整形外科で診療してもらいました。
先週から右肩からヒジにかけて激痛があり困っていました。
1月9日自宅で右手でビールをコップにつぐ時に
肘痛で決められずふるえてテーブルにこぼしてしまう状態には
自分自身ビックリして困ってしまいました。
よる年波には勝てないですが、体の不自由は
他人事と思っていましたが年とる度に障害がふえるのでしょう。
和室の畳部屋で一人で寝ていますが起上がる時に利き腕の
右を使って立ち上がることが出来ず不便を感じています。
ベットは好きになれず死ぬ時は畳の上でお陀仏になりたいので・・
余りの痛さに1/10朝一番に蒲田の知合い芦田整形外科で
診断してもらいました。先ずレントゲンの結果、
肩の骨と筋の間に石灰化(?)した異物が写っていました。
早速、異物付近に二本の注射をうってもらいました。
その内に溶けてなくなるはずですが、と言われました。
治療後は激痛も和らいできましたがシコリが残っていて
背広、コートを着るときには、ひじの自由が利きません。
パソコンもキーボードを叩くときに違和感がありシコリが気になります。
今週の予定としては明日の日曜日は新年初打ちゴルフを
予定していましたが勝負(ニギリ)で負けるのが嫌なので中止しました。
腕相撲申込みが出た時の他流試合も当分出来ません。
明日は一軒隣にいる六歳の孫を相手に将棋でも指して暇つぶしでもします。
手嶋龍一のブラック・スワン降臨を読み終わって
手嶋龍一氏の小説は出版する度に読んでいます。
ブラック・スワンはオーストラリア大陸で発見された珍しい黒鳥です。
漆黒の白鳥などこの世に潜在しない・・こんな思い込みをしている。
「ブラック・スワン」はありえない事態が現実になることの隠語。
9,11ニューヨークを襲ったテロ、東日本大震災の事後処理など
もブラック・スワンとたとえて書かれています。
書き出しはオバマ大統領が好きなウイークエンド・ゴルフを
ハーフで切り上げホワイトハウスまで帰宅したところから始まります。
ビーンラデン暗殺計画をジェロニモ作戦と命名して9,11テロ事件から
10年目で完結したいきさつはインテリジェンス十年戦争。
ビーンラデン暗殺までの道のりは中央アジア付近をはじめイラク、
パキスタンからひき連れてきたアルカイダ、テロリストなどの多くを
キューバの、のど元にある租界グアンタナモ米海軍基地の
収容所にぶち込みアメリカの法律の届かない「キャンプ・X レイ」で
徹底的にしめあげてビーンラデン情報を手に入れた過程が書かれています。
私もなぜキューバに米海軍基地があるか不思議に思っていましたが
読んでいるうちに理解し重要施設であり国内法が適用されない租借地で
米国、キューバも手の出せない米海軍基地の治外法権になっている。
読み進むにつれて元ブッシュ大統領及びチェーニー副大統領、
コーリン・パウエル国務長官、ラムズフェルド国防長官、
才女と思われたコンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官など
さらに敵に回すとうるさいヒラリー・クリントン国務長官、
日本の民主党政権の外交姿勢を手厳しく批判した
アーミテージ元国務副長官、
高官の実名、性格、手際など遠慮なく書かれています。
新聞、テレビニュース解説を聞くより裏と表、本音と建前が
読んでいるうちに引き込まれる迫力のあるノンフェクションでした。
ブラック・スワン ありえない事態の例として使われていますが
東日本大震災で福島原発について初動操作の不手際は
菅直人総理大臣の責任は大きいと書かれています。
初動の核事故を扱う最高責任者は時の総理大臣で東電ではない。
無能な菅直人、パンドラの箱を開けた鳩山由紀夫の愚を数ページに
わたって書かれています。昨日の大宅映子講演とダブっている箇所が
たくさん書かれていました。
東日本大震災でマスコミにはあまり書かれていません米海軍が
機動した数々の事実は初めて知りましたが興味のある方は
本を読んでください。
原子力空母ロナルド・レーガンが福島原発160キロ付近で
自衛隊共同で救援活動に携わっていたこと、不足の事態には
横須賀基地とする原子力空母「ジョージ。ワシントン」を派遣する
手配までできていました。
多くの実名で書かれている手嶋龍一氏の
「ブラック・スワン降臨」は佐藤優元外務省審議官も
絶賛推薦していました。
体調不良(肩痛)の私には読みごたえがあり、気が紛れた一冊でした。
日本製パン製菓機械工業会賀詞交歓会に出席しました。
協同組合 日本製パン菓子機械工業会の
新春講演会及び賀詞交歓会にいってきました。
昔は竹橋会館と言われたKKRホテル東京で執り行われました。
日本製パン菓子機械工業会の新春講演会の弁士は
毎年超一流の講師を招いています。
過去には硬派の三宅久之、手嶋龍一、寺島実郎などそうそうたる
人物を起用しています。今回は大宅映子女史の1:30の講演でした。
400人近い来場者でしたが公演中居眠りする方はいませんでした。
普通それなりの講師でしたら講演中に居眠りする人はいるものです。
演題は「変わらなきゃ、これからの日本」でした。
話の内容は民主党に投票した方々にはそれなりの責任があります。
話の中で鳩山由紀夫はバカと思っていたがあそこまで
大馬鹿とは思っていませんでした。彼は今でも反省していません。
菅直人は組織で仕事をしたことのない無能な男です。
この二人で40分ちかく新聞に書けない話の内容を聞きました。
末期の自民党政権があまりにも出来が悪く短命で次々首相が
変わるので仕方がない状態でしたので多少は理解できますが・・
日米同盟を完全に壊した(不審)むくいは今後ロシア、中国、韓国、
北朝鮮から領土をはじめいろんな事で因縁つけられることは
間違いないでしょう。今の政権では反論、反撃はできません。
ふぬけの日本は国難にあってもアメリカの若者(軍隊)は
絶対に血を流すことは出来なくなりましたのでアメリカは
本音と建前を使い分けてくるでしょう。
TPP問題も日本国内の既得権保持にからんで反対していますが
アメリカ優先だけの問題にすり替えて与野党反対行動をしている。
大宅映子の身長は170cm以上あり後姿は和田アキ子とそっくりな
感じに見えました。後姿は女を(色気)感じさせない威風堂々とした
大股歩き、腕力のあるアスリートに見えました。
どちらも度々大利根カントリークラブでプレーを
楽しんでいた所を見たことがありますので・・
講演会が終わり第二部の賀詞交歓会、懇親会に開場が替わりました。
料理を目の前にしてから主催者挨拶、来賓挨拶、乾杯まで
5名の祝辞に45分もかかり周りの来場者もうんざりしていました(毎年)
一人の方の挨拶が12分もかかり思いやられると思っていましたが・・
普通は一人3分がイライラしないほどほどの時間です。
年取ると老化現象もあるのでしょう。
しかし主催者側は高い講演料を支払って無料で招待して頂き
食べ放題、飲み放題の立食パーティーに呼ばれているので
文句を言える立場ではありません(笑)
横浜中華街「重慶飯店」本館で家族新年会
一昨日右腕、右肩に激痛がありましたが約束していたファミリーだけの
会食に横浜中華街の重慶飯店本館 に集まりました。いつも通り
コース料理を注文しないで気に入った料理八品をチョイスしました。
左は呂支配人です。いつもは黒服でサービスしています。
右は陳中権総料理長の愛弟子、味付けはNO 1と確信できます。
http://www.youtube.com/watch?v=c7DaURRr5ro&feature=player_embedded
横浜中華街で会食する時にどこにするか迷った時には
重慶飯店本館の呂支配人に直接電話をかけてください。
わからない時には私に紹介されたと話してください。
今から53年前に横浜市にある高校卒業式後の第一回の同窓会は
横浜中華街で執り行われました。当時は大通りの賑やかな
善臨門を入った有名店での会食でした。
その後なにかにつけて中華街での食事に出かけました。
結婚した昭和40,50、60年時代はファミレスも無い時代で
家族四人での外食は安くてそこそこ美味い店は中華街と決めていました。
当時一品料理では今は高齢になり閉店した関帝廟通りの
萬福の椎茸飯、牛肉排骨飯、火事になる前の豚骨麺の徳記、
海老ワンタンの美味しい慶華飯店、水餃子の山東などがあります。
コース料理(大采)は重慶飯店本館と決めています。同じ重慶飯店の
ローズホテルの新館、関帝廟別館がありますが私は本館しか
利用しません。
理由は当時、横浜中華街でナンバー 1の陳総料理長の味でした。
もちろん横浜を代表する料理人ですから給料も彼の給料が
基準で決まってきます。今は料理顧問として後継者に譲っていますが
いまだに厨房に出入して指導しています。
重慶新館は息子が料理長として仕切っています。
彼は日本語が苦手でマスコミ嫌いでした。料理では数段格下の
横浜中華街出身の周富徳氏がスターになった時代もありました。
四谷の四川料理の陳さんと違って腕はもっと上と評価しています。
横浜在住で中華街を知り尽くしているハマ子や
横浜中華街を知っている、それなりの方は
あまり大きな店ではありませんが必ず重慶本館を指定しています。
しかし横浜中華街も変わってしまいました。
大陸から来た新華僑の聞いたことのない中華マン、なにが世界一か、
なにがグランプリ一か、なにが金賞と訳の分らない豚饅、肉まんの
店があふれています。
これらは昔からのこだわったお店も後継者が高学歴になり
稼業を継がず代替わりして転売、賃貸にしてしまいました。
ところで時々利用していた、それなりにこだわっていた(雑然としていた)
車庫を改善した「天龍菜館」のオヤジ(87歳)も寄る年波には勝てず
代替わりしてしまい寂しくなりました。
天龍菜館に居ついていた元ペンキ屋もあの世に行ってしまいました。
オヤジの居ない名前だけの名店はその後は利用する気持ちになりません。
70歳の肩こりの激痛に困っています。
昨年末から右肩のこり及び右上腕痛にかかっていましたので
12月中旬、北京訪問直前にビックカメラでマッサージ器を買いました。
買う前には楽天か又はネットで価格を調べてからと思っていました。
しかし実際に現場でテスト使用してからでないと実感がわきません。
会社から帰り道、川崎駅、ラゾーナーのビックカメラに数回通って
気持ち良さを体験してメーカー社員の説明、使用方法を教えてもらい
決定しました。機種は「フジ医療器」のAS-840に決定しました。
もちろんここまで相談にのってくれたビックカメラで購入。
北京長期滞在中の為に指定して年明けの5日に初荷で届きました。
北京滞在中は三全公寓隣の盲人専門マッサージ店へ会員に
なっているので1時間50元(650円)の安さで週3回ちかく
通っていました。フットマッサージ、ボディ・マッサージは、
かゆいところに手が届くほど上手ですので機械に頼ることはありません。
前置きが長くなりましたが実は
1月5日から右ひじ腕、肩に激痛が伴い右手の上げ下ろしが
自由に出来ません。
その内に左肩にもシコリがあり不自由しています。
通勤中のリックサックを掛けたり外したりすることも辛いです。
体調不良は不景気の気のせいも少しありますがブログを書く
気力もなくお休みしてしまいました。一番心配していることは
このまま右肩、右上腕部、右こぶし不良は深刻です。
まず他流試合での腕相撲で勝負事が出来ません。
次は好きなゴルフのスコアーに影響し勝負に負けても
同情してもらえません。毎回、風呂上りの19番ホール食堂で
負けの清算に飲み食いされてしまいます。
ビックカメラでの広い売り場に置かれた状態と自宅に設定した
大きさは違い思ったより大きくかんじました。
使用感想は、思い切って買ってよかった!
一日も早く元の体調に戻し五体満足になりたいです。
正月年始周りがなくなりました。
一昨年、今年と年始周りがなくなりました。
現役の第一線で仕事をしていた時代は取引先の年始の挨拶
周りは欠かせない行事でした。中小企業はトップセールスの
営業姿勢で取引金額の上下がはっきりきまります。
もちろん相手先の希望にかなった商品提供が前提になります。
元社長になっても帰国後は毎日下丸子の会社まで出勤しています。
挨拶周りはセガレ、工場長に任せていますが、立場が逆になって
当社の仕入先の年賀を兼ねた挨拶を受ける立場になりました。
こちらは閑に任せて挨拶が終わっても、直ぐに帰さないで
世間話をさせ、私の時間調整にしています。彼らは一気に数箇所
挨拶周りをしたいのでしょうが引きとめられると席を立つことも
出来ず、内心困った事だと思っているはずです。
しかし今日は外国人技能時修生を多く採用していただいている
大手パン企業にパン連盟の代表として
新年の挨拶に出かけて来ます。
それにしても挨拶に来られた仕入業者の話では正月を
感じさせない不景気は過去になかった出来事だといっていました。
こんな折に消費税をあげられたら廃業、倒産する企業も
間違いなく多くなると予感できますが財務省、野田総理には
実感はないでしょう。
帰国後、家内と二人だけの夕食をしています。
北京から帰国後、横浜の自宅でくつろぐことが出来ました。
一軒隣の二人の孫は嫁の実家に帰って正月を迎えています。
長男、次男家族も帰国した翌日の一日だけ正月の挨拶を交し
それぞれ自宅へと、通年通りの日常に戻りました。
可愛い二人の孫も数十分会えば満足できます。
長く居ると部屋中を暴れまわって手が付けられなくなり
帰った後の整理整頓に大変な労力を使ってしまいます。
私はなんの感傷のありませんが家内は12月19日から
今年の1/5まで孫に一度も会っていないので逢いたいのでしょう。
うるさい孫に手をやいていても居なければ寂しく思う気持ちは
私には理解できませんが家内は生んだ息子より
孫が可愛いと思う気持ちは婆さんでも母性本能なのでしょうか・・
帰国後の疲れもあり短くて、くだらないブログになりました。
酒を飲みながらのブログはいつもまとまりがなくてすみません。北京から帰国した日本経済は挫折感でいっぱいです。
北京から羽田に到着しリムジンバスで横浜の自宅に到着しました。
12月20日北京入りして北京で元旦を迎えましたが羽田に着いても
お正月の飾りつけも少なく平常営業と変わらない風景です。
到着翌日から下丸子の会社に早速出勤しましたが
私鉄駅、車中、乗換でも和服の娘さんにも一度も会うことなしに
なんとなく華やかさの無い感じがしました。
こんな正月らしくない風景は初めてのことです。
やはり東日本大震災の影響もあると勝手に思い込んでいます。
おまけに民主党政府の野田政権は議員削減、公務員20%減給も
後回しにして消費税8+2で10%値上げでは先行では
経済は冷え込んで食料品をはじめ相当売上げは落ち込むでしょう。
大手の食料品製造業者は大打撃間違いなし。
スーパーで買い物も3日に一回が、5日に一回になり、
買いたい商品も一袋の買物もバラ物になり
5個買う食品も3個に減らしでも倹約に励むことでしょう。
政治家、官僚は付加価値を生むことを知らない人種で
予算を使い切る事だけに行動する人種と言い切ることが出来ます。
こんなデフレ時代民間が困っているのに12月に公務員の
ボーナスが増えるなど考えられない民主党政権、公約の
議員削減も公務員給料も手を付けられないで終わることでしょう。
民間会社は売上の中から業者に支払い、経費を支払、給料払い
残りの最終利益から税金を取られる仕組みになっています。
売上が騰がらない時には売り込みを掛けたりし営業努力が
第一になり経費節減に頭を使うのです。
もらった予算を一円残らず使い切る役人には理解できないことです。
北京の一般市民が利用している街市は新鮮です。
徒歩20分の場所に生鮮三品(肉、魚、野菜)を中心に
売っている街市(市場)に市場視察に出かけました。
北京では新年といっても年初の祭日としか思っていません。
早朝、日本で言う団地、集合住宅付近の街市見学でした。
お正月といってもしめ飾りも門松もない風景ですが各棟の
5階建て住宅の入口には、この日に限って中国国旗が
各入口に掲げられていました。
日本では建国記念日の祭日でも一般家庭では国旗は
掲揚されていません。私の自宅には国旗は有りますが
家内はどうゆう訳か分かりませんがタンスの肥やしに
なっています・・今年は掲揚したいです。
住宅密集地の側には200mの細長い建物の中に小商店が
両脇で商売の生鮮三品(肉、魚、野菜)を商いしています。
日本ではTPP問題でゆれ動いていますが中国市場経済では
東南アジアを中心に欧米の野菜果物が豊富に輸入されていました。
ほとんどの野菜、果物は季節柄暖かい地方からの商品でした。
種類の多いロブスター、魚も輸入物としか思えません。

日曜日、元旦早朝でしたがまずまずの人手で店内は正月気分は
一切感じられない風景でした。
集合住宅付近から街市入口付近、賭け将棋に興じている
オッサン連中、市場の雰囲気を長めの動画で編集しました。
興味のある方はYou Tubeをクリックしてください。
真夜中に北京のアイリッシュ・パブのバーで新年を迎えました。
2011年大晦日はケンビンスキー・ホテルの部屋で家内と二人だけで
観たくもない紅白歌合戦を20年ぶりに見る羽目になりました。
中国時間20:00から聞いたことのない歌、見たこともない歌手ばかり
一人パソコンを見ながら・・うるさい歌、紅白に我慢しながら
「白州」シングルモルトウイスキーでチビチビのんでいました。
家内と付き合う事は忍耐が必要です。
ちょうど知っている歌手、千昌夫の「北国の春」を歌い始めたころの
9:00ごろ荒○総経理から携帯電話がかかりました。
彼の家族は日本に帰国しているので北京チョンガーになっています。
「夕食後、神様から解放されたので一年の区切りを近くのBARで飲もう!」
と言ってきました。
私も何とか理由をつけて外で呑みたかったので一つ返事で徒歩5分の
アイリッシュ・パブで待ち合わせしました。客の90%は欧米人で
ビリヤード、昔からあるゲーム器等々で楽しんでいました。
我々はバーカウンターでスコットランド・アイラ島のシングルモルトを
オンザロックで数十杯、約一本飲み干しました。
午前0時には店内のお客様が一斉に「ハッピー・ニューイヤー」乾杯、乾杯!
日本で迎える元旦と違ってお祭り気分でした。我々二人は一年の反省、
新年度の目標をたてて旨いウイスキーをオンザロックで迎えました。

アイリッシュ・パブのバーのカウンター前にはハイネッケンをはじめ6種類の
生ビールが設置されています。
私はベルギーのステラ・ビールがお気に入りです。

新年を迎えた午前零時に総経理と改めて乾杯!
バカバカしい紅白歌合戦を最後までつきあうことがなかったので
うまい酒になりました。




