山田朗著『軍備拡張の近代史 日本軍の膨張と崩壊』吉川弘文館:私たちは近代日本の歴史から軍事力をコントロールする術をどれほど学んだであろうか。専門家にまかせがちな軍事とその膨張を具体的なデータに基づいて概説する。

ダニー・ネフセタイ著『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』集英社新書:「国のために死ぬのはすばらしい」と思い込ませる教育を受けたユダヤ人が、なぜ軍を疑い、なぜ抑止力による平和に疑問をいだくようになったのか? 平和憲法を頂く日本人にとってその思考の足跡から学ぶことは少なくない。

 

テーマ5 抑止力が戦争をつくりだす

 

【課題提起】武器を発達させて戦争のアクセルを踏み込んだら、歯止めが掛からなくなり慌てて戦争のブレーキをかける! 愚かしいとしか言いようがありません。しかしそのブレーキさえどこまで利いたのか? 人びとの努力とは裏腹な、きびしい 現実にも目を向けないわけにはいきません。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は毎年、世界各国の軍事費を集計しています。それによると世界の軍事費の総計は、1990年9330億ドル、2000年7423億ドル、2010年1兆6483億ドル、2020年1兆9468億ドルと増加の一途をたどっています。2000年に減少したのは冷戦終結によるものですが、01年の9.11同時多発テロ以降、世界は再び軍備拡張に転じて、21年には初めて2兆ドルを突破しました。

 シェアをみると世界最大の軍事大国アメリカが40%ほど、猛追する中国が15%ほどに上昇し、合わせて50%を超えています。この2ヶ国に続くベスト10の常連はインド、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、サウジアラビア、日本、韓国です。誇れることではないので「ワースト10」というべきでしょうか。

 200年以上も前、カントが危惧した常備軍の自己増殖は止められませんでした。どうしてでしょうか。そのキーワードは「抑止力」です。

 A国の軍隊が100の軍事力をもてば、B国は負けじと120の軍事力をもつ…なぜなら相手より大きな軍事力を持たなければ相手が攻め込んでくる、こう考えるのが、抑止力の論理だからです。いつも相手より優位にたたなければならないので、140が160に、180が200にと、軍備拡張の競争には限りがありません。

 でも考えてみてください。軍備とは戦争をするための兵員や兵器(軍事施設も含む)のことです。なのに戦争をしないために軍備を拡張するというのです。人類は長い間、この自己撞着に陥ったまま、何度となく戦争の惨禍に見舞われてきました。この道理に合わない状態から抜け出す方法はないのでしょうか。

【意見交換】『まるわかり!日本の防衛~はじめての防衛白書~(第3版)』に記載されている「国の防衛はなぜ必要なの?」を読んでみよう。

 この冊子は 防衛省が毎年作成する 防衛白書(令和4年)の内容をもとに、小学校高学年や中学生、高校生向けにわかりやすく 解説したものですが、そこでは抑止力を「ほかの国に対し、日本を攻めることを思いとどませる力」と定義しています。日本を攻めたら返り討ちに合うから攻めるのはやめておこう、そう相手国が判断するような兵器と軍隊をもつことが戦争の抑止力になるというのです。この主張についてあなたは賛成ですか、反対ですか。その理由も含めて意見交換しよう。

(賛成 反対 その理由             )

【コメント】「思いとどませる力」でぼくが思いだすのはアジア太平洋戦争における対米開戦です。日本が真珠湾に奇襲攻撃をかけた1941年、軍事力だけみれば日米間にさしたる差はありませんでしたが、総力戦の勝敗を決めるのは経済力です。近代日本軍事史を研究する山田朗さんによれば、当時、アメリカは日本と比べてGNPと鉄鋼生産が12倍、商船建造量と航空機生産は5倍、石油精製能力に至っては52倍もの差がありました(山田朗『軍備拡張の近代史』吉川弘文館)。そして当時の日本の政治家も軍人もそのことは重々承知でした。にもかかわらず日本はアメリカを攻めることを思いとどまりませんでした。アメリカの強大な軍事力・経済力をもってしても抑止力は働かなかったのです。戦争の力学は抑止力を上回る別の力で働くようです。

 そして80年後のいまも同じことがおきています。防衛庁の同冊子には抑止力を十分にもたないと思われたために侵略を受けた事例としてウクライナを取り上げています。ロシアの侵略とウクライナの抑止力との関係は詳細な検討が必要ですが、ハマスによるイスラエル突入はどうでしょうか。世界を震撼させたこの事件とその後の経緯については世界の人びとが心を痛めていますが、抑止力がいかに空論であるかをリアルに教えていただいたのはダニー・ネフセタイ著『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』(集英社新書)です。

 著者は日本在住のユダヤ人です。イスラエル建国直後に移住した家庭に育ち、元イスラエル軍に入隊した愛国者でした。そのかれが秩父で木工房を営むかたわら訴えているのが「抑止力という考えはもうやめよう」です。この著書に学んで内容を整理すると、こうなります。

 イスラエルは、軍事費がGDP比4.5%、莫大な資金とアメリカの支援を受け、核武装に最新兵器を備えた、万全の抑止力を誇る国です。その国がハマスの突入を許し、数百人の自国民の命を守れませんでした。そしてその後に起きたのは、ハマスへの報復を理由にしたガザのパレスチナ市民に対するジェノサイドです。抑止力になるはずの兵器や軍隊が無辜の人びとの命を無残にも奪い取っています。

 ダニーさんは事実に即してハマスとイスラエルの戦争は抑止力のウソを何よりも証明しているといいます。抑止力は平和を守る力にならないばかりか、むしろ戦争を誘発し殺戮を増長させている! その現実はまさに中国の故事成語「矛盾」そのものです。

 矛盾とは「二つの物事が食い違っていて、辻褄が合わないこと」です。中国の古典『韓非子』に由来します。こんなお話です。

 「楚の国に矛と盾を売る者がいて、自分の矛はどんな盾でも貫くことのでき、自分の盾は矛をも防ぐことができるができると誇っていたが、人に『お前の矛でお前の盾を突いたらどうなるか』といわれ、答えられなかったという」

 いまで言えば、矛は砲弾、盾は装甲でしょうか。大砲に使用される砲弾は、丸い石弾にはじまって金属塊となり、形も椎の実型の長弾にかわり、やがて火薬を詰めた炸裂弾となります。装甲は木の板や動物の皮が素材でしたが、青銅、鉄や鋼、金属合金と進化していきました。この兵器と対抗兵器の定向進化は、抑止力の名のもとに2兆ドル超えの「怪物」となりました。その怪物が牙をむく現場がウクライナやパレスチナ、スーダン、ミャンマー…です。その影で世界の軍事産業は濡れ手に粟の暴利をむさぼっているといいます。

 日本は戦後、憲法で戦争を放棄しましたが、米ソの冷戦がはじまると、自衛隊が誕生して再び軍備をもつことになりました。自衛の範囲を超えない専守防衛が長くこの国の国是でしたが、近年、東アジア情勢の変化を理由に大転換がおこなわれようとしています。さらなる抑止力が必要だというのです。周辺国の軍事力増大に合わせて防衛費はGDP比2%、ほぼ倍増して世界の軍事ランキングは3位になるといいます。

 中国による海洋進出や台湾有事がささやかれ、北朝鮮は核ミサイル開発を急いでいます。そのなかでウクライナの轍をふむな!米日韓は一体となって抑止力を強化せよ!というわけです。

 しかし軍事力世界1位のアメリカと9、10位の日韓が手を組んで、さらに軍事力の強化にのりだすことを相手側からみたらどうなるでしょうか。2位の中国は当然、さらなる抑止力の強化をはかります。北朝鮮はどうでしょうか。当然抑止力として核武装化をおしすすめるでしょう。中国はGDP世界2位の経済大国ですが、北朝鮮はGDP約3.6兆円、福井県の県内総生産とほぼ同額であり、軍事費はGDP比15%です。経済的に貧困なだけに、米日韓を「思いとどませる力」に必死で近づこうとすることは必定です。そこに極東の動きを注視するロシアがからんで事態が深刻化すれば、「窮鼠、猫を噛む」ことも起こりうるのです。それは核ミサイルの使用を意味するのではないでしょうか。そんな事態を望む人は一人もいないはずです。しかし状況次第では東アジアが世界の火薬庫になる可能性は極めて高いといわざるをえません。現代の盾と矛の競い合いがはたして将来にわたる平和の創造につながるのでしょうか。

 ルソーは戦争についてこう言っています。「戦争は平和から、あるいは少なくとも、継続的平和を保障しようとして人間たちが行う予防措置から生まれる(『戦争法原理』)」。この戦争の本質をつく言葉に用いられた「予防措置」とは、言葉をかえれば、抑止力のことです。抑止力にたよる平和の創造は一歩まちがえれば、戦争の創造につながるのではないか! 抑止力に代る平和実現への道はないのでしょうか。若い世代にはとくに考えてほしい課題です。

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