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投資とリスクについてパートー1

昨日、北京からQカフェーパン工場の設備投資について総経理が

来日したことを書きました。


総経理はまだ30歳代の若者で私のセガレ(長男)と歳の差は

1歳しか違いません。お互いに若者同士気があって北京に行ったり

来たりで上下関係なしに経営者として交流しています。


今回は栃木県の製パン機械導入に関しての来日でしたが、

チャイナリスク経営に腰が引けている話が度々出てきます。


総経理は

日本の政治が右翼化して、新政権(自民党)との日中関係が

益々悪くなると困ってしまう」と心配事を言い出しました。


中国人民の民度の低さは今更はじまった事ではありません。

今回の総経理との雑談でQカフェーで優秀な中国人幹部でも

23年前の「天安門大事件」のことは何も知っていません。


彼に中国では手に入り難い香港製裏ソフトで天安門大事件を

You Tubeを見せたそうです。


その画面は戦車で学生、若者をひき殺し、共産党陸軍部隊が

デモ隊に機銃掃射した画面が出てきます。


中国人幹部は当時8歳の子供でしたから知るよしも在りませんし

パソコンで天安門と打ち込んだ時点で画面は消えてしまいます。


その画面を裏ソフトで動画を見せたら彼は「これは事実か?」と

ビックリしたそうです。

したがって一般中国人若者は事件すら知らないのです。


中国人一般国民の軍隊では無く共産党直属軍隊で

政治批判、政治デモ、宗教の自由も許さない国家なのです。


私はその様なカントリーリスクがあるからチャンスが有ると言い切りました。

総経理に私の考え方を自宅に泊まらせ、あらためて洗脳することにしました。






北京から総経理が商談に来日してきました。

一昨日北京パン工場のA総経理が来日しました。


今回の尖閣暴動であらためて中国人の社会常識について

民度の低さを再確認した話につきます。


チャイナリスクは覚悟のうえですがピンチはチャンスの裏返しと

判断して再投資することにしました。


パン工場がある金馬工業地区には食品関係工場が多く

民家は一軒もない開発整備された場所なので今回の暴動には

被害はありませんでした。


当社の場所は地元の商店、食堂、スーパーに近いのですが

この近くではパン販売もしていないし日本人が経営している実態も

分かっていません。


ただし公安警察からの指導で暴動が治まるまでは外出禁止になっていました。

暴動も落ち着き今は前の生活に戻っています。


今回総経理の来日は栃木県のレオン包餡機械の購入目的です。

当社に同じ機械があるので部品交換内容によっては使用できます。


レオン営業員の説明会も終り、そのあと横浜中華街「重慶飯店本館」で

製粉会社役員を含めて会食しました。このところ毎晩深酒続きで

体力消耗ぎみでブログを書く暇も少なくなりました。


会食が終り山下公園付近のBAR2軒を飲み歩き久しぶりの再会を

楽しみました。


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都内ではBARにジュークボックスは滅多に見かけないですが

1960~1980年代のジャズを聴きながら青春時代の話に

はながさきました。

「黄金のバンタム」を破った男

「黄金のバンタム」を破った男 ファイテング原田の戦歴は前人未到のことでした。


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満る善の天麩羅と柳川鍋

コメント欄に江東区森下の「満る善」の紹介がありました。


先月の愛川欣也の[アド町天国」番組にも江東区森下で

紹介されていましたが

私はすでに2008年2010年に二回ブログに動画を

張り付けて書いています。


当時はアクセスも今より少ないので見ていない方が多くいると

思いますので再度当時のブログを張り付けました。


当時動画はアメブロで載せていましたが評判がよくないので

今は利用していません。You Tubeでないですがよく映っています

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パン連盟事務所の近く森下の小料理屋に寄りました。

墨田区と道一つ離れた江東区森下に古くからある

天ぷら「満る善」です。

近くには居酒屋で有名な「山利喜」があります。


カウンターに10名入ると満席になる料理屋さんで

高齢者夫婦だけで営業しています。


建物は古くモルタルの壁はヒビだらけで

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補修はしていません。前の通りの交通量が

多いことでひび割れが増したと思います。

モルタル壁にヒビが入っていますが料理は

とても美味しい小料理屋です。


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先客がいたら精々4~5人が限度です。



店の雰囲気と天ぷら、柳川鍋の作り方を動画で写しました。

とても貴重な動画になりました。



2010年2月にもブログを出した時の動画です。

http://ameblo.jp/tozando/entry-10451044632.html



http://www.9393.co.jp/okazawa/kako_okazawa/2008/08_1103_okazawa.html

私の友人がハイQさんの


ページにも紹介されていたと

話していましたが気がつきませんでした。


カウンター越しに料理方法、段取りが

全部見えるので手抜きが出来きません。


調理場が別の部屋で仕込んでいたら

余った材料あるいは食べ残し(船場吉兆)が

出てきてもわかりません。


丼ものもあると思いますが天重ででてきました。


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柳川鍋はその場で生きた「どじょう」を

さばいて鍋にしてくれます。


私も柳川鍋はいろんな店に行きましたがお

客様の目の前で

最初から最後まで見たのは初めてです。


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アルコールは日本酒とビールしかありません。

ビールも大瓶ででてきます。

ついつい日本酒の量も多く成りがちになります。


先週の土曜日初めて入って日本酒を

飲みすぎ二日酔いにちかく翌日コースで

レクサスオープンを見る予定でしたが

取消ししました。


レクサスオープンが見れなくても

「満る善」で美味しい酒食が出来たので

ぜんぜん後悔はしていません。


少人数でパン連盟事務所に来た時は

必ず寄りたいお店の一つになりました。


場所

「満る善」
 江東区森下1-18-1
 03-3631-1931


「陸軍中野学校」をDVDで見て感じた事

11月7日東京パン連盟の例会日に友人から20枚近くのDVD映画を

頂きました。日本映画中心の1966~1990年に上映した映画です。

好きだった三船敏郎主演DVD作品から観ていました。


戦前、戦中にかけての時代背景物が多く特に戦記物が多いのです。

話題の作品で「陸軍中野学校第1部~5部までがそろっています。


11月14日ニッポン放送5:00~8:00まで高嶋ひでたけ番組

「朝ラジ」で高嶋ひでたけが遅い夏休み中に一日だけ

元外務省分析官で作家の佐藤 優さんが一日コメンテーターを勤めました。


彼が外務省時代の情報収集、ソ連のスパイについて詳しく話していました。


その事について戦前のスパイ活動では日本は優秀な人材が多くいた、と

話していました。その話の中で大映映画「陸軍中野学校」シリーズ物は

大変参考になる、とほめていました。


DVDを早速「陸軍中野学校」第一部シリーズから見ました。第一部は

陸軍から正式に中野学校と認められていないところからの筋書きです。


日露海戦前の情報活動に従事した明石 元二郎のスパイ活動が

勝利に結びついた話から陸軍中野学校の創設につながっています。


明石 元二郎の話は先週からブログに書いている新潮選書

「消えたヤルタ密約緊急電」にもソ連、ロシアのいきさつに出てきます。


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http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%99%B8%E8%BB%8D%E4%B8%AD%E9%87%8E%E5%AD%A6%E6%A0%A1&tid=99ea745a2603cb2bd9db197603900a00&ei=UTF-8&rkf=2


陸軍中野学校で思い出したのは

小野田寛郎 元少尉のフイリッピン、ルバング島で30年間の戦争状態を

続け上司の降伏宣言書を読みあげて終戦を迎え帰国した事を思い出しました。
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小野田寛郎 元少尉の帰国後の彼の紳士な態度、行動のスマートなことは

当時のスパイ行動で身についた二カ国以上言語、教養、紳士、マナー、

二つ以上の職業経験取得などがおしゃべりの端ハシに感じられました。


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日本も英米を相手にいよいよ戦闘状態に突入する場面から始まります。

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陸軍中野学校第一期生は18名でスタートしましたが正式な

スパイ養成学校としての認可が取れず同期仲間組織の予算流用から始まりました。


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陸軍中野学校卒業の最初のスパイは英国領事館からの秘密暗号翻訳帳の

写しを取り終えることが仕事でした。


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東京都千代田区一丁目一番地の英国大使館は警備が厳重で
秘密暗号翻訳帳を写し取ることが難しいので横浜英国領事館が

目標になりました。


上記の写真は横浜山手の外人墓地通りで領事館お抱え中国人コックの

買収交渉シーン場面で映画の後半は横浜ロケでした。


シリーズ 1 を観終わって軍人でありながら頭の髪毛は一般人と同じ

高級背広を着こなしてクラッシク音楽、ダンスホール及びBARでの遊び方、

トランプ・ポーカー、賭け事マジック(イカサマ)は横浜が舞台でした。


白黒映画ですが制作時代の古さを感じさせないおもしろい映画でした。


元外務省主任分析官 佐藤 優氏がスパイ映画として、とてもよい

作品とほめている理由がわかりました。





新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」パート-3

新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」パート-3は大本営の「奥の院」と

言われている内容を知ってもらいたいので書くことにしました。


「奥の院」といわれる大本営情報参謀だった堀栄三が書いた文章があります。


参謀本部作戦課は陸軍大学校出身のスーパーエリート参謀二十数名で

構成されている陸軍の中核組織だった。国防方針に基いき作戦計画を

立案し、大戦中400万人の軍隊を動かしていました。


陸軍では陸軍士官学校を卒業した500人のうち一割が陸軍大学校に進み

さらに卒業そのうち卒業時の成績が上位一%にあたる五、六人が

天皇陛下から軍刀をもらい「軍刀組」と呼ばれていた。


一昨日書いた5名のうちに軍刀組の瀬島龍三種村佐孝がいます。


そのほかに大本営奥の院には

岡田啓介首相 大蔵官僚の追水久常、皇室関係に近い木戸幸一です。

ヤルタ会談機密文章は彼ら(5人)によって廃棄燃やされたのです。


瀬島龍三について書かれていること


敗戦前の1944年に日本の敗戦を免れる方法で偽名を使って

ソビエトまで隠密行動をし日ソ不可侵条約を結んでいるソ連に和平工作を

頼みに行っています。


瀬島は独ソ戦で勝利したソ連は3ヶ月以内に日ソ不可侵条約を破棄して

日本に侵略してくることは闇の葬った情報士官 小野寺信の

「消えたヤルタ密約緊急電」で知っていました。


彼は不思議なことに広島、長崎原爆投下になる数ヶ月前に満州国関東軍に

自ら移動しています。その後敗戦になり

11年間のソ連抑留生活を終えて凱旋帰国?・・したのです。


帰国後は政官財の重鎮として財界活動、伊藤忠にたずさわってきました。

しかし消えた「消えたヤルタ密約緊急電」は敗戦と同時に燃やされていました。


50年経った最近になってヤルタ会談に関する情報と同時に日本人に知らされなか

人名が英国立公文書館、米国CIA公開資料に裏づけされている秘密電報が

公開されています。


次は同じく「軍刀組」の超エリート種村佐孝について書かれていること


日ソ開戦回避のためにソ連に与える条件については

「ソ連の言いなりに放題になって眼をつぶる」前提で「満州や遼東半島や

あるいは南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨てて、日清戦争前の

状態に立ち戻り、対英米戦争を完遂せよ」と主張した。


ソ連の属国化になっても英米の無条件降伏には反対したそうです。

こうした考え方の軍人が大本営の中核で作戦指導にあたっていたとは愕然とします。


彼はその後ウランバートルから帰国後に平然と日本共産党員に入党している。


ウランバートル収容所には共産党洗脳教育目的で瀬島龍三、種村佐孝、

同じく陸軍大学卒の志位正二少佐(今の共産党書記長志位和夫の叔父)など

日本軍人の超エリートが収容されていました。


日本権力中枢にもスパイ、ゾルゲ・朝日新聞の記者 尾崎工作に匹敵する

ソ連からの工作があったとしても不思議ではないだろう。



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同業社の業界親睦ゴルフコンペに参加

新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」パート3を書く予定でしたが

明日にして、今日はゴルフの話題にしました。

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先週の土曜日、埼玉県 高根カントリー倶楽部まで業界ゴルフコンペに参加しました。


高根カントリー倶楽部のコース設計者は私が会員になっている府中CCと同じ

設計者 富沢誠造です。かなり似ているところがあり攻めやすいコース設計でした。


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一番気にいったことは食堂の中華料理で焼きソバは本格的な料理でした。

野菜たっぷりな五目中華で紹興酒を飲みながら楽しいひと時でした。



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11月中旬ですが高麗芝のフェーウエーは緑の絨毯で手入れもよく出来ています。


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一緒に回った四名の内若手の飛ばし屋二人には参ってしまいました。

私の飛距離はドライバーでせいぜい200ヤードしか飛びません。


彼はパン屋のくせに270~290ヤードも飛ばし飛距離で70ヤード以上

離されてしまいます。オヤジがこのコースのメンバーですが今は引退同然で

プレーには来ていません。メンバーになれば直ぐにでもシングル間違いなし!


しかし性格が良いのでスコアーは私と1打しか違いがありません。


飛ばしすぎてブラインドコースで二度も前の組に打ち込んでしまいました。

5組の最後の組でしたから許してもらえましたが私でしたら怒鳴りまくり

大変なことになっていたでしょう。


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上記の写真はプロゴルファーではありません。イースト会社のサラリーマンですが

月に何回か接待ゴルフに付き合っているそうです。体のブレがなく素晴らしい

スイングで私は刃が立たず握るのはやめました。


ゴルフプレーを上手くなりたければ会社の金を使うか金のある奴を見つけて

おごらせる又は握りで巻き上げる方法以外片手シングルにはなれません。

彼は両方を使って上手くなったのでしょう。


私は自分で稼いだ金しか使っていないのでとうとうシングル入りが出来ません。

金の出費を計算しながら球を打っているのでは、全くダメな証拠です。


彼も飛ばし屋で同じブラインドホールで前の組に打ち込んでしまいました。

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三人目のパートナーはパン作りは優秀ですがゴルフに関してはコメントできません。

クラブを持って5年ちかく経ちますが今日もグロス120回以上叩いていました。


彼に「ゴルフプレーほど面白い競技はないでしょう」、と質問しました。


すると彼は「下手くそでも好きでやめられない」と答えました。


私は間髪入れずに


「下手くそでも世の中には好きになれる事は二つあるそれはセックスとゴルフだ!

ブログでも何回か書きましたが本番で言ってみたかったのです。

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幹事の一人ですがゴルフをプレーする前から食堂でビールを数杯飲みながら

では100は中々切れません。朝昼晩飲み続けていてはシングルには程遠いです。

彼も・・・・・とゴルフは好きで止められないタイプでしょう。

しかし酒飲みはどちらか一つにしないと体が持ちません。


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支度部屋から参加したと思われる120㎏以上の重量級です。

彼はゴルフよりも減量の方が先だと思いますが好きで止められないのでしょう。


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私よりの頭一つ背が高いパン屋のオヤジさんです。しかし体が大きいだけでは

上手く行きませんが下手でもやめられないのがゴルフです。


私も身長は少し縮みましたが171.3㎝ありますがどう見てもパン屋には

見えずプロレスラータイプに見えます。次回は腕相撲にでもして勝ったら

ブログネタにでもしましょう。

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腰タオルは問題ですが我々コンペではこの程度のマナーは許されます。

出だしから苦戦していましたが、下手くそでも好きになるのはゴルフです。


次回のゴルフコンペに参加できる時にも今回と同じ4人組で回れれば

私のペースで好き放題い言いたい放題、自分勝手なゴルフができます。


高齢者に気を使ってくれる若者に感謝しながら、わがままを聞き入れて

いただきまして楽しいゴルフになりました。





新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」パート2

小野寺信少将がスウェーデン王室とイギリス王室と親しい関係にある事を察し

スウェーデン公使に渡りをつけて日本の終戦処理交渉が成立しましたが

岡本季正スウェーデン公使が話を壊して無にしてしまいました。

筋書き通りいっていたら日本の被害も最小限度に済んだはずです。


昨日の文章の一部に

もし駐在武官 小野寺信陸軍少将からの暗号電文「ヤルタ密約緊急電」が

時の日本政府、大本営が対応していれば無条件降伏などしなく、

悲惨な結果にならず多くの原爆死亡者、被爆者は無かったでしょうし、

沖縄戦、中国残留孤児問題、シベリア抑留、北方四島、も

取られていないでしょう。>


「消えたヤルタ密約緊急電」が大本営に届いた時の一握りの高官は

陸軍大学第51期主席で卒業した瀬島龍三と同じく大本営の奥の院

陸軍大卒業の種村佐孝(その後共産党員)

岡田啓介首相 大蔵官僚の追水久常、皇室関係に近い木戸幸一です。


最後までソ連頼みの和平工作に期待をかけたことが失敗になりました。


大本営の「奥の院」により握りつぶされた5名の中の主犯格 

瀬島龍三にはビックリ仰天!しました。

詳しいことは今回の本に書かれていますので省略します。


戦後経済界、政界にも発言力のあった瀬島龍三が主犯格になっている事に

驚きましたし「まさか?・・」と思いながら読んでいるうちに最近アメリカの

CIA イギリス、スウェーデンで公開された情報電文など読み合わせていると

彼らのソ連に片寄った和平工作をお願いした事が戦後の悲惨な結果を

もたらしたと書かれています。


私達の戦後の義務教育では一切教わることも

知らないで過してきましたが「消えたヤルタ密約緊急電」を読み終えて

取り返しのつかない無条件降伏にいたったことが書かれています。


500ページになる分厚い本でしたが電車通勤で毎日少しづつ読んでいました。


手嶋龍一氏の「スギハラサバイバル」に書かれている外交官 杉原千畝は

官僚縦割行政の垣根を越えて軍人で情報士官 小野寺信少将から

常に情報を受け取っていた。


上下関係からいくと小野寺信の方が上司になると書かれています。

杉原千畝 命のビザ6000名のビザも小野寺信の部下ポーランド軍人(ユダヤ人)

2名を日本領事館職員として採用しソ連の情報を集めていました。


彼らは亡命ポーランド国のユダヤ人で今で言うロイター通信の情報収集方法と

同じで世界中にネットワークがあるのでしょう。

読んでいるうちに勝手に思い込んでしまいました。


(数年前に文藝腹秋がユダヤ人の悪口を記事にした時にロイター通信の

知りたい情報が全く入らなくなり、直ぐにお詫びの記事を書いて

一件落着した出来事を思い出しました。) 余談


当時のポーランドはソビエトとドイツに分捕られて亡命ポーランド政府は

イギリスにおかれていました。情報武官、小野寺少将は杉原に

ポーランド元情報官で軍人である2名を満州国パスポートを発行して

ドイツ、ソ連の情報活動に専念させていました。


満州国ハルビンは白系ロシア人が多くいて上海と同じように租界地にちかい

地区になっていましたので日本人としてのパスポート発行は違和感がないのです。


白系ロシア人はユダヤ系が多く北欧の各国、ロシアをはじめドイツ、オーストリア人

の血縁が多く赤ロシア人とは区別していたそうです。理由は赤ロシア人

スラブ系はヨーロッパ、アジアを征服したモンゴルのハーンの血が入っています。


ロシア人はモンゴル・ハーンの血が入っているので征服欲が強くなっています。

この本ではグルジア人であるスターリンはモンゴルの末裔であることを認めています。


(モンゴル共和国に行った時に人種は中国系と思っていましたが町に漢字は

一字もありません。ロシア文字がほとんどでモンゴル人と赤ロシア人(ソ連)は

共通の血が流れているのでしょう。今回の本で初めて知りました。)余談


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アングロサクソン民族よりもスラブ民族の方が頼りになると、最後の頼みの

綱としてソ連介入による幻想を抱いていました。当時はソ連介入による

和平仲介が日本の「世論」だったのかもしれない。


500ページの分厚い本ですが読みごたえのある内容で戦前、戦中、戦後に

渡り小野寺 信の情報士官としての人柄、行動に感服しました。



もう一度読み直ししながら自分自身の考え方を見直すきっかけにしたいです。




新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」パート1

新潮選書「消えたヤルタ密約緊急電」岡部 伸著書を読み終えて


昭和15年生まれ(72歳)の私達をはじめ現在に至るまで昭和の戦前、

戦後歴史を中学、高校で授業に詳しく組み入れて教えられていません。


産経新聞で毎週、話題の本の紹介で知りましたので早速買い求めました。

佐藤 優、寺嶋龍一の書いているベストセラーは全部読み終えています。

共通している話題はインテリジェンスオフィサー(情報士官)の行動、推察力。


戦後の学校教育では教えていませんので「ヤルタ会談」について

知っていると答えられる人は先ずいません。


ヤルタ会談はチャーチル英国首相、F・ルーズベルト米国大統領、

ソ連のスターリン首相がソ連の保養地ヤルタ都市(今のウクライナ国)で


ソ連が第二次世界大戦後のバルト三国、ハンガリー、チェコスロバキア

ポーランド、ハンガリーを統治し尚且つソ連が満州鉄道経営権確保

旅順港租借権、日本国土分割侵略会議でした。


独ソ戦争終了後 ソ連がドイツに勝った後90日以内に日ソ不可侵条約を

破棄して日本、満州を侵略する条約を決めた一文にしたがって南樺太、千島

北方四島を侵略する打合せでした。


(どさくさにまぎれて北海道まで侵略する予定でしたが連合国総司令官

マッカーサー元帥が素早く手を打って防止したいきさつがあります)


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欧州ストックホルムから駐在武官 小野寺信陸軍少将が戦時中、

日本に送った暗号電文「ヤルタ密約緊急電」が日本政府、大本営中枢の

一握りの軍人、官僚によって闇の中に葬られました。


その後

広島、長崎原爆投下後にソ連による千島樺太北方四島侵略がはじまりました。


もし駐在武官 小野寺信陸軍少将からの暗号電文「ヤルタ密約緊急電」が

時の日本政府、大本営が対応していれば無条件降伏などしなくとも

悲惨な結果にならず多くの原爆死亡者、被爆者は無かったでしょうし、

沖縄戦、中国残留孤児問題、シベリア抑留、北方四島も取られていないでしょう。


戦前のスパイ活動インテリジェンスオフィサー(情報士官)能力は

イギリス、ソビエト、日本が優秀でしたが今はイギリス、イスラエル、米国

ロシアの順になっています(ニッポン放送朝ラジオ11/14で佐藤優氏の話)


戦前戦後のいきさつは60年後(50年)の英国立公文書館、米国CIA公開資料に

裏づけされている秘密電報が公開されています。


明日は誰が小野寺信陸軍少将からの暗号電文「ヤルタ密約緊急電」を

受け取っていながら闇に葬ったか数名の日本人名前を書くつもりです。










墨田区三つ目通りの うなぎ屋「川たけ」

東京パン蓮盟事務所近くの三つ目通りにウナギの蒲焼を作っている店

「川たけ」があります。


周りには商店らしき小売店もないし歩行者も滅多に通らないところです。

三つ目通りを走っている車もわざわざ立寄るほどの事はありません。


東京パン蓮盟事務所のビルのオーナーも買った事がないほどです。

ウナギ屋の宣伝の仕方も下手なオヤジですが注文してから蒸している

串刺しをおもむろに焼いてくれます。


焼き方も備長炭で丁寧に時間を掛けて団扇で煽りながら焼いてくれます。

今年はウナギの不作で町場の鰻屋は値段も高騰していて食べづらくなりました。


この立ち売りのウナギ屋は午後4時に店を開けて支度しながら午後4:40ごろから

売ってくれます。オヤジの顔からして商売人らしくなく、買ってくれるなら売る、と

いった田舎のオッサンタイプです。


タレの味は町場の鰻屋に出しても決して見劣りいたしません。

事務所によった帰り立ち寄り蒲焼二人前と肝焼きを買って帰ります。

自宅で再加熱し日本酒の肴で食べれば最高に旨い!


自宅近くでは寿司屋が暇にまかせて作っている、たいした出来でもない

鰻重2800円もしています。バカバカしくてわざわざ食べに行く気にもなりません。


田園都市線沿線には和洋中、エスニック料理を含めて、

こだわった(私の口に合う)旨い店は

タマプラザー、青葉台、あざみ野界隈を含めて一軒もないです。

自宅のまわり、あざみ野駅付近でわざわざ食べに行くことありません。


田園都市線の開発された駅付近では特に見たくれの良い店に限って

高くて不味いので自宅付近では絶対に食べに行きません。

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とりえのない店構えですが味は中々なものです。


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今年の春まではきも串焼き150円 蒲焼800円でしたが値上がりは仕方がないでしょう。

プライスカードの手書きの上手なこと、不ぞろいの色紙、気に入りました!


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料理場を含めて整理整頓にはほど遠いですがオヤジの人柄で

お客も許してくれるのでしょう。


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備長炭で丁寧に焼き上げてくれます。タレも専門店に負けない味です。

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