Ponkotutuusin

 

第4集

老人少年 著

小説

カラスの眼

 

第16話→第20話

 

ごあいさつ

Yahoo!ぽつうで、ご好評頂いた、カラスの眼文庫が、

今回、リニューアル版で、連載投稿させていただく事に

 なりました。毎週火曜日の、深夜、11時55分に、アップ

  ロードしてゆく予定です。宜しくお願いいたします。   

 

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第十六話 「オンミョウトクサン、外の世界」

 ムクドリの群れは、形や大きさを変えながら、集散を繰り返し、少しずつ北へ押し遣られていくんだ。それは見ているだけでも、ワクワクするほど面白く、猫の親方のニセクロ先生が今朝話していた、「鰯の群れ」と言うのが、少しだけ分かる気がした。

 「コウゾーの旦那、お疲れ様です、ひと暴れさせて貰いますよ。」「オオ兄弟、わざわざすまないなあ」、やって来たのは、まだ若いが一目で群れ長と分かる、立派な体格と風格のトクサンだ。「先輩、久しぶりですいません。」「オオッ、オンミョウ、元気にしていたか。今日は殴り込みを掛けるみたいな格好になっちまって、すまない。」

 「水臭い話はよしにして下さい。元気のいいところを揃えましたんで、しっかりお手伝いさせて貰いますよ。」やって来たもう1羽は、この通りの向こう側、ナゴヤドーム周辺を縄張りに持つ、清明山ガラスのボス、オンミョウ親分だった。

 「すまねえが始めてくれ」コウゾー親分がそう頼むと、「ヤレ、」2羽の親分が、頭が割れそうな強烈な心声を発した。

 すると、出来町通りの向こう側から、全部で35羽のカラスが一斉に飛び立ったんだ。これがカラス同士の争いなら、何羽もの犠牲が出る様な迫力に、ぼくは一瞬戦慄を覚えたほどなんだ。

 応援のカラスの一団は、飛び立つとすぐに、こちら側に一旦回りこんでから、ぼくらと一緒に50羽の集団を作って、ムクドリ達の群れに、一気に突進した。

 

 「あっ」、通りの南側の歩道の隅に、猫が2匹居るのが眼に入った。「コラ、よそ見をするなっポー」、ニセクロさんの心声だ。グレトラの兄貴と一緒に、こんな所まで応援しに来てくれたんだ。嬉しくなった僕は、もっともっと頑張ろうと思ったんだ。

 ぼく達は、出来町通りを越えて、世の中じゅうが、銀色になったように感じる位でかい、ナゴヤドームのすぐ手前まで来ていた。このナゴヤドームの向うに名古屋大学の大幸キャンパスがある。その北側の通りの街路樹の並木が、奴らムクドリの本来のネグラなんだ

 トクサンのところの、若いカラスが3羽、先回りしてその通りの北側に飛んでいった。通りから北側は、更に500m程先の、矢田川河川敷から、トンビやミサゴと言った、残忍な猛禽の連中が顔を出すとても危険な空域なんだ。

 猛禽の奴らは、縄張りかまわずに、時々公園にまで入り込み、悪い事をするギャングなんだ。母ちゃんもそれでトンビにやられたんだ。何にも悪い事してないのに… 。

 

 「オイ、どうした若いの、もう名大の上だ、ボケッとしてると猛禽のゴロツキどもが来たら、バッと遣られちまうぞ、しっかりしろ」心配して声を掛けてくれたのは、オンミョウの親分だった。

 何も知らないぼくが、怖いよそ者の親玉だと思っていた親分は、実は普通の優しい親爺さんだったんだ。

 「コウゾーの兄貴とオレは、遠い親戚なんだぜ」とオンミョウ親分が言うので、「あれ、それじゃぼくもだ。だってコウゾー親分はぼくの叔父さんだもん」、とぼくが言うと、「ハハ、そうかそうか」、と親分は笑った。そして「よし、だったらなおさらだ。もう一息だから気を抜かねえで思い切りヤレよ。」そういうとオンミョウ親分は、ものすごい勢いで突進していった。

 目標の並木のある通りは、もう目の前だった。ところが、ここまで来てムクドリの群れが、不可解な動きを始めたんだ。                                                  

            

 

 

第十七話 「トンビへの殺意に燃える」 

 名大の大幸キャンパスの北を通るこの通りは、西は名古屋城北側、東は3kmほどで出来町通りに合流する、交通量の多い通りだ。その下は地下鉄が通り、上には「ユトリートライン」と言う、バス専用の高架道路が走っているんだ。

 この下の通りに、数え切れないほどの街路樹が延々と続き、そこがムクドリ達のネグラなんだ。2000羽でも3000羽でもゆったりと出切る、こんな良い場所があるのに、公園のシイノキ爺ちゃんをいじめに来るから、少しひどい目に合うのも、仕方ない。

 確かに猛禽の脅威はあるけど、あいつらは何処へでも出掛けて来るので、ここに限った事じゃないんだ。

 

 しかし変だ。おかしい。自分たちのネグラなのに、1羽も降りていこうとしない。それどころか更に北の、危険な猛禽たちのエリアに向かっているんだ。

 「かまわないから、矢田川までおっぱらうぞ」親分の号令だ。

 確かに猛禽の連中はいるが、50羽のカラスではさすがに手が出ないんだ。ムクドリもこれだけの数のカラスに、激しく追い回され、完全なパニック状態になって、自分の巣へ降りる事もできないんだ。

 皆は、はるか上空で、トンビが5羽、旋回しているのに気付いていた。そしてそのうちの2羽が、ムクドリの群れ目掛けて、急降下してきた。ぼくは急に体が熱くなった。母ちゃんをやった奴らの一味だ。絶対に生きて返さない。バッサアー「ポオオー」、もうぼくは、残忍な殺し屋になっていた。

 

 「止めろっ]ドッスウン、ぼくの真上から、鋭い心声と共に1羽のカラスが体当たりしたんだ。「何するんだ、ぼくの母ちゃんは、あいつらにやられたんだぞっ」「やっぱりそうか、若いの」ぶつかってきたのは徳川園の群れ長、トクサンだったんだ。

 「恨みで闘っちゃダメだ。」頭にきて飛び掛るぼくを軽々とよけて、トクサンは続けた。「恨みなんてものは、てめえの中で力いっぱいぎゅうっと抱きしめて、捻り潰してしまえ。」ぼくには意味が分からないから「そんなのイヤだ」、と僕が言うと。群れ長がこう言った。

 「確かにあの勢いなら、トンビが1羽あの世に行ってたが、そうしたらどうなるか分かるか。奴の親や兄弟がじっとしちゃいない。カラスを食い殺しに来る。しかもお前らの公園より先に、川に近いオンミョウ親分の所の、赤ん坊や年寄りが真っ先に殺されるんだ。そんなんで、お前の母ちゃんが嬉しがると思うのかっ」

 

 それでもまだ悔しくて「ポオオー、ポオオー」、とわめき散らすぼくに飛び掛ってきた1羽のトンビを、軽々と払いのけながらトクサンはこう言った。

 

 「もしもそんな事になれば、皆で苦労してこしらえたカラス同士の中もおかしくなっちまうし、猛禽と戦争もおっぱじまり、また昔みたいに大勢犠牲が出る。頭のいい俺たちカラスが無駄な争いをなくしていかなきゃ、今まで犠牲になった連中も浮かばれねえ。」

 ちょっと偉そうなお説教はうっとうしいし、悔しさも収まらなかったが、ただ強いだけじゃない群れ長トクサンが、少しだけ好きになったんだ。

 気が付くとぼくたちは、西日の射す谷田川河川敷を見渡す、土手の手前まで来ていたんだ。ムクドリ達のパニックと、猛禽たちの攻撃は、まだ収まってはいなかった。

 

 

 

 

第十八話 「恨みより誇り憎しみより責任

 「ムクドリから離れろ、東の橋に集まれっ、カアー」公園ガラスの頭、コウゾ-親分が総勢50羽のカラスに命じた。そしてぼくの方にやって来た。いや、そうではないんだ。正確には、清明山の頭、オンミョウ親分と一緒に、ぼくの所に居る徳川園の群れ長、トクサン親分の所に来たんだ。

 「トクサン、これ以上ムクドリたちをかまっていると、猛禽の連中と交ざっちまって、一丁何かあると後が簡単じゃ済むまねえ。」コウゾー親分が言うと。群れ長も応えて言った。

 「言う通りです。この、お宅の所の若いのみたいに、皆んな賢いカラスばかりだから、心配は無いですが、用心に越したことはありまん。」、トクサンは、ぼくのヘマな軽はずみの事など一言も言わず、頭に来て飛び掛ったりした、ひどいぼくを、「賢い」なんて言ってかばってくれたんだ。恥ずかしいのと済まないのとで、ぼくは泣きそうだったので、親分たちと離れて橋へ向かった。その間も、トクサンが見せた貫禄を思い出し、やっぱり、ただ乱暴に強いだけでは、皆から尊敬される偉いカラスになんか、絶対になれないと思ったんだ。

 

 東の橋と言うのは、清明山の真北の土手から少し東の、宮前橋の事で、着くともう西側の欄干は、カラスで真っ黒になっていたんだ。

 いつもは顔を合わせる事がない、別の群れのカラス同士、話が弾んで、頭が痛くなるほどの、心声が飛び交っていたんだ。

 「兄弟、聞いてくれ。」到着したコウゾー親分がみんなに話を始めた。「齢の足りる奴は3年前を思い出してくれ。覚王山のゴンニー親分も入れた、おれ達4羽の頭衆は、親同士どころか、直接でも殺し合いの争いを、ついこの間までやって来た仲だ。現におれは、トクサンにとっては親の仇だ。難しい事は山ほど在ったが、今じゃあ全部乗り越えて、こうして力を合わせる事が出来る様になった。これからも、為にならない争いなんか止めにして、これからの若いもんが、つまらない苦労をしねえように、仲良くやって行こうじゃないか。」

 「本当にその通りだ。」、とオンミョウ親分、そしてトクサンも「コウゾーさんの有難い話に、皆んな鳴き合わせで答えようじゃないか。」すると、それを合図に「カアー、カアー、カアー」と、一斉に声を上げた。ぼくも負けずに「ポオオオー」と、大きな声で叫んだ。他の群れのカラスは、「ポー」と言う声に少しびっくりしたが、笑ったりする者は、1羽もいなかった。

 

 「オンミョウ、後は頼む。」コウゾー親分に頼まれた清明山の頭は、「ヨーシ、ここからは俺に付いてきてくれ。清明神社まで引き上げて、そこで解散だ。猛禽の奴らに舐められねえ様に、しっかり固まっていこうぜ。」と言って橋から急降下した。

 

 真ん中は清明山、右は徳川園、左はぼくたち公園の群れの隊形で、川の水面ギリギリを、西日を正面に受けて滑る様に飛んだ。そして、まだムクドリを追い回している、トンビ達の居るすぐ手前で、急上昇しながら左へ飛んだ。

 西日の反射が眩しい、ナゴヤドームをすぐ右に見下ろし、あっという間に、清明神社へと急降下した。群れを持たない猛禽の奴らには、絶対に真似の出来ない、カラスの底力を、独りガラスのぼくも、誇りに思った。

 

 

 

 

第十九話 「総勢50羽のカラスが清明山集結」

 そんなには広くない神社の、木の枝、社殿や社務所の屋根、鳥居の上などを、50羽のカラスが次々と降りて来て、いっぱいにした。

 ぼくは少し離れて、境内に隅の柵の上で羽根を休めた。独りガラスの癖なんだ。でも今日は、ぼくが思うほど、みんなはぼくを変に思っていないのが分かったし、群れに対するもやもやしたものも、綺麗にすっきりしたんだ。でもやっぱり独りガラス、独りが落ち着くんだ。「ポーッ、こっちへ来い」、鳥居の上からコウゾー親分が呼んだので、行って隣にとまった。「この若大将、ポーって言うんですか」社務所の上に居たトクサンも、鳥居に移って来て言った。

 「ポーはたいしたもんだ。猛禽の奴らなんか少しも怖がってないし、それどころか、おれを助けてくれたんですよ。」するとコウゾーさんが「その話はおかしい。おれは見ていたんだトクサン。」「なアーんだ、バレバレですかい、でも、勢いと度胸は見上げたもんですよ。」

 また始まった。ぼくはスズメ位に、自分の体が縮んで思えた。「ポー、あれが体当たりだから良かったが、トクサンが爪を少しでも前へ出してりゃ、お前は今頃、父ちゃんや母ちゃんの所だ。」、とコウゾー親分は苦笑いしてそう言うと、それ以上その話はせずに、みんなに心声を飛ばした。

 

 「ありがとう。今日の事は忘れねえ。悪いが暗くなる前に帰らせてもらうが、本当に世話になった。それじゃあ兄弟、またなあ。」すると、オンミョウ親分も。

 「世話だなんて、お互い様です兄貴、どうか気を付けて。」、と見送ってくれたんだ。

 「それじゃあうちも、」トクサンが言うと、50羽のカラスは一斉に、バサバサーッと飛び立って、神社の上を一度大きく旋回すると、徳川園のカラスは西へ、公園のカラスは南へ、それぞれに清明山の見送りが付いた。みんな親切なんだ。

 あっという間に出来町通りを過ぎ、見送りのカラスが帰って行くと、もう目の前には、西日を反射し、キラキラ光る公園の森が迫っていた。

 

 こうして縄張りを越えて飛んでみると、すぐ近くに、ほかの群れのカラスたちが、大勢棲んで居ることが分かったんだ。今までは、どうしても、よそのカラスには、競争心を通り過ぎて、闘争心を燃やしてしまうぼくだったが、それは、とてもはずかしい事なんだと、今日は思った。

 

 

 

 

第二十話 「夕立」

 こんなに近くに棲んでいて、それぞれに、お年寄りや子供や赤ん坊の居る群れと群れが、敵同士なのと、仲間同士なのでは、地獄と天国ぐらいに、本当に違ってしまう。その事が、2つのよその群れと一緒に、恐ろしい猛禽の縄張りまでムクドリを追った今日、初めてぼくには分かったんだ。

 そしてもっと大切な事は、地獄の中で、互いに傷つけ、自分の中の恨みや憎しみと格闘もしながら、必至に闘って、少しづつ天国に近づけてきたのが、親分達、先輩ガラスなんだと言う事、そして、悲しい、多くの犠牲があったと言うことなんだ。

 言い訳になってしまうが、早くに、父ちゃんと母ちゃんを亡くしたぼくは、餌のとり方、身の守り方以外、何も知らなかったし、知らされていなかったんだ。

 

 「オーイ、ポーッ、夕立が来るぞ。」、親分が言うとすぐ、大きな雨粒が体に当たり、夕闇で、殆ど利かなくなった眼に、雷が、瞬間パノラマを見せてくれた。「こりゃいかん、ひどくなりそうだ、早速だが爺さんの所で世話になろう。」、親方の心声を聞いて、群れの15羽全員、シイノキに急いだ。

 ガラガラ、ドオーン 後ろを警戒しながら、編隊の最後尾を飛んでいたぼくと、カンタ、カーキチの3羽が、爺ちゃんの枝に着く頃には、夕立も随分ひどくなって来たんだ。

 

 「ひどい降りだ。爺さん、今日の今日で恩着せがましくていけないが、屋根を借りるぜ。」、親分が言うと、シイノキ爺ちゃんは笑った。  

 「親分、恩着せなんて馬鹿を言うもんじゃない。お日様からご飯を頂く大事な葉っぱを、ムクドリたちにクソだらけにされても、わしは、追い払うどころか、怒鳴る事もできない所を、ポーと親分が、みんなを集めて助けてくれたんじゃないか。礼を言うよ。」

 「ニヤアー、」、あっ、にセクロの親方とグレトラだ。こんな雨の中、心配して来てくれたんだ。

 「見直したぜ兄弟。今日のはポー、お前の手柄だ。」グレトラの兄貴がそんなに褒めるから、ぼくは言った。

 「それは違うね、みんなが手伝ってくれたのに、ぼくは頭に血がのぼって、よそのカラスにまで苦労を掛けて、なのにちゃんと謝ってないし、ぼくは情けないんだ。」、するとニセクロの親方が言った。

 「いいや違う、そうじゃねえ。元はと言えば、オレの頼みを聞いて、ポー1羽でやり始めたポーの仕事だから、これはポーの大手柄だ。違うかね親分。」、答えて、「色々あったが、親方が言うのはそのとおりだ。」と、全部、見ていて知ってるコウゾー親分まで、そういって笑うんだ。親方は続けた。

 「一生懸命に頑張って、それでも、よそさんにご苦労を掛けちまった時、それを世間じゃ世話になると言って、恥ずかしい事じゃない。そいつを恥ずかしがって、見栄や格好を着ける方がみっともねえ。勉強は勉強、手柄は手柄、もっと威張っていいんだポー。」

 

 難しくて良く分からないし、「オレの手柄だ」、なんて威張るほど、まだぼくは偉くないし、でも、二セクロの心声を聞いていると、どうしてかわかんないけど、少し心が落ち着いてきて、誰の手柄にしろ、今日はいい事をしたんだと、素直に思えて来たたんだ。

 

 

第二十一話へ

つづく

 

老人少年

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