百田直樹著書「大放言」を読み終わって
もちろん私にプレゼントしていただいたのです。
その中の一冊、百田直樹著書「大放言」を読み終わって感想文を書きます。
Amazonでの売れ筋ランキングでは一位にランクされています。
私が貰った時点では発行7刷までになっていますが まだまだ売れるでしょう。
百田直樹著書はブログにも何回かとりあげた私のお気に入りの作家です。
第1章 現代の若きバカものたちへ
やればできると思っているバカ/自分は誤解されているというバカ
自分を探すバカ/ブログで食べたものを書くバカ
好きな仕事が見つからないバカ/尊敬する人は両親と言うバカ
なんでもコスパで考えるバカ
第2章 暴言の中にも真実あり
地方議員はボランティアでやれ/原爆慰霊碑の碑文を書き直せ
日本は韓国に謝罪せよ/ガキと議論をするな
刑法を変えろ/図書館は新刊本を入れるな
売れなくてもいいならブログに書け
第3章 これはいったい何だ?
少数意見を取り上げるべきか?/これがセクハラ?
チャリティー番組は誰のため?/「○○はしない主義」って何?
本当に格差社会なのか?/自己啓発本の効能は?
テレビの規制は何のため?
第4章 我が炎上史
「人間のクズ」発言/「東京大空襲は大虐殺」発言
「南京大虐殺はなかった」発言/「ナウル・バヌアツはクソ貧乏長屋」発言
「日教組は日本のガン」発言/「九条信者を前線に送り出せ」発言
「土井たか子は売国奴」発言/「百田尚樹NHK委員、放送法違反! 」
「きれいなオネエチャンを食べたい」発言/「軍隊創設」発言
現在日中韓首脳会議が韓国で行われていますが「大放言」の
第二章 暴言の中に真実あり 日本は韓国に謝罪せよ
の中から一部を貼り付けしました。
思ったことや軽いジョークを口にしただけで、
クレーム、バッシングの嵐。求められるのは人畜無害な意見ばかり。
こんな息苦しい世に誰がした?数々の物議を醸してきた著者が、
ズレた若者、偏向したマスコミ、平和ボケの政治家たちを縦横無尽にメッタ斬り。
炎上発言の真意から、社会に対する素朴な疑問、大胆すぎる政策提言まで、
思考停止の世間に一石を投じる書下ろし論考集。今こそ我らに“放言の自由”を!
大マスコミのマインドコントロールがわかる本
大放言と思いきや、正論の連続です。本書を読むと、いったい何が世の中をおかしくしているかが鮮明に見えてきます。大マスコミです。本書は、大マスコミへの警鐘です。それとともに、大マスコミの情報・表現を受けたときに、どうそれを読みこむか? 単純に報道の内容を受け入れることなく、つまり、大マスコミのマインドコントロールにはまることなく、自分でしっかりと判断する必用があることを教えてくれる本です。「日本は韓国に謝らなければならない」ということが書いてあるエッセイには、大いにうなりました。なるほどというところが存分にありますので、買って絶対に損がない本です。
(貼り付け終)
福島県いわき市 湯本で気がついた震災後の話
家内の親戚から身内の死亡通知があり取急いでかけつけました。
いわき市湯本には過去数回訪問しています。
業界での親睦旅行を兼ねた温泉旅行もありましたが
近くのハワイアンセンターにはまだ一度も行ったことがありません。
今回は温泉でゆっくりしたいのでお通夜の前日にしました。
その為に湯本駅からすぐ近くの温泉旅館「うお昭」で二泊してきました。
小さな旅館ですが部屋は満室にちかくすべて男性客ばかりでした。
平日でもありましたが泊まっているお客様は全員原発事故関係者の
方々で早朝7時前後に朝食を済ませて車で40~50分かけて現場まで行く。
中には作業服の背中には大きな字体で「日本原子力研究機構」と
書かれていて現在3年経っても後遺症は続いているのでしょう。
原発事故当時は朝6時ごろ旅館を出て現場に行って帰る時間は
夜中にクタクタになって旅館に到着したと、仲居さんが話していました。
観光客は一人もいない旅館でしたが土日には数は少ないですが
レジャー客は期待したほどの人数でないことは町の様子を見れば
察しがつきます。
お通夜の日16:00ごろ突然震度4 マグニチュード5.5の直下型地震に
ビックリした。直ぐにNHKテレビを見たら発生源は福島県と記載されていた。
原発のある福島県だけに横浜と違って緊張感は特別に感じドキドキしました。

湯本駅は原発事故後の影響もあり乗客数は少ないそうです。
町全体は活気のあった昭和40年炭鉱全盛時代の建物が多くあります。
現在は原発関係作業員の宿舎として利用されているそうです。
あじけないプレハブ仮設住宅には外国人労働者も入っている様子です。

国道をはさんで第一、第二と別れて応急仮設住宅が広がっています。

うなぎ屋を見つけましたが廃業しています。
土間、モルタルなどには地震の影響だと思われますがいたる所ひび割れ後がある。

呑み屋横丁に間口数件の店がありましたが廃墟になっていました。
外観から察すると酔払った客を連れ込んで座布団一枚で遊ばせる
いかがわしい飲み屋街と察するが観光客がいなければ商売にならない。
中を見ても一軒も営業していない廃墟になっている。
赤提灯の居酒屋が営業していれば今晩立ち寄りたい昭和の雰囲気があります。

階段の上は穴が開き空き家になっている。
二回はチョイの間に使われていた部屋が数か所あった。

国道付近の居酒屋を兼ねたラーメン屋ですが商売しているのか
廃業しているのか検討つきません。しかしモルタル壁にヒビ入り、
ダクトの一部押し潰れなどが外観を見ればすぐにわかる。
昭和40年時代のレトロな雰囲気は営業していれば立寄っていたでしよう。

共産党事務所だけは派手な広告が目立っています。
湯本では共産党支持者が多いと感じた、もちろん票田になっているのでしょう。

野口雨情記念館の前に置かれていた昔懐かしいポストは飾りだと思います。

湯本の町中にはいたる所に足湯場が設備されています。
私も熱い温泉湯に30分つかっていましたら体中が熱くなり汗が吹き出てきた。
その晩は熟睡して翌日は体が軽くなった。

看板に茶蕎麦と書かれていたので昼食に食べる事にした。
外観はどこにでもあるソバ屋ですが地元の方々で店内は混み合っていた。

天ぷらも揚げたてでカラッとして旨かった。茶そばは量が多く食べきれない。
一人前を二人で分けても腹いっぱいになる量でした。
今回の福島県いわき市湯本の温泉町での二日間は告別式を含めて
いろいろ考えさせられる複雑な思いで横浜に帰宅しました。
一日も早く原発事故に関する安全宣言をして温泉町の復活に
つなげてもらいたいです。
香港滞在最終日に自転車ロードレース開催を見物
10階から見る景色は香港島を真正面に見た場所でホテル名は非公開にする。
夜の100㌦の夜景は華やかでとてもきれいに見えます。
ホテル料金はHSBCプライスでバカ安料金で泊まれますが皆様に公開すると
次回から部屋が取れない事も考えられますから あえて非公開にしました。
香港滞在最終日に早朝から大勢の自転車競技参加者が
スターフェリー埠頭のバス乗り場に集合した一集団100名単位で
次々とスタートする仕組みになっています。
もちろんロードレースは片側二車線+幅広にして通行止めして開催されています。
高価な自転車(20万円以上)で本格的なスタイルで参加しています。
大人のレースが出た後から5歳児?幼児から中学生、少年達の
レースもあり見ていて微笑ましい風景でした。
幼稚園児クラスの競争は自転車がふらふらしながら走行しているので
パパ・ママは真剣そのもの応援をしています。ぶつかって倒れても助けを
求めることもできませんので見ていてママは心配しているだけです。
次は幌付き四輪自転車で家族2~4人乗り競技もあり
お爺ちゃん・おばあちゃん「枯れ木も山の賑わい」で華を添えていました。
ホテルの部屋で見ていて感じたことは中東各国及びトルコの首都アンカラでは
昨日テロ事件で死者95人負傷者246人のテレビニュースを見ながら
香港では自転車競技観戦が開催される事について平和を改めて感じました。
東南アジアにおける平均所得の多いシンガポールは600万円ちかくする。
香港も所得水準は高く500万前後と聞いています。
政治の安定はいかに大切かが象徴されていると、
自転車競技を見ながら感じた次第です。幼児から老人(幌付き四輪)まで
参加できる競技は素晴らしい!の一言です。
見終ってから帰国準備も終わりフロントで清算してから荷物を持って
K2の停留所でシャトルバスを待っていましたが、いつまでたってもバスは来ません。
そういう事もあると思い早めに清算したのは正解その後は香港に来て
初めてタクシーに乗る事にしました。
街中では競技中の混雑でタクシーを止めても足元を見て近くの九龍駅には
行ってくれないので機転を利かしてホテルマンに止めさせて成功しました。
今回は写真一枚一枚の細かい説明は省略いたします。

スターフェリーバス乗り場付近は人と自転車で団子状態になっている。
100名単位で次々スタートしていた。

幌付き自転車競技はお遊び参加だと思いますが「いいですね!」を押しておく。

3泊4日の香港B級グルメ食べ歩き&ミニバス・二階立てバス乗車
一般庶民生活の実態調査?は彼らにとってもカルチャーショックを受けたはず。
香港滞在中に思いついた事と役に立たない食事の道中記
決めたことですが現役社長で親の代から創業60年以上で
立派な経営者です。同じ社長といっても不動産収入・雑所得、
人任せでやらしている小銭稼ぎの無職にちかい社長と違う。
しかし計画では飛行機はビジネスクラス・ホテルは五つ星以上
フォーシーズン・ペネンシュラー・マンダリンオリエンタルクラスを指定てきた。
食事は必ず福臨門酒家を入れてくれ、ついでにフォーシーズンの
中華料理を食べてみたい、と浮世離れした話をしてきた。
私は「じゃ~香港旅行はやめた!」と投げやり的に応えた。
このところゴルフでは負けが増えているので俺のご機嫌は悪い。
仕方なしに「原田さんの計画通りの予定で妥協します」と言ってきた。
高齢者の彼らは私のブログを見たり見なかったりで詳しい事は
分かっていないので観光客の行かないデープな店ばかりをあえて選びだした。
前回のブログ端記茶楼に続いて街の様子を含めて写真の説明をします。

地下鉄で深水埗(サムスイポー)まで行き観光客は一人もいない裏町を歩く。
この付近は治安は決して良くないが物価も安く住よい。
スクラップ解体場所を通り過ぎて目的の大牌檔(屋台)小采王へ行く。

香港到着したその日の夕食は車道に持ちだした厨房で料理を作って
歩道のテーブルで食べたり、雨・寒さを交わせる居抜きの場所で食べる方法

小采王は誰を連れて行っても「旨い!」とお褒めの言葉をもらっている。
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最終日の夕食は必ず予約必要な新斗記に連れて行った。

ご婦人の方から美味しい老酒を飲みたいと言いだして
8年物・陳年の古越龍山を注文に応じた。

今回は6名なので子豚丸焼きは1/2半身にした。
福臨門の値段の1/3で味もこちらの方が気にいっている。
新斗記で食べる事になってから自腹では福臨門には一度も行っていない。

ビール2本老酒・古越龍山一本 7品食べて一人10000円でお釣りがきた。
ただし、すがた煮フカヒレスープ一人前8000円はオーダーしていない。

食後は彼らの意向で油麻地の男子街の露天商を見て歩く。
路地裏には売春婦数人が客待ちしている所も見てきた。
酔いが回っていても若い時と違って全く興味がなくなった。
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話は変わって日にちが前後したが昼食に九龍城までバスで行く。

昼食にスターフェリーバス乗り場から5番の九龍城行に二階立バスに乗り込む。
二階の一番前の席に座った友人夫妻は前の車に衝突する感覚に緊張していた。

バスがブレーキの掛かる度に右足に力が入ってパイプをふみつける。
そのたびにご婦人達から黄色い声がしていたが着くころには慣れてきた。

香港は大陸からの新幹線工事、地下鉄延長工事、地下鉄新線工事など
大工事が至る所掘り返していた。ビル建築も見られますが相変わらずです。
竹ざおを組み込んで高層ビルを組み立てている写真です。

九龍城まで火鍋を食べに行く。この町は おいしいグルメ店がたくさんある。
しかし街並みは1960年代のレトロな街並みです。
香港島のアドミラル、セントラルの近代的な高層ビル群と違って
歩いていても心がいやされます。生活実感が手に取る様に分かり
無職になったら移民しても妥協できる街だ。

中国四川省・重慶の火鍋と違って激辛はない。日本人でも辛さは感じない。

揚げ豆腐の一種ですが中は空洞です。汁に溶け込んで味が良くなる
名称は山根という。

今回連れて行った友人は値段は高くてもいいから一番旨い牛肉にしてくれ、と
頼まれたので「手切り霜降」りにした。

野菜はネギをはじめザルに山盛り これでもか!これでもか!と言うほど
テンコ盛りで出てくるのでご婦人達は大喜びしている。
もちろん全員満足してくれたが支払金額を見て安さに驚いている。
一昨日帰国して早速会社に行き様子を見てきた。
今日のブログはウイスキーは一滴も呑まないで書いた。
これから風呂に入って旨い酒(ウイスキー)でも飲んで元気になりたい。
香港滞在中に大帽山の端記茶楼の飲茶を食べに行く道中記
香港での食事はいつもB級グルメしか行きませんが今回も
荃湾線の最終 荃湾駅からミニバス80番に乗り香港で一番高い
大帽山の山麓にある飲茶で超有名な端記茶楼まで出かけました。
連れて行った二組夫婦4名とはお互いゴルフでのライバル関係になる。
府中CCで一諸に回っているが今年は毎回握りで支払いが続いている。
彼らは勝負に対して非常に厳しく情など持ち合わせていない。
しかし負けても食堂で飲食いして元金は回収していますが
負けが続いているのは歳のせいもあるのです。
荃湾駅降りてからミニバス乗り場まで行く途中の陸橋の歩道で
香港将棋で勝負している客とのトラブルを目のあたりにしました。
昔、子供のころ盛り場で詰将棋を博打にして勝負していたころを
思い出す光景です。
言葉は分かりませんが「火事と喧嘩は大きい方がおもしろい!」(不謹慎)

賭け香港将棋でこれから始まるトラブルを見学しながら見ていました。

賭け将棋の胴元は香具師でしょうが勝負したお客は損して抗議している。
暇つぶしで見ている。
香具師と勝負しても負け勝負に決まっているが・・不思議な現象に見える。

ミニバス乗り場の前には果物店があり、待ち時間中に友人の奥様が
スモモを買った。思ったより甘くて美味しかった。

土曜日は香港人も飲茶を食べにわざわざここまで来るのでしょう。
25人近くで満席になるので次々待機しているミニバスがある。

山坂が多い場所ですがミニバス速度制限は80㎞まで良いそうです。
エンジンはフル回転で坂道をかけあがる。

飲茶を食べる前に お客がアルミトレーを熱湯消毒してな
おかつ茶碗・箸・受け皿・急須・テーブルを綺麗にふき取る。
アルミホイールで出来ているトレーの変形した曲がりは半端ではない。
遮熱したトレーを磨き上げて自分の好きな一品を持ってくる。

ご高齢の女性群3名は夏のシーズンに天城高原ゴルフコースで楽しんでいる
仲間です。

食べ終わった食いカスは写真に写っている通り幻滅状態になっている。
しかし我々は後かたずけしてきれいにしてした。マナーは抜群だ!
彼女達が男女共同トイレについて不満が出ているので最後に私が確認する。

香港では今もそうですが中国大陸と同じ便器を使用している。
日本育ちの女性には手すりに掛けられたタオルの色がドス黒い
シミには耐えられないそうです。
お尻を拭いたテッシュをゴミ箱に入れるのも周りに匂いが分散して
ただよってくるのもいただけない。食堂としてはこの状態では
ミシュラン・レストランガイドブックのグルメ星は当分お預けになるでしょう。

朝食を終わって駅まで行く途中に4名だけで足マッサージ50分
125ドル(約2000円)でしてもらう。

15分も経たない内に皆さん うたた寝に入ってしまう。
年ごろは20歳代のピチピチした女性たちがもみほぐしてもらう。
彼女達は中国本土の外国人技能実習生又は密航で来ている感じに見えました。
彼女をお持ち帰りできるならば・・と思いますが下品ないことは
今回はいたしません。(家内もいるので遠慮してしまった)
中曽根康弘の秘訣 100歳へを読み終えて
船旅での食事は満足できましたが最終日は船内で有料の鮨屋で
久しぶりにシメサバを満足するまで食べたのが旨かった。
最近は魚が食べたくて会社から帰宅途中に桜木町の場外馬券場の
入っている ぴおシティー地下2階の立飲屋で小休憩しています。
近況報告は終わり。
船旅中に大阪の友人から中曽根康弘「長寿」の秘訣 100歳へ!を
読み終えたので私にプレゼントして頂きました。
中曽根康弘事務所の20数年間務めた秘書 田中茂氏が
書き下ろした一冊です。
帰宅後にわざわざ又新たに購入した話題の本三冊送られてきて恐縮しています。
合計4冊になりましたが・・お返しもしなければなりませんが・・
人によっては読み終えた本でも忘れたころ、返してくれ、と言われたことも
ありますが彼は人付き合いが良いのでそんなケチなことは言わないでしょう。
残りの話題本三冊はそのうちにブログに取りあげたいと思っています。
元内閣総理大臣 中曽根康弘の内容は「人生と政治の危機管理」で
読んでいるうちに なるほど、トップに立つ責任者の行動に改めて感心した。
経営者にも当てはまることですが評論家・コンサルタント・コメンテーター
などは口先だけで事が起きた後からではなんとでも言える。
阪神・淡路大震災は1995年1月17日の未明に起きた。

自衛隊出動を時の内閣総理大臣が瞬時に行動させていたら
死者6500人のうち2000人は助かったと思われる。
もちろんその時には自衛隊にも犠牲者が出ていたと思われますが
それが自衛隊の体を張った命がけの仕事は入隊した時からの運命です。
それだからこそ我々一般国民も彼らの任務に対して
尊敬する気持ちになっている。

時の政府に反対する立場にいた政治家には、その権力をどのように
使うのかわかっていない。
今回の集団的自衛権の行使についても民主党・社民党・共産党を
はじめ野党の烏合の衆には任せられない。
長期政権になると思われる安倍政権は今後は憲法改正を是非実行へ
向かって頑張ってもらいたい。
ダイヤモンド・プリンセス号をシンガポールで下船。
多くの下船した観光客もいましたが、その後オーストラリア・ニュージーランドの
数か所の港町を経由しながら長旅が続いています。
13日間の長旅もいよいよ最終日になります。下船して海水から真水にする
ハイフレックス工場視察をいたしましたが工場内は撮影禁止になっていた。
以前にも視察したことがありましたが、その時にはカメラは自由に写せました。
株価はNY証券取引所にも上場されていますが前回、視察した時の
株価はUSドル1株1・3ドル近くしていましたが今回は0・7ドル台です。
日本も水浄化についてのノウハウを持っている上場会社もありますが
ハイフレックス株は魅力のある株と判断しました。ハイフレックス事態も
子会社を含めてハイフレックスも自社買い増ししていると、うわさもある
話しでしたが・・・数年前からジム・ロジャーズも買っているはずです。
資金があれば定期預金のつもりで買い、だと判断した。
欲と道ずれは、何回もしていますが75歳になる機会に老後の心配もしなければ・・
ところでシンガポールは過去何回も企業視察・観光で来ていますが今回は
イギリス植民地時代からの会員制ヨットクラブ見学がありました。
シンガポールは国際金融都市としては世界の五本の指にはいりますので
富裕層はポルシェ・フェラリー・ランボルギニーなど持っていてもただの人。
マリークラブ会員になりクルーザー・ヨットで航海する。クラブハウスで
誕生会・披露宴・パーティーなど会員同士・家族同士で交流する身分になれば
多くの人脈から金融・株式情報も一般人より早く知ることもあるかもしれない。


島国シンガポールは40フィートクラスのクルーザーがあれば楽しいでしょう。
勤務帰りに桜木町・野毛あたりの屋台・露天商の安酒飲んでいる身分では
話にならないが、うらやましく思っていない。
イギリス植民地時代の面影もありますが独立後に建て増ししたのでしょう。
クラブハウスはビジターでも飲食出来ますがメンバーが利用する一角は
立ち入り禁止になっています。ゴルフ場でアメリカ・オーガスタークラブの
食堂は会員以外は立ち入り禁止、と私の友人が話していました。
ビジターはレストランの外の一角にある野外でしか食べられないらしい。

昼食はシンガポールでは有名な鳥料理店で食べました。すべて現地で
焼鳥で成功した故・邱永漢先生の知人、武田社長のお世話です。

繁盛店でいつもご覧の通り満席で込み合っています。
日本にも進出していると聞きましたが、二番煎じの店にわざわざ行く気には
なりません。理由はなんでも美味しく食べるには現地で食べることです。

シンガポールの銀座通りオーチャード・ロードはブランド店だらけ

オーチャード通りには今話題の村上ファンドの事務所が入っているビル

私には全く興味のない奇抜な建物はホテル・事務所・レストランなどなど
建物の名前は忘れてしまった。屋上には泥船らしい不安定な物体あり。
入場料払って屋上まで行くのは時間つぶしが理由です。
下記の三枚の写真は屋上から暇つぶしで写したものです。
景色の説明はめんどくさいのではぶきます。

屋上から写した写真は帰宅してから気がつきましたが港近くには何十隻の
貨物船が停泊していました。いくら国際港といっても、多すぎる。
横浜港でも東京湾でもこれだけの船が停泊することはめったにない。
帰宅してからテレビニュースでチリ津波警報が話題になっていました。
それに気がついたのは自慢ではありませんが海に関係が深い横浜住人だ
と言いたいが住んでいるのは横浜市のチベット区(青葉区)なのですが
中区山下町関内のBAR通いで日本語の達者な外国船員から聞いたことがある。
シンガポール企業視察・観光、夕食を済ませて空港にたどり着く。

夜間23:15飛び立ち早朝6:20に羽田着約7時間の片道帰国に高い
ビジネスクラスはモッタイナイのでエコノミー席にあまんじた。
14万円安ければ往復料金と変わらないしその分飲み代に使える。
身銭で片道分に往復料金は我慢できないし座席もフラットではないらしい。

家内の言い分は
「普段無駄使いしない!呑み歩いていない!浮気もしていない!できない。
自宅でも酒も飲まない、私はビジネスで帰る」と言い張るので
別れて乗ることにした。
2時間30分待ちのビジネス・ラウンジから中々出てこない。
こちらは便所と歩く歩道近くのホコリくさい待合椅子で買酒して時間つぶし。
屋台と違ってシメサバも無いしわびしい時間は長く感じる。
観光旅行で夫婦別々になってビジネスクラスとエコノミークラスで
別れて乗る客は聞いたことないし見たこと無い(恥ずかしくないか!)
もう一度言う、大物先生と秘書は別々のクラスに乗っているが
45年連添った夫婦が別々のクラスで帰国したのは聞いたこと無い。
俺は養子ではないが自分で選んだことなので悔いがない。
後日談、笑い話ですが・・笑わせてもらった話
家内と別々に乗る事になり酒好き・酒の匂いが抜けない高齢者の
千葉県茂原市の同士が家内に
「ビジネスクラスに乗ると 何時間ぐらい早く着くの?・・・」
と真顔で聞かれ家内は
「2時間ぐらい早く着くかしら(笑)」
羽田国際空港で荷物を受取り同時刻で帰宅した。
彼は声は大きいし、酒好きで気があうし、酒で少しボケが
始まったかも、でも俺と同じ病状で人のことは言えない。
帰宅後 出張で携帯電話を落として見つかったがボケのはじまりだ。
ガラ系携帯電話なので心配していなかったが家内に又叱られた。
ダイヤモンド・プリンセツ号ベトナム・ニヤンチャンで泥風呂入浴
11万トン級の大型客船は岸壁に付けないので沖合1..5㎞近くに停泊して
D・P号に取り付けられている救命ボートに乗り換えてニアンチャンの埠頭まで行く。

救命ボート数隻でピストン輸送しながら客船から埠頭まで往復する。

赤四角枠は救命ボートの操縦席 だ円赤枠は我々の一団
ボートといっても100名乗れるそうなので見かけより大きい。
D・P号の航海士は全員イギリス人・白人で占められている。
救命ボートの操縦も二等航海士あたりが操作しているのでしょう。

D・P号は長崎の三菱造船所で造られたので救命ボートも三菱製でしょう。
スピードも速く50キロ以上出ているでしょう。ゆれも少なく快適でした。

我々一行の下船風景です。
埠頭前には観光客目当ての露天商がお客の呼び込みをしているが
我々日本人は見向きもしないで立ち寄らないのは現地の人達には期待外れだ。

下船して知ったことですがニアンチャン市はプライベート・ビーチが有名で
ロシア人・中国人の観光客で賑わっている地区だそうです。
現在はロシア経済が悪いので観光客も以前ほどではないと説明していた。

ニアンチャン市は今回来て初めて知った町です。都心と比べてひなびていますが
住めば都となりますが、何しろ湿度が高く歩かなくても汗が吹き出て参った。

ニアンチャンは少数民族も多く物価も安くみえた。月2万円前後の収入で
暮らせるそうですが湿度が高いので日本人には向かない土地柄に感じる。

商店街も充実しているし5星ホテルもプライベート・ビーチにあり観光都市として
今後発展するでしょう。

気持よさそうにご機嫌なおっさん、60歳代に見えない行動派、
人生楽しんでいる鹿児島出身で思い立ったらどこでも出かける物知の名士。
自分の金は自分だけにしか使わない長者様。

上下の写真に写っている女性も寄る年波には勝っているがガイドから
肌が綺麗になりツルツルすると言われた瞬間「ハイ泥風呂はいります!」
これから嫁に行く訳ではないので無駄と思いましたが失礼になるので
止めないで「ごゆっくり」私はリゾート・プール脇で缶ビール飲みながら
若いロシア美人をキョロキョロして探しながら時間つぶしした。

歩く銅像に見えますが埼玉県では見かけませんが・・・
写真を見ていると60歳半ばにしては腹回りが締まっていて立派だ。
うらやましいが俺も頑張って腹回りを引き締めて女に持てたい。
腹の筋肉はテレビで見るコマーシャルの
使用前・使用後のスタイルだ素晴らしい!
俺も負けずに腹筋運動して相撲で勝負してみたい。

泥風呂から上がってきたお二人さんバス中で見た肌は確かにスベスベしている。
次回訪問するときにはお忍びで惚れた女と入ってみるかな。

泥風呂から出てシャワーできれいに流して一丁上がり、気持ちよかった顔している。

このソ連人女性の体には入れ墨が至る所に墨が入っているのにはびっくりした。
スラブ系白人の多くは昔から知性・教養など身に付けていないのでこれでよし。
読み書きソロバン(計算)も満足にできないソ連人に間違いない。
しかしバックシャンで腰回りもセクシーでいい体の女だだなあ~
ドイツ・イギリスのアングロサクソン系白人から言わせると
ロシア人はスラブ系(アジア系)人種が多くで白人には入らないと言われています。
私も小学校一年生に入学する予定の満州ハルビン市で共産革命で
逃げてきた白系ロシア人はおもに欧州ユダヤ系でしたが同じ肌の色が白くても
スラブ系ソ連人と欧州白系ロシア人とは人種が違うと区別していました。
当時6歳までハルビンに居ましたが親の話を聴き耳たてて聞いていたので
白人でも種類があるのだと子供心に記憶しています。
ダイヤモンド・プリンセス号 ベトナム・ホーチミンでホピロン食べる
ホーチミンにそれぞれ早朝に到着して一日観光できるシステムです。
ベトナムは今までで10回ちかく訪問していますが視察だけで投資したことは
ありません。理由は株式投資にしても外国人枠制限があり株式売却後
海外送金に問題があり、他にもいろいろ制限があり使いずらいからです。
まして私みたいな高齢者が不動産購入などは現実的でなく規制でしばられる。
しかしベトナム料理は下地にナンプラ・醤油味ですので何を食べても美味しい。
露店で売っているフランスパン・サンドイッチなど腐りかけた?レバーペーストを
ぬってくれる下味は旨さが一段と増して最高だが今回は食べる時間がなかった。
今回、我々一団は家内をふくめ お土産を買う時間中に私だけ抜け出して
道端で売っている露店で座り込んで名物のホピロンを食べていた。
東南アジア、タイ、フイリピン・ベトナム・広州をはじめホピロンは誰でも食べている。
日本人は見た目にグロテスクと思い込み食べる人は少ない。
彼らに言わせれば「ゲテモノに入る生卵を食べるのは日本人と蛇だけ」との事。

街中は相変わらずバイクが多く込み合っていた。
今回はホピロンに食べ方を説明して次回は皆様に挑戦してもらいたい。

街中の歩道の広い場所にはいたる所に露天商のおばさんがホピロンを売っている。
ホピロンは原則としてアヒルの卵をふ化寸前にゆであげている珍品。
海塩・唐辛子にナンプラを少々入れた小皿に付けて食べる。
場所によって違いますが香采(パクシー)ライム・など香りの野菜をつけたしにする。

玉子の上を割って最初の白身と羽に成りかけた毛細血管を取り出す。
次に黄身を取り出してその下にある頭・足になりかけ、時々骨になっている
コリコリを食べながら味わうとホピロン通になる。

テーブルにはホピロン以外にピータンも置いてあったが何時でも食べられるので
あえて食べない。

US1ドル(120円)で3個買えたのですがお釣りはドンなのでチップにした。

露天商のおばさんは周りを掃除して衛生的にしてお客を迎えている。
中国人と違って周りにゴミが落ちていない。
残りのホピロン二個は香采・海塩を付けてもらい船内に持ち込む。
私と家内が35年前のパン業界で中国・南京に行ったときは解放改革中の
貧しい中国でした。舗装もされていない夜店でゆで卵を兌換券10元で
新聞紙に十数個買えた。こちらは湯で玉子のつもりで夜道を歩きながら
食べたときの驚きには仰天しましたが食べている内に骨や頭が出てきて
コリコリしていたが味がわかる様になる。あとからホピロンと知りました。
東南アジアでのホピロンは精力剤・スタミナ作り・疲れた時の食べ物として
珍重されている。数年前に家内が北京で幹細胞を注入した事と同じ
効果があると信じています。

(Facebookより写真提供は山原さん)
私の友人カテキンさんも飲食業オーナーなので食べ物にうるさい方ですが
ホピロンだけは苦手と聞いている。
船内のレストランに持ち込んで食べたことのない仲間に試食会を開く。

(Facebookより児玉さんのビデオ編集から)
アヒル玉子の頭をスプーンで叩いて割る。中にたまっているスープをこぼさないで
口元で吸い取る。海塩で味付きできているので旨い。

右わきの大阪商人も 腰が引けて もの珍しいそうに動画を撮っている。
次回、大阪訪問した時に彼にもお土産にして持っていくかなあ~

右脇に写っている人の指さしている方向はホピロンを自分の女房に説明している。
私の家内は後ろを軽蔑した顔で通り抜ける、いい加減にしなさい!と見てとれる。

いつも私達のテーブルにいる山原さんも その筋のイカツイ顔している割には
好き嫌いがある。ホピロンの一番美味しい孵化した黄身部分をナンプラ付けて
プレゼントしたが、しかし頭を横に振りながら
「勘弁してくれよ~」と泣きが入り結局食べなかったのは残念だが
翌日には私の顔をつぶした代わりにビールをおごってもらって落し前をつけた。
昭和22年終戦後、満州ハルビンから引き揚げ各地転々としながら生活していた
食料難時代を過ごしましたが一年に1~2回のすき焼きは牛肉ではなく
鳥の内臓物、レバ・胃袋・卵巣などでしたのでササミなど入っていなかった。
今日のブログ見て楽しかった、面白かった、勉強になった方は下記の
「いいね」をクリックしてくれれば又珍味など面白おかしく書くことにします。
ダイヤモンド・プリンセス号での思い出ゲイ同士のダンス編
二週間近いダイヤモンド・プリンセス号での過ごし方にはいろいろあり
毎日が非日常生活で船内での過ごし方には飽きることはありません。
一日の過ごし方は時間別にスケジュールが書かれていて同じ時間帯に
行きたい箇所が重なっている事もあり選択するのも楽しみの一つです。
ブログは日にち別ではなく記憶に残っている事を思いつくまま
公開して行く事にしました。
今回の視察団は香港株についての今後の投資方法、
日本人の知らない株式情報、企業の内部情報などが聞けて
とても勉強になりました。参加者の中には不動産は別にして数年間で
数百億円の金融資産にした方も参加していましたのには驚きました。
しかし残り人生を楽しむには亡くなった邱永漢先生の話の中で
「金を稼ぐだけでは半人前・使って完成品にして一人前」と話していました。
私も完成品になるためには、もっともっと呑む・打つ・買う、で過ごす事です。
今年で75歳になるので毎月、国外・国内旅行に出来るだけ出かけて
ムダ金を使って後半の人生楽しみたいと思っています。
その程度の余裕ですが貧乏性の根性はいったん身につくと脱皮しずらい。
シンガポール港 埠頭に到着する前日は5階~7階までの吹き抜けがある
フロント下ホールで生バンド演奏で華やかなパーティーがありました。
ダイヤモンド・プリンセス号はオーストラリア~ニュージーランドまでの
長旅ですがシンガポールで下船する方々も多くいますので
お別れダンスパーティーだと思われる感じでした。

5階の吹き抜けのフロアーホールはダンスホールになりましたがびっしりの
人・人・人で体と体が触れ合うにぎやかなホールになりました。
最初は幼児・小学生などの子供が対象で私は全く関心ない幼児遊び・ダンスなど
小学生の孫のスケボー&相撲大会以外は見る気にもならずバカバカしい。

船内で働いている料理人・ウエーター・フロントの若い女性・航海士など
お披露目ダンスなどは見ていても楽しい。
普段からダンスも練習しているのでしょう。

ダンス会場になったフロアーはご覧の通り 押し合いへしあいで
イモ洗いの状態になる。ロックンロール・サルサ・ジルバなど思い思い
好き勝手に踊るスッテップ
「踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃ損・損!」
私も疲れるほど家内とロックンロールをジルバ他はサルサでステップした。
58年前、17歳の高校時代に初めてテレビに映ったエルビス・プレスリーの
歌うロックンロールが大流行したリズムは今でもパーティーで流行いる。

宴たけなわになってから前日家内と一諸に見てビックリしたゲイ(?)のダンス。

イタリヤ人だと思いますがダンスはプロ(芸人)に間違いない。
際立っていてあれだけ込み合っていたホールにゲイ(?)と思われる
ダンスの為に周りを開けて会場の皆さん見惚れる。
私はゲイ・ホモ・オカマの意味を区別することも出来ませんが
見ていて素晴らしい。ロックンロールのリズムに乗って踊る姿に感激する。
たくさんの連続写真を写しましたが一部を公開いたします。

なかなかの技で素人には難しいスッテップをリズミカルに踊っている。
もしかしたら芸人として何処かの劇場・ライブハウスに出演しているかも。

混み合っているホールでしたが彼らの(ゲイ)ダンスに見惚れて拍手喝さい!

私も一度でいいからゲイと情熱的に踊ってみたいが体が無理だろうなあ~

ダンスの踊れる場所はナイトクラブをはじめ数か所もあり皆さんも楽しんでいた。
それにしてもゲイ・芸達者な乗船客は周りを明るくしてくれて楽しかった。



































