おはようございます。

 

18年近くも同じ場所で教室をずっとやっておりますと、いまだに開校当初の2008年〜2015年くらいの頃にお通いいただいていた保護者様に道端でお会いする機会が年に何回かあって、ちょくちょく「教室どうですか?」的な話を振っていただくのですが、その度に昔と今とで教室が変わり過ぎていて「ぼちぼちです。」みたいな言わばおもんない返しでいくのか、端的にでも現状をお伝えするのか・・いや、でもその場合どこからどう説明したらええねん???になってしまって毎回やや困る重本孝です。

 

#そんなわけで本日は息抜き記事です

 

 

 

 

#リブログありがとうございます!!!!!!

 

 

 

 

 

教室開校当初にお通いくださった皆様にどう説明していいのか分からない究永舎の昔と今。

 

 

#2008年3月に大手塾を退社した段階で手元に40万円しかなく今後のことを考えるとビビって散髪代も出せなかった頃のマリモヘッド重本

 


究永舎は2008年6月に大手塾を退社した私(開進館OB)と光博氏(立志館ゼミナールOB)で開校しました。


そんな開校当初は小4〜中3のクラス設定で、中学生は2クラス設定でありました。

 

またテナントは当初は今の5F・4Fの2フロア体制ではなく、5Fの今の部屋のみで、内装も今とは全く異なるものだったのですが、なにせ私は自ら写真を撮るという習慣がなく、当時チラシ用などに撮影したカメラとデータもどこかにいってしまって残念ながら今この場で昔の見た目の様子をお伝えする術はありません。。。

 

というか今思うとせっかく開校当初に通ってくれた生徒さんみんなと1回だけでも記念撮影くらいしておけばよかったな〜・・とは思ってます。

 

#どんな社会人なってるかちょっと気になる

 

 

開校当初はまあまあ順調な方であったとは思います。しかしながらそこから2010年シーズン末で光博氏が自らも今の教室で独立し、そして新たな先生を迎えるのですが2011年シーズン〜2012年6月まではなかなかうまくいきません・・が、生徒さんが大量に辞めていくのはもっと後の話です。爆

 

で、結局2012年7月から2015年シーズン末まで入ってくれた先生がめちゃ冴えていて生徒さんもどんどん増えてマジでこの頃は良かったです。

 

ただ、その先生が4シーズン頑張ってくれて去っていった後、新たに先生たちを雇って最大で私含めて4人体制までいったのですが、爆増する人件費とは裏腹に生徒さんの退塾ラッシュがジワジワ始まっていき、先生も毎年のように入れ替わるわ、口座残高も講習月以外の平月で30〜50万前後単位で消えていくわで一気に経営は傾いていきました。

 

#生きてる心地せんかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで2018年の11月末口座残高はいよいよ20万を切るところまで来てしまいまさに究永舎風前の灯火、重本死亡待ったなしというやつです。

 

この頃になると辞める人はとことん辞めてしまった結果として退塾する人はほとんどいなくなりましたが、いかんせん入ってきてくれる人もいません。

 

そんな中とりあえず年収400万円ならなんとかこの1年払えるかなという感じで、今度は新キャラの若い先生を採用します。

 

ただとにかく当時は入塾希望者がZEROの月がひたすら続く状態で、豊中の暮らしはやけに喉が渇いてしまう感じでした。

 

内心としては「2020年の受験を最後にオレも教室経営から引退かな〜・・」とぼんやり死兆星が見えてきている感じです。

 

 

そしてお先真っ暗なそんな矢先に現在世界史の教科書にも載っているあの日を迎えることとなります。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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#最近になってやっと時代がオレに追いついてきたみたい

 

 

 

とりあえずこれにより年収400万の人件費が浮くのでなんとか2019年シーズンは持ち堪えられることは確定しましたが、急遽時間割(講座設定)をワンオペ仕様に組み直し、私は中学生のとき以来数学と理科に触れる感じだったので、中学生のみんなに迷惑を掛けないようにするためにもそこから毎晩数理の1人勉強会発動です。

 

ただこれによってそれまで社員の授業の練習などに費やしていた昼間の時間がバッコーーーンと空いたので、めちゃくちゃ時間的な余裕が持てたり、「採用」という一番苦手な業務が無くなって生徒さんに意識を向ける余裕が何倍にも増えました。

 

ただそれでも入塾希望者はほとんどおらず財務面ではスッカスカの状態ですのでヤバイ状況は変わりません。

 

しかしそんなヤバイ状況の流れが変わるきっかけとなる、今度はマジで世界史の教科書に載りそうな世の中的にヤバイあれが起こります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにより4月の春期明けからG.W.明けまでの1ヵ月の間、究永舎も大阪府からの休業要請に従いその間を休講にすることとします。

 

そしてその休講の間の1ヵ月を毎日教室に1人籠って今後の策を練ることに費やすのですが、結局それによって生まれたのが今のブログマーケティングであり、その一環としとてのHPの現在の形状です。

 

またその休業期間には休業補助金として府や市から200万(くらいだったような・・)いただいたり、ちょうど前年度で内装工事を行った際の500万と社員さんの給与捻出のために借りた300万の2本の借金の返済が同じ時期に終わっていたこともあり、とりあえず金融機関から低金利で1700万(くらいだったような・・)の借入を行っておくことで、財務面においても精神的な余裕ができました。

 

そしてそこから現在にいたるまでブログの読者様が入塾してくださる流れができたり、途中値上げもさせていただいたりなどもあって、教室運営は2021年度以降は非常に順調なものとなっています。

 

結果的に2008年当初小4〜中3だった講座設定は、2014年に小5〜高3、そして現在では中2〜高3の設定となったり、また高校クラスからの受付を公立高校文理学科の方だけにさせていただいたりで、昔と違って生徒さんの大半が進学校の高校生の方となったり、通塾についても、自転車で通われる地元の方が約50%強で、残りの約半分の生徒さんは北摂全般や大阪市内、遠方では枚方、八尾、島本町からもお越しいただいているという形になりました。

 

またさらにはそうやってブログを日頃からお読みくださっている方からのご入塾なので、チラシや口コミに頼っていた時代にはそれなりにあった全然考え方が合わない生徒さんや保護者様(ブチ切れの喧嘩になることも何度か・・)というのがなくなり、現在はめちゃくちゃ快適に教室運営をさせていただいております。

 

#卒業生はまた遊びに来てくれたら嬉しいです。

#ていうか自習中のオヤツのクオリティが10倍近く上がっているというのも大きく変わったとこかなと笑

 

 

ホントはここにそもそもなんで今の場所で始めてん?などの経営背景や、各時代の社員さんの思い出や自分が体験した様々な受験経験なども盛り込めば興味のある人にはもっと楽しんでいただけるものになったと思うのですが、さすがに長過ぎるので今日のところはだいぶざっくりと書いたつもり・・・・・でしたが、今確認すると文字数は余裕で3000文字越えとなっており、今回もまた読者様のお時間を結構奪ってしまったなと少し反省してます。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

【究永舎】

2008年6月に豊中市に重本孝が開校した進学教室です。最初は高校受験の塾としてはじまり、2014年シーズンからは大学受験を対象とした高校生クラスを開講。現在は中2〜高3の講座全てを重本が担当するユル〜い個人塾なのに毎年難関校合格者が生まれる摩訶不思議アドベンチャーな教室です。

 

ご興味のある方はコチラ。

 

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究永舎 大阪 北摂 豊中市にある

高校受験・大学受験で連勝を目指す教室