ZAIM cafeで「ハゲマル 写真展&ライブ」に出かけました。
11月11日 日曜日 横浜市中区の石川町駅から山手の坂道を上り
フェリス女子学園方面の小路に入った奥のZAIM cafeでへ
「写真展&ジャズライブ」に家内と出かけました。
私の高校時代、横浜のフェリス女子学園は「学校数え歌」にも出てきますが
人気NO 1のお嬢様進学校でした。その近くの住宅街の一軒家を
改造してライブハウスも出来る会場でした。
知り合いになったきっかけはジャズバンドマンの久野光男さんのブログからです。
Facebookでのお友達の加藤久真さんからの情報で知りました。
はげまる様は40年前には横須賀の米軍娯楽施設EMクラブをはじめ
ヨコハマに数多くあったナイトクラブ、キャバレーでのバンドマンでした。
彼の写真集はプロ並で日本を含め各地のこだわった写真を撮っています。
今はお目にかかれない横浜、横須賀各地の写真を拝見いたしました。
帰りには、気にいった写真をいただき早速自宅に飾りました。
会費4000円を払って庭で焼いたステーキの他に飲み物のサラダ、ツマミ付き。
最後に美味いタイカレーが出てきましたがドリンクは別料金で
一杯500円で設定していました。
ハゲマルこと久野光男 さんは書いているブログほどアウトロー的ではなく
真面目な方でビックリしました。ブログの写真と解説からは想像できませんでした。
私も実像とブログにはかなり格差がありますのでどちらもドッコイです!
今は趣味の延長で皆様を楽しましていますが1960~1980年代の
ジャズに青春時代を思いおこさせてくれました。
ジャズライブには昔とったきねづかでしょう、友人達の元バンドマンらしき
人達が集まっていました。皆さんとは初めてお会いしましたが、私夫婦に
話題を提供しながら話しかけて頂きフレンドリーな方々でした。
横浜は三日間住んでいるとは「ハマッ子」と成れる土地柄です。
150年前には横浜は漁師町で港が開港した時は人口482人の小さな村 でした。
その後110年間は日本の表玄関となり出船・入船の国際都市として
「来る者拒否せづ、去る者追わず」が自然の成行きで中華街をはじめインド人、
白系ロシア人、イギリス人、トルコ人、など多くの外人さんが居ました。
明治時代の金融機関に東京よりは横浜の方が早くHSBC,シティーバンク、
スタンダード・チャートバンクなどの日本支店がありました。
当時の外国為替銀行は横浜にできた横浜正金銀行その後東京銀行になり
今は三菱東京UFJ銀行です。
私共とFBお友達の加藤様、はげまる様と初めての知り合いに成りました。
お互いに人見知りしない仲間同士はこれからもお会い出来る
機会もあると思います。
横浜在住の「来る者拒否せづ、去る者追わず」が自然につながった
ジャズライブでした。
久野光男撮影
ハゲマルさんから頂いた三枚のネガと写真です。今は無きバンドホテル。
淡谷のり子の「別れのブルース」のはバンドホテルの部屋からの風景です。
窓を開ければ~港が見える~
メリケン波止場の~ 灯が見える~
夜風 汐風 恋風のせて~
今日の出船は どこへ行く~
むせぶ心よ はかない恋よ~
踊るブルースの~ せつなさよ~~
五木ひろしの「よこはま・たそがれ」は山口洋子作詞がバンドホテルに
宿泊した愛の思い出を詩にしたものです。
よこはま~たそがれ~ホテルの小部屋~
くちずけ~ 残りが~たばこのけむり・・
ブルース~ 口笛~ 女の涙・・
バンドとは英語?インド?ドイツ語?か忘れましたが岸辺の意味で
上海の外灘(ワイタン)と同じ意味だそうです。
辞書では「インドは堤防;埠頭;(中国・日本などの)(港の)海岸通り.」
久野光男撮影
ホテル・ニューグランドの小窓、撮られた年代は不明ですが相当昔のテントです。
久野光男撮影
ホテル・ニューグランドのザ・ロビー側 正門です。
横浜市内で公道歩行者専用道路に私的な構築物とネオンが
許されているのは、ここだけです。
敗戦後 厚木飛行場から真直ぐホテル・ニューグランドに宿泊した
連合国軍最高司令官マッカーサー元帥も山下公園前の正門から
出入りしていました。
横浜市内は焼夷弾で焼き尽くされましたがホテル・ニューグランドと
教会、外人墓地、外国施設は爆撃を避けたふしがあります。
マッカーサー元帥は戦前に両親と、新婚旅行を含めて合計四回
宿泊していたそうです。
国の歴史記念物に指定されているので許されているのでしょう。
ミャンマー(元ビルマ)から新しい仕事の相談がありました。
先週中は自分の会社に行っても居るだけで実務がない天下り元役人と同じでした。
社内で机に座っているだけで手持ちぶさで退屈な日々でした。
その為に数日間、深酒が翌日残りブログを書く時間がなくなりました。
色恋も遠ざかり蒸留酒の深情けで体調も崩れる原因の一つになるのですが・・・
そんな時にパン業界で取組んでいる仕事に関する相談が舞い込んできました。
早速パン連盟の墨田区立川町の事務所でお会いすることになりました。
わが東京パン連盟事務所で考察団で知り合った
通称「浜の塾屋」〇葉氏の紹介で、ついこの前まで軍事政権であった
ミャンマー(元ビルマ)で事業展開している日本人を紹介されました。
民主化の第一歩を踏み出したミャンマーは日本にとってとても親日的な国です。
映画では安井昌二主演「ビルマの竪琴」は高校生のころ観た記憶があります。
その後中井貴一主演「ビルマの竪琴」を家族四人で観たことがあります。
また、作家 深田祐介氏の24年前の「新東洋事情」にはミャンマー国について
詳しく書かれておりました。記憶に残っている文章には当時の軍事政権に
ついて今の現状維持が国民の生活安定につながると書かれていました。
アウンサンスーチー女史の早期の民主化には当時の経済状況では
ミャンマー国民には理解できないとはっきり書かれていました。
「新東洋事情」の内容によると当時の軍事政権の権力を握っている
軍人達とアウンサンスーチー女史の父親は同じ軍人で仲間でした。
お互いに植民地時代イギリスと戦った仲間同士で日本軍を信頼していました。
ビルマ(ミャンマー)がイギリスの植民地解放に立ち会ったきっかけは
日本軍の軍隊訓練を徹底的に指導されたからです。
敗戦後そのまま現地に留まってビルマで一生過ごした
日本軍人達も多くいると書かれていました。
今回パン連盟事務所での話はブログに公開出来ませんが両国の
懸け橋になる可能性もあり夢のある新しい仕事になればと思っています。
出来る事なら近い内にもう一度ミャンマー訪問し若者の実態を
確認してから業界に貢献したいと思っています。
野毛の中華料理「三陽」は変った店です。
中国本土で作られた冷凍餃子毒入り事件が起きたころのブログを
読み直してみました。当時のブログを一部引用して書き直しました。
横浜西区野毛には高校時代の同級生がいます。
西区の古くからある関仏○店のオーナーと言えば
誰でも知っていると飲み屋のマスター達は言います。
私も彼の行った飲み屋を探しながらひとつ々行っています。
彼の店は名店で有名デパートにもテナントとして出ていて
隣は競馬場外馬券場になっています。
店で仏具品の相談にのってのらった事もありました。
その関係で野毛に来る機会があり私の好きな町の一つです。
野毛は年に数回の「野毛の大道芸人大会」が話題になっています。
野毛界隈にはウナギ屋をはじめ安くて旨い飲食店があります。
この界隈の店内のテレビは日本各地で開催されている
競馬場の中継をしているめずらしい地区です。
今日は京都競馬場からでした。
私は競輪、競馬、オート、パチンコ、賭け事は苦手で
所帯を持ってからは勝負した事がありません。
但し証券会社を通じて株式投資(売買)だけは別です。
今回家内と近くまで来たので夕方はいつも満員で入れない
繁盛店に店主の呼び込みに引き込まれて昼すぎ(13:20)
中華料理「三陽」で昼食を家内とする事にしました。
注文は餃子二人前、ネギ炒めトリオ(?)大瓶一本
店の中は斜めに歩かないと通れないほど狭い通路で
火事になると逃げ場が無いほど詰め込んでいます。
お客もなれたもので道路を違法占拠化している
テーブル、イスを利用して
若い女性も遠慮なく座って楽しく食事をしています。
料理は値段が安いわりに旨く、雰囲気が良く早いのが
気に入りました。サラリーマンの帰宅時間は
いつも満員で入ることは難しいです。
店の前です。13:30ごろですが店内に入れないお客は
道路にテーブルをだして営業しています。
野毛の東南アジア屋台風景と変わりません。
家内をモデルに写真パチリ
店長が「農薬入り餃子二人前出来上がり!」には、ビックリし笑ってしまいました。
ネギトリオ、オリジナルは味、量、満足できました。
わざわざ時間をかけて行くことはありませんがB級に興味のある方は
試してみてください。
関係ありませんが散策のついでに近くの風景を張付けました。
都橋商店街は昭和50年時代ごろは沖中にんそくで繁盛した特殊な
商店街でした。今は少し寂れた感じもいたします。
大岡川沿いにあるソープランド街の桜の花が咲くころはきれいですよ。
今村昌平監督「豚と軍艦」を見て
異国情緒あふれる港町「はげまるぶら~り日記」のブログは
Facebookでのお友達で加藤久真さんからの情報で知りました。
11月1日の横須賀駅からのブログは今村昌平監督の「豚と軍艦」を
話題に取上げていました。日活で1961年製作した話題の作品です。
予告編をYou Tubeで見つけました。昭和36年時代に製作した映画ですが
見ごたえがありました。下記のアドレスは「豚と軍艦」の予告編です。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=-wclY8dPuVw
ベテラン脇役の加藤武 大坂志郎 西村晃 小沢昭一です。
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東野英治郎 丹波哲郎 殿山泰司 菅井きん 佐藤英夫
奈良岡朋子 三島雅夫 南田洋子 中原早苗 豪華キャストです。
私が21歳の青春時代ですが映画好きでしたが見ていません。
2年後同じ白黒映画横浜を舞台にした黒澤明監督「天国と地獄」が
空前の大ヒットした時代です。
加藤久真さんが貼り付けしていた 「はげまるぶら~り日記」を読んでいる
うちに見たくなり早速1500円でネット購入して見ることにしました。
http://blog.goo.ne.jp/hagemarupika/e/42ed22347ee2ee7de6428c38adaa8ea7
はげまる様のブログはとてもおもしろく過去にさかのぼって読まして
頂いています。横浜の昔話で共通の遊び場がたくさん出てきます。
懐かしい店、スリーネイション、ダンマルク、ストックホルムの
お店は閉店しましたがオーナーは大桟橋入口の北欧料理
スカンデァのオーナー浜田八重子さんでした。当時ヨコハマでは
おしゃれな店で彼女をデートで口説くには持ってこいの異国情緒な店でした。
つい最近、家内と散策した元警察病院地下にあったスリーネイションの建物が
結婚式場の会場になっていました。興味がありましたのでリニューアルされた
式場を見学しましたら地下に有ったスリーネイションは立入禁止でした。
神奈川新聞社前にあったダンマルク、中華街付近にあった
ストックホルムは流れ着いた船乗りの刺青店長で店では人気者の
デンマーク人を思い出しました。
その外に火事を出した根岸屋をはじめ野毛の飲み屋街、毒入り餃子を
売りにしている「三陽」店内に毛沢東語録番外編などの雰囲気は
今も好きな横浜の下町地区です。
はげまるさんのブログに病みつきになり毎日過去にさかのぼって見ています。
彼は昔(40年前)横須賀米軍施設EMクラブ、今は横浜を中心に
ジャズバンドマンで今でも石川町あたりで演奏しているはずです。
仕事がない時には野毛、曙町、石川町あたりを探索しているのでしょう。
武蔵新田商店街もデフレで店じまい。
私の会社は大田区下丸子地区でパン製造工場を営んでいますが
通勤下車駅は東急多摩川線の武蔵新田駅です。
最近は会社に行っても実務はセガレに任していますので報告、連絡、相談は
困ったときだけで普段は全くありません。
したがって帰宅時間が早くなり駅付近の、天麩羅、広東料理、洋食、鮨屋
居酒屋に行く機会も少なくなりました。一番利用していたウナギの山縣屋が
高齢で閉店したことは青天の霹靂で精神的にとてもショックでした。
最近は徒歩沿に牛丼の松屋、すき屋が進出してきました。
今年8月に西友グループ惣菜弁当の「若菜」も進出してきました。
近くには同じ惣菜弁当のオリジン弁当もありますがライバル店になりました。
それと関係があるかないか分かりませんが創業45年営業していたソバ屋が
廃業してしまいました。理由は間違いなくデフレ現象だと直感します。
近くの勤め人は昼食に500円でお釣りのくる店か弁当しか買わなくなったのでしょう。
これからはもっと深刻なデフレで廃業、倒産が増えると思います。
自動車もやっと走れる細い道にある武蔵新田商店街は私が利用していない
ラーメン屋なども何回も廃業、再開を繰り返しています。昔からあった喫茶店も
廃業してしまい寂しい限りです。
私もデフレの影響で勤め人と同じくワンコインでお釣りの来る昼食にしました。
若菜のロースカツ重397円ヤマザキの和菓子 豆大福80円で合計477円
輸入食材で単価を下げているのでしょうが大変な時代になりました。
ロースカツ、豆大福もボリュームがありすぎて高齢者には食べきれません。
贅沢な食生活をしている人達には一般庶民の食生活は理解できないでしょうが
TPP導入後これからの時代は様子が一変にかわると思います。
時々利用していたソバ屋は東京オリンピック前に開店していた創業45年目で閉店
府中カントリークラブ開場53周年記念コンペ
ここ三日間ブログをお休みしました理由は頭の中がアル中気味になり
少し手首に震えがきてしまいました。横須賀国立病院に行く前に
自宅から近い横浜北中央病院で検診してもらった結果、
今のところ異常なしと診断されました。
途端に元気が出てきて一昨日の日曜日、
開場53周年記念お祝いコンペに参加 府中カントリークラブまで
タダ酒を飲む為にセガレの車に同乗してわざわざ行って来ました。
160人参加したトビ賞50名のうちに入らず風呂上りに時間を掛けて飲みました。
セガレが居ると邪魔になるので友人とゆっくりタダの生ビール、
樽酒を枡酒で塩を肴にグイグイ!
府中CCの自慢は関東一、食事は美味く特にカレーは抜群に旨い。
和洋中こなせるうまい料理長は滅多にいませんが府中は別格です。
自慢話はコースのレイアウトです。アウト、イン同時スタートしても9ホール終わる
時間は同時になります。それよりも自慢になるのは18ホールのグリーンの状態です。
真冬でもなめらかな緑のじゅうたんベントグリーンは上級者にもほめてもらえますし、
近くの数箇所あるゴルフ場には絶対に負けません。
次ぎに自慢できることはゲストの評判を含めてキャディーは関東でも上位に入るでしょう。
会員については高齢化が進み毎回同じ事を何回も話すアルツに近くなった人が
多くいます。私もその中の一人ですが平均年齢70歳を超えた後期高齢者で
定年後の暇をもてあそんでいる老人集団といっても、当たらずとも問うからず、です。
次の理事、理事長についてはブログに書くことはあえて避けさせてもらいます。
理由を知りたくてもコメントやメッセージで質問しないで下さい。
府中カントリークラブは多摩市と八王子市にまたいで24万坪借地なしで有していて
会員権は株主会員になっています。会員の発言力が大きすぎて10年に一回は
総会が荒れてしまう事も過去には度々ありました。
1250名の株主会員は言い換えれば総会屋が1200名いる状態と変わりません。
11月4日空気の爽やかで快晴でした。クラブハウスからくっきり富士山が
見えて爽やかな一日でした。デジカメの性能に問題があり
雪をかぶった富士がはっきり写らなく残念でした。
毎回同じメンバーと回る機会が多くなりましたが私以外は下手な横好きに
ちかいと思っていますが、相手も私のことをそう思っているでしょう。
日曜日に限ってサラダは食い放題です。今回に限って枡酒は飲み放題ですが
昼食には午後のプレーがあるので生ビール350㏄日本酒一合五尺が丁度良いです。
いつもはカレーにしていますが今回は枡酒を飲みたいために親子丼にしました。
タマゴの半熟と鳥のささ身がミックスされた一品はソバ屋で食べる親子丼と違っています。
プレーが終わり風呂上りは自家製のピザを食べながら生ビールと枡酒を
堪能しました。
トルコ カッパドキアで気球遊覧
早朝気球乗り遊覧がありました。

今回、添乗してもらいましたメガ海外事業部の佐藤様を加えて9名でした。
前日現地のガイドから気球乗りの参加募集がありましたが
私と寺本さんは不参加しました。
私の不参加理由は数日前にブログに書いた通りですが、
もう一つの理由は2万円かかるならばモルトウイスキー白州が
3本も買えるのです。乗るのと、飲むのとを勘定したら
危険極まりないので安全な飲む方にしました。
気球のふくらむまでから上昇して見る地球を動画で見てください。
この動画は参加した斉藤さんから拝借したメディアです。
動画を見ていると足が地に着いていないのでむずかゆくなりました。
安全ベルトもない危険な動画を見ていると不安を感じました。
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家内はそんなことを考えないで7人組に入ってのこのこ出かけました。
気球が上がる6:40ごろ居残り組の寺本さんと部屋のテラスで白州を
飲みながら「落ちたら生命保険がいくらおりるかね」と話しあっていました。
「自分で掛けた生命保険」と「旅行障害保険」「クレジットカード保険」
「旅行業者保険」の4社からは間違いなくおりると計算しました。
二人でおりる金額を計算している内に酔いもまわり
いい気持ちになったころ全員帰還して皆で朝食をとりましたが、
内緒話にはふれないでバスに乗り込みました。
2012パングランプリ東京 表彰式
今日のブログは皆様には面白くも可笑しくもないない話題になりました。
東京をはじめ関東地方を含むパンコンテストの表彰式にかり出されました。
東京パン連盟の代表としてのお役目で主催者側の立場での参加でした。
国会では「近い内に」解散がある、ないと国民には分からない状態で
全く予測がつきませんが業界人(パン)が集まる席には駈け足で
衆参国会議員が顔を出しに集まってきます。
今回は数人の衆、参国会議員、都会議員が名刺配りにやってきました。
私は国政選挙には必ず投票に行きますが、全くの浮動票に属します。
同級生に頼まれて公明党の宝塚男役で有名な元女優にも一票
入れた事もありますし、その時の情勢によって気が変わりやすいのです。
間違いなく浮動票の代表になる存在でしょうが労働組合、日教組
中国、韓国びいきの国賊的な左翼思想を基本にしている党には入れません。
今回は自民党の片山さつき女史でしたが家内と同じく気が強そうなので
パン業界にたずさわっていない皆様には関係ない写真になりましたが
写っている本人達は真剣な表情で写っています。
表彰式が終わり帰宅途中に同業者3名で有楽町駅近くのガード下で
飲みなおししてバカ話をしながら最後に盛り上がりました。
今日は皆様には関係ないつまらないブログで申し訳ありません。
イスタンブール ボスポラス海峡クルーズ
イスタンブール旅行には参考になる動画となりました。
船着場で小舟で売っていた「さばサンドイッチ」動画シーンもあります。
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金角湾ガラタ橋付近の舟着き場からボスポラス海峡をはさんで
見える西洋側と東洋側の風景はとても閑静なリゾート雰囲気で
豊かな人々の住宅が立ち並んでいました。
広い芝生の庭にはプールのある家もありびっくりしました。
東洋側に住居を構えて西洋側に通勤する勤労者が多いと説明していました。
東洋側の方が高級住宅が多くあるそうです。
一昨年有名な実業家が日本円で40億円で購入した一角があるそうです。
いつか読んだ「匿名口座」ナンバリング・アカウント上下巻にも
トルコ人の主人公がスイスのPBを話題に書いた本を思い出しました。

トルコは今現在はバブル経済で各箇所に高層ビル、マンション建設が
至る所に見受けられました。
海峡には大きな橋がかけられていますが現在は日本企業の
大成建設が請け負った地下鉄工事で海底トンネルを掘っていました。
東京都と同じく人口1200万人の大都市です。
オリンピック誘致も話題になっていますが朝夕の車での渋滞は今後の
問題として残るでしょう。地下鉄にしても遺跡にぶつかれば工事は
一時中止になるのでいつ出来上がるか分かりません。
私の感では一部中東オイルマネーも入り込んで経済を支えている
ふしもあるのではないかと思いますが。
テレビ、新聞、学校教育を含めて反日教育をしている
中国、韓国と違ってトルコは親日的なお国柄で治安もよくきれいな町でした。





























