福島県郡山市から水郡線に乗り換えへ無人駅下車
無人駅の谷田川駅まで行ってきました。
駅前には人の住んでいる家は一軒もありません。
自動販売機が一台あるだけで周りは野原でした。少し歩いた
場所に一軒しもたやがありましたが空家でもぬけの空でした。
そこから徒歩で10分?近く歩いて目的の会社にたどり着きました。
福島県は放射能風評被害が最も多く地元民も困っています。
今回訪問の食品会社でも影響をこうむり復興建設にだけ
片寄った求人集めに集中して一般企業に影響が出てきました。
話は変わりますが郡山~水戸までのローカル鉄道は田園風景が
美しくわざわざ水郡線に乗って楽しむマニアも多いそうです。
横浜も東京に比べれば田舎くさい町ですが谷田川は全く次元が
違いすぎて比較ができないほど自然が残った地区でした。
記念に駅前付近を動画でお見せいたします。私には飲食店が
一軒もない地区に住んでいても長生きはできないでしょう。

田舎周りもたまには新鮮にうつりました。

水郡線をコマーシャルしている解説広告

郡山駅発水戸駅行の一両編車両は風情があってのんびりした
気分になりました。
韓国の元大統領朴正煕は親日家 でした。
好きになれない韓国ですが軍事政権下の朴正煕元大統領は
日本の援助も期待したでしょうが親日家としては有名でした。
次の大統領選挙には娘さんが立候補する話もあるようですが・・
ウィキペディアの一部 貼り付けはじめ
朴正煕 親日家 [編集]
福田赳夫が韓国を訪問した際、酒席において日韓の閣僚たちが日本語で会話をしている最中、韓国側のある高官が過去の日本による植民地統治を批判する旨の発言を始めたところ、彼を宥めたうえでこう語っている。
「日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。」
日本との関係を真剣に考えていたとされ、竹島をめぐる領有権問題について「両国友好のためにあんな島など沈めてしまえ」と発言したとも言われている。
酒を飲んで機嫌が良くなると、よく日本の軍歌を歌っていたと言われている。
— 金完燮 日韓「禁断の歴史」p.212 小学館 2003年10月
貼り付け終わり
韓国で日本製品のパクリ実態。
商品のパクリ実態がテレビでとりあげられた特集を再度
貼り付けしました。
韓国訪問したのは30年以上前と記憶しています。
パン業界の観光旅行でソウル、釜山、慶州を数日間
観光しました。
当時は朴軍事政権でしたがソウル市が戒厳令解除して
夜の10時ごろまでまでネオンで明るくなったと現地添乗員
の話を思い出しました。
当時の夕食は毎日々観光客用焼肉ぜめでうんざりした記憶だけ
残っています。びっくりしたのは生肉をハサミを使って
ジョキジョキ切り落とす下品な食事方法でした。
当時の韓国と日本政府との関係は今ほど悪くはありませんでしたが
数日間の滞在で好きになれない国家になりました。
それ以来韓国だけは二度と行っていません。
対日感情は当時と変わらず最悪ですが最近の日本中年女を含めて
韓流ブームには全く理解に苦しむ現象です。
BS放送も韓国映画だけで数チャンネル放映していますが
見ている人の気がしれません。
茨城県常総市石毛駅付近のかわった食堂
レストラン、ラーメン屋、食堂は一軒もありません。
通行人もいない田舎町で近くのさびれた商店で教えてもらいましたら
駅から6~7分の場所に変わった食堂を紹介してもらいました。
区画整理前の旧道だと思われる通りで洋食、中華、ラーメン、
和食なんでも食べられる昔ながらの食堂でした。
店内に入って驚いたのは関東地方のお祭りポスターが
いたる所に張られていていました。違ったポスターは
新聞購読している読売ジャイアンツポスターだけです。
オヤジさん一人で営業しているので私が自分勝手に
冷蔵庫からポテトサラダを取り出しオヤジに皿盛りして
もらう状態です。
下記の動画は店内の様子と注文してから餃子を丁寧に
具を包んでくれた様子と、早く作れ!と急がせた
社員の一言は問題です。
二人分、注文したオムライス550円、焼きそば500円
、餃子250円一人前とポテトサラダ200円でした。
店内のお祭りポスターについて
舞い上がるほど褒めあげたら、一つ一つ説明しだして
オーダーした料理を中々作ってくれません。
昼食時間帯にお客が一人もいないので説明時間のながいのには
腹がへっているのに困った状態になりました。
ひまに任せてこちらの時間に関係なく説明、作りながら
話してくれ、と頼み込みました。田舎料理の洋食は思ったほど
不味くありません。
二人前で合計1550円はとても安く満足しました。
最近はこの様なこだわった食堂は滅多にありません。
店主が作った料理はそこそこ旨ければそれでよし!私は
グルメ雑誌、口コミでとりあげられた店には全く興味はありまっせん。
最近の若者が身分不相な持ち物、乗り物にこだわったり
食い物についての知ったかぶりには不快感を感じることもあります。、

昼食時、まわりに食べる店がなければ我慢して入店します。
思ったよりうまく変わったオヤジに惚れこみました。

和、洋、中そろったメニュー表ですが夜は町で一軒しかない
居酒屋にへんしんするのでしょう。

関東地方のお祭りポスターだらけで、毎年数か所の
神社には店を数日間休んで参加するそうです。
常連客には迷惑なはなしですね。
福島瑞穂国会議員の非国民な発言
尖閣列島海上沖に中国漁船が不法侵入し海上保安庁巡視船
めがけて衝突した事件がりました。
国会議員の一部だけにビデオを見せてそれぞれの
議員が感想を述べていました。下記の動画で感想を
述べた小林興起、福島瑞穂の一言については、一般国民は
大した事がない印象に聞こえました。
小林興起議員は「2回目は逃げていって向こうが逃げて
逃げ損なって当たっただけ」と話していました。
福島瑞穂は「バカーとものすごい形でぶつかって
というイメージで思っていたが、とにかく「コッン」と
当てて逃げるという印象ではありました」
一般国民がビデオが見られない状態での福島瑞穂の説明は
我々が見た印象とはかけ離れた説明でした。
その後、一般国民に情報公開されていない事に不甲斐ないと
一色海上保安官が流失させたビデオを一般国民が見た瞬間
小林、福島議員の感覚の落差に驚くというよりガッカリしました。
日本を愛することの出来ない国会議員は静かに去っていって
もらいたいです。
ダイヤモンドオンラインに書かれている橘玲のブログから
毎日、インターネットでダイヤモンドオンライを見ていますがこの度
金融、海外投資に詳しい作家 橘玲著者のホームページを取り上げていました
数年前に彼の小説を読んでからとても興味が出て数冊読んだことがあります。
衝撃を受けたのは「マネーロンダリング」その次に「永遠の旅行者(上、下)」
「臆病者のための株入門」でした。その他の本は買っていまっせんが
参考になる金融本をたくさん書いています。
円高がいつまで続くか、とても疑問に思っていましたが
今回彼が2ページにわたって書かれているブログには、もしかしたら
現実に起こりえる深刻な出来事が書かれています。
3部作の続きもあるので楽しみにしています。
特に香港株、海外投資をしておられる方々には興味があると思い
張り付けました。
http://diamond.jp/articles/-/23876
きっかけはfacebookを初めていろいろの方とFBお友達になり
知るきっかけができました。お友達にでなくても興味のある
話題にぶつかる時があり情報を早く知ることになります。
話は替わりますが業界の財務運用担当を言いつけられ財務内容
向上を目的に飛び込み営業に兵庫、大阪、関東地方埼玉、千葉
神奈川、茨城県をまんべんなく訪問しています。
30~50歳代まではトップセールスで飛び込み訪問もしていましたが
まさか71歳でトップセールスをするとは思っていませんでした。
今回驚いたことには各企業の代表取締役クラスはWebをよく検索
していて私の私的公的出来事は訪問前に調べていました。
一番驚いたのは大手企業グループのベンダー会社社長がfacebookを
書かれていて話が弾み早速FBお友達になりました。
現役で仕事をしていれば運、ツキは自分で呼び込めると実感を
かみしめているとことです。
100円ショップの「大創産業」社長のサクセスストーリー
来年卒業の大学生就職内定者は未だに59%です。
これから先景気回復し求人数が多くなる見込みはないです。
私が卒業した昭和37年度においても不景気で就職口は少なく
同級生は先生、親戚、先輩を通じてお願いしても決まらず仕方なしに
横浜埠頭の港湾荷役作業や保税倉庫管理の鈴江組で
肉体労働者になり荷役現場監督から幹部になった同級生もいました。
数年前の日本経済新聞夕刊に100円ショップの「大創産業 」
矢野博丈社長の履歴を月曜日~金曜日まで語っていました。
広島県出身で高校時代にボクシングで国体にまで行っています。
当時オリンピック出場内定の慶応大学ボクシング部の河合選手と
国体で戦っています。
河合哲朗 選手(主将)は矢野を慶応大学ボクシング部スポーツ推薦
させたい為に彼は国体優勝間違いなしでしたが試合で「寸打ち止」で
矢野を倒さず善戦させました。横浜出身の河合はその後、
河合ジムから世界チャンピオンを誕生させました。
2009 11 28に河合ジム、大創社長をブログで取り上げています。
http://ameblo.jp/tozando/entry-10397040382.html
当時、広島の中国新聞には「高校生チャンピオンがオリンピック選手に善戦!」
と大きな活字に書かれたそうです。
河合はこれで有望な選手が確保されたと思いセレクションにかけるべき
運動をしましたが矢野の父親は「理工系以外はだめだ!文化系入学は
月謝は払わない」と言われ慶応大学はあきらめて理工系大学を17校
受験したそうです。
17校の大学のうち最後に受かったのは中央大学夜間二部土木科でした。
卒業しても就職先は最後まで見つかりません(失敗の連続)
仕方なしに村祭り、縁日お祭り、スーパーマーケットのテント下に
畳一枚ほどの縁台に中国製の100円前後の商品を並べて商いをしました。
しかし彼の目の付け所が「葛飾柴又の寅さん」と違って次々と新しい試みで
みるみる内に企業化にしてしまいました。
若い内の挫折は何回繰り返しても立ち直りながら身につき成長する過程の
肥やしになります。大創は国内売上3400億円以上、海外進出28ヶ国
矢野氏は最終金曜日に慶応大学を卒業して上場会社に就職していたら
とっくに定年、その後は一気に老け込んでいただろう、と書き終えていました。
私が五日間の記事で感じたことは
若い人に一言、人生ツキをつかむのも本人の行動しだい、
成功するにはツキのある人とつき合う事、運のよい人、仕事熱心、
仕事で成功した人、向上心のある人などで
尊敬する故邱永漢先生も矢野社長とお付き合いがありました。
先生も事業を立ち上げた成功者、ツキのある人と知り合える機会を
作りなさい、と話されたことのありました。
先生とおつき合い出来たことも運とツキの一つでした。
間違っても金は有っても、高級外車を乗り回していても
無職の遊び人とはつきあわない事です。
茨城県坂東市水海道駅前のブラジル人専用スーパーマーケット
関東鉄道取手駅発で石下駅まで行きましたが途中水海道駅止まり。
次の出発までの25分間を駅前のスーパーで時間つぶししました。
入店して驚いたのは全ての商品が外国製品で中南米ブラジル製品
店員、お客は日系ブラジル人でポルトガル語でした。
出入口フロアーのファーストフードに立寄りブラジル焼き鳥を
買って駅前でツマミ食いをすることにしました。
ブラジル人専用スーパーの商品棚とブラジルファーストフードを
動画に編集しました。紀伊国屋に行ってもここまではそろっていません。
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関東鉄道の各駅は無人駅が多くあり乗客者の一部には日系人にも
出会う機会がありました。茨城県常総市、坂東市には
県が県税納付を増やす目的で工業団地を増設しているのでしょう。
昨日のニュースで大卒就職決定者は59%ちかくしか決まっていない
そうです。彼らは3Kにちかい肉体労働者にはなりたくないのでしょう。
私も彼らの気持ちはよくわかりますが挫折から学んで、
どん底から立ち上がって起業する社長もたくさん知っていますが
彼らには考えがつかないのでしょう。知人ではありませんが
100ショップ「大創」の社長もその一人です(日経夕刊より)
生活保護に関する費用は3兆円以上税金から使われています。
それに働き盛りの30才~50歳代まで満遍なくいるそうです。
一人15万円の補助で夫婦で30万円貰えれば勤労意欲もなくなります。
病院治療費、医薬品、電車バス無料、なかには家賃負担など
いたせり尽くせば怠け者を増やすだけでしょう。政治家、役人も痛みを
感じていないでしょうから人の金だと思って無責任体質になる。
製造業、食品加工、建設作業、鉄鋼加工、土木作業、農業従事など
今の若者をはじめ中高年も就職の対象から外しているのです。
こんな地方都市に出稼労働者として大勢のブラジル人が日本人の
代わりに働いているのでしょう。ブラジル専用スーパーを見学して
感じたことです。
茨城県の石下まで出張しました。
パン業界の仕事で茨城県石下まで出張して来ました。
自動車では常磐高速道路で谷和原インターチェンジ
下車30分で到着する距離ですが今は電車しか利用していません。
理由は55年間 車利用でしたが、飲酒運転をしたくないので
飲むなら乗るな!の標語の通りです。酒を取るか、車を取るかでは
女を取るかは一つ返事で酒を取りました。
その後はだんだんと運転が嫌いになり車には一切興味を失いました。
大型二種免許までもらいましたが違反も時々あり困っていましたが
お陰で現在はゴールド運転免許証になりました。
と、言う訳で下丸子から蒲田経由上野から常磐線で取手駅まで
関東鉄道で石毛まで50分で到着予定ですが水海道駅で
次の電車待ちで25分間待たされました。
理由は水海道駅から館林までの乗客は少ないからです。
30分に一本程度のローカル鉄道です。
水海道駅で途中下車禁止の切符でしたが田舎駅員は「いいよ、いいよ」と
言われ暇つぶしに駅前のスーパーに入りました。
関東鉄道は取手駅から一両編成のジーゼル電車です。無人駅が多く
16駅目は石毛駅でした。
途中、水海道駅で別の車両に乗り換える為に25分間電車待ち
暇つぶしに下記の駅前スーパーに飛び込んで市場調査結果、
駅前のスーパーはブラジル製品であふれています。
パンも日本式パンは何もありません。見た目には焼き立てで
生ハムを含めてハム、ソーセージ、コンビーフ類も紀伊国屋、
DEAN&DELUCA、成城石井でも見かけない製品がたくさんありました。
最終到着駅 石毛駅でした。下丸子9:30出発帰宅19:00になりました。
一日がかりでしたが段取りが順調に運び気分爽快な日になりました。
手嶋龍一著者「スギハラ・サバイバル」は最高傑作になります。
8月25日の私のブログは時間差はありましたが一日に二つの
ブログが掲載されてしまいましたので再度 手嶋龍一著者
「スギハラ・サバイバル」を再度載せることにしました。
手嶋龍一氏の作品は一度読んでも理解できないこともあります。
この本も含めて初版本スギハラ・ダラーについで二回読んだことになりました。
今は二回目のウルトラ・ダラーを読み直しているところです。
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手島龍一著者 スギハラ・サバイバルは1939年前の欧州
第一次大戦中リトアニア領事館に赴任した杉原千畝が
発行した命のビザ6000人分(書いた方法は本文で)の二家族の話です。
ある一家の流浪の旅シベリア鉄道経由
大連から日本の敦賀港、神戸を経て横浜からアメリカ、シカゴ
ある家族は神戸から上海、フランスに新天地を求めて出航。
二年前のスギハラ・ダラーを文庫化にあたり改題して全面的にな
改訂したノンフェクションにちかい小説です。
今年読んで一番読み応えのある作品になりました。
スギハラ・ダラーも読んでいましたが、それを加えて今回二度目
になりますが全く新鮮に感じて内容もよく理解できました。
下記のアドレスは2010 12 24に日経新聞に書かれた
シカゴ・マーカンタイル取引所のレオ・メラメド名誉会長
(小説ではアンドレイ・フリスタ)のインタビュー記事です。
http://ameblo.jp/tozando/entry-10746161608.html
スギハラ・サバイバルはアンドレイ・フリスタが主役の一人で
度々登場します。今回の小説は筋書きを理解する為に
時間をかけてゆっくり読むことです。
白州次郎がイギリス留学中にお世話になった貴族ブラッドレー家。
小説ではその孫ステーブンス・ブラットレー
シカゴ・マーカンタイル取引所の「S&P500」編み出した
大立者アンドレイ・フリスタ、(レオ・メラメド名誉会長)
ポーランド国ユダヤ人、ソ連スターリン、ドイツナチ、ヒトラー
中国ハルビン・ユダヤ人協会、上海特務機関 水田光義、
上海租界にまつわる闇の世界、ナチスドイツ略奪絵画
スイスのプライベートバンクの内情と実態を詳しく説明。
リーマン・ショック ブラック・マンデー 、ニューヨーク証券取引所
香港証券取引所、1993年ワールド・トレード・センター爆破事件を
事前にキャッチ空売りで軍資金を作った出来事。
ドル固定相場制からニクソンショック、格付会社、スターリン暴落、
9.11同時多発テロ事件、 府中競馬場の閻魔屋の老婆のカラクリ、
CIAアメリカ中央情報局、ホワイトハウス、コンドリーザ・ライス国務長官
オサマ・ビン・ラディン、 商品先物取引小麦相場とテロリスト、
シリア政府アサド政権、イスラエル軍、金融先物取引
北朝鮮、「白頭山の狼」マカオのホテル・リスボニア
最後に生前葬式のくだりで人生の生き方について
手嶋龍一氏の趣味だと感じる一部
スコッチウイスキーについて
アイラ島のシングルモルト「アードペック」
ハイランド地方 シングルモルト「ロイヤル・ロッホナガー」
日本文化、西洋絵画について多く書かれていますが興味が
薄いので書きません。
スギハラ・ダラー、スギハラ・サバイバルの筋書きは同じに
ちかいですが二回読んではっきり理解できたことは勉強になりました。
この本は、小説といえど現在とリンクさせているし、金融という点からし
て面白く、どのページをみても次を読みたくなるような構成です。
アメリカ合衆国のシカゴのマーカンタイル取引所
(これがでてくることは、デリバティブを想像させてくれます。)における
ユーロ・ドルの先物や「S&P500」と呼ばれる株価指数の先物商品の値が、
大量の「売り」のうけ、取引所の責任者であるアンドレイ・フリスコは、
それを受けて大量の「買い」に回ったが・・・ その結末は。
そして、売り側と買い側の以外な接点とは・・。
下手な経済雑誌、金融専門家の話より分かりやすく勉強になりました。






