下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -4ページ目

横浜開港資料館から北欧レストラン・スカンデアまで

7月21日 火曜日、滋賀県の友人と横浜で再会しました。
予約している大桟橋入口付近の北欧料理店スカンディアですが

早めに行ったので時間調整する為に向かいの
横浜開港資料館に立ち寄りました。

今回「異国の面影」企画展示を暇つぶしに観ることにしました。
入場料200円ですが横浜市民70歳以上の高齢者は無料で入館できます。

普段は16:00頃から立飲みで時間調整して帰宅していますが
今回は18;30まで我慢する羽目になりましたが150年前の
横浜の知らなかった歴史にふれて勉強になりました。


関内駅から横浜開港記念館 外国船員には通称ジャックといわれていた。
昼間・宵の口・真夜中・朝帰り、いつ見ても素晴らしい建物だ。



内容は横濱外国人居留地1895年当時の関内居留地


120年前にタイムスリップした展示会場入口






上記の4枚の写真を見て、ここが横浜だとは思えない建物にみえます。
上海租界、外灘の裏通り付近の面影のある異国情緒ある雰囲気です。
今でも上海市とは友好都市になっています。


スカンデア・レストランは創業50年以上たっている横濱を代表する
異国情緒ある港町のレストランです。

赤坂・青山・六本木・日本橋・成城・下北沢・吉祥寺・蒲田・下丸子の
店と違って高齢者から若者までの横浜市民に愛されているレストランです。

ただし一見客・観光客には二の足をふむ大きな木戸を開ける事に
ドキドキするそうです。


赤枠の矢印がレストラン入口ですがドアーを押すのに一瞬とまどう。

公益社団法人 横浜貿易協会所有の建物ですが驚くなかれ
昭和5年に建築されその後改築されながら現在に至っている。
当時すでに横浜港町を観光地にする目的で建てられたとも言われている。


スカンデアの内装は55年かけて飾られたデンマーク木彫額で飾られている。
独特の雰囲気もあり料理もスモーガスボードをはじめお勧めできます。
日本中で本格的なスモーガスボードを食べさせてくれる店は横浜だけだ。


今回、カテキン様をお迎えして大勢での会食には
初めてお目にかかった方々との交流もできて
Facebookuのお友達も増えました。

彼も私も「来る人こまばず、去る人追わず」のお付き合い、
経営者同士参考になる事も多く、情報交換もでき良き友として
友情を深めていきたい。

飲みながら書いているブログ、ウイスキー瓶も予定量の1/2になった。
明日の土曜日は山手から遊びに来た孫と近くの子供の国プールにでも
連れていくかな~・・暑かったらやめて昼寝でもするか・・


博多祇園山笠を櫛田神社境内の桟敷席で観戦した。

7月15日 博多祇園山笠を櫛田神社境内の桟敷席に
午前3時30分に席につき午前4時45分から始まる
最終日 最大の行事「追い山」のスタートを見てきました。

早朝、七流しかつぎ山笠が5キロのコースにわたって
速さを競う「追い山」は男社会の祭りの典型だ。

最初からのスタート状況から最後の上川端通までの下記の
Youtube動画は迫力満点です。


7月15日午前4時45分から始まる
追い山の説明文章


7月13日 
福岡空港に13時ホテルに到着して早速昼食に博多ラーメンで
有名なナンバーワンで食べた。家内も私もラーメンは
滅多に食べないので他店との旨さの比較はできない。

博多育ちはセッカチな人が多いのでゆで上がりが
早い細麺になっている、と説明された。

私もセッカチな方で酒の飲み方は高齢者になっても早い。
ウイスキーダブルは1分掛からないのでメチャ早い。
集団山みせを道路で観てホテルに引き上げる。

7月14日 
流れ舁(か)きを城内で見る。
7月1日~15日まで博多祇園山笠の為に若者をはじめ地元関係者は
休日をとって参加しているそうです。

3泊したホテルでも故郷に帰って来た転勤した人が
ハッピ・フンドシ姿(締め込み)で朝早く出て行く姿を目にした。

7月15日
最初に書いてある文章とYoutube通りです。
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敗戦2年後の昭和23年、小学生2年生のころ福岡で生活していましたが
当時の記憶には博多山笠など記憶にはなくその日の暮らしに
終われていたのでしょう。

当時は従兄弟の兄貴と食用カエル取りに餌にする、ともガエルを
取り、ともカエルを狙って食べにきたシマ蛇を捕まえて
皮をはいで殺したりした子供のころの記憶は覚えている。

百道海岸でフンドシなしフリチンで泳いだり
近くの私立西南学院高校に忍び込んで布で出来たグローブなど
あさったりした事がある。

至る所に進駐軍がジープを乗廻しGI相手のパンパン以外の
日本人にとっては卑屈で辛い生活に追われていた
66年前の時代と現在との格差は測りきれない。



博多祇園山笠祭りを見学しています。

7月13日 月曜日は取引先のある福岡県博多区まで来ています。
滞在中7月13日~15日まで北九州、福岡県博多区に鎮座する
櫛田神社の夏の祭礼の博多祇園山笠を観光。

伝統774年、国宝無形民俗文化財に指定されている伝統行事である。

私は昭和21年満州から引揚てから数回引っ越した中の一つに
博多の親戚に1年6ヶ月生活した思い出のある土地柄です。

小学校2年生のころ6歳年上の従兄弟と近くの池に食用カエルを取って
庭で焼いて食べたり、天敵の蛇を叩き殺してぶん投げたり
危険な遊びで廃坑になった石炭窟を探検したりした思い出のある博多です。

帰国後の終戦直後は食料品も少なく博多山笠祭りどころのではなく、
至る所に進駐軍の兵舎があり日本人が 萎縮した時代で祭りどころではなかった。
全く記憶にも残っていないが今回は楽しみであった。


今回3泊するホテル・グランド・ハイアット福岡8階から見る景色は
中洲の那珂川をはさんだ立地のよい場所です。


中洲をはさんだ那珂川付近に置いてある屋台は17:00ごろから
移動して夜店を始める。好奇心に強い私は夜の散策を予定しています。


博多区の街中には祇園山笠祭りの為にフンドシ姿は絵になる。


神輿は博多近辺町にブロックされた17台が競争する男の世界です。
番外18番目は櫛田神社が出場するスケジュールになっていた。


櫛田神社はごらんの通り混み合っていた。


工藤組も今回の取締り強化で手も足も出せないでしょう。


今日からの祭りに出店している屋台村


町の至る所に股にくい込んだフンドシ集団にであるが
嫌味に感じないのが博多の文化だ。


高校生ぐらいの少年も大勢フンドシ姿で参加していた。


土居流とは7番目に登録されている土居町のお神輿
出発直前の様子です。


九州男児と言う言葉がありますが威勢のよい男集団


小学生も大人の仲間に入って居ますが親子で出場しているのでしょう。


子供も一人前になって参加している。


小学校2年製も一人前にフンドシして荒縄を腰に掛けている。
彼らが二十歳前後になれば一人前になって選ばれたステータス神輿に乗る
役が回ってくるのでしょう。


出陣前の緊張した一瞬です。土居地区の神輿には数百人のフンドシ男
水をかけられ一気に神輿を担いで走りだす。


肥満気味のフンドシ姿からヒワイナ見方が出来る。


はみ出した しもの毛が気になるがこれぐらいは博多市内の公道でも許される。
小倉の無法松と同じく博多も九州男児として男の誇りがある地区だ。

神輿とフンドシが一体になって走り出す壮観な動画も取ってあるが
後日ゆっくり編集してお見せします。




BSテレビで映画ハスラー2を再度みました。

今から53年前(1962年)の学生時代に観た映画の話です。
ポール・ニューマン主演「ハスラー」を観て感激した記憶があります。

それがきっかけで大森にあったビリヤード遊技場に通っていた
時代もありましたが人手不足の為に手伝っていた仕事の
合間で行くので途中で辞めてしまいました。

ビリヤードもゴルフも運動神経が敏感な人でスポーツ天性がないと
ずば抜けたスクラッチプレーヤー・ハスラーにはなりません。

スポーツ選手と言われるアスリート達の運動神経は生まれつきよい。
投げる・打つ・走る、の苦手な人には才能はありません。

話がそれましたがビリヤードはその後プレーする機会がなくなりました。

最初の「ハスラー」1961年(54年前)ポール・ニューマンが
ハスラー主役の同じ名前で老けたエディ・フェルソン役で
25年後の1986年「ハスラー2」で主演上映されました。
共演は売出中のトム・クルーズでした。

当時、長男が目黒不動前に通っていた中学生で帰宅途中に
渋谷で上映されていた「ハスラー2」を親子で観ました。

最初に観た「ハスラー」もセガレと観た「ハスラー2」どちらも感激する。

上映されたハスラー2が大ヒットしてからNHKでビリヤード教室が
出来てブームになっていました。

それがきっかけで神田淡路町で世界でも通用する最高級の
ビリヤード台一式を奮発して購入してしまいました。
当時1600ccの自家用車が買える値段に家内に叱られた事があった。

当時としてはリビングルームも余計な物を置いていなかったので
プレーできましたが天井の高さが足りずキューを立てると当たってしまう。
その為にアーティステック・ダブルクッションなどは危険で出来ない。

ほめられたことはビリヤード台組立終わって
早速プレーした中学一年のセガレの球の扱い方が素人離れしていて
ビックリして淡路亭の組立社員が「上手い筋がいい、ものになる」

ビリヤード台組立している社員もプレーが好きで選んだ
職業仕事なのでビリヤードは素人ではない。
(日本ではハスラーも居ないし飯も食えない)

その後スポーツは金がかかるので絞ってゴルフだけにして
今は家内二人のセガレを含めて全員ゴルフだけにしてしまった。


今月に入ってBSテレビで上映された1986年上映されたハスラー2は
ビデオにして残している。


ハスラー2は売出中のトム・クルーズが若手のハスラーとして登場する。
もちろん育てたのはエディ・フェルソン役のポール・ニューマン


ポール・ニューマンはジェームス・ディーンが亡くなって急きょ役が回って来た
ボクシング映画名作の「傷だらけの栄光」で実在の世界ミドル級チャンピオン
ニューヨークのイタリア移民のロッキー・グラジアーノのサクセスストーリー

ボクシング映画で「ロッキー」は彼の名前からつけられた愛称です。


22~23歳のころ観たハスラー当時若かったポール・ニューマン
とうとう引退宣言してた現在は90歳になっている。


当時のポール・ニューマンは同じ時代の俳優スティーブ・マックイーン
も「傷だらけの栄光」で端役で共演している。

ポール・ニューマンは映画中でのビリヤードのプレーは殆ど全て役者本人が
実際に行ったものとウィキペディアで書かれています。

学生時代を含めて20歳代には仕事中心で彼女もいなく映画を観に行く程度の
余裕しかなく映画を観るかボクシングを観に行くかのどちらかでした。

ブームになる前にピンボーイが居たころのボーリングに行ったが
金が続かずに途中で辞めてしまった。

百田尚樹が朝日・毎日・東京新聞を潰せについて解説

今の国会は安全保障に関する安保法案・集団的自衛権論議を
後回して民間人の百田尚樹作家が発言した
沖縄二社の新聞を含めて朝日・毎日・東京新聞を潰せから始まった。

自民党の若手勉強会での報道圧力問題失言を取り上げて
安全保障本題を後回ししている。

前回の池田信夫のブログからYoutubeで池田氏が
とても分かりやすく説明している動画です。

Facebookから貼付けしましたが池田氏の話(動画)を
聞けば内容が手に取る様にわかる。



(貼付け)
百田尚樹氏の沖縄の新聞は潰れた方が良いと
いう発言に対して、おなじみのマスコミのみなさんは
もちろん安保法案審議中の国会までもが
てんやわんやの大騒ぎです。
(貼付け終わり)

池田信夫著書 戦後リベラルの終焉を読み終えて

先月発売で早々と第三刷ベストセラーになっている池田信夫著書 
戦後リベラルの終焉」を横浜有隣堂で買求めました。

本を買った理由はFacebookで池田信夫のブログを読んでいるうちに
あまりのも面白く考え方も左右にぶれず勉強になるからです。

彼は元NHK社員で「クローズアップ現代・ニュースセンター9時」をはじめ
報道局特報部ディレクターを勤めていた。

しかし現在はNHK出入り禁止になっていると彼自身話しています。
それだけに本音で書かれた文章に感動する事もあり参考になります。

(読み終わって感じたことは)
日本をとりまく中国・韓国・北朝鮮からの必要以上の聞くにたえない
日本に対する険悪なメッセージにウンザリしてしまう。

同じ日本国民でありながら
リベラルと称する左翼マスコミ(朝日・毎日・東京新聞)
テレビ(テレ朝・TBS)を通じての左翼報道に嫌気がしてくるのも理由の一つ

我々一般国民にはどこの国のマスコミかと言いたくなるほど
嫌な気持ちになる古舘伊知郎、関口宏の反日解説にはウンザリするが
見なくても良いのに気になるので録画してでも見る時もある(反省)

読者からの一例
(貼付け)
東大紛争時代に東大社研(全学連拠点)の部長だった、
バリバリのサヨク経歴を持つ著者が

戦前から最近の慰安婦問題、原発問題まで、
ことごとく間違い続け、9条維持以外、

なにも成し遂げられなかったサヨクの実態、
精神構造を解説しています。

単純な右側からのサヨク攻撃とは違い、
ある意味説得力があります。


そもそも慰安婦問題に関わる経緯も、
純粋に日本の戦争犯罪を追及する目的で番組を製作

してる中で取材したらいろいろ気付いていった人です。
間違え続け、失敗し続けても頑なな人との差が
いったいなんなのか考えさせられます。
(貼付け終わり)


リベラル・左翼・保守の方々にも読み応えのあるベストセラーです。

我が家には父の日はありません。

香港滞在中の昼食・夕食風景は何回もブログに書いていますので
改めて書くことはやめました。写真はたくさん写してありますが
二度と見ることはないと思いハードに入れて置く。

帰国して一日たって私と友人二人と横浜名物・牛鍋をつつきながら
残り人生の金の使い方、運用方法、家内にばれない色事、
遊び方、色っぽい話などを酒を飲みながら打ち合わせする。

それだけで終わらず行きつけのBAR二軒はしごして深夜バスで帰宅。
18日・19日はパン業界の会議・今年7回目の最後の総会を終えて
千鳥足で帰宅する。

6/20 土曜日は横浜在住の友人と彼の故郷、三重県の同級生と飲み会。
三重県友人の同級生とは以前からFacebookのお友達でカテキンとも
Facebookのお友達でした。

彼は私に一度お目にかかりたいと友人を通じて三名で会食する。
私は「来る人こまばず、去る人追わず」女も同じです。

場所は野毛の和食店 村田屋で名物のクジラ料理を中心に話が盛り上がる。
年長の私は横浜の友人に男三人では無粋だ、女を呼べ、と
酔った勢いでくだまくしたてる。その後来たのか来ないのか忘れた。


野毛は終戦直後焼け野原になったが闇市・一膳飯・立飲などの市がたち
肉はクジラ肉しか流通していない時代の名残で数店残っている。
今は珍味、高級素材で皿盛り2500円もする。

その勢いで行きつけのBAR2軒、又呑みに出かける。
翌日は府中CCでゴルフ予定があったが帰宅は午前0時を回って午前様。
日曜日小雨交じりですが小田急バス経由でゴルフ場まで行く。

帰宅してから長男・次男・嫁・孫4名が遊びにきてにぎやかになる。
寝不足ですが孫相手に遊んでやるが、私についてこない、のってこない
なついてこない(涙・・

(結論)
栃木の友人Sさんの格言 最初の一時間は良いが
孫は来てよし、帰ってよし、」こちらの言う通りにならない。

孫が悪さしても可愛いが セガレ・嫁の前では強く叱れないし、
ひっ叩けないので我慢しなければならない。


普段は家内と二人だけの生活で静かなものですが・・・


孫は男三人で小学校4年、1年生、幼稚園、
可愛い七ヶ月目 女の赤ちゃん 4人の孫

男三人 いとこ同士は仲が良く運動神経は抜群だが勉強・学業は聞き忘れた。

今年75歳になりますので家内は口ぐせで、夜遅く飲み歩くのは
歳のこと考えなさい!若い人と同じ体力はないのよ!
と言われる回数が増えた。

金は貯めるだけでは半人前・使って一人前
亡くなった尊敬している先生も時々言っていましたが・・
使いきれないうちに お陀仏になった。

私は使い切って遺族に相続税の心配をかけたくない。
しかし屋台・立飲みだけでは使いきれるか心配だ。

現在2015 6 24 7:10
今日の私のブログを見ながら家内が私に
「お父さんは毎日父の日を自分で作っているので問題ないでしょう!」

俺も死んだオヤジに何一つ親孝行していなかった。
終わり



香港・佐敦で食べた新斗記の料理

佐敦駅下車して長楽街を入ってすぐそばにミシュラン星印で有名な
広東料理 新斗記が営業しています。
数店舗あるのですが
佐敦の新斗記しか知りません。

有名になった子豚の皮焼だけの料理はいつ食べても飽きない。
金牌即焼乳猪(子豚の丸焼き)は福臨門・
鏞記に負けない出来上がり。

(一部貼り付)
新斗記前身為新兜記,由「新兜記」原班廚師師傅坐陣,相信不少人都會知道的,但原有的店名卻不能使用,因而改了新斗記,而且還是由原來的吳松街搬到現時的長樂街
(貼り付け終)

ネット検索していましたら香港返還前の1990年ごろ
友人と度々食べに行った
佐敦駅近くの「新兜記」(さんだおき)の
料理人が現在の
新斗記で腕を振るっている、と
思うが中国語が分からないが感である。


昔の新兜記が懐かしさもあって今回再度食べに行くことにした。

最近香港在住の方に聞きましたら
「当時の新兜記は地元ヤクザがオーナーで閉店後の真夜中に
ヤクザが集まり会合を開いていた」と物騒なことを聞きましたが・・

その後、新兜記は理由はわかりませんが閉店しています。
理由はどうでも自分の口にあった料理なら問題ない。

我々3名は健脚なので尖沙咀咀からぶらぶら歩きながら佐敦まで行く。
20分近く歩いて5:50到着したが6:00からの予約組で込み合っている。

ミシュラン・グルメガイドブックに掲載されただけで人気店になる。
その分値段も高く設定しているので会計が終わって計算書に驚く。

高めは分かっていたが、たまにはA級グルメを食べさせなければ
友人・知人をなくしてしまう恐れがあるからだ。

フカヒレスープ一人前だけで880HKドル(16000円)する。

先日、友人接待で使った横浜中華街の重慶本館で一人2万円の
お任せコースで(一部指定)食べたフカヒレ姿煮は旨かった。

香港で名の知れた広東料理を含む一流店は日本より高いのは
知られている。まして円安になっているので尚のこと高く感じる。

昨日まで居た北京の荒木総経理は台北に行ったので
高額出費が少し抑えられて助かっているので運が良いと解釈する。
チェンキンマンションの安宿に泊まっている客人には場違いの場所だ。


目標は長楽街にたどり着けばすぐそばです。


新斗記の周りの自家用車は高級車を含めて手入れが良い車が多い。


昔通った新兜記(さんだおき)と同じく壁・柱に品書きが書かれていた。


店の入り口で焼かれている焼乳猪(子豚の丸焼き)は名物料理


パリパリした子豚の皮は抜群にうまい


茶碗・皿にはシンボルマークの鶏マーク入りになっていた。


有名画家に描かせたと思う


我々の業界では食べたらいけない牡蠣料理ですが


今だから話せるが現役時代には食べたくても食べれなかった
一品は新斗記だけは例外にしていた。


生きている大蝦蛄をお客様まで持ってきて確認する。

香港で大きな蝦蛄唐揚げを食べたのは今はなき新兜記でした。
当時連れて行った友人達は美味しさにびっくりしていた。


蝦蛄の皮が厚いので専用ハサミで切り具を出して食べる


大きな蝦蛄の身のコリコリは初めて食べる方は感激できます。




メニュー表を見て一皿880HKドル(16000円)スープとフカヒレは
別々になっている。三人で食べるのには出費が多くなるので
一皿だけ注文して3名で分けて食べた。
別テーブルで食べていた人達も人数分は頼んでいなかった。

その分品数を増やしてごまかした。家内・友人は何も言わないが
食べ終わってから「金は生きている内につかえよ!」と
暴言をはかれた。


私は腹の中で「こんなもの味見程度で十分だ!」と思い倹約した。


品数は写真以外に相当頼んだが最後の頼んだ焼きそばは
旨いのですが箸をつけましたが食べきれない。

経済観念でやっぱりフカヒレは一皿でよかったと、つくづく思った。


新斗記の予約は18:00と20:00の二通りになっている。
繁盛店になるとお客に予約時間も指定できる。

ミシュラン☆に認められると強気の商売になる。
しかし私は今後度々行くことはしません。

安くて旨い屋台料理が私には合っているので
そちらの方に通うことになるでしょう。


香港の悪名高い重慶大厦のホテル一泊記

今回の香港訪問は北京パン工場の荒木総経理と会う約束がある。
故・邱永漢先生と立ち上げたQカフェーの総経理をしている
荒木君が台北訪問前に打合わせを兼ねて香港で再会しました。

我々家内を含めて三名はペニンシュラーホテル近くの5つ星クラスで
目の前はハーバービューの見える○○○○ホテルですが
内容については詳しく教えません。

全てに満足できる私にとって格安に利用できるからです。
私のブログを見て予約が増えると次回から予約が取りずらくなるからです。

2日目に北京から荒木君と合流するので私達のホテル宿泊にしましょう、と
進めましたが彼は拒否して自分で近くを探すと言い出しました。

まさか私に内緒で一泊7~10万円クラスの
ペニンシュラー・マンダリン・フォーシーズンホテルクラスに泊まるはずはないと
たかを括っていましたから・・なんと・なんと香港人も避けて通る悪名高い
重慶大厦(チェンキン・マンション)のパックパッカーが利用する安宿でした。

料金は一泊200~300HKドルが相場ですが数年前まで漏電で度々
ボヤ火事を出しています。私も過去にたくさんの消防車が
駆け付けボヤで大騒ぎした現場を見たことがあります。

利用者はアフリカ黒人・インド・パキスタン・バングラデッシュ・中近東などの
体臭の強い、得体の知れない人種のるつぼで有名な場所です。

私の好きな作家、沢木耕太郎の深夜特急・香港編でチェンキンマンションに
ついて日常生活をおもしろく書かれていた事を思い出しました。

私も一度は家内同伴しない時に一人で泊まってみたい衝動になりますが
普段の生活態度は品性・品格プライドが高いので踏み切れませんでした。

それにしても荒木総経理(社長)は総勢100名ちかくの従業員を抱えて
それなりの売上を維持して前向きに経営しているのに会社経費として
おとせるのに見上げたものだ。製造業社長として満足できる人物だ。

そのうちに会社費用で五つ星ホテル・ビジネスクラスを堂々と使える
企業になり下丸子元社長を超える経営者になってもらいたい。

Facebookを見ていると、働き盛りの若者の中には勤労所得税も
支払った事なく不動産収入・株式売買などで得た金で

高級ホテルに泊まったり一回に数万円の食事をしたり、
一千万円以上の車を乗り回している
世間知らずのバカ野郎同然の遊び人連中とは人種が違っている。



上記四枚の写真を見ての通り色黒の人種のるつぼは異様な雰囲気がする。


エレベーター待ちのパックパッカー男二人はホモ・ゲイと見抜けた。

チェンキンマンションは数か所のビルが一つの建物として完成されている。
1階のフロアーにはA座~G座までありそれぞれもエレベーターがある。

したがって2階以上のフロアーからA座からB座、C座からD座へ
D座からE座行くことが出来ない複雑な建物なのです。
ただしビルの外の非常階段だけは火事の心配があるのでつながっている。

エレベーターは香港一遅く小さくて乗り損なうと8分ちかく待たされる。
おまけにエレベーター内の狭さは8人乗ると満員になるが
相手の荷物の大きさで乗れる人数はもっと減ってくる。

荒木君と最初に待ち合わせした時に、ぜひ泊まるホテルを見せてくれと
約束していたので同行する。


エレベーター横に各階の名称が書かれているがほとんど安宿オンパレード。
荒木君は16階のホテル・スカイラークに予約していた。


エレベーター前で各階のホテルなどを見ている。
彼も若い大学生のころにインドなどに一人旅していた。

前の二人は国籍は分からないが完ぺきなゲイと見抜いた。


16階エレベーターを降りてホテル スカイラークのベルを鳴らす。
ドアーを開けて内部はご覧の通り


受付のお兄さんは荒木君の上から下まで見て回り
安心して泊められるかチェックされている。


興味本位で同行したので俺をホモ(ゲイ)二人と勘違いされる。
案内人は私を見る目がなんとなくヒワイでいやらしい。

興味本位で部屋を見せてもらったが火事がでたら一巻の終わり。


廊下の両脇には各部屋があり清潔に感じる。


ところが予約したE座のスカイラークが満室になっていてC座のホテルに
案内される。チェンキンマンションの多くの安宿は個人営業らしく
空室のC座に案内されてそこに泊まることになった。


安い料金で泊まれるが火事さえ出さなければまずまずだ。
しかし南京虫、ダニ等々いるのか、いないのかは聞き忘れた。

泊まったC座16階の小さな窓から見えるビルの谷間。


E座から見た景色はご覧の通り。


階段は上に上がれば上がるほど掃除が行き届いている。


香港滞在下町ぶらぶら散策

香港下町を中心に気がついた場所と一口コメント特集にしました。
香港島のセントラル・アドミナル付近は日本でいえば丸の内付近と同じで
用事がない限りわざわざ行く場所ではありません。

IFC(インターナショナル・ファイナンスセンター)フォーシーズンホテルの
中華料理、灣仔の福臨門・中環の鏞記など旨い・美味い・うまいと
ブログにとり上げても自慢にもならないし高額な値段のわりに
私の舌ではたいした料理とも思っていない。

もちろん人それぞれ価値観の違いがあるので何とも言えないが
働き盛りの若者たちの勤労所得で気楽に食べられる場所ではない。

ブログには度々食べたB級グルメ食堂を後日公開することにする。


下町の深水埗駅を降りた場所は道いっぱい広げた商品を見て歩く。


同じく深水埗は1980~90年代と変わらない街並み。



屋台料理で有名な小采王に行くまでの道のりにある解体業者前。


下町の九龍城メイン通りで見つけた建物の屋上に継ぎ足された3階。


重慶大厦(チョンキンマンション)の裏側を散策する。


夜の一人歩きは危険を感じる。昼間でも人通りは少ない。

重慶大厦(チョンキンマンション)の真裏はごらんの通り雑然としている。


重慶大厦の電気配線は追っ付仕事の延長で複雑だ。


どこで写したか記憶がないが再開発される運命にある。


尖沙咀のお粥屋に行く途中の路地裏には不思議な雰囲気がある。


デスカバリー埠頭に行く為に尖沙咀埠頭よりスターフェリーの
下層クラス(エコノミークラス)0,5ドル(8円)安い乗り場で倹約した。
羽田発ANAのエコノミー利用者は当然下層クラスだ。