下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -3ページ目

ダイヤモンド・プリンセス号ギリギリ通過する横浜ベイブリッチ通過

(前置き)
船内でのネット回線は遅くて困ってしまいました。
写真・動画は重いのでアメブロ・Youtubeに送る途中に
切れてしまったりして腹立ってきます。

おまけにネット料金はこのブログを書き終えたら
US400ドル両替料入れて50000円になりますので泣くに泣けないです。
ブログとFacebookの両立は費用がかかりすぎるので悩んでいます。

出発二日目に投函した横浜ベイ ブリッチ潜り抜けた劇的な動画編が
間違って消してしまいましたので再度公開することにしました。
(前置き終わり)
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ダイヤモンド・プリンセス号は
全長290m 全幅40m 総トン数116000トン  深水からの高さ51m
航海速力22ノット(41㎞)  

スカイ デッキは18階 大型ビルデングが海上で動く感じです。

横浜の大桟橋18:00出航したと同時にスカイ デッキに行って
最初に潜り抜けるベイ ブリッジの高さギリギリは迫力がありました。

潜り抜けた時に乗客はら拍手・歓声が沸き起こりました動画を
Youtubeに登録いたしました。

私の今年写した動画では最高傑作になると思います



動画の迫力いかがでしたか・・できたらコメントしてください。








ダイヤモンド・プリンセス号でアモイまで二日間

大阪観光を終えて中国アモイまでの二日間は船内で過すことになります。
 
早朝7:00~23:30まで各階のフロアーで盛り沢山のショー・ライブ、ジャズ演奏、
ダンス教室、いろいろと飽きること無しに模様がテンコ盛りであります。
23:00以後は18階で営業しているナイトクラブで楽しむことも出来ます。
 
各階に特徴のある数か所のBARがありカクテルの種類などを覚える機会には最適です。
私はシングルモルト・ウイスキー派なのでストレート又はロックで呑み歩いています。
 
ダイヤモンド・プリンセス号には日本式温泉もあり快適なサウナ風呂・温水プールもあり
一日中楽しめます。
 
今回の乗船客の90%以上は外国人で特に多いのは欧米人高齢者でしたが
日本人スタッフも多くいて食事メニューについても不便な思いもしないで
快適な旅が続いています。


大阪湾を過ぎて沖縄付近の海水はスカイブルー色で感激しました。


快適なサウナ付二時間でUS15ドルで温泉場から室外の温水プールが

使用できるシステムになっています。もちろん無料のプールも数か所あります。


室外の温水プールは何十分・一時間以上入っていても
のぼせることがなく世間話・人のうわさ・ヒワイナ話・女の口説き方・金の使い方・

儲けた奴だ誰だ・孫の自慢話・晩年の人生の生き方・などなど切なく話題が出てくる。


楽しいひと時は温水プールに限る。


部屋では自宅から持って来た1.5キロgのゴム製ゴルフスイング道具で
毎日スイングして腕を落とさない事に集中練習に励んでいます。
 
しかし素振りしても飛距離の落ち込みはひどくドライバーで195ヤードしか飛びません。


ゴルフ仲間は、すきあれば握り(勝負)でかすめ取ることには

非情ですので腕を落とす訳には行きません。


自宅から持って来たプラスチック・バーベルは2㎏の水を入れて
上半身を鍛えていますが、歳には逆らえず筋肉は衰えました。

スポーツセンターもありますが女性インストラクターがいないので行く気になりません


今回の長旅は着過ぎた減価償却済みランニング・ブリーフ・ステテコに
✕印をつけて廃棄処分にしていく予定ですすが

貧乏性が身についているので捨てきる事は難しいです(笑)



ダイヤモンド・プリンセス号で大阪市内観光・飛田遊郭にいく

船旅は今日で四日目になりました。
昨日は大阪観光には地元の顔役、山原様の案内で飛田新地(遊郭)めぐり
驚いたのは大阪にはソープランドは一軒もありません。
 
理由は江戸時代から続いている飛田遊郭を大阪の文化遺産と同格で
地元飲食店協同組合・理事長の力で今でも同じシステムで残っている。
理事長の能力は人の出来ない許認可などを打ち破る、又は作る
能力がなければただの人になります。
 
その為にソープランドは認可されずに今に至っていることは
ヤクザ組織もくい込めないと感じました。
 
飛田遊郭の一軒一軒の間口は二間(3.6m)ありヤリ手婆が呼込役と
綺麗に化粧した若い女郎(売春目的)の女性が手招きしてくれる。
 
周りをくまなく探索しましたら100軒以上あり午後3時ごろでも若者達が
値段交渉をしている。


赤線○は遊郭(料亭の認可で営業)が並んで営業しています。
赤丸は営業中でヤリ手婆が座って客待ち中


両脇は遊郭の立ち並んでいる通りです。


通りを替えてもごらんの通り遊郭(料亭)は多い。


ヤリ手婆が手招きして私を迎えてくれた。わきには綺麗な女性が
脇に座っている。目と目がパッチリ合って電波発信してもらったが・・
あとは非公開する。

聞いた話ですがチョイの間で15000円、30分延長で25000円で遊べるそうです。
ソープより安く半値近くで健全な遊びが出来るそうです。しかしあくまでも(建前)
料亭での飲食で実際(本音)は押入れがあり座布団(布団)も置いてあるそうです。

数年前までは横浜・黄金町・日ノ出町の大岡川付近の飲食店では
座布団一枚でやらせてくれる場所でしたが当時の中田宏・横浜市長が徹底的に
排除して今は寂れた街になってしまった。

話はそれてしまいましたが二日掛かりで中国福建省アモイに到着します。
厦門は1945年まではドイツの居留地でピアノをはじめクラッシク音楽などの
文化が栄えた街ですが数回訪問したことあるので日本文化カラオケを
昼間から入りびたって楽しんできたいと思います。


道頓堀川は観光客であふれていた。


グリコで有名な看板を初めて見ましたが、今年阪神タイガースが優勝すると
ここから道頓堀に飛び込む若者が出るのでしょう。



ダイヤモンド・プリンセツ号での過し方

96日 日曜日 横浜大桟橋より大阪経由で
アモイ、香港、ベトナム、シンガポールまで
船旅を楽しんできます。


今回の船旅は知合いを含めて17名で参加いたしますが
女性の参加が多く華やかな旅になると思います。

 オーストラリアから乗り込んでいた人達と
今回大桟橋から乗り込む欧米人と一部の日本人客で
大混雑しながら乗船いたしました。





大桟橋の出国手続きは混み合って大変でした。


荷物には部屋番号を付けた名札で係に手渡しすると
自動的に運んでくれる。


受付はスムーズに運びトラブルはありません。


大桟橋からゴールデンブリッジを渡り船内に入ると
飛行機ではあじわえない別世界になります。


救難ボートを兼ねた強力なエンジン付きで一台で
100人?以上乗船できます。


船内に入った吹抜けのフロアーは6ツ星ホテル並みの華やかさがあり
飛行機と違って別世界です。


横浜港に掛けられたベイブリッチを抜けた時情景、
赤丸は乗客の一団
18階のデッキから見た
右側の大桟橋も小さく見えます


船で一泊した朝の風景は日本を離れて太平洋一人ぼっち


船で一泊した朝の風景は日本を離れて太平洋一人ぼっちと
言いたいが扶養家族と一諸で
これから食事・寝室・遊び、全ての行動を共にする時間は
13日×24時間=312時間です。

これからの口喧嘩・不満・殴り合いを含めてた
トラブル回数は
ブログでお知らせします


ダイヤモンド・プリンセス号で13日間の船旅に行ってきます。

9/6~9/18までイギリス大型客船ダイヤモンド・プリンセス号で
東南アジアまでの船旅に行ってきます。

ネット回線はつながりが悪いので心配ですが・・楽しんできます。
一昨年同じ客船で10日間 北海道一周・ロシアまでが刺激になって
船旅の楽しさにはまってしまいました。


クルーズ客船は乗客2674名 乗務員1238名の大型客船です。


客船内はカジノ・ナイトクラブ・ボールルームがあり
バーはそれぞれ楽しめる雰囲気で10ヶ所。

映画・をはじめ750名入れるコンサートホールもあり
毎日が楽しめます。



府中カントリークラブで忘れ物の大騒動

今年75歳を迎える後期高齢者になりますが忘れ物が多くなり困っています。
今回も忘れものについて恥を忍んで公開することにしました。

理由の一つにアルコール量が少しずつ増えて朝まで酒の匂いが残っている。
いずれアルツハイマー・認知症になり、そのうち老後は

アル中・国立横須賀病院行間違いなしと自覚しているので
現在、自動車運転は家内から止められています。

理由は午前中ですと事故後の酒気帯検査の風船が赤くなることが心配だ。
最近の警察官は事故後、目の色、はく息、ロレツなど注意深く観察している。

このところ酔払うのが早くなり自覚出来ずにブログ更新が少なくなった。

2007 3 17に書いたブログにも「忘れ物が多くなりました」をテーマに書きました。
http://ameblo.jp/tozando/entry-10027958523.html

その時に貼り付けた私の忘れ物防止対策の写真です 


海外出張は特にパスポート・財布にはことさら神経を使っています。

今月は9/6~9/18までの13日間は横浜大桟橋に入港するイギリス大型客船
ダイアモンド・プリンセス号でアモイ・香港・ベトナム ニャンチャン・ホーチミン・
シンガポールから羽田国際空港までの長旅をしてきます。

今回の忘れ物は府中カントリークラブでの出来事です。


8月の暑い時期は標高1000m天城高原ゴルフコースでプレーするように
していますが後半の23日 24日はそれほどでもなく府中CCでプレーしました。

個人専用ロッカー前で着替えしている時にお腹がゴロゴロしたので急きょ
トイレにかけこみ大の方を時間をかけて排泄物全て出して爽快になった。

ズボンを上げてみるとバンドに くくり付けていたひも付き財布を
個人専用ロッカーに入れ忘れていた。

便所を出た脇に貴重品貸金庫があるので自分の専用ロッカーまで行くのが
めんどくさいので初めて使った。会員になって37年たちますが初体験です。

37年間メンバーになってから貴重品専用貸金庫に入れたことは
くどいけれど一回もない。

(自分専用ロッカーには家内に見せられない色々な大事なもの○○との写真、メモ、等々)


便所に近い場所にある無料貸金庫はゲストに来た人達の利用が多い。


今回ついた美人キャディーと記念写真には私は写っていない。


小雨交じりの雲の厚い一日でした。
アウト7番ホール187Y、旗まで195ヤードはドライバー使用になってしまった。

昔は3番アイアン又はクリークでとどいていたが歳にはかなわない。
それでもショートしてのらずロングパットをねじ込んでパーにする。

昭和55年(35年前)には千葉カントリー梅里コースでロングホール2打目を
5番アイアンで入れたアルバトロス記録を持っている。

当時は糸巻きスモールボールで飛ばないパーシモン・ドライバーでした。
書きたくないが信用させる為にあえて書くことにした。


プレーが終わってクラブバスで多摩センター駅まで行きましたが
その前に財布を貸金庫に入れてある事をすっかり忘れていた。

自分のロッカー、バックなど探し回って無いのでフロントに届け出る。
フロントの女子社員にさんざん騒がせてしまったが、その時点で貸金庫に
入れている事を忘れている。

プレー代は売掛金にしてもらって一旦バスにのる。


モノレールには乗ったことはないが立川方面に走っているのでしょう。


小田急電鉄利用で来たので忘れ物がないか聞いたが無い(当たり前だ)
次に隣の京王電鉄に忘れ物がないか聞いたが無い(当たり前だ)

駅員に多摩センター交番に行ったら、と言われてのこのこ出かける。
閑な年寄の警察官が「落し物の70%は返ってくる」と言われて
落し物書類に記入していた途中に「アァ・・貸金庫だ!」と心で気がつく。

警察官には申し訳ないが記入して後日電話で有った事を電話で知らせる。


多摩センター駅は小田急電鉄・京王電鉄・多摩モノレールの
ターミナル駅で再開発された多摩ニュータウンです。


いつもはほろ酔い機嫌で小田急新百合ヶ丘駅まで乗っている。
時々寝込んで登戸・成城まで乗り過ごす事もあるが暇つぶしと思えば腹立たない。


小田急・京王電鉄社員はとても親切で落し物係に社内電話で調べてもらう。


交番で書類を書き終えてタクシーで府中カントリークラブまで戻る。
理由が分かり一番喜んでくれたのは府中CCフロントの女子社員達でした。

プレーした友達には恥ずかしいので、今日の事は言わないでくれ、と
伝えて二階の食堂によって生ビール・正味一合「多摩自慢」清酒を
一気に飲み干してフロントで清算してほろ酔い機嫌で帰宅する。

今回のブログは府中CCで二週にわたってプレーしてた事を
フィクションも入っているので割り引いて読んでください。
恥ずかしいブログですが恥を忍んで書くことにした


横浜青葉区御嶽神社・夏祭り子供相撲大会に孫が出場

毎年のことですが孫で自慢できることは一つ(相撲)しかありません。
普段の生活で机に座って集中できる勉強時間は5分ぐらいです。

一軒隣の小四の孫の性格・行動を心配して教育熱心な高齢の家内は
私立中学受験に備えて本格的に家庭教師を一時していましたが、
あまりに熱心すぎて自由になれず寄り付かなくなりました。

30年前に家内は二人のセガレを徹底的にしばりつけて
勉強塾と同じ方法でマン・ツー・マンで手取り、足取り、一字一句、
受験用算数など徹底的に中学受験勉強をさせましたが
一軒隣の孫には通用しません。

しかし私に似て隔世遺伝で足腰は抜群に強く腕の力は中学3年生並です。
中学受験はレスリング・柔道・相撲部・格闘技のある体育会並みの
学校で頭脳ではなく体力勝負させるのも選択余地があると思うしだいです。

毎年開催されている横浜市青葉区すすき野の御嶽神社境内での
子供相撲大会に出場しましたが抜群の強さで敵なしの活躍でした。

昨日の 2015 8 22 土曜日開催された夏祭り子供相撲大会写真集


夏休み長男家族で8月中旬にタイランド・バンコックで買ってきた
タイ式ボクシングトランクスで子供相撲大会に出場して会場をわかせた。

トランクスの刺繍には角を突き合わすバッファーローは金タ○を
中心に画かれている。長男(セガレ)もタイボクシングトランクスを
わざわざ買ってやるとは趣味の範囲を超えている。


追手風部屋の呼出、力士3名の出演で子供たちを楽しませる。


孫の真剣な取り組みも力士には蚊に刺されるほどの抵抗も感じない。


見ている観衆は子供達の真剣な取り組みに笑いが出ている。
孫もプロ相手では歯が立たない。


花相撲で技の説明など楽しい時間を過ごしました。


今回は床山の方の大イチョウ(十両以上のまげ)など実演には大人達も初めての事で
喜んでいました。


30年前に我家を建ててくれた建設会社富士ソーラーハウス
専務取締役の息子(5年生)40歳代のお父さんとはFacebookのお友達です。

会社は青葉台の優良建設会社で建てて30年ちかくたちますが
○急○○と違って消耗品以外の手直しする所がない。

一昨年リビングローム・玄関をチェリー板に貼りかえた。
住み心地も気にいって満足しているが、お父さんは今回の相撲大会に
来ていないのが残念だ。


大澤君は5年生で勝ち残っていました。ママも手放しで喜んでいた。


お父さんによろしくお伝えください、と記念写真パチリ!

下記の写真は孫の一番勝負の分解写真です。




勝負は取り組む前から決まっていたが相手は中(空中)に浮いて叩き付けられる。



相撲が強くで勉強好きなら俺の後継などに成らないだろうなあ~


身内のひいきの引き倒しと言われても孫が勝って
商品をもらう表情は可愛く見える。
爺バカ・チャンリン?と言われても孫は何時逢っても可愛いです!






そこまで言って委員会NP 7月19日 戦後社会運動検証SP

そこまで言って委員会は
関東地方では見れない聞けないテレビ番組です。

元・日本共産党NO4が保守派になったら驚いた
日本共産党政策委員長 筆坂秀世氏と

現代右翼 一水会最高顧問 鈴木邦男氏が
ゲストで「そこまで言って委員会」に同じ席意見を述べる。

暇な方はYoutubeで見てください。



いかがでしたか、関西でなければ企画できない番組です。



終戦70周年記念刊行 占領下の日本を読み終わって

伊東市内のセブンイレブンで缶ビールを買う予定で入店しました。

セブンで雑誌・月刊誌など一度も買った事がありませんが
気になる別冊宝島の発掘された貴重写真で見る

占領下の日本」に目が行きました。
終戦70周年記念刊行と書かれていました。
写真が物語る1945~1952年のたくさんのめずらしい写真集

終戦後、昭和26年満州ハルピンから引揚して転々と引っ越ししながら育った
少年時代の思い出もあり写真特集が気になり衝動買いしました。

気になった文章を書きうつして貼付けした内容は下記の文章です。

日本政府がポツダム宣言の中にある
「日本政府及び日本国民に戦争責任の追及はしない」
「無条件降伏をするのは日本軍だけである」という
条件を確認したうえで受諾したということは明らかだ。

要するに中国や韓国が日本政府や日本人に対して
戦争を反省せよと迫るのは、おかしな話なのである。

また、歴史の教科書にはしばしば登場する
「日本は無条件降伏した」という文言も正しくない。

「日本はポツダム宣言に示された条件を受け入れ降伏した」が、
正しい表記なのである。

新聞・ラジオを使ったGHQのプロパガンダ

45年10月2日にマッカーサーが発した指令には、
各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在及び将来の
日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、
連合軍の軍事的占領の理由と目的を周知徹底せしめること
(一般命令第四号)とある。

注目すべきは「各層の日本人」という箇所である。
ポツダム宣言では日本政府と日本国民は軍閥に誘導された
被害者だったはずだが、いつのまにか「戦争責任」を有する
加害者へとすり替えられていることがわかる。

軍国主義者と日本国民とが意図的に混同されているのだ。

もっとも日本人側にも、自主的に戦争への反省を口にする動きもあった。
それに代表されるのが東久邇宮稔彦首相の談話「一億総懺悔論」である。
国民全体が戦争を反省すべきとすることの論に同調する日本人が、
相当数にのぼったのは間違いない。
(以下省略しますが一冊800円ですので買って読んでください)




小学校低学年のころ九州・福岡博多に一時住んでいたころ進駐軍に
ガムをもらった事を思い出しました。あまりにも甘く美味しく感じて
吐き出すのがもったいなく飲みこんでしまった事を思い出す。


当時は白米など食べたことがありません。毎日イモ粥・美味くないカボチャ
イモの茎いりオジヤが常食でした。オヤジに連れられて闇市で進駐軍の
残飯(?)を屋台で食べたこともありました。

もしかしたらその時代の習性が今の立飲み・屋台で抵抗なく
飲食いできるかもしれません。


当時は誰でも闇市に買い出しに出かける事が日課になっていた
全てにちかい食料品(米・小麦粉・砂糖・塩など)は統制品で
闇でしか買えない時代でした。

写真は買い出し食料品の取締り警察官ですが彼(警官)らも家族には
闇で仕入れた食品で生きながらえたのです。


私はサツマイモ・カボチャは独身時代まで見るのも嫌だと思っていた。
一生分を食べてきたので見るのも嫌だったが今は改良も進んで
大好きになった。特に最近は植物繊維を多く食べる習慣がみについてきた。


当時の日比谷通り右側はGHQ総司令部は今の第一生命ビル
皇居濠は今でも同じ風景ですがアメリカ独立記念日の大行進


1948年撮影と書かれていますが日本にとっては屈辱的な光景。



マッカーサーについては解説は省きます。


1952年は私が12歳中学一年生ころ後楽園球場4万人の大観衆を集めての
世界フライ級タイトルマッチには興奮しました。

当時は雑音の多いラジオでしたが、たしかNHK放送で聞いたと思います。
これがきっかけでボクシングファンになり今に至っております。

(貼付け)
フライ・バンタム・フェザー・ライト・ウエルター・ミドル・ライトヘビー・ヘビー級
当時の世界チャンピオンは世界中で8人しかいない時代です。マネージャーは有名なハワイのボスである「サッド・サム・一の瀬1907年 - 1993年)である。占領下で外国とのコネクションもなく外貨もない、コミッションさえ急拵えの日本において彼なくして白井戦はありえなかった。


まさに日本ボクシングの大恩人であるが、反面、彼らの一派である国際興行は
フジテレビと組んだその筋の塚原崇司(阿部重作の舎弟で新宿のヤクザ)が
登場するまで長く日本における世界戦の利権を掌握していたとされる
(ボクシング100年より)。
(貼り付け終わり)

白井義雄については2013年09月07日のブログに詳しく書きました。
http://ameblo.jp/tozando/entry-11607816805.html


懐かしい名前の方々の写真を見ていると少年時代に返った気持ちになる。

元日本共産党 筆坂秀世氏の新刊本を読み終えて

先月、関内の有隣堂で待合せの時間つぶしをしていました。

ふと手に取って見た元共産党ナンバー4の実力者筆坂秀世の書き下ろした
日本共産党と中韓」左から右へ大転換してわかったこと
表紙には保守派になって驚いた!のキャッチフレーズ

買う前に立読みした「はじめに」があまりにも新鮮に感じて衝動買いした。
(第4刷発行中ですが現在は売り切れしています)



読み終わって彼の思考には現在の安倍内閣で
集団的自衛権について一般国民の60%(現在80%)ちかくの反対と
発表されていることに考えさせられる。

先ず集団的自衛権を大反対しているのは中国と韓国それと
国内では朝日新聞・毎日新聞・東京新聞・TBS/テレビ朝日と
ローカル新聞社で左翼思想のイデオロギー対立をあおっている


アジア各国で反対している国は朝鮮半島を加えて、中国のたった二か国です。
台湾・インド・インドネシア・カンボジア・スリランカ・タイ・ネパール・パキスタン
バングラデッシュ・東ティモール・フイリピン・ブータン・ベトナム・マーレシア
ミャンマー・モルデブ・ラオス 等々は反対意見は全くありません。


世界中で軍隊を持っている国で集団・個別自衛権などと論議すること自体ない。
韓国は米国・日本を含む同盟を結んでいるが反日思想を変えることは出来ない。

一般国民はマスコミの報道によってリベラル(左翼)に意見を持っていく
努力をしていて報道の中立などおかまいなしになっている

(貼付け)
元・日本共産党NO.4が保守派になったら驚いた!
「私は前半生のほぼ40年を共産党員(左派)として生き、共産党の幹部として活動していく中で、
共産主義はしょせんユートピア(どこにもない理想郷)思想に過ぎないことを思い知った。
今では私は「保守派」として言論活動を行っている。
本書では、私がかつて所属した「日本共産党」を軸に近現代史をひもといていく。
将来のヒントは過去にある。本書が、日本がより良い国になるための一助になれば幸いである」
――「はじめに」より


序章 離党から一〇年 ― 日本共産党とは何だったのか
第一章 コミンテルンと日本帝国主義の戦争

 第二章 日本に武力闘争路線を押し付けた毛沢東

 第三章 中国と日本共産党

 第四章 韓国と日本共産党

 第五章 東京裁判と日本共産党

 第六章 靖国神社参拝問題と日本共産党

 終章   二転三転し続ける日本共産党
付録  中国の膨張主義と沖縄

彼の書いた最後の文章をコピーしておく

共産党幹部の本心を聞いてみたい。
社民党幹部の本心も聞いてみたい。

よど号ハイジャック事件で北朝鮮にいる犯人らの今の心境を聞いてみたい。
まさか、一発逆転、中国の侵略を助けてイデオロギーの整合性を
心待ちにしていることはなかろうーーそう信じたいものだ。

正直な気持ちになって潔く過去を不定して新しい人生を始める勇気こそ
貴重である。方針転換はよくあること、君子ですら豹変するのであり

「過ちては改むるに憚ることなかれ」である。
世間は大きく優しく温かいもの、必ず歓迎してくれるものである。