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旧正月が終わりました。

今年の旧正月は1月23日~25日でした。

実際には先週の土曜日からで今日で一週間になります。


北京から総経理が久しぶりに家族を含め帰国していました。

家族は数週間前から実家に早々と帰っていましたが

今回は業界視察を兼ねて大手パン企業、中堅企業の

視察も案内しました。


北京ではサンドイッチだけで一日一万個ちかく生産していますが

今後は予想出来ないほどの注文数になると思います。

私の好きなお粥からパン、サンドイッチに変化してきたのです。


昨年、3月に日本の連続パン機械 オシキリラインを導入し

合理化して夜勤製造を中止しましたがすでに満杯になり

又24時間営業に後戻りする予定です。


今回の帰国はまだ発表できない企画を持ち込んできましたので

私が水先案内人になって各地のパン工場を案内したわけです。


能率よく生産するには機械化の問題もあり、総経理も資金繰に

頭を悩ましています。路面店、テナントだけの繁盛店でしたら

問題はないのですが、お得意先数件のベンダーになると

儲けさせてくれても神経はすり減って気が抜けないそうです。


北京も不動産取引も少なくなって下降線をたどっているそうですが

日本のバブル破裂と違って経済成長の少しの鈍化で終わると

思っています。


食料品については不動産大暴落が起きてもその影響は無いと

思いますので中国株はハム、野菜、水、銅を含めた資源株は

一旦底打ちしたので右側に掲載しているチャートのように

右肩上がりを期待しています。


私は中国株専門家と意見が違ってこれからの株価は銘柄に

よりますが勢いがないという悲観的な見方はしていません。


親亀よりも北京の小亀の勢いが威勢が良いので成長を楽しみにしています。





太田和彦著「日本のバーをゆく」を読んで

先日新宿紀伊国屋書店で三冊買った二冊目を紹介します。


CSテレビ「旅チャンネル」で放送中の居酒屋紀行シリーズ。

日本各地の居酒屋評論家、太田和彦 氏が書いた

「日本のバーをゆく」です。


最初のページに紹介されているバーは私の行きつけで

ボトル・キープをしているスリーマティーニ でした。

http://www.tabichan.jp/travelogue/bar/1


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ホテル・ニューグランドわき道を入った所にある

「スリーマティーニ」の山下和男オーナーの切り絵


数年前に動画投函したスリーマチィーニの店内の様子


横浜は関内居留地、日本大通りちかくに初めての

西洋式「ヨコハマホテル」のバーといわれています。

アイリッシュパブ形式ビリヤード台の置いてあるプール・バーでした。


ヨコハマには昔から多くのBARがありますが

橋下徹大阪市長の名言、新宿、池袋あたりの「ボッタクリ・バー」と

は全く違います。第一の違いは色仕掛けのホステス、女給

いかがわしい「ちょんの間」などはありいません。


色仕掛けは昭和の時代に座布団を使った店、

黄金町、日ノ出町、曙町あたりにありましたがバーとは違います。

今は一部を除いてまったく健全な地区です。

本格的なバーには客を接待する女性は一人もいません。


話がそれましたがバーには必ずオーナーのこだわった作りの

カウンターがあって一人でも静かに飲めて楽しめる空間があります。


居酒屋には数人で入る事はあっても一人で飲むことはありません。

そのてん仕事が終る夕方から一人で飲める場所はBARに限ります。


真直ぐ自宅に帰って飲むアルコールは、いつもの事ですが家内から

量は多すぎる、まだ飲むのと監視されている感じで酔い心地がよくない。


最近は早めに帰宅する機会が多くなり行きつけのバーに行く回数も

少なくなりましたが期限無しボトルキープしている「白州」にカビでも

生えない程度は行きたいです。


今回の「日本のバーをゆく」は地方都市(北海道から沖縄まで)に

行った時には参考になりますし寄り道してでも地元の雰囲気を

楽しみながら珍しいカクテルを堪能してみる値打ちのある

一冊になります。


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「日本のバーにゆく」のあとがきに 「バーとはどういう所か」は

分かっている箇所もありますがとても参考になりました。


特にカクテルの注文の仕方、同じ銘柄の注文でもバーテンダーの

作り方の違いなどで味の変わり方など。


初めて入るバーに対してのオーダーの仕方など解りやすく

書かれていて酒飲みにはとても良い参考書になると思います。


晩年の人生は地方都市の行く先々で書かれているバーめぐりを

楽しみたいと思います。






権威や権力について興味のある統計を見ました。

作家・橘玲
に興味のあることが書かれていました。

作家、橘玲の小説はフェクションですが読んでいるうちに

出来事に引き込まれる内容が面白くて数冊読み終えています。

今回は小説ではなくブログで書かれた興味のある

文章なのでお知らせします。


強いリーダーはなぜいないのか? 週刊プレーボーイ連載(34)


近い将来、「権威や権力がより尊重される」社会が訪れたとすると、

あなたの意見は「良いこと」「悪いこと」「気にしない」のどれでしょう、

とたずねたアンケートの結果に驚きました。

http://www.tachibana-akira.com/2012/01/3705


日本人はどうしてここまで自信喪失に思われる結果になったのでしょう。

その一つに日教組に洗脳された学校教育の弊害もあるのでしょう。

小学生から平等を前面にした左翼思想で洗脳された

結果は間違いなくあるでしょう。


戦後30年かけて高度成長した時代が、すでに進行中ですが

30年かけて市場経済が低迷し転がり落ちる予感がしてなりません。


橘玲氏の書かれた文章の最後に各国のグラフ統計が

張付けられていますが、情けない日本国にガッカリしました。


日本がここまで没落し物事が決められないリーダー不在の

民主主義では未来は暗いと感じます。

山崎洋子著 「横浜の時を旅する」

先週 新宿で業界の集まりで時間を間違えて2:30分も早く着きました。


時間を持て余し歌舞伎町、新宿三丁目を探訪しましたが時間つぶしに

新宿紀伊国屋書店で立読みしていました。


気になる本、三冊を衝動買いした一冊を紹介します。


平積みされていた山崎洋子著 「横浜の時を旅する」本です。

歴史から入って江戸時代の神奈川宿から始まり野毛、関内、

元町の発展、ペルー来航から現代までの出来事。


本の内容はホテル・ニューグランドの歴史ですが横浜の時代、


戦前チャリー・チャップリン、ベーブルース、戦前戦後を含め

5回も宿泊していたマッカーサー元帥、戦後は厚木飛行場から

例の軍服姿、サングラス、コーンパイプをくわえ真直ぐに

ホテル・ニューグランドに指示、戦後は作家の大仏次郎、

石原裕次郎などのエピソード等々


関東大震災の震源地が神奈川付近と書かれていましたが

初めて知りました。当時フランスが関内の居留地に外国人用の

グランドホテルを建設しましたが地震で壊滅してしまいました。


グランドホテルのBARで生れた横浜生まれのカクテル、

ミリオンダラーはその後ニューグランドのシーガーディニアンⅡで

何回か飲んだことがあります。

卵白を使った世界的に有名になったカクテルです。


日本茶、シルク産業の発展、輸出で栄えた豪商と

横浜政財界が中心になって出資して再建したのが

ホテル・ニューグランドでした。


ホテル・ニューグランドについては親子三代にわたって結婚式を

された方もいる名門ホテルです。

私のセガレも本館のレインボーボールルームで結婚式を

挙げましたが横浜育ちの方にはとても褒めていただけます。


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横浜には三菱グループのロイヤル・パークをはじめ世界的に有名な

ホテルが多くありますがヨコハマでは何と言っても

ホテル・ニューグランドをおいて対象になる値打ちのあるホテルはありません。

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本の中にホテル・ニューグランドのBARシーガーディニアンⅡの

チーフバーテンダー大田圭介氏も横浜生まれでした。


横浜で飲む機会があればぜひホテル・ニューグランド生まれの

カクテル「ヨコハマ」を是非一度お試しください。

世界のカクテルブックにものっている超有名な一品です。


横浜港町は昔から出船、入船の一見のお客様でも

常連客でも同じ料金、同じ接客で親切にしてくれます。


三橋貴明氏の動画

三橋貴明氏の消費税増税についての意見には同意できます。

民主党政権、野田政権に対しての消費税増税は
大不況の前兆になると思います。

パンを買ってくれるお客様も今までは4個買ってくれても
消費税が騰がれば3個になり、二日に一回の買い物も
3日に一回になるでっよう。全ての商品も同じ理屈です。

デフレはもっと深刻になり日経平均も8000円を割り込む
こともありうる事態になると思います。

財務省官僚は市場経済よりも予算は一円も残さず使い切る
事とだけで富を生む(付加価値)仕法には無関心なのでしょう。



今回のYou Tubeの動画は参考になりました。

今回の東日本大災害には増税などしないで国債発行をして
一時的に日銀が買い取れば全てが解決できます。

USドル、ユーロ、中国人民元は自国の政府の独断で裏付けの
無い信用だけ発行されているのが実態でしょう。

私の知っている金融機関の幹部は中国人民元の100元札
ナンバーリングとアルファベット数字を調べ、これは政府が
毎日偽札を発行している事と同じだと話していました。

話は半値八掛けで聞いていても事実にちかい事でしょう。


女性専用車両で楽しみました。

昨日いつも通り5:45分起床し6:15分朝食をとっていました。


そしてお決まりのニッポン放送、高嶋ヒデタケ・アナウンサーの朝ラジを

聞いていましたら田園都市線が人身事故で全線運休の放送を

聞きあわててしまいました。


当日は埼玉県岩槻駅で北京から来た荒木総経理と10時に

待ち合わせしていました。田園都市線全線運休の知らせに

あざみ野駅発 市営地下鉄で横浜経由JR湘南スカイライナーで

大宮経由東武野田線で岩槻駅まで行きました。


あざみ野駅 始発市営地下鉄も東横線乗換の為大混雑していました。

しかし空いてる車輛があったので無意識で乗り込みました。


市営地下鉄は全車両シルバーシートになっていますがあまり

守られていません。しかし空いている席を見つけ素早く座りました。


二駅通り過ぎたころ気がついて見ると乗っている乗客が全員女性でした。

乗車口に「女性専用車両」と書かれていてあわててしまいました。

    

知らずに乗った男性も数人いましたが一旦降りて別の車両に移動したり

していましたが、私はせっかく座れた座席を移動するのが

めんどくさいのとスケベ心がむっくり起き上がり移動拒否しました。


女性専用車両の雰囲気は女子高校生40%、OL40%

オバサン10%の割合でした。


リックには何時もデジカメを携帯していますがブログ用に

女性車輛風景を写す訳には行かず我慢しました。見つかった

らふくろ叩きになるだけではすまず警察のお世話になったでしょう。


71歳にして初体験でしたが女性専用車両は一般車両と違って

独特の匂いがしています。文章にするには表現できない難しい

独特の匂いで化粧品でもない女臭(?)というものでした。


女が一車輛にかたまって乗ると事態、日本独特の女性差別だと

思いますが・・・


考えている内に横浜駅について女性専用車両の臭から解放され、

降りた瞬間、新鮮な空気を吸い込み新たな気持ちでJRに乗り換えました。


次回は知らないふりして女性専用車両に乗って青春を取戻したいと

思っていますが・・平常運転時はツマミ出されてしまうでしょうが・・


しかし、もう一度つまみ出されても女性専用車両乗車体験したいです(笑)

最近忘れ物が多くなり困っています。

昨日は新宿でパン業界の理事会がありました。


今月は新年会、賀詞交歓会と会合の多い月です。

13:00から始まる理事会を午前11時と間違え全パンビルに

10時30分ごろ到着して一番乗りしましたら・・・


6階の会議室には事務方以外は誰もいません。

新年の挨拶をしてから事務方に「どうなさったのですか?×△・・」

30分前なので問題なしと思っていましたら事務方から


「1月27日の臨時総会の集合時間と間違えたんではないですか・・」

と言われました。その通り私の勘違いです。

おまけに携帯電話まで忘れてあわててしまいました。


2時間30分時間つぶしに歌舞伎町付近を探索しましたら

朝から多くの客引きから声を掛けられました。


200mの距離に50人以上の怪しい男がうろうろしがら

声をかけてきます。

午前中でこの状態ですから暗くなってからの歌舞伎町は

一人では歩ける状態ではないと感じました。


両脇のいかがわしい店は見ただけで怪しく

間違いなくボッタクリされても文句の言えない雰囲気でした。


全日本パン連合会は靖国通り新宿一丁目にありますが

近くの新宿二丁目から三丁目にかけて昼間は閉まっていますが

ホモ、オカマを売り物にした飲食店が多くある地区です。


その気が無いので興味はありませんが店の看板には

男を選べる写真集が貼りるけられたりポスターに

男の半裸写真が貼ってあり独特の雰囲気のある地区でした。


夜の新宿まで飲みに行くことがないのですが他の地区には

見られない欲望の塊がいたる所に見られる汚い盛り場でした。


私にとっては新宿は横浜と違って好きになれない不潔な地区です。


1957年上映「眼下の敵」を観て船長の行動に

イタリアの大型豪華客船コスタ・コンコルディア号が

沈没した事件がここ4~5日毎日報道されています。


日本人も40名以上乗船していたのには驚きましたが、

船長の逃げ足の早さにはビックリしました。


家内は数年前から日本郵船の大型客船 飛鳥Ⅱに乗って船旅を

したいと無理な注文を言っていましたが今回のイタリアの

大型豪華客船沈没後は、尻込みして話さなくなりました。


私は社交ダンス、トランプゲーム・ブリッチも出来ないし

タキシードの持合わせもありません。それに船酔いしながら

毎晩好きなスコッチを飲んでいても味覚が分からなくなるだけです。


元社長になっても新年会、告別式、義理で出席する講演会、

談合、技能実習生、工和会協同組合、相談がない相談役、

等は私の仕事なので長期休暇は出来ません。


第一毎日海を見ていても時間の無駄と思っていますし

エコノミークラスの船底三等寝室から普段縁のない

高級フレンチ料理を予約しても さまになりません。

豪華客船にはそれなりのマナーもあるのでしょうから私には無理です。


船内カジノにしても10ドル負けたら夜も眠れなくなるほど気が弱いので・・

遊ぶ時間のたっぷりある富裕層の連中とは気が合わないでしょう。


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今回の豪華客船の船長の逃げ足の早さにはビックリしましたが

以前、ブログにも書きましたが1957年製作(55年前)「眼下の敵」


主演ロバート・ミッチャム同じく主演はドイツ俳優クルト・ユルゲンス

第二次世界大戦連合軍駆逐艦対ドイツUボート(潜水艦)に一騎打ち


映画ストーリーと当時の予告編は下記のアドレスに書き込まれてます。

http://micchii.blog4.fc2.com/blog-entry-623.html


今回豪華客船の船長、乗組員が先に逃げ出したことで船長の行動について

55年前の映画をDVD「眼下の敵」を見る気になりました。


今見ても古く感じさせない映画で駆逐艦船長、潜水艦船長どちらの船も

最後は爆発して沈没しますが部下の最後の一人まで救命しています。


Uボート乗務員の最後の一名は重症を負っていましたが命のある限り

船長は船を離れません。映画の結末はDVDを買い求めてください。


今でもDVDで見るだけの値打ちのある作品です。

私は50年かけて今回を含め4~5回観ています。

話題の一つに女性が一人も出演していない男くさい映画でした。


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連合軍駆逐艦船長役のロバート・ミッチャム

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ドイツ海軍Uボート船長役 クルト・ユルゲンス

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浮上してきたドイツUボートに連合軍駆逐艦が体当たりして炎上

ドイツ側の乗務員達は敵側の救命ボートに泳いで行くが重症の

乗務員を残すことが出来ず爆発寸前のUボートにとどまる船長


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Uボート爆発前に敵国駆逐艦船長と顔を合わせた瞬間、敵国船長に

挙手、お互いに敵同士ながら敬意を表わしたのである。

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駆逐艦船長も返礼の挙手、お互い沈み行く甲板上での出来事

お互い船長は最後まで自分の船にとどまり見届けしています。


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救援に駆けつけた連合軍、駆逐艦に助けられた敵味方の船長

1957年製作のアメリカ映画ですが今見ても感動します。


私は封切ではなく20歳(50年前)のころ学校帰りに観た記憶があります。







一昨日のニュースステーションのバトルは大変面白かった。

1月15日 日曜日は肩痛のため朝からテレビを観ていました。

10時から「ニュースステーション」で大阪市長と橋本徹を
批判している山口二郎大学教授の対決議論バトルは大変面白かった。

$下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog

議論の内容は北大の山口教授がボコボコにやられて反論出来ず
顔が引きつって見ていられなくなるほど悲惨な状態でした。

山口教授は橋本市長とバトルを交すした準備もしないで
テレビ出演すること自体は市場原理のない国立北海道大学は
役人と同じ感覚なのでしょう。税金で飯を食っている典型でした。

テレ朝の番組で北大山口教授が橋本市長にスーパーフルボッコに
されるネットでの話題に


上下のYou Tubeは少し長いですが山口大学教授の
バカさ加減をジックリ観てください。テレビに出演する前に
教育視察現場、教職員実態の勉強をしていないと勝目はありません。
税金を飯のタネ(給料)にしている役人と同じです。



下記のアドレスをコピーして検索してください。
    ↓
http://2r.ldblog.jp/archives/6600030.html
今回はクリックしても画面が出ませんのでコピー後
クリックしてください。
同じ動画もありますが多くのコメントが貼り付けられています。

大学教授の中には浮世離れした評論、我々と違って社会常識と
かけはなれた存在でした。

橋下徹 大阪知事時代 国土交通省霞が関の役人に
ボッタクリバーと発言した後に交渉した動画
大臣、官僚は当時から橋下徹氏には一目置かれている態度

国交大臣、霞ヶ関官僚がマスコミ公開拒否をしたので
橋下知事が頭にきて退席、その後数分経って
マスコミ許可が出て橋下知事も席について参加するまで


JAL 新社長は片岡千恵蔵の息子です。

ゴルフ場に行かないで孫に将棋を教えながら一日を過ごします。


普段と違った一日を過ごしますが産経新聞「産経抄」を読んで

ビックリした社長交代が話題として書かれていました。


昭和30年以降生まれた方にはご存じないでしょうが60歳代の

方々には記憶に残っている映画大スター「片岡千恵蔵」の記事でした。


私も中学校時代は東映映画をよく見に行ったものです。

初期のころは片岡千恵蔵、市川歌右衛門、その後は中村錦之介、

東千代介でした。


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上記の活字が見づらい場合はクリックすると拡大されて

見やすくなります。


片岡千恵蔵には4男1女がいますが芸能界には行かせず

堅気の仕事で医者、銀行員、パイロットなどです。


今回のJALの社長には初めてパイロット出身の片岡千恵蔵の

息子、植草義晴氏と書かれていて初めて知りました。

これからのJALの経営に注目したい気持ちです。


今でも片岡千恵蔵主演の「七の顔を持つ男] 多羅尾伴内

不思議な映画を記憶しています。七回も職業を替えながら

変装して犯人を捕まえるストーリーでした。


その中で「片目の運転手」役がありました。

自動車運転を片目では遠近距離感がつかめず出来ないと

思っていました。


当時、警察も無免許運転は大目に見ていた時代ですが片目では

免許試験も受けられないはずです。昭和32年(高校一年)16歳で

小型四輪自動車免許に受かりましたが過去6か月以内に一度

無免許運転で捕まっていました。


当時は未成年で罰金はありませんが合格しても正規の免許証発行は

罰金の替りに6か月後受け取りでしたのでのん気な時代でした。


(余談)

なぜ無免許運転をしていたかは早朝オート三輪車でお得意先の

配達を毎日していました。近くの交番のお巡りさんは15歳と

知っていましたが見て見ぬふりして大目にしてくれましたが

しらない別の交番で捕まってしまいました。