(上左)クラウゼヴィッツ『戦争論』中公文庫:戦争という現象の理論的な体系化に挑戦した古典的名著。近代における戦争の本質を鋭く突く。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」は著者の戦争観を端的に表す言葉だ。

(上右)カント『永遠平和のために』岩波文庫:ナポレオン戦争がはじまる直前、戦争を防止するにはどうしたらよいのか。永遠平和の実現への道を具体的に示したカントの名著。

(下左)『新訂 孫子』岩波文庫:日本の兵法にも多大な影響を与えた兵書。現実的な戦術が13篇に分けて述べられているが、そこに深い思想的な裏付けを感じる。戦争ばかりか人生の書として読み継がれるが、兵法の根本は「いかに戦わない」ではないか。

(下右)ルソー『社会契約論』岩波文庫:ルソーの代表的な著作。その第1編第4章で戦争は国家と国家の関係であり、戦争の開始と終了は国家間の合意によって決められるものであり、それ以外の期間は殺人の権利も奴隷化の権利も失われると説いた。

 

テーマ4 戦争にブレーキをかける

 

【課題提起】棍棒から核兵器と、武器はその殺傷能力を高め、戦争をより残虐にしてきたのは事実です。武器の発達はいわば戦争のアクセルです。にもかかわらず戦争死や暴力死の割合が減少してきたとすれば、それはなぜでしょうか。ピンカーの議論を一歩深めて、人間はいたずらに戦争を激化させているだけではなく、制御もしてきたのではないか? したとすれば、何をしたのか? 戦争のアクセルに対して戦争のブレーキとは具体的にどのようなものなのでしょうか。

【意見交換】戦争のブレーキと聞いて、思いうかぶことを自由に書き出してみよう。書き出されたことがらの1つ1つについて、それがどうして戦争の抑止や制御につながるのか、その理由をみんなで議論しよう。

(戦争にブレーキをかけるもの       )

(抑止や制御につながる理由        )

【コメント】「戦争反対!」といって声をあげること、とても大切ですが、戦争のブレーキという課題に対して、ぼくは戦争のルール化を取り上げてみました。スポーツと同じように戦争にもルールがあります。やっていいこといけないこと、使っていいものいけないもの、…戦争に少しでも制限をかけようということです。とはいっても戦争のルール化が始まったのは19世紀も後半、かなり時代が下ってからのことでした。それ以前の戦争の実像を少しふりかえっておきましょう。

 中世ヨーロッパでは数多くの宗教戦争が起きています。キリスト教徒がイスラム教徒から聖地エルサレム奪還しようと起きた十字軍の遠征、キリスト教の旧教と新教が対立したユグノー戦争や三十年戦争…こうした宗教対立に起因する戦争は凄惨を極めました。虐殺や略奪といった暴力が罪悪感なく神の名のもとにおこなわれたのです。神学者たちは正戦論を唱えて、暴力の無制限な行使が正当化されました。しかしくり返される宗教戦争は人びとを疲弊させ、地域を荒廃させました。それにつれて宗教の権威は失墜し、戦争をおこなう主体は宗教から国家に移行します。

 ナポレオン戦争は国家同士が争う近代最大の戦争です。その主役は中世の貴族や傭兵に代って国家に徴兵された国民軍でした。愛国心で武装した国民軍は自由・平等を掲げてヨーロッパ全土を席巻しました。しかしその勢いが逆に各国の国民意識を高揚させてナポレオン帝国は没落しました。犠牲者数は350万~500万人(戦死の他、怪我、飢餓、疫病などによる死者も含む)といわれ、戦争の突然変異といわれるほど大規模化し、残虐性が強まりました。敗者となった皇帝ナポレオンは島流しになりましたが、戦争の罪が問われたわけではありません。なぜでしょうか。

スペインに侵攻したナポレオンの横暴に反発した民衆は、5月2日にマドリードで蜂起。やがて反乱はスペイン全土に拡大する。蜂起したマドリード市民の銃殺を描いたスペインの画ゴヤの名作、『マドリード 1808年5月3日』。ナポレオンの侵攻は各国のナショナリズムを鼓舞した。

 

 戦争が主権をもつ国家の権利となったからです。権利である以上、正義か不正義かにかかわらず国家は等しく戦争に訴えることができます。これを無差別戦争論といいます。国家に戦争に訴える自由がある以上、たとえ勝者であっても敗者を裁くことはできません。国家とその指導者の無制限の暴力行使は、だれも抑えることができなくなったのです。

 このエスカレートする戦争の現実を追認する、後世の政治家や軍人に多大な影響を残した軍事論がクラウゼヴィッツの『戦争論』です。著者はナポレオン戦争にも従軍したドイツの軍人であり、その軍事思想の核心は暴力の無制限使用でした。「戦争は一種の強要行為であり、…目的にするところは、相手を打倒して、およそ爾後の抵抗をまったく不可能たらしめるにある」。この敵の完全な打倒を目的とする戦争論は、20世紀の世界戦争やその後にまで引き継がれていくことになります。戦略爆撃や原爆投下に止まらずジェノサイドは今も続いています。

 しかしこれとは反対に将来にわたる戦争の残虐化にブレーキをかけ、どうしたら恒久平和を確立することができるのかを思索した人がいます。ドイツの哲学者カントです。かれは中世の戦争を担ってきた貴族や傭兵に対して優位を誇った国民軍(常備軍)がやがて自己増殖して恐るべき脅威にのし上がってくることを予見し、その著書『永遠平和のために』で常備軍の全廃と、共和的で自由な諸国家による平和連合の創設を提唱しました。カントの思想は平和の創造という戦争否定の流れをつくりました。人類は今も常備軍の全廃には至っていませんが、国際連盟と国際連合という平和維持機関の創設は現実のものとなっています。

 とはいっても永遠平和の確立は今も人類の課題です。そのなかで少しでも戦争にともなう苦痛を軽減しようとするもう一つの流れが戦争のルール化です。この動きは戦争に「人道」をもちこむところからはじまりました。戦争と人道! 両立できそうにない2つを結びつけたのはフランスの思想家ルソーです。かれは、平和と戦争を対になる通常の社会現象とした上で、戦争は人と人ではなく、国家と国家との関係において起きるものであり、国家によって偶然、兵士として敵同士にされた者には殺す権利が生ずるが、相手が武器を手放したり降伏したりして一人の人間にもどれば、殺す権利も失われると論じました。こうして人間は戦場においても平時と同じく人道法によって守られるべきであると考えたのです。

 この戦争に人道をもちこむ動きはナポレオン戦争から半世紀ほど経った19世紀半ば、戦傷者の救済からはじまりました。クリミア戦争で戦傷者の看護にあたったナイチンゲールや赤十字社の創設に深く関わったアンリ・デュナンの活動はよく知られたことです。そうした人びとの尽力の中で1868年の「セントペテルスブルク宣言」は国際社会が成し遂げた戦争のルール化の最初の成果でした。この宣言により特定の兵器(焼夷兵器、ガス兵器)の禁止がはじめて合意されました。その後、何度となく国際会議が開かれ、現在、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約などの戦時国際法ができあがっています。

 「兵士は軍服を着て民間人と区別する」「負傷したり降伏した兵士は殺さない」「捕虜になった兵士は虐待しない」…こうした 戦争のルールを互いに承認することで、暴力の無制限な行使にブレーキをかけようとしたわけです。

 今から2千数百年も前、古代中国で『孫子』という兵法の本が著わされました。兵法とは戦争の戦い方ですが、内容はまったく好戦的ではありません。この本の冒頭は「戦争とは国家の大事、国民の生死、国家の存亡を決めるものであるからよくよく熟慮しなさい」という言葉にはじまります。できれば避けたいという認識のもと、戦争が現実に存在して避けられないものであるなら、できるだけ被害を最小限にとどめて解決を図りたい、これが『孫子』が教えです。洋の東西を問わず戦争を制御しようとする動きは連綿と続いてきたのです。

 国際社会はいま、戦争のルール化を超えて、「戦争の違法化」の段階に至っています。この理念はいまも実現したとはいえませんが、戦争は罪悪である認識は人びとの間に広く定着しています。これまで人類は戦争や暴力に無為であったわけではないのです。

 『暴力の人類史』の著者ピンカーは戦争や暴力の減少について人権思想の革命的な役割を強調しています。その思想はその後、識字率の向上や印刷物の増加によって人びとの間に広く深く浸透していきました。そのことが戦争のルール化や戦争否定の考えに結実したといってもいいでしょう。

 だれもが本を手にして読める時代です。人類社会から戦争をなくそう、さけよう、少なくしよう、という思索の足跡から学ぶことは多々あります。手始めにカント『永遠平和のために』にチャレンジすることを勧めておきます。

 テーマ4について感想や意見をまとめておこう。

(感想・意見         )

【課題探究】条約となった多数の国際戦時法の中からハーグ陸戦法規とジュネーブ条約を調べて、戦争のルール化の内容を探究してみよう。

 ハーグ陸戦法規とは、1899年に第1回万国平和会議において採択された国際法。交戦者の定義や、宣戦布告、戦闘員・非戦闘員の定義、捕虜・傷病者の扱い、使用してはならない戦術、降服・休戦などが規定されています。

 ジュネーブ条約とは、1864年に締結された傷病者及び捕虜の待遇改善のための国際条約ですが、第二次世界大戦後の1949年に全面改正された戦争犠牲者保護に関するジュネーブ諸条約のことを指します。

 では具体的にどのような取決めがあるのか、ここでは「戦闘の方法・手段の制限」について内容をまとめましょう。またその内容に照らして、実際の戦闘においてどこまで遵守されてきたのか、具体的な事例を調べるなどして、自分の意見をまとめてみよう。

条文検索は以下の通りです。

ハーグ陸戦法規 第二款 戦闘 第一章 害敵手段、攻圍、及び砲撃 22~28条

 https://ourakon.com/haag-rikusenhoki#toc122

ジュネーブ条約・第1追加議定書 第3編 戦闘の方法及び手段の規制 35~42条

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/giteisho.html

[参考]ジュネーブ条約に関する短い動画  bing.com/videos

「ジュネーブ条約」「戦時の決まりごと」「アニメで知る国際人道法~ジュネーブ諸条約ってどんな条約?」