雨ならムクドリのクソも、綺麗さっぱり洗われて、明日からまた、お腹一杯深呼吸が出来る。これもみんなの、働いてくれたお陰だ。」と、シイノキ爺ちゃんは言ったんだ。

 

 今日は色々あって、少し疲れたけれど、爺ちゃんがこんなに喜んでくれたのが、一番嬉しかった。

 

 

 

 

第二十二話 「尻上がり」  

 もう随分シイノキ爺ちゃんの所で雨宿りしているけど、滝のような雨は、勢いを増す一方なんだ。

 「全然止まないし、雨は強くなる一方だ。」と、ぼくが言うと、爺ちゃんが笑った。

 「心配ないよ、ポー。止み際の雨はしり上がりといって、どんどん強くなって、手品にかかったようにぴたりと止むんだ。お尻も上がれば雨も上がるって訳だ。」

 「そうか、お尻を上げなきゃダメなんだ。」ぼくがそう言って、前につんのめる程思い切りお尻を高く上げると、カラスも猫もシイノキもみんなで大笑いしたんだ。

 下ではグレトラの兄貴が、横の枝ではコウゾー親分まで、ぼくのまねをしてお尻を持上げるから、ぼくまでおかしくって大笑いしてしまった。「オレがそれをやったら、根こそぎぶっ倒れちまって、一巻の終わりんなっちまうから、協力するのは止めて置くよ。」、と言う爺ちゃんにニセクロの親方が、「それはその方がイイ。」、なんて合いの手を入れるものだから、みんなで苦しくなるぐらい笑い転げたんだ。そしてさんざん笑って、笑い終わる頃、気が付けば雨はすっかり上がっていた。

 

 「雨宿りは雨が降ってりゃあいいが、上がっちまえばただの居候うだ。おれたちは見回りに戻るぜ。みんなも、キタナギ達が上がりこんでねえか、良く確かめて巣に戻らないと、エライ目に合っちまうぞ。」と、二セクロの親方が言うと、

 「せっかくさっぱりしたんだ。爺さんにもゆっくり休んでもらわなくっちゃあいけねえ。爺さん、世話になった。よし、みんな巣へ戻ろう。」と、コウゾー親分が挨拶したんだ。

 「そうか、それじゃあみんな、今日は本当に有難う。それこそ空き巣が上がり込んでるかもしれない。良く用心してお帰り。」と、爺ちゃんが言うと、グレトラと親方はパトロールに出かけ、カラス達は、それぞれの巣へ戻っていった。

 もうすっかり日が暮れて、西側のバス通りを行く車のライトと、園内の外灯が点々とする以外、ぼく達カラスには何も見えないんだ。こういう時は、正確に記憶された位置情報と空間地図を、マッピングモードで瞬時に立ち上げれば、頭の中にいつもの景色が像を結ぶ様になってるんだ。

 後は全身の神経を集中して、いつもと変わりが無いか、気配を読み取る。大丈夫、みんなの所も無事な事が、気配と、伝わってくる静かな心声で分かった。

 

 ぼくのベッドは、ヒマラヤ杉の、大きな枝が二股になっている間に、水をはじくヒノキの枯れ枝で、篭のように組んであるんだ。最初に父ちゃんと母ちゃんが造ってくれた大切な巣を、ぼくは大事に、修理しながら使っているんだ。

 手入れが良いから、大雨でぬれても、もう乾いているんだ。

 

 今日も、朝の餌捕りから始まって、一日、動き通しだったので、もう、夢の国の迎えが、鳴き出した虫の音と一緒に、すぐそこまでやって来ていた。                   

 

 

 

 

第二十三話 「食えないゴミの謎」  

 「オーイ、天気はいいし、今朝は少し涼しいぞ。」、大きな、元気の良い心声に目を覚ますと、喧嘩のカーキチだった。オヤ?何かヒラヒラと、長い紐のような物を咥えているぞ。

 

 「なんだい?その長い食えないゴミは?」、ぼくが訊くと、「そうか、やっぱり食えないか。クスノキ婆さんもそう言ってた。」、とカーキチ、「大婆ちゃんが言うなら本当だと思うよ。」 大婆ちゃんと言うのは、公園南西角の入り口の、大きなクスノキの老木なんだ。

 ぼくは、カーキチにもう一度訊いた。「それで、大婆ちゃは何だと言ってたんだい?」すると、「いやね、だから、」、と少し考えてから「だから、食えないゴミだって言ってた。」と、カーキチはちょっとがっかりした様に答えたんだ。

 「食えないのも、おそらくはゴミだというのも、見ればぼくにも分かるさ。もっとこっちへ持ってきて、良く見せてくれないか。」、ぼくが言うと、カーキチは巣のある枝まで飛び移って、それを枝に引っ掛けるように置いたんだ。白っぽい半透明の、餌捕りの日に見るゴミの袋より薄い感じで、良く見るビニール紐とも違う。もっとヨレヨレで、少しふやけたような、頼りない感じなんだ。

 

 「ちょっと乱暴に調べてみるけど、いいかい?」と訊くと、「オオ、いいとも。」、とカーキチも興味津々なんだ。上に乗って足でそれを抑えて、少し離れたところをしっかり咥えて、引っ張ってみた。

 「フニャフニャしている割には、結構丈夫なもんだな。」、ぼくもカーキチも同じ事を思ったので、心声が重なって合唱になり、顔を見合わせた。「よし、もっと思い切り引っ張ってみよう。」そう言って、ぼくが力いっぱい引っ張ると、ビヨンと少し伸びたが、足で押さえていた所でプツッと切れた。良く見ると筒状の細長い袋のようになっていて、切れた所から、悪臭とは違う何かゾクッと怖いような臭いがしたんだ。

 「なんか臭いが変だぞ。カーキチ兄貴も嗅いでご覧。」と、ぼくに言われて臭いを嗅いで、「ウッ、臭くは無いが、好きな臭いじゃない。こりゃなんか危ねえ臭いだぜ。」、とカーキチも顔をしかめて続けた。

 

 「それより腹が減ってるんだ。せっかくこいつが、婆さんの所の枝に引っ掛かってたのを見付けたけど、食えなきゃ何んにもならねえ。」 

 「少しふやけているけど、蝉の死骸なら一杯集めたからあるよ。こっち。」、と言って、ベッドに敷いてあったヒノキの葉をどけると、ぼくの体温で大分乾いたご馳走が6個、ちゃんとあった。

 「すまないな、大事なご馳走を。恩に着るよポー。」兄貴とぼくとで1個づつ、朝飯にした。

 

 お腹が落ち着いたら、また興味が湧いてきたのか、カーキチが、「それにしてもこいつは何だ?」、と、さっき以上に首を傾げた。「そうだ、大婆ちゃんに訊いてみよう。クスノキ婆ちゃんなら、口は悪いけど、何でも良く知ってるし、だいいち大婆ちゃんの枝に引っ掛かっていたんだから、何か知ってるはずだ。」

 ぼくがそう言うと、カーキチは、何か気が進まぬ顔で、「やっぱりそうするしかないか。婆さんの所へ行こう。」、と渋々言った。

 声が大きいカーキチ兄貴は、大婆ちゃんの所のスズメを驚かせては、いつも怒られるので、クスノキ婆ちゃんの事が、実は苦手だった。だから今日も、このゴミの正体をちゃんと訊いてこられなかったんだ。実はぼくも、大婆ちゃんは時々急におっかないから、少し苦手なんだ。

 

 それでも、この変な物の正体を、どうしても知りたくなったので、さっき切った切れ端を咥えて、ぼくたちは大婆ちゃんお所へとむかった。

 

 

 

 

第二十四話 「クスノキの大婆ちゃん」  

 「嫌だよう、お前たちまたそんな物をぶら下げて。オヤッ、鳴き下手のポー助かい?、お前までどうしたんだい今朝は?」

 とにかく大婆ちゃんの口の悪いのは、天下一品なんだ。挨拶の一発目からこの調子だから降参だ。勿論、これでおしまいな分けが無いんだ。

 「だいいち、この子達が、チュンチュン機嫌良くやってっる所へ、なんだってオマエら2羽もして、邪魔しに来たんだい。カーカー騒ぎに来たんなら、サッサと返んな。でないと、トンビでも鷹でも呼んで追っ払うよ。」

 とまあ、こんな具合で物騒なんだ。

 

 「大婆ちゃん、ぼくらは騒ぎに来たんじゃないんだ。ほら、カーキチだっておとなしいでしょ、だからトンビなんか呼ばないでよ。」、ぼくがそう言っても、大婆ちゃんも頑固なんだ。

 「そんなうまい事言って、結局あたしをからかおうったって、そうはイカの塩辛ってんだ。そこのカーキチだってそうじゃないか。さっきその気味の悪いゴミを、もって行ってくれたんで、ガラクタカーキチもたまには役に立つと思ってたら、また持って返って来るんだから、目も当てられないね。オヤッ、随分と小さくなっちゃったけど、カーキチお前まさか、バカだねー、食っちまったのかい。」

 

 「食ってなんかネーよ、大婆ちゃんのバカ。」、やっとカーキチが言い返したが、ひと言だけ多かったんだ。

 

 「今あたしをバカって言ったねっ、この天然ガラスッ。」、カラスはみんな天然だけど、そんな事より、もう大婆ちゃんはカンカンなんだ。

 「あたしの曾爺ちゃんの、そのまた曾爺ちゃんがいたころは、カラスと言やあ空じゃあ一番あーん偉い神様だったんだ。だから、その黒いお揃いの服と立派な口箸を、お天道様から頂いて、みんなの死骸を片付けたり、無駄な争いを仲裁する、賢い頭を授かったりもしたんだ。」

 また、いつもの分からない話が、始まった。しかも、べらぼうに長いんだ。困ったぼくらが顔を見あわせていると。

 「お前達、ちゃんと聞いてるのかいっ、」

 「ハイッ、」ぼく達の心声が、ここだけはピッタリと揃った。

 

 「おとなしくして、良~くお聞きよ。」また大婆ちゃんの、ちんぷんかんぷんで長~い話が再開してしまった。

 「カラスは、そうして授かった知恵と力を、今度は持て余しちまって、弱い者いじめや仲間争いに、使い始めたんだ。それで今じゃ、こんなチンピラどもに成り下がっちまったんだよ。全く情け無いじゃないか。」

 「ぼくらだって、ちゃんと反省してるよ。」

 「もう、大声は出さないよ。」、ぼくらがそう言っても、大婆ちゃんの機嫌は、そう直ぐには良くならないんだ。

 「だから、その大きな声だってそうじゃないか。元々は、みんなに危険を知らせるサイレンとして、お天道様から頂いたのに、今はカーカーみんなを脅して回ってるじゃないか。」

 「ダメだ、相手が悪い。この長いフニャフニャのゴミが何だか分かんなくても、もうどうでも良くなったよ。」、とうとうギブアップしたカーキチが、凄く小さな心声で言ったが、もう既におそかったんだ。

 

 「相手が悪いだって?あたしの事かい。中途半端で逃げ出そうったって、そうはイカの足でも食いなってもんだ。だいいち、あたしに何か用があったんじゃないのかい。」地獄耳なんだ。

 

 

 

 

第二十五話 「アオダイショウ大婆ちゃんの授業」

 「そうなんだ、物知りの大婆ちゃんに、どうしても訊きたい事があって、それでぼく達は来たんだ。そうだなカーキチ兄さん。」、やっと本題に入るきっかけが出来たんだ。カーキチも、「そうだよ、大婆ちゃんなら何でも知ってると思って訊きに来たんだ。だからすずめ達を驚かせたりしないよ。いつもの事は、この通り謝るから。」

 「ほー、何だか気味が悪いよ。お前らの様なチンピラのカスが相手でも、こう丁寧に頭を下げられちゃ、このクスノキ婆ちゃんも、地獄の閻魔様じゃないからね、話を聞こうじゃないか。」

 

 カスじゃなくてカラスだけど、物知りと言われて気を良くした大婆ちゃんと、ようやく会話が成立しそうだ。そこでカーキチが先に訊いた。

 「この、オレが咥えている、長くてフニャフニャした物は、何なのか、ポーと一緒に考えたけど、全然分かんないんだよ。そこで、一番物知りの、クスノキ婆ちゃんの所へ、教えて貰いに来たのさ。」

 イイゾ、カーキチ兄貴、大婆ちゃんニコニコしてきた。「大婆ちゃんのバカ、」で、カンカンに怒らせてしまった分は、「一番物知り」と言う一言で、完全に挽回したぞ。

 

 「ハハハ、お前たちはそれが何だか知らないのか。」、機嫌よく大婆ちゃんは話を始めたんだ。

 「それはアオダイショウの抜け殻だよ。」、「ヒエーッ」、カーキチは、咥えていた物を慌てて放り出した。アオダイショウと言えば、ぼく達が、まだ卵の時や赤ん坊の時に、ぼく達を食べに来た恐ろしい大蛇なんだ。

 大人のカラスでも。下手に掴みかかると、逆に体に巻きつかれて、絞め殺されてしまうんだ。びっくりするぼくらに大婆ちゃんは続けた。

 「お前たちでも、羽根が抜け替わるだろう。蛇も同じさ。古い皮の下に新しい皮が出来ると、頭から尻尾まで、古くなった皮をそっくり丸ごと、脱ぎ捨ててしまうんだよ。」

 「へー、それじゃあ、あんなにフニャフニャふやけてるみたいなのに、どうしてあんなに丈夫なの?」、と僕が訊くと、「あんたら、賢い頭を持ってるんだから、ちょっとは自分で考えたらどうだい。」、そんな小言を言いながら、それでも得意げに大婆ちゃんは教えてくれたんだ。

 「ふやけてるのは、いつも水気を含ませておいて、体が乾くのを防いでいるんだよ。それに、奴らは這って歩くだろう。皮が丈夫じゃなきゃ、傷だらけになっちまうだろ。」

 

 「すげーな、やっぱり大婆ちゃんは何でも知ってる。もう一つ教えてもらってもいいかい?」「なんだい、遠慮は要らないよ。なんでもお訊き。」、さすがカーキチ兄貴は、喧嘩も上手いけど、心声のコントロールも抜群だ。これじゃあ、若いメスのカラスたちが放って置かないわけだ。そんなカーキチが知りたかったのは、臭くはないのに、ゾッとする様な、あの匂いの事だった。そしてそれは、ぼくも知りたいんだ。

 「あの抜け殻は、臭くもないのに、臭いを嗅ぐと嫌な気持ちになって、怖いような危ないような感じがするのは、いったいなぜなんだい。クスノキ婆ちゃんなら絶対知ってるよね。」、大婆ちゃんは静かな口調で、今度はゆっくりと教えてくれたんだ。

 「おまえ達、卵の中に居た頃や、まだ飛べなかった小さい頃の事を、良く憶えてはいないだろう。でもなあ、記憶の底の底ってもんがあって、そいつは、お前たちの父ちゃんや母ちゃんが、命がけでくれた大切なもんなんだ。」

 

話はいつか、ぼくが一番知りたい、父ちゃんや母ちゃんの話題になっていたんだ。

 

 

 

第二十六話へ

つづく

 

老人少年

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