下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -253ページ目

お通夜の時間調整

私と公私にわたって御世話になっている

友人のご母堂がお亡くなりました。

彼とは数十年にわたって飲み食い、

海外、国内旅行、共同で香港株購入等々を

してきた間柄です。

毎年大晦日には我が家に泊まりにきて

年越しをします。


ただしゴルフだけはどうゆう訳かいつまで経っても

下手くそで仕事関係以外のゴルフには

誘わない事にしました。


共通して好きなことは下町の屋台、居酒屋、

彼の好きなゲテモノ料理を食べ歩いたことでした。


 

平日の火曜日にもかかわらず2回目の時は席が足らず

隣りのお客に詰めてもらいました。私は飲み屋の外見で

繁盛店かどうか国内外を問わず即座に判断できます。


今回のお通夜の場所は葛飾区の金町でした。

45分も早く着き過ぎて居酒屋の

「大方酒場」で熱燗2本、奴、キムチで

時間調整をして斎場に入りました。


 

お清めが終わり斎場で知合いの友達、関係者と(5名)

又同じ店に入りビール、日本酒、焼酎で90分以上

かけて飲み食いしました。


値段の安さの割には(友人のオゴリ)湯豆腐、

薩摩揚げ、焼肉が美味く満足できました。

4日前に同じ友人と銀座でハイクラスのクラブで

綺麗なおねいちゃんに囲まれて飲みましたが

私は金町の居酒屋クラスで充分満足できます。


場末の金町駅前にはホームレスが居ないのと

駅前の清掃は完璧にできていています。

それに比べて同じ場末の蒲田駅は

不潔で汚く、ホームレスも多く

おそらく今後発展していく町とはならない

でしょう。











賀詞交換会

1月15日竹橋のKKR(旧竹橋会館)で

協同組合 日本製パン製菓機械工業会の

賀詞交換会に出席してきました。

出席者は400人前後でパン業界を取り巻く

不景気な業種にしては多く集まっています。


講演にはテレビ、マスコミに人気のある

三宅久之氏でした。ふだんテレビで発言できない

裏話が聞けてとても面白かったです。

講師によっては2回に1回は居眠りが出てきますが

今回の講師では昼寝する方はいませんでした。



三宅先生のオフレコの話を書きたいですが関係者から

叱られたら困るので・・・話題の人は小泉、竹中、真紀子、

ハマコー、本間、山拓、中川、和民の渡辺社長、

山谷、元外務大臣川口、佐藤優、鈴木宗男、等々

100分間しゃべり続けていました。


パーティーでは元農林省の役人に会いましたが(天下り)

研修、技能実習制度について話がかみ合わず

仕事は常に過去の前例をはみ出さないよう

無難かつ保身で全く役立たずでした。

第2の人生を当たりさわりなくすごして

給料をもらっているのでしょう。


30年間役所勤めをしていると

体も頭も遺伝子がしみこみ使い物にならなくなる

典型だと確信できました。


しかし わたくしが今現在たずさわっている

現役の官僚、役人(特に若い人達)は民間の

考え方を持って仕事しています。

逆に仕事のスピードは速くて私達のために

後押ししてくれます。


中小企業をはじめ民間人は無から有を生む血の出る努力を

していかなければ企業の存続は出来ません。


今回「不二家」の経営体質はトップの責任です。

社長の謝罪会見を見ても消費者に対して

うったえる気持ちも迫力もありません。

無責任なお役所仕事の一部にしか見えません。









香港ドルと人民元

昨年12月香港滞在中に1HKドル=1元に

なっていました。しかしコンマ以下、下3桁目には

人民元の方が高くなり驚いたことがあります。

これからは香港株に影響がでてくると思います。


昨年の今頃は10%ちかく香港ドルが高く

深センではお店は喜んで香港ドルが使えたそうです。

最近は香港ドルでは拒否される例もあるそうです。


今後、中国上場企業は元高の差額分は

株に織り込まれて高くなる理屈が成り立ちますが

思った通りに成るかどうかは

注意ぶかく株価を見ていきたいと思います。


先週東瑞製薬(2348)が0.8ドルから一気に

0.68ドルまで値下がりました。


昨年考察団に参加して蘇州工場見学した

時に香港からわざわざ来た董事長の

経営方針と企業説明に納得しました。


昨年10月19日のブログに東瑞製薬視察内容を

詳しく調べて書きましたので参考にしてください。


株式配当金が前年同様ならば0.68ドルで7.5%になります。

しかし目標の2ドルになるまではは少し時間が

かかると予想していますが。


私は0.7から0.68ドルまで買いに回り

持株の平均購入単価を下げました。


メインボードの銘柄なので株数は指値通り

0.68ドルが多く買えて満足できました。

株は暴落した時は買いに回り、普段は

ある程度キャシュポジションを必ず持つことにしました。








人民元について

弊社に邱先生から北京、三全公寓に

パン、ケーキ出店の打診の話があったのが

2003年の秋ごろでした。それから足掛3年経ちました。


当時の人民元1元が日本円12.5円でした。

当時でも元高に思っていましたが現在は15.5円に

なっております。およそ25%近くの元高になりました。


私は回収できる中国元をそのまま現地の

中国銀行と中国工商銀行の口座に毎月

定期預金にしています。2年定期で2.25%の利息が

付きます。


でも定期預金より中国人が購入できる

深セン株式市場のA株を購入できる方法を

何回か模索しました。しかし永住許可書のない

外国人、法人は持つことができずあきらめました。


邱先生は十数年前から海外投資したお金は

現地通貨で運用していく方法にしなさいと

話していた事があります。


私の友人、同業者は投資したお金と回収する金は

どうやって円で日本に持って帰るか心配してくれます。

日本人は日本でしか運用方法を考えません。


投資資金の数百万元が25%の含み益が出て

尚且つ毎月入金がある人民元が元高になれば

日本で運用するより間違いなく値上り含み益が

でてきます。その内に1元が20円になる時代が

すぐそばまで来ていると感じました。













賀詞交換会

1月12日は東京パン連盟工業協同組合の

賀詞交換会が航空会館で開催されました。

会場は今年から変わり日比谷公園斜前に

ある9階建てのパイロット倶楽部のビルです。


戦前からの飛行機関係者や零式戦闘機の操縦士が

会員になっているそうです。そこの8階に

スエヒロは入店していて他のスエヒロと違って

高級会員制の雰囲気があり和牛ステーキ、

すき焼きが名物になっています。


日比谷公園が見渡せて雰囲気はとてもよく

調度品をはじめ数枚の棟方志功の絵が栄えています。


今回の賀詞交換会はいつもの年と違って

いろいろな事件がおきました。

我々を取り巻く食品業界は昨年暮れから始まった

ノロウイルス報道、2日前に騒がれた不二家の

シュークリーム、アップルパイ等期限切れ牛乳の

使用が騒がれています。


私の感じたことは不二家のオーナー社長(6代目?)が

謝罪会見で謝った態度と紙に書いた謝罪文の

棒読みからこの会社はいずれ社会から見放される

ことになるだろうと直感しました。


今までマスコミにでた銀行、証券会社、公立学校の校長、

社会保険事務所、潰れた雪印等々のサラリーマン社長の

謝罪会見と同じで消費者に訴える心が感じない

ところに問題があると直感しました。


企業はトップの考え方で良くも悪くもなります。

今年読ませてもらった「大谷米太郎」氏の

私の履歴書と人生訓が今の経営者にも

古さを感じさせない大事な経営学を教えれくれました。

あらためて自社の経営方針を再確認して

不備があれば直に改善してお客様に喜ばれる

商品にしたいと思います。









衝動買い

昨日ヨコハマ中華街西門を入って

200メートル先にある中国人専用食料品店は

夕方9:00過ぎまでいつも

人だかりがしていています。


日本では手に入りずらい食料品を

多く扱っています。

間口は2.5間前後の小さな店です。


この店は潰れた店の引継ぎ利用のようで

食堂用冷蔵庫、ショウケースの活用をはじめ

棚はむきだしの木箱を使っており

設備にお金をかけていません。

家族経営で日本人ではありません。

雰囲気があたかも香港の市場のようです。


店に置ききれない商品は前の道端で売っています。

会社の帰りいつものところで飲んで

ほろ酔い機嫌で店に入ってみました。


正月明けの21:00時香港通りは人が少なく閑散としています。


先ず道端に置いてあった竹篭から

クワイを一山100円で買い

ニンニクの茎3束100円香菜(パクシー)1束100円

合計300円で買いました。


  
左からニンニクの芽、パクシー、クワイ全部で300円

右は皮付きチャーシュー、海老ワンタン24個


正月過ぎで安くなっているとは

いえ一般市場の半値以下でした。

私は香菜が大好きで他の店では

夏場で200円冬場で350円します。


ついでに慶華飯店で海老ワンタン2袋1260円

(近所の方だけ用に内緒で販売しています)

重慶売店で皮付シャーシュー600円買いました。


海老ワンタンにニンニクの茎を入れパクシーを

ネギかわりにのせました。

酒の肴に皮付きチャーシューで又1杯飲み

今晩の夕食は少し贅沢にしてみました。






ピンチの後にはチャンスあり

1年半前に新しくはじめた仕事がうまくいかず

苦境にたたされていました。

仕事の内容は関係者に迷惑がかかるので

書き込みは出来ませんがとても困りました。


交渉に数十回、業界関係者にお会いしましたが

ニッチもサッチもいかず当社の担当社員も

100%(?)あきらめていた節がありました。


私も99%ダメだと思い昨日最後の一押し

のつもりで理由をつけて関係者にお会いしたところ

とても感触有る返事をいただきビックリしました。


しかし時すでに遅く多くの関係者にご迷惑をおかけして

私の信用も地に落ちたふしもあります。


しかしどんな仕事にも時間、体力、行動力、

無駄と思っても悔いを残さないまで頑張る

エネルギーを持つ事がいかに大事か

66歳にして初めてわかりました。


ものごとに対して誠実に対応していけば

「志のあるところに道は開ける」格言が

再確認されました。


実のところ1月1日朝8.00時に大晦日から

泊りがけで来た友人3名を連れて

ヨコハマ関帝廟に初詣した際に私個人は

その件をお願いしていた所でした。


昨日はまだ結果はでていませんが早速

関帝廟に「お礼参り」してその帰りに

ニューグランドホテルのバーで1人で

時間をかけてチビチビと美味しい酒を

飲み干しました。


酔払って遅く帰ると何時も機嫌が悪い家内が

全然気にならず溜まっていたストレスが無くなり

今日からの仕事に元気が出てきました。



















大谷米太朗氏について

昨年ブログに日経新聞の「私の履歴書」について

感動した人達について書き込みました。


そのブログを見て新潟の友達、伊藤浩志さんから

私の読んでない大谷米太郎氏の本を

全部(290ページ)コピーして送ってくださいました。


コピーするだけで大変な作業だと思います。

彼はホテルニューオタニのオーナーですが

富山県の田舎から持金20銭で

東京に出て来たそうです。

当時の20銭は現在の500円前後の

値打ちしかありません。

貧農の家に育ったので小学校も卒業できず

読み書きが出来ません。


私が昭和25年当時、羽田飛行場の近くに住んでいました。

飛行場の近くに大谷重工業がありました。

周りは当時進駐軍のカマボコ兵舎が立ち並び

女性は危険で近くには寄れない場所でした。


その時に大谷重工業の社長は元相撲取りであると

教えてもらいました。コピーされた本をお正月に

読み終えて感動した翌日に日清食品の

安藤百福氏が亡くなりました。


創業者の話には共通した物作りに対しての信念

があり、時間、体力、汗を惜しまず働いたことです。


共通した念力は「志のあるところに道は開ける」

志とは行動の原動力である。

目的に向けて進むことは道はおのずと開かれていく。




日清食品について

日清食品のオーナー安藤百福氏が

心筋梗塞で死去されました。


数年前に日経新聞「私の履歴書」で

インスタントラーメンの生みの親である安藤氏が

成功するまでの苦闘の連続を

とても感動して読んだ記憶があります。


創業時の苦しい時代には邱永漢先生も

株主の一人であったと話していましたが、

現在も株主かどうかは判りません。

持ちこたえていたら大株主になっているはずです。

今でも毎年新製品が先生の自宅に

試食品として送られてくるそうです。


当時の日清食品がこれほど

世界的な大きなスケールの会社になるとは

さすがの先生も思っていなかったと思います。


インスタントラーメンで思い出すのは

先生の考察団に参加して本社が台湾にある

H株の康師傅(0322)天津工場視察をしたことです。


視察当時、康師傅は1.2ドル前後でしたが

2年後に5ドル前後で売却した

おいしい話を思い出しましたが今は

7.5ドルしているので持ち続けても

良い株だったと思います。










楽しいゴルフ

昨日(7日)次男と大利根CCでプレーしました。

パートナーは朱田秀一さんとの3人でした。



    門松がテーマークになっています。

朱田さんには孫が次男と同年齢を

筆頭に13人います。


20数年前に御一緒した記憶があります。

86歳で数年前に脳梗塞をわずらい右半身に

違和感が残っているそうです。しかし乗用カートも

使わず1ラウンド109で回ってきました。



脳梗塞後は食事は左手でもショットは今まで通り

185ヤード確実に飛ばしています

ホールインワンを過去3回もしている大先輩です。

最初は西コースの16番180ヤードでだしました。

2回目はそのホールインワン記念会で2週続けて

東の3番140ヤードでだしました。


家族の方には冬と夏は健康を考えてプレーを

止める様に言われているそうですが本人は

ゴルフが下手になることを恐れて聞く耳を

持ちません。ちなみに息子さんは事業を継がず

開業医なっています。


私の周りにはゴルフ場にも仕事にも元気なよき

先輩方がたくさんおられるのであやかりたいです。


朱田さんまでにはまだ私は20年あるので足腰を鍛え

ボケずにゴルフ場通いをしたいものです。