下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -153ページ目

鳩山家の金銭感覚は理解できません。

今回鳩山首相の偽装献金問題の説明には

多くの疑問があります。

偽装献金の原資は母親からの資金が含まれています。

総額9億円の資金移動が息子経由で資金管理団体に入っています。


中小企業経営者としては考えられません。


親の仕事、財産(持株)を息子に事業継承するには税務署への

提出書類は大変難しく会計事務所経由でも完璧にするには大変です。

理由は贈与税がからむからです。


会社の固定資産、持株移動に対しては大変難しく中小企業の

大多数は後継者にバトンタッチする時限立法があっても

利用不可能と思って利用する企業は少ないのです。


したがって資産を売って相続税を支払い事業を

廃業する中小企業も多くあります。


贈与税については最高税率50%かかり9億円の場合は

4億5000万円納税で、待ったなしです。


親から借りる場合、親が子供に貸付る場合


(1) 例として親から1億円借りる場合は銀行に1億円の

  定期預金をしてその1億円を銀行の担保に入れ

  息子がその1億円を銀行から借りて定期預金に近い支払利息を

  毎月銀行に支払しなければなりません。元金の支払いは

  自分で選択できます。


(2) 又は銀行担保にしない場合、

   毎月親の銀行通帳に元金、支払利息を振込

   記録を残していなければなりません。その他に

   公正役場で公正証書を作成して金銭貸借証書を

   作成しておきます。元利支払いは子供の確定申告

   源泉徴収証の収入内でないと生活できません。

   

   しかし税務職員に疑われて否認される事も

   覚悟しなければなりません。


脱税は他の犯罪に比べても罪も重く首相も

大変困っているはずです。もう一つは

今回、政治資金規制法にも引っかかることです。






   












円高、株安は民主党の誤った政策ですね。

昨日、日曜日は中国出張の疲れを取る為の

休みにしていましたが、朝5;00に目が覚めてしまい

大利根CCまで同乗してしまいました。

帰宅後今日から始まるNHK番組「坂の上の雲」を見ていました。


連続ドラマは数十年間見たことがないのですが、明治、大正、

昭和の歴史上の人物像が今回は楽しみにしています。


その後NHKスペシャル「チャイナパワー②」はアフリカ大陸に

進出するしたたかな中国企業が通信、レアーメタル探索、

外国企業買収、番組でした。

アフリカで国慶節をテレビで見て彼らが国歌斉唱時

全員直立不動になりテレビに向かって歌いだした時には

今の日本人には出来ない気力(モチベーション)を感じました。


その後、NHKニュースで円高、株安問題が取り上げていました。

民主党では円高、株安問題は解決は難しいでしょう。

みなさんあきらめてください。


無知(バカ)な国民が無知(バカ)な政治家を

選挙で選んだ結果ですので、民主主義が国民の為に

よい政治結果をもたらすとは限らないのですから。


当社はまだ一度も人民元を円に両替しないで、現地の

銀行で定期預金にしています。理由は必ず元高の時代が

来ると思っているからです。本来は中国株を買いたいのですが

外国人では買えません。


いずれ煙草をはじめ消費税、法人税、固定資産税、源泉税

地方税は必ず増税されるでしょう。


自民党政権下の国家予算 83兆円

民社党政権下の国家予算 93兆円


差額10兆円は後世の若者、子供への借金になるでしょうか。


但し役人の天下り、特殊法人、高額人件費の見直しは

自民党では絶対に出来ないことでしょうからしっかり

お願いしたいと思います。




ドバイショックに驚きましたが強気で勝負します。

11月27日、北京滞在中に突然ドバイ・ショックがニュースで

伝えられました。香港株式市場ではHSBC(0005) をはじめ

金融銘柄を含め一部を除き、中国内需銘柄も値下がりをしました。


HSBCはロンドン経由で中東ドバイに多額の融資をしている、

との情報が流れて大暴落をしていました。


しかし中国本土 における内需関連銘柄にはあまり

関係無いはずですが

値下がりし私の持ち株も連れ安になっています。


ドバイの経済については昨年リーマンショックで

高さ1400メートル世界一の高層ビルも9月初めの時点で

688メートル、160階に達し建設はストップしていましたし、

金融にしてもお金がドバイから逃げ出している話は

新聞、インターネットでも書かれていました。


下丸子ではたらく68歳の社長のblog

1400メートル世界一高いドバイビル完成予想図は

まぼろしになる可能性が出てきました。


今回は政府系持ち株会社ドバイ・ワールドと関連不動産開発会社

ナキールの債務を支払を半年間猶予するよう債権者に求める

方針を明らかにしてから世界中の株式市場の暴落につながったようです。


結局「ドバイの夢」で終わった?と思いますが・・しかし日本の

東京株式証券所における金融、建設をはじめ300円以上

暴落しましたが回復には時間がかかると思います。


よれよりも月曜日から市場で8000円台突入の方は心配です。


ベトナムETFも450ドルから340ドルまでの大暴落中、

少し持っているだけで、

他国の判断ができてとてもよい勉強になります。


香港H株における内需を中心とした銘柄は安いところを

買っていくのには絶好のチャンスととらえています。

円高も外貨(HKD,人民元)に両替するチャンスだと思います。


考察団で製薬株訪問時 55セントと安かった

羅欣薬業(8058)薬事法?税制改正を機会に、

とうとう6.5ドルまで12倍ちかく値上がりしました。


元金は5ドル近くで売却回収済みで持ち株自体を

高齢者のため値上がりした記憶がうすれていました。

北京到着後、その話が話題に上がり初めて知りました。


今週から少し売ってドバイ・ショックで値下がりしている株と

出遅れの内需株購入資金にします。









100円ショップ大創産業、矢野博丈社長と河合哲朗氏の話

北京滞在中です。今日一日は「天の声」を聞く日になっています。

それと株主総会をかねて開催されるので話題を変えて書きます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


邱先生の親しい友人、100円ショップで国内2570店舗、

海外24カ国510店舗を開店し3500億以上売上げをあげている

「ダイソー」矢野社長の履歴書の一部を書きます。


日経新聞の夕刊に100円ショップの社長「大創産業」

矢野博丈氏の「こころの五手箱」

今までの自分自身の人生の生き方を書いていました。

私も意気に感じ 故河合哲朗氏の人柄に感激しました。


火曜日、第二回目の話を取り上げます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日経新聞記事を参考に書きました。


高校生時代に方言をバカにされたことから喧嘩に強くなる為、

広島市内のボクシングジムに通い始めました。


はじめるとボクシングが面白くなり月曜日から土曜日まで

毎日3時間、ジムで汗を流していました。


そのせいか上達して高校2年の時、広島県の代表選手となって

慶応大学との対抗戦に出場することになった。


対戦相手はアマチュアのフェザー級チャンピオン候補だった

河合哲朗 さん、プロ転向後は世界ランカーになった

http://ayukawaibox.jugem.jp/?day=20091118

第一級のボクサーだ。



到底歯が立たないのだが、私を見込んで試合前に

「是非、慶応大学に来てくれ」という話になった。

で、対抗戦ではメチャクチャ手加減をしてくれた。


河合さんの素早いパンチが顔面や腹に飛んでくる。

思わず目をつむり腰をかがめるのだが、痛くない。

寸止めしてくれるのだ。


こっちが打つと適当に当てさせてくれる。

最後までノックアウトされずにもったもので、中国新聞に

「地元高校生、チャンピオンに善戦」という記事がのった。


それもあって東京オリンピックの強化選手に選ばれた。

河合さんらは候補選手でいわば一軍。

強化選手は二軍でオリンピックに出る目はなかったが、

大変な名誉だ。


父親が「手に職のつく理科系の学部でなければ大学に行かせない」

厳しかったので慶応に行くことができなかった。

慶応に行くとすれば文学部しかなかったからだ。


しかし一浪して16の大学を受けたもののすべて不合格。

ようやく中央大学2部(夜間)の土木工学科に受かったが、

まともな就職が出来ず、その後の波乱万丈の人生につながった。


遠因はボクシングに精をだして勉強しない習慣が身に付いたこと。

勉強していれば会社に勤めて平凡なサラリーマン生活

だったのかなと思うと、ボクシングをやっていて

よかったなあと自画自賛している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この文章を読んだ時に人生はどんな苦境にも

自ら切り開いていくことが大事だと感じました


私は成功者の若い頃の生活、今の成り立ちまでのまでの

サクセスストーリーを聞いたり読んだりすることが大好きなのです。











成都空港で4:00ちかく待たされました。

先日のカラオケで体力を消耗した翌日は成都市内の

市場調査に出かけました。


イトーヨーカドー1号店、2号店、伊勢丹デパート及び

市内の視察を終えて、17:00発北京行きに搭乗する予定でした。


そして何の理由のアナウンスもなく4時間以上待たされても

搭乗出来ません。仕方なく空港内のレストランで待つ事にしました。


待ち時間をまぎらわす為に社員と前日のカラオケホステスの

話題で盛り上がりました。

連れの社員は一滴の酒も呑めなく気の毒ですが

私は3時間近く待たされたので、搭乗ゲート付近のスナックで

普段飲まない赤ワインを一注文しました。


そのワインは中国産ワインメーカーでしたがとても美味しく

気に入りました。一人で720CC近くのワインを一本空けた頃には

前日の体力消耗の為かすっかり出来上がってしまいました。


成都市内の繁盛しているパン屋で試食用パンを買っていました。

北京のQカフェー工場に勤務している当社の出向社員へと

思っていたが夕食代わりに2人で全部食べてしまいました。


ワインとパンだけで夕食をしたのははじめての経験でした。

フランスでのホームレスの心境が判る気持ちでした。

成都CA4117便はいつまでたっても搭乗手続き案内はありません。

社員に何回かアナウンスボードを確認させましたが遅延の

発表以外なにもありません。その内に搭乗ゲート付近に

待っている乗客がいなくなり不思議に思っていました。


なんと予定していたCA4117便はCA5415便に変更になっていました。

部下の社員は英語教育で厳しい大学卒ですが

構内アナウンスのメッセージに全く理解できずにいました。

あわてて、社員と行動に走りました。


あやうくも、便名が変わった搭乗ゲートに滑り込んだのは出発直前でした。

なにせ旅なれない日本人では乗過ごしてしまいます。

何しろ便名が変わっては手に負えません。

年6回ちかく海外出張をしていますが人任せの旅行は

いつまで経っても機敏に行動できません。

まして出来上がった身には尚更です。


そんなこんなで北京に到着したのは真夜中0:30分になりました。

北京でのいつも指名しているカラオケの彼女にも

残念ながら逢うことが出来ませんでした。


三全公寓マンションの広い部屋で日付けが変わった

午前2:00頃、すっかり疲れきって寝てしまいました。





















成都市に滞在二日目になりました。

成都市は人口1100万人ちかくいます。東京都の

人口に匹敵いたします。イトーヨーカドーが海外進出した

一号店は成都市の中心、日本で言えば銀座4丁目の

和光、三越あたりと思えば間違いありません。


その隣に伊勢丹デパートがあり、そのビルに

隣接したホテルに私は泊まっています。


前回泊まった時にはネット回線も早く

北京の三全公寓よりインターネットが早く写真、動画も

アメブロに届きましたが成都もPC利用者が多くなったせいか

送信が遅くなり夜はブログ用、動画、写真作成もままならず

結局あきらめてしまいました。


イトーヨーカドー 一号店、二号店は日本の各店舗の

売上げをはるかに超えて今や日本を抜いて

成都で1、2番を争っています。

日本国内30舗を閉店する理由もよく判る気がします。


昨日の会食は牛牛福4号店に行ってきました。

この店はドイツから直輸入した大掛かりな

生ビール製造設備を備えています。

ドイツでマイスター資格を取得した製造責任者もいて

その方にもお会いしましたがかなり本格的でびっくりです。


日本でのサッポロライオンの「エビス生ビール」より

美味しく感じられ、牛肉は大連で黒和牛を育てている

牧場から取り寄せていました。

店の雰囲気はとても良く客席は夕方明るいうちから

お客が入る繁盛ぶりでした。


そして地元通の方の世話により夜の案内をもしていただき、

高齢者の私は体力をすっかり使い果たしてしまいました。


肌の油気も無くなりカサカサになっています。

写真、動画は帰国後を楽しみにしてください。










四川省成都市に滞在中

11月25日成都滞在中


成都市にある研修生送出し機関に表敬訪問をしました。

日本側の外国人研修制度が来年8月より大幅な改正が

ありますのでパン連事務局員と送出し機関責任者双方で

打ち合わせ会議をおこないました。


私は改正の枝葉については口出しをいたしませんが

今晩、宴会後の二次会の事が気になり会議が早く終わる様に

のみ指示しました。思い通りに行くか心配をしています。


いつも行き付けのカラオケ屋は一フロアー80坪近くあり

ビルの3階~4階を設備しています。

ホステスは200人ちかくいます。


成都は一年に太陽がでる快晴日はとても少なく、

いつもどんよりし湿度の多い土地柄です。


したがって成都の女性の肌はしっとりツルツルで美人の産地です。

中国美人の大方は四川省 成都美人と決まっています。


私の知人、上海美人が丸の内のにスタンダード・チャートBに

勤務していますが「成都の女性」と言っただけで通常

美人と判断しています。それほど美人が多いところだそうです。


後日、カラオケでの宴会風景を動画でお見せいたします。






四川省成都及び北京に出張してきます。

今回の出張は来年から外国人研修制度の大幅な改正があり

送出し機関に説明をする為です。来年8月より研修生制度が

なくなり技能自習生に変わるからです。もちろん懇親を深める

目的もあり一年に数回は訪問しています。


今回は初めて羽田空港から北京空港まで国内線で

四川省成都までいきます。成都から同じく北京まで行き

三全公寓でオーナー及び秘書に説明をしてきます。


ついでにパン工場で出向中の社員と懇親を深めるために

近くのB級グルメ食堂で宴会を開きたいと思っています。

北京はすでに夜は氷点下まで下がっています。


北京でのネット回線は相変わらず悪いと思いますが

出来る限りブログは書いていきます。


帰国も同じく羽田空港になりますので横浜には近く

便利になりました。中国行きは成田まで遠回りしなくなり

助かります。


ところで日本の株式市場はデフレ経済が深刻になると

予期していますね。それにかわって香港株式市場は

連日上げ相場で楽しみにしています。









クラス会(珍友会)に行ってきました。

昭和33年度卒業の高校時代のクラス会(名称は珍友会と言う)が

毎年11月第3土曜日 ヨコハマ中華街市場通りにある四五六菜館で

開催されています。はがき一枚の出欠の連絡無用で通知がきます。

四五六菜館での料理の評価はあえていたしません。


予定人数はいつも17~20名を予想して予約しているのです。

今年の誕生日を迎えた方は69歳になっています。


参加者で仕事をしている現役は私一人しかいません。

ただし個人商店経営者は二名ですが実務はしていないそうです。


今回の住所録では  卒業者56名、

           住所不明者6名

           物故者  8名(その内アル中で死亡四名)


三年間で退学者三名 他の高校で退学になり入学した転校者三名います。

他校で退学になて入ってきた3名は卒業後にはクラス会には出てきません。

やはり転校者は皆となじめきれずクラス会には出ずらいのでしょうか。


当時の母校は誰でも入学できる悪がき集団が多くいましたが社会問題を

起こす様なワルは退学した3名は別としていませんでした。


2クラスだけ商業科で各先生も普通科の授業に比べて静かにしていれば

おおかた見過ごしてくれました。何しろ当時普通科は別として校舎は進駐軍の

カマボコ兵舎を改造したヤスブシン校舎でした。


大学付属校のため普通科は理工科志望進学のための補強授業があり、

入学は大変だなあ~と思っていました。


その後経済成長が少しづつ続き出来立ての大学商学部(二年後)に一般受験生より

入学金を余分に払えば商業科の生徒は誰でも入学できるようになりました。


下丸子ではたらく68歳の社長のblog


高校1年の担任の先生は大学卒業2年目初めてクラスを担任しました。

先生も我々母校卒業の先輩でした。したがって6歳の年齢差しかありません。

左側は当時の生徒 右側は恩師ですが見た目では逆に見えます。


下丸子ではたらく68歳の社長のblog

サラリーマン生活卒業した彼は長いアゴヒゲをはやしすっかり老け込みました。

しかし横浜と千葉九十九里を800円の高速料金でセカンドハウス生活を

楽しんでいました。仕事を離れるとモチベーション(気力)もなくなり

病院通いも増えて良いことはないといっていますが・・


今回プライバシーを無視して顔写真を張付けましたが私のブログも知らないし

PCについては、さわらない、見てもメールはしない方々ばかりなので

死ぬまで気がつかないでしょう。




デフレスパイダルに入りつつあります。

11月20日、全国のパン協同組合の幹部及び理事長が集り

新宿厚生年金会館で秋期特別セミナーが開催されました。


昨年までの材料の高騰、極端な値下がり等で振り回された

業界でした。大手各社の値下げに加えてプライベートブランドの

で安売りが増えて、高級食材をはじめパン類まで影響を受けています。


今まで安売りの商品を扱っている店とブランドを守って価格を維持して

商売をしている店と二極化していましたが今はそんなことでは

高い商品は売れません。


現実に東京銀座でもリーズナブルの各種商品が売れる時代に変わったもです。


今回のセミナーで感じた事はこれから数年間(3~5年)は

今までと違い物が売れなくても当たり前の時代になると話していました。


昨日の政府の11月の定例経済報告では

「穏やかなデフレ状況にある」と認定したニュースがありました。

一端デフレ宣言したら10年間は活気のない経済になり

日本株をはじめ経済衰退は避けられないでしょう。


しかし政府の責任にしても仕方がないので自分の事業は自分で守り

新しい商品開発、経営の軌道修正をしていかなければなりません。

お役所仕事と違って民間会社は社長次第で会社は良くも悪くもなります。


先日も書きましたHSBC 証券の撤退は日本経済衰退の将来を

先取りした結果だと思います。今は香港を中心として東南アジアを中心に

中国中のネットワーク作りに力を入れています。


全パン連合会の懇親会で一杯飲みながら私のブログの話が出て

ほとんどの方に「HSBC てなんの会社?」と聞かれビックリしました。


下丸子ではたらく68歳の社長のblog
1860~1950年時代の上海バンドにあった

当時のHSBCグループ会社


外資系のアパレル、ゴルフ、スポーツ用品会社にちかいスポンサーと

思っている方もいました。パン業界で知っている人は一人もいません。

皆さん家族の人数分、郵便貯金、生保にせっせと入れている方でした。


日本人の多くが香港株式市場に関心を持ちだしたころには

持株も含み資産が増えるはずですが・・