下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -94ページ目

蒲田税務署の講演を聞きにいきました。

蒲田税務署 管内の優良申告法人約90社の団体

優申会が蒲田駅近くにある冠婚葬祭場アペアにて開催されました。


弊社はサムプムショック、リーマンショック、東日本大災害と難儀続きで

売上、経常利益も落ち込み所得税も大して支払っていませんが

昭和50年に表敬状をもらって以来数回表敬されました。


事業の継続は年々苦しくなっていますが今年は良くなるぞ!と言いながら

数年経過してきました。税務署もそんな私どもの企業にも優申会を

脱退させないで継続させて頂いています。


毎年この時期、7月の人事異動で蒲田税務署に着任された方々の

署員の紹介があります。


今回の特別研修会の議題は

「変わりゆく税務署」 税務行政の現状を2時間ちかく講演されました。

内容については省かせていただきますが会員は真剣にメモをとり

正しい納税についての勉強会でした。


地域企業の模範になるべき立場を常に意識して経営することに

真剣に取り組んでいました。


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5年前までは講演が終わると立食パーティーの懇親会で

ビール、日本酒、焼酎もちろん和食、洋食、寿司などが提供されて

名刺交換、会員同士の情報交換などが慣例になっていましたが

残念なことに中止になりお茶コーヒー乾き物菓子だけのになりました。


お茶だけの懇親会では間が持たないので、用事を作って途中から

抜け出し東急蒲田駅ガード下の立ち飲み居酒屋でビール日本酒

イカのゲソー品を注文しほろ酔いきげんで帰宅しました。






減量して気になることがあります。

体重を減らす工夫は3年前から実行に移しては失敗の連続でした。


昨年右ひざを痛めて知り合いの整形外科に通っていました。


外科医は私に一時的な痛みは注射、薬、水抜きで抑えることができる。

しかし根本的な治療は膝に負担をかけないためにも体重の10%は

減量しなさい、と言われました。それには食事療法もありますが

毎日有酸素運動をしなさい。


それ以来、会社通勤には26000円もする「吉田カバン」のリュックを

担いで毎日合計10~13キロ 時間にして1:00~1:30

早足で実行しました。

食事量は2割少なく酒の量は制限無しでした。


80kgあった体重を73、5kg台まで減量に成功しました。

目標の72kgまでは12月の誕生日までには間違いなく、

あと1、5kgは実行に移せるでしょう。


しかし困ったことができました。前回茨城県の山奥にある

鷹彦スリーCCでプレーした時に飛距離が余りにも飛ばないので

体調不良と思ってプレーをしていました。もう一つの理由は

海外出張が多くゴルフに行く回数が減った為とタカを括っていました。


9/25にコースを知り尽くした府中CCでプレーしたおり、

いつも使うクラブで届く距離が全く届きません。

パートナーも「今日は飛ばないね」と言われ・・


そう言われた時に減量した為に飛ばなくなったと直感しました。

理由は重いカナヅチで釘打ちするのと軽いカナヅチで打つ差の関係で

ゴルフボールに体重を乗せてヘッドが当たる重さの関係でしょう。


7kg軽くなると歴然と差が出てきました。

20才代の若さがあれば筋肉にもムチのしなりもあり反発しますが

70歳の峠を越えると無理です。


たまたま飛び入りしたハンデ18の上手な女性に4回も

オーバードライブされストロークでも2打負けて

メタメタになってしまいました。


減量も良い面だけでなく男のプライドを傷つけた会員の

女プレーヤーには参ってしまいました。


次回の同伴プレーは理由をつけてご遠慮したいと思いますが・・涙涙











日本全国ご当地パン祭りとパングランプリ同時開催

9月23日 祭日に有楽町駅ちかくにある国際フォーラム会場で
日本全国ご当地パン祭りと同時にパングランプリが同時開催されました。

夕方のNHKをはじめ各局のニュースでも会場の様子が
映し出されていました。

当組合員の京浜鶴見駅前で営業している繁盛店「エスプラン」で
開発したコーヒーアンパンは第一回パングランプリで都知事賞に輝き
今回ご当地パン祭りでの催事でNO 1の売上をあげました。

下記の動画で会場の雰囲気がよくわかります。



彼の出店したところだけは長い列ができてしまいました。
繁盛店「エスプラン」は東京パン連盟工業協同組合の会員であり
我々の誇りです。

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群馬県のグンイチパンの若い女性職人が発案したハチ蜜メロンパンです。
アーモンドを蜂に見立てて創られたアイデアーは若い女性のセンスです。

技術がいくら高くても中年男職人には発想が出来ない一品でしょう。

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パングランプリでデニッシュ部門NO 1に輝いた都知事賞
     株)スティル 赤桃と紅茶のデニッシュ


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              有楽町国際フォーラム会場風景
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伊集院静著 「大人の流儀」を読んで

伊集院静 氏をはじめて見たのはホテル・ニューグランドの

BARシーガデニアⅡのバーカウンターで飲んでいたときでした。

その時は何所かで見たことのある男としか思わず忘れていました。


その後、文藝春秋を読んでいるページに彼の顔がアップされていて

初めて伊集院静であることが分かりました。


別の月刊誌で彼の生い立ちは在日韓国人の父親がヤクザとは違い

腕っ節の強いこわおもての任侠人生であったと記憶しています。

したがって彼は在日韓国人二世ですが今は日本国籍になっています。


その血筋を引いている伊集院静氏も人生の生き方に似たところがあり

今回買った「大人の流儀」にも思い当たることが共通していました。


私もそれ以前からも彼に共感することが多くありファンになって

しまいました。彼は野球少年時代(高校野球)にアドバイスを受けた

巨人軍時代の長嶋茂雄の一言で、入学したい大学を変更して

立教大学を受験入学したそうです。


25年前に亡くなった妻、夏目雅子については一言も語っていませんが

今回「大人の流儀」の最後の目次に


愛する人との別れ~妻・夏目雅子と暮らした日々」が書かれていました。


直木賞作家としては異色に入るでしょうが好きな作家です。


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本の帯に

人はそれぞれ事情をかかえ、平然といきている


「いろいろ事情があるだろうよ・・・」

大人はそういう言い方をする。なぜか?


人間一人が、この世を生き抜いていこうとすると、

他人には話せぬ(とても人には言えないという表現でもいいが)


事情をかかえているものだ。他人のかかえている事情は、

当人以外の人には想像がつかぬものがあると私は考えている。



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昨日の台風には驚きました。

昨日の台風の雨風は今までにない強さ大きさに驚きました。


今回の台風で15:00ごろからJRをはじめ東急電鉄全線運転中止は

東日本大震災以来の運転中止にはビックリしました。

全線中止が一年に2回は経験したことがありません。


仕方がないので知り合いの事務所でながいしながら時間をつぶし

帰宅、クタクタになりブログを書く時間も少なくなりました。

明日(9/22)は業界の告別式に静岡県清水市まで

行く予定ですがどうなるか・・


地震も台風も自然の現象ですから天災に入るのでしょうが

都知事も口をすべらせて神様の怒りに触れた天罰だと言ったことも

ありますが、最近、内閣や民主党議員のふがいなさをテレビで

見ていると自然もきっと怒っているのでしょう。


国政選挙を40%の棄権する国民と60%の国民の投票で

選んだ結果が今、我々にツケが回ってきたのでしょうか。

上海 街角風物詩

一昨日、上海虹橋空港より2時間30分で羽田国際空港につきました。

時間の感覚は国内移動となんら変わらない速さになりました。


到着後、直ぐにたまプラーザ駅直行バスに乗りこみ自宅へ楽々到着。


今回は上海風物詩と題した写真を公開いたします。


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和平飯店の通り南京東路を歩行者天国まで行った先に

RR 001のナンバープレート どんな人物が乗っているのでしょうか

輸入関税を入れると1億円以上するはずですが・・


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同じ南京東路の歩行者天国では蒲田駅付近のホームレスより

少ないですがゴミ箱を漁っている流民ホームレスと思いますが・・

一億円以上の超高級車を乗っている上海人とは格差があります。



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虹口区に近い一般市民が生活している公団住宅?だと思います。

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消防自動車ですが武装警察と同じ場所で仕事をしていました。

看板も二つ掛けられていました。暴動が起きれば同時に出動できる

体制が出来ていました。


自動車プレートは武装警察と同じ白プレート、WJ Xで始まるナンバーでした。


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南京東路の歩行者天国で地方から出てきた観光客親子でしょう。

子供の股割れズボンから見える一物も寝ていました。

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繁華街を外れた小道にあるにわか造りの露店市場


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三日間泊まったウオルドルフ・アストリア上海バンドホテルは

外灘(バンド)の中山東一路に沿ってあります。


黄浦江の朝の出船、入船風景 初日に見た超大形豪華船は

日本郵船の飛鳥並みの大きさでした。


夜のイルミネーションはとても綺麗で思い出になりました。



上海市の路地裏風景そのー2

戦前にデック・ミネが歌った「夜霧のブルース」の一節があります。
戦後、石原裕次郎、宇崎竜童もリバイバルで歌っています。

http://www.youtube.com/watch?v=NSS6jHdfRCk
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♪♪・・青い夜霧に 火影が赤い~ どうせ俺らは 独り者~~
夢の四馬路(スマロ)か 虹口(ホンキュウ)の街か~
ああ、嵐吹くような 夜がふける♪~~
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四馬路(スマロ)は外灘から人民広場(旧競馬場)に向かって行く
馬車道で今は福州路になり文具、本屋の店が多い通りですが
租界時代は花町、遊郭がある夢の街でした。

蘇州河を渡ればその昔、日本人が多く住んだ虹口
虹口(ホンキュウ)の町はイギリス共同租界からガーデンブリッジを
渡ってからは日本人が多く住み着いた日本人租界でした。

欧米人中心の金融街、外灘(バンド)と違って
中国人、日本人が多くて後から難民として住み着いた
ユダヤ人も居たそうです。

上海の虹口は観光地ではありませんが映画『スパイ・ゾルゲ』や
当時の歌謡曲、上海を舞台にした小説にはよく書かれている
地区ですので今回探索することにしました。



上記の動画は虹口(ホンキュウ)の小路を入って一般庶民と生活に
触れ合う機会が出来ました。

裸で坊主頭、いかついヤクザタイプに見えるお父さんが
近所の数人の小母さんから頼まれて・・?
生きた鶏を絞めて湯で上げて羽をむしり取る場面があります。

裸の坊主オヤジが私の顔を見るなり日本語で挨拶されました。
日本人が上海のカスバに近い出口入口の分からない迷路に入って
日本語で話しかけられたことに、
なんとなく虹口(ホンキュウ)だな!と感じとりました。

次回訪問した時にはもっと余裕をもって調べたいと思っています。


上海の台湾路小商品市場を見学

上海の南京東路を人民広場に向かって途中から右に向かって
歩いていると台湾路小商品市場にたどりつきました。

蒋介石が台湾に政府をつくってから60年間中国とは
常に不穏な状態にありましたが
台湾路となずけたいきさつは分かりませんが
周りの古い建物は日本的なカワラを使用していていました。

もしかしたら当時、日本が植民地にしていた台湾は
日本の領土ですからその名残が残っているかも知れません。

その地区は一般上海人が日常生活をしている場所で観光客は
一人も立ち入ることのない静かなところでした。

生鮮3品(野菜、肉、魚)を中心になっている露天市場でした。
時間的に遅く行ったので人混みはありませんでしたが
とても参考になりました。

日本では今時は腕時計修理店などお眼にかかれませんが
現実には存在していました。



台湾小路市場は生活の匂いが残っている場所で生きたニワトリを買って
すぐ側の解体専門の男の人に手渡して羽をむき内蔵物を取り出した
映像が動画で写しています。
好奇心のある方だけ動画を見てください。

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上海の高層建物の多い浦東地区、外灘、淮海中路では見られない
風景です。しかしなんとなく日本の昭和30年代の雰囲気を
感じさせる建物でした。

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江戸川、墨田、北千住の裏町の一角といっても判らない
日本的な街並みが残っていました。

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数年後には地上げされ高層建築になる可能性も・・・
しかしバブルが弾けて第二の田子坊になれば、と思いますが、

上海新天地の夜の風景と外灘の昼と夜

上海の元フランス租界のあった准海路(ワイカイロウ)沿いに
再開発された「新天地」地区があります。
北京でいえば三里屯地区を想像した古くて新しいハイカラな街です。

欧米人を含む外国人が多くその一帯は漢字よりもアルファベットで
書かれた店作りで、ここが中国?・・と思えない一帯でした。

新天地広場2Fにある上海料理の美味しい翡翠酒家で予約し
会食をしました。店前には順番待ちで込み合っていたのでよかった!
その後新天地散歩と洒落込んで町中を観光してきました。

スターバックスをはじめ外資系の進出の多い地区です。
 


動画撮影は夜の10時を過ぎていますが昼間の人口とかわらない
銀座通りになっています。

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外灘のウオルドルフ・アストリア上海ホテル付近はご覧のとおり
静かな通りになっています。治安が良いので夜遅くても
安心して歩けます。和平飯店のジャズバーまで行く途中です。




和平飯店のジャズバーで楽しんできました。

上海のホテルで上海人、タクシーも知られていない外灘にある
ウオルドルフ・アストリア上海オンザ・バンドに宿泊しました。

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上海市及び中国内ではNO 1ホテルになると思います。
外資のホテルがたくさんありますが外観、館内、朝食、
サービスについてもNO 1だと評価されます。

建物は租界時代のバンドにある上海総会(クラブ)で上海の
大班(経団連)が集まる社交場、会議場をウオルドルフ・アストリア
が借り切ってオープンした場所です。

一階にあるロングBARが当時と同じ場所にあり落着いた雰囲気で
毎日通っていました。カクテルの種類も多くあり女性にも
人気のあるBARになっています。

一旦ロングBARで飲んだ後22:00ごろ徒歩6~7分で行ける
和平飯店のジャズBARで知合いになったドラマーのチャーリーの
モダンジャズを聴きに行きます。

下記の動画は一昨年上海で開催された「ベーカリーチャイナ2011」
映した彼の演奏です。



 <ドラマー チャーリーの中盤からのドラム叩きは
  ざわついていた雑音が消えて拍手喝采、見事な演奏でした>

モダンジャズは1970年当時の曲ですが彼がアレンジした曲です。
10分間ちかくの演奏です。スコッチウイスキー、シングルモルトの
マッカラン12年物をロックで数杯飲みながら聴いていると
味は違っていてもヨコハマと勘違いする雰囲気でした。

やはりその場にいると上海は中国ではありません、と思いたくなる外灘。
共通するのは港と多様な人種、歴史的建造物が多くあるからでしょう。

いずれ数年先には日本、香港、シンガポールを抜く勢いで
アジアの国際金融都市になる可能性は有ると感じます。
世界一の外貨準備高を持っていて
強くなると思われる元高もいずれくるでしょう。

黄浦江の対岸に見える陸家嘴(ルーチャチー)金融貿易区の赤いネオンに
HSBCと書かれた光が一段度輝いています。

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向かって左側が旧香港上海銀行(HSBC)右側は上海税関の
夜景のライトアップです。黄浦江のナイトクルーズで舟から写した
写真です。