おはようございます。
ブログで書いたからなのでありますが食中毒イジりにさらされまくっている重本孝です。
#おかげさまですっかりよくなりました微笑
結局なんやかんや言っていた去年の第1回全統模試の結果の“オチ”はどうなったのか?
1年以上前からこのブログをお読み下さっている「率直にお伺いしますがあなた重本のこと絶対好きでしょ。」な方は覚えておられるかもしれないのですが、1年前の第1回全統模試の直後に私はこのような記事を書いておったのであります。
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お時間ある方はお読みいただければと思うのですが、上記の記事を一言でまとめますと、
「”自習室の風景(重本の肌感)”と模試の判定の結果が合っていない」
・・なのであります。
ホントに当時は「いやいやいや、、、そんなんこの判定がホンマに合ってんねやったら残された月日から考えたら今シーズンの受験楽勝じゃーーーん!!!!あざーーーーーーす!!!!!!!」だったんです。
・・・で、とりあえずいったんややこしい話は抜きにして、上記の記事から最終的な結果はどうなってん???と申しますと、、、、
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#・・・。
そりゃあこの子たちが高校生やってる3年間1日たりとも休まず教室を開け続けてこの結果ですから塾講師としては死ぬほど情けないし正直今もちょっと気持ちの中で引きずってます。
ただこれが受験だしこれが現実。
やっぱり理想的な受験集団にまとめ切れなかった自分の現段階の限界。
さて、以下が本日の主張です。
伝わりにくいかもしれないのですが、これは高校受験も含めて、模試の判定でこの時期に◯判定やったらどうだとかっていうのはぶっちゃけ・・・
人による
といったところで、もうそんなのは良い意味でも悪い意味でも塾講師(それこそ人によるけど)っていうのは死ぬほど経験します。
#第1回の全統でAのところを最終的に落ちた人はさすがにこれまでウチでは1人もいませんが
ただ、じゃあ志望校への確率を測ることは実質不可能なのか?っていうとそれは違います。
違うからこそ、
「”自習室の風景(重本の肌感)”と模試の判定の結果が合っていない」
という感覚にもなれるんだと思います。
大学受験ってホントに99%の人にとっては相当な努力量を要します。特に京阪神クラスの大学に入るのに“明らかに人よりやってなくて入れる”っていうのは個人的な知見の及ぶ範囲では、大阪で言えば高校受験の段階で「北野に上位で受かるのになんっっっっら苦労を伴わない」くらいの才能は最低必要だと思います。
「やる気の出し方」とか「偏差値爆上がり勉強法・参考書」とかそんなお遊び感覚ではどうにもならないのはいろんな生徒さんを見てて明らかです。
これはハッキリ言っちゃうんですけれども、それゆえと言うべきなのか何なのか、模試の結果とか関係なく「この子イケるわ。」っていう子と「数字あるけどなんか心配や・・・」っていう子は見てて全然違います。前者も後者も時代を選ばずそれぞれでどちらも似てるので。
やっぱり「あ、イケるわ。」の子って
・集中力
・生活&自習ルーティン
・客観性
・勉強量
・自習に来た際の最後まで残ってる確率
・顔つき
・精神性
・塾への信頼の寄せ方
・・など、このどれもが“(サクセスした)先輩たち”とよく似てますし、逆に言えば、「なんか心配や・・」の子ってちょっとその“先輩たち”とはなんか違うんです。あんまり言いたくないけどやっぱり私から見たら何か違う。。。
ただその何かが言語化できないことや言語化できたとしてもするべきでないことも多くて難しい。。。
そういう意味で、旧高3は全体的に”先輩たち”とは違ったんで模試の判定を見たときはかなり甘く感じてました。
とっくに勝負がついた今、より詳細なポイントについては私自身の胸の内に留めて今後の学年運営に活かすことにして、とかく言いたいのは、、、というか、もう伝わってるかと思うのですが、模試の判定のホントの評価は人によるという感じで、一番指標になるのは繰り返すのですが、
・集中力
・生活&自習ルーティン
・客観性
・勉強量
・自習に来た際の最後まで残ってる確率
・顔つき
・精神性
・塾への信頼の寄せ方
などの数値化されにくいが見てて分かる部分にこそ現れてるので、高校生のみなさんは最低でも「集中力」「生活&自習ルーティン」に関しては日々こだわって頑張ってもらえたらと思う次第です。
本日は以上です。
ではまた。
【究永舎】
2008年6月に豊中市に重本孝が開校した進学教室です。最初は高校受験の塾としてはじまり、2014年シーズンからは大学受験を対象とした高校生クラスを開講。現在は中2〜高3の講座全てを重本が担当するユル〜い個人塾なのに毎年難関校合格者が生まれる摩訶不思議アドベンチャーな教室です。
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