岩崎宏美リサイタル@東京国際フォーラム | 豊玉南一丁目音楽研究所

岩崎宏美リサイタル@東京国際フォーラム

2011年10月16日@東京国際フォーラム
岩崎宏美リサイタル

毎年恒例のツアー最大イベントだが、今夜は「奇跡の夜」だった。自分が聴くところ、声はここ数年でいちばんの絶好調だった。

シルキーで暖かくウエットな中低音の表現はいつも以上に冴え渡り、輝かしい高音が蘇った。全盛期の突き抜けるパワフルな高音じゃない、もっと柔らかく軽く響くやさしい高音。彼女に何があったんだろう。Cまでは張り上げなくても軽々と地声、スムーズな切替で頭に抜けるファルセットもよく響いて美しかった。

声が絶好調だとフレーズの作り方やコトバの表現もより深みを増す。フレーズの終わりがいつまでも余韻をもって響き、ブレスを感じさせないで次のフレーズにつながる。彼女がすごいのは、初めて聴く歌でも、歌詞が全部、まるで歌詞カードを読んでいるように聴き取れること。テレビやスタジオ録音のCDと違って、ライブで歌詞が全部聴き取れるのはたいへんなことだ。

冒頭の「思秋期」、「はらはら涙あふれる私十八」のフレーズのつなぎ方の見事さ。34年前、彼女がこの曲を初めて歌ったときよりももっと真実を感じさせる。「青春はこわれもの、愛しても傷つき。青春は忘れもの、過ぎてから気がつく」なんて、よく考えると18歳の女の子の台詞じゃない。30年後に彼女がなお第一線でこの曲を歌っていることを想定して阿久悠氏がこの詞を書いたのなら空恐ろしい。天国の同氏に聞いてみたい。

今夜特に感じいったのは、「明日」、「糸」、「秋桜」、「月見草」。ウエットな彼女独特の日本語表現でオリジナルとは違う世界観。本当に彼女の日本語は美しい。とくに「明日」の言葉の美しさ、歌のラインだけで和声のイリュージョンを感じさせるすばらしい音程のセンス。「秋桜」の痛切な高音。「月見草」は今夜のバンマス上杉洋史による新アレンジで弦楽四重奏の伴奏。実に美しいリハーモナイゼーションで、声と弦がよく溶け合う。欲を言えば、この曲はPAを抑えて、弦がホールに響くのを聴かせてもらえるとうれしいなあ。

圧巻は7分の長編、「虹~Singer」。歌詞の世界観と歌い手としての彼女の生き様とをオーバーラップさせるこういう私小説的なやり方は反則に近いと思うが、それにしても彼女をずっと聴いてきた者にとっては、詞もメロディも彼女にはまりすぎていて、カヴァーであることを忘れ、彼女のためにたった今作られた曲のように感じる。ただ、2ndコーラスの「幕が降りるまで」の2小節ロングトーンは、デクレッシェンドして抜いてしまわないで、昨年のツアーみたいにそのままフレーズを引っぱって次の「Yes, I'm a singer」までつなげてしまう方が盛り上がるような気がする。昨年の映像。すばらしいですから、ぜひ御覧ください。(クイズ:ぼくはどこに映っているでしょうか?)http://www.youtube.com/watch?v=BTYKZrN5CRA

ピアノトリオ(ピアノ、ベース、ドラムス)に加えて弦楽四重奏というアクースティックなバックの編成。ヴィオラにトウキョウ・モーツァルトプレイヤーズの生野正樹さん。なるほど、このレヴェルのプレイヤーが弾いてるんだから巧いはずだ。

最後に一言だけ。バックの演奏は多くの本番を経てとても練れていて素晴らしいのですが、キックとエレキベースが心持ち大きくて、弦のハーモニーをマスクする箇所があったように自分の席(1階中央やや前方)では聴こえました。ウッド・ベースに持ち替えていらっしゃる時には声、ピアノ、弦、リズムセクションが理想的なバランスだったと思います。読んでいただいていると思うので、率直に申し上げました。失礼お許し下さい。

セットリストは下記のとおり。カッコ内は作詞・作曲。

思秋期(阿久悠、三木たかし)
早春の港(有馬三恵子、筒美京平)
会いたい(沢ちひろ、財津和夫)
青春の影(財津和夫)
五番街のマリーへ(阿久悠、都倉俊一)
黄昏のビギン(永六輔、中村八大)
駅(竹内まりや)
明日(松井五郎、Andre Gagnon)
糸(中島みゆき)
始まりの詩、あなたへ(大江千里)

(休憩)

ロマンス(阿久悠、筒美京平)
万華鏡(三浦徳子、馬飼野康二)
夢(さだまさし)
秋桜(さだまさし)
愛燦々(小椋佳)
手紙(岡本真夜)
シアワセノカケラ(池間史規)
月見草(阿久悠、筒美京平)
聖母たちのララバイ(山川啓介、木森敏之/John Scott)
虹~Singer(さだまさし)