おはようございます。
この髪型は永沢君へのオマージュでないことだけは伝えておきたい重本孝です。
選択肢を増やすものは学歴ではなく..
先日お問い合わせの面談にお越し下さった保護者様とも話題になったのですが、よく世間一般で「学歴をつけることで選択肢を増やす」みたいことって言われます。
読者様の中にもそうお考え方がおられるかもしれません。
まずちょっと私がそうした「学歴をつけることで選択肢を増やす」論者の方にお尋ねしたいのは、、、、
「ホンっっっっっっっっトに心の底から『選択肢を増やした方がいい!』と思ってらっしゃいますか?」
ということなんですね。
と言いますのも私はあまり選択肢の多い少ないより、何よりも大切なのは
本人が何をしたいか?
だと考えているからです。
だいぶ前にこのブログでもネタにしたことがありますが、私の好きな言葉の1つに
泳げない人は溺れない
というのがあります。
要は、泳げない人というのはそもそも水辺に近づかないから結果的に溺れないのだという意味です。私はこの言葉の“言い得て妙”感がすごい好きです。
で、私はこれと同じことが職選びにも言えると思っています。
例えば運動が苦手だとか、体力に自信がない人って、そんなのじゃ警察官や消防士になれない!・・・とかでなくて、そもそも目指さないと思うんですね。
部活や恋愛ばかりに力を入れて学歴がさっぱりの人って、官僚や財閥系の頭取とかまず目指さないんです。
私の教え子諸氏も就活やら入社2、3年ぐらいなどでよく悩んでる子もいますが、ある意味学歴があるが故に、とりあえず応募できる会社が多くて悩むし、学歴があるが故に転職もなんとなくまだ20代半ばのうちは選択肢が多いのをこれまたなんとなく知ってるので悩みます。
世の中、そういう人と真逆で、それこそ「勤め人」として自分がいろいろ市場評価がイマイチなのをなんとなく知ってるから最初から「なんの商売で当てるか?」みたいな発想一択の人もいると思います。(知人に多いですw)
でも、言うまでもなく「自分にはこれしかない!」っていう頑張り方もアリだし、それって全然不幸どころか、そういうのがある人ってむしろ幸せなんじゃないでしょうか。
あと個人的に思うのが、受験勉強を(特に受身的に)頑張ってきた人というのは、体育会系一本の人とかよりも“嫌やけど頑張る”の耐性は強いように思います。
結局、何の前触れもなく会社をポーンと辞めて自分で商売を始めるタイプの人というのはどちらかと言えば幼少期から10代にかけてそれが勉強だろうが運動だろうがとりあえず“好きなことだけは頑張る生活”を送ってきた人間に多いような気がしています。
要は嫌いなことや違うなと思うこと強制されたら耐性弱過ぎてストレス死するけど、好きなことはそれなりに頑張れる自信があるからやる、みたいな。
#サラリーマン向いてへんヤツ
話を戻します。
以前、芸人のロザンさんが、高学歴→大企業・医者・弁護士・官僚みたいなのを周りからめっちゃ期待されて、それってむしろ選択肢狭まってると仰っていて、確かにと思いました。
先日ブログでご紹介した動画にて、ヒカルさんも高校生の子たちに伝えていたように、世の中ってホントにいろんな仕事があるし、いろんなことが仕事にできるんです。
これは当たり前のことなのですが、意外とそういう視点で子どもと接する大人は少ないんじゃないかと思います。
ていうかむしろそういう大人のスタンスこそが一番子どもの選択肢を狭めるのではないかとも。。。
これも以前何かで、ヒマラヤの麓付近の村に住む女の子がインターネットと出会い、自分が詳しい、険しい大自然の麓周辺の地元の地図を作ってネットで旅人や登山家に向けて売ったら死ぬほど儲かったみたいな話を聞いたことがあるのですが、そうして仕事を作ることも可能でしょうし、「こうしたらイケるんちゃうか!?」みたいなのを実行して世の中にウケることは仕事の醍醐味でもあります。
きっと本日以降も常に何らかの「職業」は増え続けるでしょう。
まとめると、実は選択肢を増やすのは「学歴」じゃなくて、「自由な生き方を愛する大人のスタンス」と「子ども自身の自由な意志と自由な発想」なんじゃないかなと、そう思う次第なのであります。
以上でーす。
ではまた。
【究永舎】
2008年6月に豊中市に重本孝が開校した進学教室です。最初は高校受験の塾としてはじまり、2014年シーズンからは大学受験を対象とした高校生クラスを開講。現在は中2〜高3の講座全てを重本が担当するユル〜い個人塾なのに毎年難関校合格者が生まれる摩訶不思議アドベンチャーな教室です。
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