バンコクで愛犬サクラとスパ経営♡♡

バンコクで愛犬サクラとスパ経営♡♡

元奈良県警の警察官だった私は、警察を辞めてバンコクでスパを経営することに・・・
愛犬サクラとタイ人スタッフとの奮闘の毎日を綴っています!!

このブログは、バンコクでリンパ&理学整体スパを経営する日本人リンパセラピストのToyoが、スパでの奮闘状況を綴っております。

中でも、スパの経営を始めてから2年間の、タイ人に翻弄された日々はとんでもない経験でした。
けれど、現在は良きスタッフにも恵まれ、充実した毎日を送っております。

いつか、全てを笑って過ごせるようになった時に、辛かった日々を振り返り、こんなこともあったな~と懐かしむことができるようにしたいと思い、自分への記録として綴りました。

「タイ人と働くことってこういうこと」というテーマに興味がある方には、参考になるかもしれませんので、チラッと覗いてみてください。
でも、決して良い面での参考にはならない失敗談だらけですけどね・・・



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テーマ:

私には夢があります。

この年になって夢なんて〰と思いますが、源九郎稲荷神社の復興活動を始めた時から、あの傾いた社務所をなんとか建て直したいと思うようになりました。

・・・・それには0が7つ程つくお金が必要です~

 

前職の警察にいたところで、もらえる給料は決まっているし・・・ということで、思い切って警察を辞めて、現在の仕事に就きました。

まさかバンコクまで来て、スパを経営することになるとは、警察を辞めた時点では想像もしませんでしたが、自分でビジネスというものをやってみて、自分の力でお金を得てやろうという、とってもとっても安易な思いでおりました。

 

その安易な気持ちで、バンコクに来た当初は、想像を絶するような苦労が待ち受けていました。

言葉はわからない、習慣はわからない、書類は全てタイ文字、契約した弁護士にも騙されるは、タイ人スタッフには振り回されるは、お金を盗まれたり、騙されるたのは何回あったことかわからない・・・・

 

警察に在職中は、あれほど自信に満ちて仕事をしていたはずの私なのに・・・子供以下のことしかできないことを思いしらされました。

さらに、警察でもらった退職金も、湯水のように無くなっていきました。

 

そんな私に対して

「警察を辞めて大失敗やったね。」とか、「エステサロンなんて成功するわけがない。源九郎稲荷神社でお守りを作る職人になればいい」と言った意地悪な事を言う人もいました。

 

エステサロンなんて成功するはずがない!という言葉には、スイッチが入りました。

何がなんでも成功してやる!!

と決意し、そこからは夢を通り越して意地になった時もありましたが、意地になったところどうにかなるものでもありません。

 

何人目かに雇ったタイ人が、うつ病でお店で発狂するという事態になった時から、

「これはもう私だけがいくらがんばってもどうにかなる問題ではないや。一旦リセットして、もう一度やり方を見直してみよう」

と思いました。

 

丁度その頃、タイ人が経営する理学整体をメインとしたホリスティク医療センターから、スタッフの理学療法士達に「リンパマッサージを指導しに来てほしい」という依頼がありました。

あまり気は進みませんでしたが、何かヒントが掴めるかもしれないと思い、非常勤セラピストとしてその病院で働くことになりました。

そこは世界各国の最新ホリスティック医療を提供している病院であり、タイ国内に5店舗、オマーンに1店舗展開しており、スタッフも120名程いました。

全店合わせると理学療法士は70名程おり、みんなとても優秀でした。

 

このスタッフ達を見て感じたことは、私がそれまで雇ってきたスタッフとの質の差でした。

圧倒的な技術力の違いはもちろんのこと、お客さまとの接客能力、医療知識、英語やアラブ語等の語学力・・・と

単なる町の小さなサロンとの違いを見せつけられることとなりました。

 

もちろん価格的にも、それなりの料金設定なので、来られるお客様自体が富裕層の方が多く、アラブからもわざわざ治療に来られるお客さんも非常に多いため、アラブ語の通訳人も常駐していました。

 

この医療センターと自分のスパとの掛け持ちは、体力的にも精神的にも非常に厳しく、毎日クタクタになりましたが、学んだことはたくさんありました。

 

その1つは、美と健康の両方をお客様に提供できなければいけないということです。

それまで私のスパでは、フェイスマッサージと痩身のメニューしかなく、健康面でお客様に提供できるのは商品のサプリメント位でした。

いかに多くの方が健康というテーマを追い求めていらっしゃるのかを目の当たりにしました。

健康に特化したメニューを提供できるスパへと成長する必要性を感じました。

 

2つ目は、質の高いスタッフを採用することです。

技術力だけでなく、お店の経理関係もでき、日本語は無理でも英語で日本人のお客さんとも喋れるスタッフが必要です。

給料の額がたとえ高額になったとしても、スタッフの質ですべてが決まると思いました。

 

3つ目は、お客様のターゲットをタイ人から日本人に変えることです。

私のスパがある場所は日本人がほとんどいない地域であったことから、最初から日本人の集客は無理だと諦めていました。

けれど、タイ人をターゲットにしている限りは、私自身が前職で学んできた医学的スキルを活かすことはできないと思いました。

なぜなら、タイ語で専門的な説明をお客様にすることは、私のタイ語力ではとても無理だからです。

 

たとえ、最初は少ししか日本人のお客様が来られなくても、一人1人に丁寧にカウンセリングと施術をさせてもらうことで、草の根的に少しづつ集客していけるのではないかという気がしました。

 

というのも、この時すでに5名程の日本人のお客様が口コミでお店のことを知り、私の施術を大変気に入ってくださり、1週間から2週間の割合で、すでに1年以上通ってくださっていたからです。

片言のタイ語で、タイ人に接客するよりも、たとえ数が少なくても日本語で丁寧な説明をしていくことのほうが、集客の可能性は高いと考えました。

 

4つ目は、SNS等のメディアを通じて、地道にお店の宣伝をしていくということです。

これも、タイ語で宣伝するとなれば、スタッフの手を借りなければいけませんし、スタッフの能力次第では、私が伝えたい内容は100%伝わらないため、何もしていなかったのが現状です。

 

SNSツールを使用しての宣伝が、どれだけ日本人の目に留まる機会があるかはわかりませんでしたが、目に留まりさえすれば「行ってみようかな?」と思ってもらえる内容を書けるだけの知識はありましたので、とにかく思う限りのことを書いて発進し続けようと思いました。

 

そして、何よりもホリスティック医療センターと私のスパとの大きな差は、組織力の差です。

医療センターは、大人数のスタッフでお客様の数をこなしていくというスタイルを取っています。

 

そのため、治療の時間も1時間なら1時間(実際のところは50分位でした)と徹底しており、お客様の体の状態に合わせた治療というよりは、決められた施術内容をどのお客様にも同じようにするといった状態で、とにかくお客さんの回転数をあげるスタイルを取っていました。

 

また、ほとんどが機械を使っての治療でしたので、手技が上手い理学療法士は限られていました。

なので、古手の理学療法士の技術は素晴らしものでしたが、若い理学療法士に限っては、全く手技ができない子も多くおりました。

それでも、数名のチームを組んで治療に当たるため、チーフのスタッフがしっかりした技術を持っている限り、他が少々下手でも、質の高い治療を提供できていました。

 

しかし、スタッフ数の少ない小さな私のお店では、お客さんの回転数を上げるスタイルでやっていくことは物理的に無理です。

反対に同じ時間にこだわるとしても、ひとりのお客様に体の状態に合わせてどれくらい時間をさけるか・・ということを重点において施術を行う必要がありました。

まさしく、「困った時の駆け込み寺」のような、地域密着型のお店にする必要がありました。

 

そんなことから、このホリスティク医療センターで勤務するようになってから、自分のスパをどういうスタイルに変えて行かなければいけないかが戦略として見えてきたのです。

 

一番のネックだったスタッフは、ホリスティク医療センターで勤務していた理学療法士から、以前同病院で働いていた腕の良い理学療法士3名を紹介してもらうことができました。

 

やはりこの医療センターはスタッフた多いことから、それなりに派閥などがあり、人間関係が複雑でした。

また、タイ人オーナーが非常に厳しく、勤務時間も長いし休みも少なく、給料の額も低いことから、非常に入れ替わりの激しい勤務地でもありました。

 

そのため、当センターに7年程働いていたマネージャークラスの凄く腕の良い子が、私が勤務する1ヶ月前に、色々とあって突然辞めたらしいのですが、未だに次の就職先が決まらずにいるということでした。

さらに、その子の弟子であった経験4年程の理学療法士2名も、その子と一緒に辞めてしまい、その子達もまだ次の仕事が決まっていないということでした。

そんなことから、早速彼女達の面接をしたところ、3名とも凄い技術を持っており、性格も穏やかで利発な子達でした。(写真上、左3名)

 

ただこの時、数ヶ月前から雇っていたエステシャンの子がいたので、3名とも雇うのは厳しく元マネージャーだった子だけに来てもらうことになりました。

ところが、彼女を雇用してから1週間後に、そのエステシャンが、「お母さんが病気で田舎に帰る」というお決まりの言い訳を使って辞めてしまったのです。

おそらく、自分達との力量の差に不安になったのだと思います。

そのお陰で3名の理学療法士を雇うことができるようになったのです。(一気に支払う給料が跳ね上がりました~!!)

 

そして、彼女達が来てくれたおかげで、今までできなかった「健康」に特化したメニューを打ち出すことができるようになりました。

それが日本にはあまりないスタイルの「整体」です。

 

縮んだ筋肉のロックを解除して筋肉を弛めるといった手技であり、本当にうちのような小さなスパでやってもいいのだろうか? と思うほど素晴らしい手技でした。(彼女達の理学整体は病院や治療院の他、スパラインセンスを持つスパでも行うことができます)

 

さらにその他、理学整体の際に行うアロママッサージや内臓整体、冷えやむくみを取る施術、頭蓋マッサージなどのメニューも新規メニューで増やしました。

 

さらに、今までのメニューにも、理学整体の技術をプラスして新しい内容に作り変えました。

 

理学療法で使用する遠赤外線のパットの導入や、施術前に飲んでいただくお水も普通のミネラルウォーターからプロトン水というプラス電子を浴びた医療用飲料水に変えたりしました。

 

ということで、一気に「健康」に関するメニューを増やしていったのです。

 

そして、お客様のターゲットを日本人に変更するため、今まで一度も宣伝をしたことのない、フリー雑誌での宣伝をお願いしました。

また、ホームページもメインとサブの2つを作り、メインではお店のおおまかなイメージやスタイルを宣伝し、サブでは、詳細なメニューの内容などを宣伝することにしました。

それに付随して、お店のブログや、メニューだけを紹介したブログ、Facebook、Twitter、Instagramなどのツールを最大限に使うこととしました。

最初は、検索ページにもなかなか上がってきてくれませんでしたが、とにかくめげずにお店のメニューの効能や効果事例などについて投稿し続けました。

すると、どんどん検索順位は上位に上がってくるようになり、キーワードの中には1ページ目の1番上に掲載されるものも出てきました。

 

そんなことから3ヶ月目から変化が現れ、日本人のお客様の数が増えてくるようになりました。

そして、半年後には半分が日本人のお客さまになり、1年経った今はほぼ90%日本のお客様へと入れ替わりました。

この過程では、タイ人もターゲットにしつつ宣伝していけば良いじゃないの?という思いもありましたが、両方をターゲットにすると、タイ人スタッフにマーケティングもさせないといけなくなるため、そのことによりトレーニングの時間が少なくなり技術を落としたくないという思いがありました。

また、私が作った文章をタイ語に翻訳し直すという手間がかかることから、それに費やす時間を日本人へのマーケティングの時間に使うことにしました。

 

そのため、タイ人スタッフには、お店の経理関係は手伝ってもらいますが、宣伝関係は一切させずに、治療に専念してもらうことにしました。

もちろん有料のトレーニングにも積極的に行かせて、どんどんスキルアップさせました。

 

日本人にターゲットを変えたことにより、日本語で予約も受けることができますし、カウンセリングもできます。

このことは、大きな意味がありました。

私が望んでいた、お客様に対する細やかな対応、サービスが可能となったのです。

お店の売り上げも、今までの3倍になりました。

・・・といっても、まだまだ儲かるという域には達しておりませんが、それなりに経営状態は落ち着いてまいりました。

 

 

そんなことから、ちょうど今の戦略に変更してから1年が経ったことから、新しい挑戦を始めることにしました。

 

それは・・・

私の親友でもあり、リンパマッサージの師匠であるナコ先生こと上津希美乃先生を「バンコクで私と一緒に挑戦してみない?」と口説いて、彼女が今開業している治療院のメインである

「頭蓋仙骨療法」とお顔の歪みを矯正する「上津式筋声弛緩術」

を、期間限定の特別療法として、私のスパでやってもらうこととなったのです。

もちろん日本から来てもらうため、1.5か月に1度か、2ヶ月に1度の割合の特別療法になってしまいますが、まだ頭蓋仙骨療法は、タイではどこの治療院もやっていない療法なので、オステパシ―療法の代名詞ともいえるこの療法を、是非先駆けとしてタイで広めてみたいなと思っております。

 

ナコ先生には、スパの開店時から、スタッフの指導やメニューの作成など、本当に色々と協力をしてもらいました。

彼女自身は、すでに頭蓋仙骨療法専門の治療院の他、整体とエステサロンの3店舗を経営しているという忙しさなのですが、そんなパワーのある彼女だからこそ、異国で挑戦できるかもしれないと思いました。

 

すでに、もう2回開催しており、4日間の施術ですが、かなりの集客がありました。

第3回目も5月に開催しますが、地道にコツコツと宣伝していきたいと思います。

 

彼女の素晴らしい技術力と、患者さんの体の痛みや辛さに向きあえる治療家としての魂があれば、かならずバンコクでうねりが起こると思っています。

 

そんな彼女と一緒に力を合わせて挑戦していけるチャンスと理解をくれた、彼女のご家族や、私のビジネスパートナー等に、心から感謝をしています。

 

まだまだ、成功には程遠い状況ですが、源九郎稲荷神社の復興活動を始めた頃と同じように、未来に対する確かな手ごたえは感じています。

 

遠く離れた異国にいて、共に復興活動を始めた戦友でもある中川さんご夫婦や伊藤君に、神社のことを任せっきりで本当に申し訳ないと思っておりますが、神社の活動を助けてくださる新しいスタッフの方々も現れ、中川さんご夫婦を支えてくださっているので、私は、とにかく成功して神社再建の資金を作るためにもう暫く、このバンコクでがんばりたいと思います。

 

源九郎稲荷神社の復興活動を記録するために始めた奮闘ブログが、今では異国タイでのビジネス奮闘記に変ってしまいましたね~。

こんな私を応援してくださり、私の近況を綴ったブログを楽しみに読んでくださっている方々に、いつか笑顔でガッツポーズを送りたいと思います。

そして、その日まで・・‥バンコクでの奮闘状況を綴っていきたいと思っています。

 

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