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~虚ろな月によせて~ by TOY MOON 

作家を目指して日々修行中です。 自作の短い小説や日々のつぶやきを載せてゆきます。

「ヒロアキ、ちょっと池に行ってみるか?」
 じいちゃんがアゴで指した先には、昔じいちゃんと良くいった公園が見えた。
「どうだ、亀吉探すか?」


 公園の池には、亀の集団がいて、子供の僕はその亀達がやたらと好きだった。一度僕が
保育園でけんかをして泣いて帰ってきたら(うちは共働きだったから、保育園が終わると
僕はいつもじいちゃんの家で母親を待っていたのだ)、じいちゃんが亀の池に連れて行って
くれた。
「ヒロアキ、いいことを教えてやる。この池には千年も前から生きている真っ赤な甲羅の
亀がいるんだ。そいつは亀吉って言う名前で、この池の主だ。もう1000歳で相当な年
寄りだからほとんど池から出てこないけど、亀吉に会えるとラッキーになるんだぞ。ラッ
キーっていうのは願いが叶うってことだ。」


 じいちゃんの言っていることは良くわからなかったけど、“池の主”っていう言葉はやけ
に魅力的に聞こえたから、子供の僕は、泣いていたことも、けんかの原因も忘れて、一生
懸命になって、その赤い亀を探した。そんな風にして、じいちゃんが僕についた罪のない
小さな嘘は、たくさんあった。


 ある時、じいちゃんが入れ歯を外すのを見とがめた僕が、真似をして歯を外そうと口蓋
に手をかけて一生懸命頑張っていたら、じいちゃんは真顔で「それは富士山に登って、てっ
ぺんにいる仙人に頼まないと外れないんだよ」と言ったから、僕にとって富士山は神聖なも
のになった。入れ歯の話が嘘だって分かってからも富士山を見る時の高揚感は変わらない。

 
 久しぶりに入った公園は昔のままだった。僕とじいちゃんの他には誰ひとり見当たらな
かったけれど、昔と同じ池があって、昔と同じにやたらと沢山の亀がいて、海藻臭さにも
似た、亀独特の匂いがただよって、なんだかとても懐かしかった。亀を見ながらじいちゃ
んと色んな話をした。どうやらじいちゃんには、僕達の様子はお見通しだったらしくて、
父さんが突然バイクの免許を取ったこととか母さんが韓国俳優のおっかけになったことな
んかも全て知っていた。それからスタートレックの新シリーズ(っていっても、もう結構
古いんだけど)の話をやたらと知りたがったけど、残念ながら僕はあんまりちゃんと覚え
ていなくて、じいちゃんをがっかりさせてしまった。
 
「おっ、そろそろ時間かな。」
 じいちゃんが目を向けた先にはソルが羽をバタバタさせて飛んでいた。
 時間のことを口にしたわりに、じいちゃんは大して急ぐ風でもなくて「なんだぁ、今日は
亀吉はいないのか」なんてまだ言っている。


(つづく)



「わかった。じゃあ、目をつぶって。ボクがいいっていうまで、絶対開けちゃダメだよ。」
 ソルは僕の悶々とした悩みなんか全く気にもしていないらしかった。
目をつぶると少しずつ身体がジワっと温かくなってきて、頭の上で何かがボコボコ騒いで
いるみたいな感じがした。それから段々とまわりが白くなって、ものすごい勢いの風が身
体の両側で吹いていた。僕はソルに言われたとおりに一生懸命ぎゅっと目をつぶっていた。
 
「いいよ。ヒロアキくん、目を開けて。」
 目を開けると、山の中腹のトンネルみたいなところに立っていた。ソルの姿は見えなか
ったけれど、とりあえずトンネルの中を進んでみることにした。僕が想像していたのとは
全然違って、目の前に広がっているのは、やたらと現実感の溢れる世界だった。トンネル
を抜けると、いきなり緑が広がった。少し離れたところにある大きな木の根元で、じいち
ゃんが、若い男と碁を打っていた。僕はじいちゃんのところに走っていった。


「ヒロアキぃ。おまえデカくなったなぁ。」
 驚いたことに、そう言ったのは若い男の方だった。わけがわからなくて、ただ二人を見
比べている僕を指差して、ふたたび若い男が嬉しそうに大声で言った。
「はははぁ。びっくりしたかぁ。」
「じいちゃん・・・??」
 口調もしぐさも、やっぱりじいちゃんだった。それから悪戯小僧みたいな目つきも。
「ここでは自分の好きな年齢になれるんだよ。こっちにいるのはワシの親父だ。」
 僕がじいちゃんだと思っていたのは、会った事もないひいおじいさんだった。どおりで
じいちゃんにそっくりなわけだ。


じいちゃんが言うには、40歳を前に病気で死んでしまったひいおじいさんは、大人に
なったじいちゃんも見ていないし、じいちゃんも年取った父親に会ったことがなかった
から、ふたりでそれをやり直しているんだそうだ。
 ちなみにじいちゃんが自分のことをワシって呼ぶのは年寄りだからじゃなくて、じい
ちゃんの生まれ育った西のほうにある街の言葉だ。小さい頃、年寄りになると自分をワ
シって呼ぶようになるのか聞いた僕を、じいちゃんは嫌そうににらんで軽くはたいたっけ。
 それにしても青年のじいちゃんは結構なイケメンでちょっと複雑だ。ショボショボだっ
たじいちゃんが、若い時はこんなに格好良かったのなら、80歳の僕なんて、きっととん
でもない事になってしまうに違いなかった。


 じいちゃんはじいちゃんで、僕のことを上から下までしげしげと眺めている。
「ヒロアキ、ずいぶんと大きくなったなぁ。それに大人の声になった。うん、大きくなっ
た。本当に。もうしっかり毛も生えてるんだよな?」じいちゃんは、僕を思いっきり小突
くとカッカッカとやけに大声で笑った。
 そうだった。じいちゃんが最後にみた僕は10歳で、今の僕は17歳だ。


 それからじいちゃんは、ゆっくりと立ち上がって歩き出した。腰の伸びたじいちゃんは、
背も高くて足どりもしっかりしている。間違いなく僕のじいちゃんなのにモノクロの映画
の主人公にあったみたいで変な感じだ。そう、当たり前なのかもしれないけど、じいちゃ
んが着ているシャツもパンツも、ベルトや靴だってなんだかやたらとレトロな代物なのだ。
 
「じいちゃん、じいちゃんはここで、ひいおじいさんと二人きりなの?」
 さっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。
「今はな。これは本当は内緒なんだが、普段は別の場所にいるんだよ。今日はヒロアキに会
えるからってソルに連れてきてもらったのさ。ここはまぁ、あっちとそっちの間みたいな
ところだよ。」
「あっちとそっちって?」
「おまえのいるところとワシのいるところだ。ま、こっからは見えないことになってるんだ
けどな。あっ、月ならみえるぞ。」
 じいちゃんが指差した空には今にも激突しそうに近くに見える巨大な球形の面がみえた。
表面のクレーターだってみえている。僕は、月が近くに見えることよりも、さっきからずっと

月は見えていたらしいのに、それに全然気が付かなかった自分に驚いていた。

それくらいに僕はじいちゃんとの再会に舞い上がっていたんだ。


「よく見るとその辺りに旗とか見えるだろ?宇宙の飛行士の立てたやつだよ。」
 へっ?旗?
「時々ウサギが餅つきセット担いでやって来るのも見えるぞぉ。」

僕が驚いているのをいいことにじいちゃんは調子づいてきた。そうだった。この人は昔から

ホラ吹きだったんだ。



(つづく)





 「で、ヒロアキくんは何がしたい?地球では月旅行が流行ってるんでしょ?月はつまんな
いからボクの星に来てみる?それとも誰かの心の中をのぞきに行くとか?あとは、過去の
自分や死んじゃった人に会いに行くとかでもいいよ。ま、遅くなったお詫びかな。」
 宇宙旅行にはかなり惹かれたけど、往復で20年もかかるのはゴメンだった。ソルは、
自信たっぷりに今度は大丈夫っていうけれど、わかったものではない。一昨日までだった
らレイコの心の中をのぞきに行くのを選んでたかもしれないけれど、今はそれどころじゃ
ない。過去の自分に会いに行くには、僕はまだまだ若すぎた。迷った末に、8年前に死ん
でしまったじいちゃんに会わせてもらうことにした。
 
 その前にレイコの話をしておこう。レイコと僕は幼馴染で、保育園の時から一緒だった。
子供の時のレイコは僕より身体も大きかったし、かけっこも早ければ折り紙なんかも上手
で、僕との関係は親分と子分みたいなものだった。もちろん僕は子分の方だ。
 僕の親分は小学校の途中で転校してしまって、しばらくは手紙のやりとりなんかもして
たんだけど、そのうちに連絡は途絶えて、僕はレイコのことなんかすっかり忘れてしまっ
ていた。今だったらメールなんていう手もあったんだろうけど、そのころの僕らはコンピ
ューターはおろか携帯電話だって持っていなかった。
 

高校に入った日、僕は入学式で8年ぶりにレイコにあった。僕の親分は、サラサラヘア
の華奢で可愛い女の子になっていた。父親が海外転勤になって、おばあちゃんの家から高
校に通うことになったレイコには、まだ学校に親しい友達もいなかったから、僕はまた子
分になってあげることにした。だってレイコはクラスでも、とびっきりに可愛かった。
 もちろん、僕はレイコに告白なんかしたこともないし、手をつないだことだってなかっ
たけれど、時々は一緒に帰ったり、遊びに行ったりもしていた。だから僕はすっかり彼女
も僕のことが好きなんだと思い込んでいたんだ。昨日までは。
 
 昨日、僕は学校に財布を忘れて随分遅い時間に取りにいった。普段だったら次の日まで
放っておくところなんだけど、金曜日だったし、週末にはレイコに会う予定になっていた。
 机の中にあった財布の中身を確認して、校門を出ようとすると自転車置き場に人影がみ
えた。レイコだった。声をかけようした時、もう1つの人影がレイコを追ってくるのが見
えた。人影はレイコの腕をとるといきなり抱き締めた。ショックだった。走ってその場を
離れたかったけれど、情けない事に足元から崩れ落ちてしまった僕は、バクバクしている
心臓を抱えて這うように校門を出た。レイコを抱き締めた人影が誰だったかなんて、確認
する余裕はなかった。その晩遅く、レイコから今日の約束をキャンセルするメールが入っ
た。“風邪をひいちゃったみたい”とあったけど、それが嘘なのはみえみえだった。
 だから、今はレイコの心の中なんて怖くて見たくない。自分でも情けないとは思うけど。


(つづく)


 

 小学生の頃、母さんに叱られたり、淋しくなると良くじいちゃんの家の屋根に上った。
屋根の上からはいつだって大きな空が見えた。晴れの日には真っ青の空に浮かぶ雲を数え
て、隣の家の木が風に揺れる音や小鳥の声を聞いていた。夜にはいつだって月をながめて
いた。日々形を変える月や遥かの星から誰かが乗って迎えに来てくれないかと、いつもワ
クワク待っていた。宇宙人に会ったときに言うことだって決めてあった。幼い僕は何度も
何度もシミュレーションをしていたのに、今になると、何を言うつもりだったのかも思い
出せない。
 空の上からみたら、小さな国の小さな町の小さな家の屋根の上に寝転んでいる僕はどん
な風にみえるんだろう。宇宙人はちゃんと僕をみつけることが出来るのだろうか、それが
その頃の最大の心配ごとだった。

「こんにちは!」
 夢の続きはやけにリアルだ。丸めた布団を両手両足で抱え込んだ。
「こんにちは!」
 もう一度声が聞こえた。ボンヤリ目をあけると、なんだかやけにひょろ長い茶色い顔が
嬉しそうに笑っている。やたらと大きな耳は肩の上に垂れて馬のたてがみのような毛が生
えている。やっぱり僕は寝ぼけているみたいだ。
「目が覚めた?」
その不思議な生き物は、なおも話しかけてきた。
二度、三度、目をこすってみてもいなくなる気配はなく、僕の胸あたりに乗って、やけに
嬉しそうにこっちをみている。
「オマエ、誰?」
「ソル。ボクの名前はソルっていうんだ。ヨロシクね、ヒロアキくん。」
「そういうことじゃなくて、どこから入ってきたの?何でいきなりベッドの上にいるんだ
よ?だいたい何で僕の名前を知ってるの?」
「だって、呼ばれたから。」
「誰に?」
「誰って、ヒロアキくんだよ。君が呼んだからきたんだよ。」
 僕には、こんな奇妙なヤツを呼んだ覚えはなかった、断じて。クラシックに頬っぺたを
つねってみたけれど、残念なことにちゃんと痛いし、そのうちに目覚まし代わりのFMも
鳴り出した。土曜だっていうのに止めるのを忘れていたらしい。
「僕に呼ばれたってどういうこと?」
 珍しそうにラジオのスピーカーを小突いている、その奇妙な茶色い生き物に聞いた。
「そうか。もう忘れちゃったんだね。うん、ちょっと遅くなっちゃったからね。仕方ないさ。
でもさ、ヒロアキくんが呼んだから来たんだよ。満月の晩に。屋根の上で。」
 
 どうやらソルは、10年も前に僕がじいちゃんの家の屋根の上でした願い事を聞いてや
ってきたらしい。それにしても・・・いくら遠い宇宙からやってきたって時間がかかりすぎ
だろう。しかも、馬とカマキリとゴボウをごちゃ混ぜにしたような、やたらと不思議な見
かけをしている。どうせなら、じいちゃんが好きだったスタートレックに出てくるような
宇宙人に会いたかった僕は、正直がっかりした。だいたい今頃迎えにこられても、僕の今
の問題は、宇宙じゃなくてレイコと大学受験なんだけど・・・。
「うん。悪かったと思ってるよ。ちょっとタイミングがずれちゃったからね。」
ソルが言うには、僕のところに来ようとしたらチョッとしたアクシンデントがあって、そ
れは地球で言ったら3日くらいのロスなんだそうだけど、時間の流れなんかが違う星から
くるには最良の軌道を逃してしまって、それで到着が遅れたらしい。でも、そんなことで
10年もズレるものなんだろうか?どうやらこいつは、宇宙でも相当に間抜けな方に違い
なかった。


(つづく)



すっかり“ガラクタは運気をさげる”という刷り込みがなされてししまい、日々片付けにハマっています。


今日は物置きにしまったきりの箱を開けてみたら、ガムテープでぐるぐる巻きにされた小さな箱をみつけました。 


それは昔つきあっていた彼からもらったものや想い出の写真なんかをいれた箱でした。

もうずいぶんと前のことですが、私はその彼のことが本当に心の底から大好きで大好きで仕方なかったので、別れたことがつらくて全てをその箱に収めてはみたものの、捨てることが出来なくて物置の奥底にしまったまま、すっかり忘れていたのでした。


もう今では彼に対して何の感情もないので、せっかく出てきたことでもあるし、本格的に捨ててしまう前に胸キュンの想い出の箱をちょっとだけ覗いてみることにしました。


!!!


もうビックリ!! とにかく、すっごーいビックリしてしまいました!!!


その彼は、とても素敵な人で、バイトでモデルもやっていたし、その頃の私にとっては“神様が生命を吹き込んだ生物の中で一番カッコイイ”存在だったのです。



なのに・・・・・私とほっぺたをくっつけている写真の中のその人ったら・・・・( ̄□ ̄|||)



すっごい普通。 普通にカッコいいけど、でもでも・・・・・・


あの頃は待ち合わせの場所で彼の姿を目にするたび、その素敵さに心臓が止まりそうなくらいにドキドキして、こんなに素敵な人と結婚して毎日一緒にいたら気が狂うかもしれないとかなり本気で思ってたのに。。。それも別れた理由の1つでさえあったのに。


なのになのに、写真に写っていたのは、そこら辺に普通にいるような、普通にカッコよい、普通な人でした。


なんか・・・・・すんごいショック。・゜゜・(>_<)・゜゜・。ビエェーン...



私に限ってそんな事はないと思っていたけれど、やっぱり「恋は盲目」ってホントみたいです。


ガラクタを一掃することにしたので、張り切って家の中を片付けていたら、友人のドライスーツが出てきた。


最初は誰のかわからなかったのだけれど、全然見覚えがないバッグで、中に何が入っているのかもわからなかったから、開けてみたら中身はドライスーツで、それでもまだ覚えがなくて、あっちやこっちの小ポケットの中なんかをみていたら、友人の名前がついたウェイトを発見。 っていうか発見してしまいました。^^;


多分、なにかの時に借りたものだろうとは思うのだけれど、それがいつのことなのかさえも思い出せないから相当に昔のことなのかも。


結構、高価なものだし、借りたものだから、絶対に返さなくちゃいけないことに間違いはないのだけれど、う~ん・・・ちょっと連絡しづらい。


いったい、友人は私にドライスーツを貸したことを覚えているのだろうか??? それが今の最大の疑問。



でもでも、なんか“案の定”っていう感じ。 やっぱりガラクタを片付けることには、大きな意味がありそうです。



もう、ずうっと以前から買おうと思っているのに買えないものがある。自転車だ。


歩くのにはちょっと遠いのだけれど、公共の交通機関を使うとちょっと遠回りになところ、都心に暮らしていると実は結構あったりする。 だからといって、そうしょっちゅうタクシーに乗るわけにもいかないし・・・。


バスは結構好きで良く乗るのだけれど、夜の遅い時間には走っていないし、やっぱり主体的に動くなら自転車だ。 もう買う自転車だって、だいたい決めてあるけれど、どうしても買えない。だって自転車には買うのに適した季節が決まっていて、これが結構難しいのだ。


たとえば、今年のように猛暑の夏には、とても自転車で出掛けるような気にはならない。そんなことをしたら汗だくで相当に汚いことになってしまうだろうし、第一、水分補給とかをちゃんとしていないと命だって危険にさらしかねない。だから夏には買えない。


秋は結構いいチャンスなのだけれど、今年はやけに秋が短くて、今日なんかはもう真冬みたいに寒かった。こんな季節に自転車は適さない。冬になったらなおさらだ。


そして冬の終わる頃、大敵のスギ花粉の飛散が始まる。花粉症には毎年2月のはじめからGW明けくらいまで苦しめられ続けるからそのあいだは絶対に無理。 花粉症が終わったら直ぐに自転車を買わないと梅雨があって、その後にはまた暑い夏がきてしまう。


結局のところ、自転車を買うチャンスは、春の終わりか秋の初めにしかなくて、今年もまたその少ないチャンスを逃してしまった。 残念だ。 来年の春の終わりにはきっとがんばろう!


だけど良く考えてみれば、自転車を買うのに適した季節=自転車に乗るのに適した季節ということになるから、もし自転車を買ったとしても、そんなにしょっちゅうは乗らないのかもしれない・・・・・。ふうっ。


それでも私は自転車がほしいのだ。 マンションの1階にある自転車置き場においてある色とりどりの自転車を見るとすごく羨ましい。来年の手帳の5月のところに今から書いておこうかな“自転車買うこと!!!”って。




それから北の町に長い冬がきて、冬のあとには春になり、日本に帰る日が来た。 

ジェロームと私は、最後の2日間、私の部屋にこもって、互いの身体のすみずみにまで名残をおしみながら、もの凄くいやらしく何度も何度も抱き合った。ほとんど言葉は交わさずに、ただただ行為に没頭していた。

あまりにも前からこの日がくることをずっとずっと覚悟して、そしてずっとずっと怖れていたせいか本当にその日が来た時にはジェロームも私も絶望することにも泣くことにもすっかり飽きていた。

悲しいのが頂点に達して感情のボルテージが振り切れてしまうと、人はかえって冷静になってしまうものなのかもしれない。その冷静は、言い換えれば呆然なのかもしれないけれど、ともかくも私達はなんだかそういう域に達してしまっていて、心もちは不思議なくらい穏やかで、泣き叫ぶこともののしりあうこともせずに別れの日を迎えた。

 ジェローとは寮の食堂で朝ごはんを食べて、それからふたりして駅に向かった。 空には一つの雲もなく、涙が出そうになるくらいに青かった。トランクを列車の荷物置きにおさめると私達は一度ホームに降りた。ジェロームは私の両手を強く握って下を向いていた。 それからゆっくりと顔をあげて、私をみつめ、子ザルのようににっこりと笑い「良い旅を」、そう言った。

 旅、そう私はこれから長い長い旅に出る。たったひとりで。



私が日本に戻った後、ジェロームからは二度手紙が届いた。メールでも電話でもなく、手紙というところが、すごくジェロームらしかった。 それでも私は返事を書かなかった。何を書いたらいいのか、さっぱり見当がつかなかったから。


ジェロームとのことは誰にも話さなかったけれど、結局のところ智行とはうまくいかなかった。皆に愛されて伸び伸びすくすくと育った人特有の影のない純粋な明るさとその純粋さがもたらす鈍感さをそなえた智行だったけれど、さすがに、別れの日をみつめながら、他の男と何百回も抱き合った私の変化には気付いてしまったのだろうと思う。 私も、そのことを隠そうとも智行に申し訳ないとも思っていなかったから、それは当然のことでもあった。


それから私はフランス系の商社に就職して、年に数回フランスの本社に出張もするようになったけれど、ジェロームには一度も連絡しなかった。一度だけ、空港から市内に向かうタクシーの窓から、オペラ座広場の横断歩道に立っているジェロームを見かけた。別れてから4年も経っていたけれど、こげ茶のスーツに黒いシャツを着て立っていたのは、ジェロームに間違いはなかった。だって子ザルみたいな顔で手をつないだ隣の女の子に笑いかけていたから。


 幸福そうなジェロームの姿を目にしたことは、もちろん嬉しかったけれど、胸の奥の方が少し痛かった。私にも向き合ってくれる人はちゃんといるというのに。


熱病のような恋は、それが終わってしまって長い長い時がたった後でも、なにかのきっかけで、その気持ちだけが甦ってきたりしてしまうものなのかもしれない。いつかまた、あの北の町に行ってみようと思う。ジェロームの両親の本屋はいまでもそこにあるのだろうか?


カクテルグラスに注いだアマレットを舐めながら、夜の空をながめた。凍てつく冬の夜にまあるい月が白く浮かんでいた。



(了)

最近すっごく怖い本と出会った。


オカルト系でもスプラッタなやつでもない。風水の本で、『ガラクタ捨てれば自分が見える』というもの。


アメリカでもベストセラーになっていたから知ってはいたし、話題になってたのも知っていたのだけれど、なかなか手にとる勇気がなく、このたびようやく読破しました。 世の中的にはかなりの出遅れ組みのはずです。


読むの自体は大丈夫です。全然怖くありません。ヤバイのは読んだ後です。


もう、本当に必要なもの以外は捨てなくては!! っていう脅迫観念にかられてしまうのです。


全編を通してのメッセージは「ガラクタ=運気を下げるもの」これにつきます。しかも多彩な実例付きです。仕事がうまくいかないのも、恋愛がうまくいかないのも、気持ちが落ち込んでくるのもガラクタが原因。


もう捨てずにはいられなくなります。 もう粗大ゴミも申し込んでしまったし、ブックオフに本を売るためのの宅配セットも頼んでしまいました。


我が家は(というか私は)本の数と洋服&バッグの量が半端ないので、その2つを片付ければ相当すっきりするのは間違いないのですが、どのくらいを処分することが出来るかはかなり不安。そういう意味では全然信用できません、自分のこと。


だけど、この本の言ってることは、すっごいうなずけます。 ガラクタを溜め込むっていうことは要するに物理的な執着がたくさんあるっていうことなんだろうと思います。 


私の場合は、目に見える執着も、目に見えない執着も、ぜーんぶまとめて捨てないとダメそうです。

執着はしょせんは全てガラクタですからね♡



カレン・キングストン, 田村 明子
ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門

ジェロームは町の中心にある広場面した本屋を経営する両親と一緒に住んでいたのだけれど、彼らは息子の空手好きには好意的でも、空手の母国出身の女と付き合うことは、あまり良く思っていないようだった。次男のジェロームは、見かけはちょっとサルみたいではあったけれど、子供の時からずば抜けて成績の良い家族の期待の星なのだ。だから、万が一にも私にくっついて日本に行くなんて言い出したりするのを警戒していたのかもしれない。なんといっても既に空手好きっていうヤバイ趣味も持っているし。


それでも、ジェロームはお構いなしに私を家に連れて行き、家族の食卓につかせることも良くあった。そんな時、ジェロームの家族は、ひとつも意地悪なんかすることなく、いつでも私を受け入れてくれたけれど、私が入っていくと微妙に空気が緊張したり、帰る私を送っていこうとするジェロームに固い視線を投げるのは、いつまでたっても変わらなかった。


そんな時は、きまって日本にいる両親を思い出した。 お父さんとお母さんがジェロームと一緒の私を見たらなんて思うんだろう? そして、そんな苦い気持ちになった分だけ、ジェロームの誠実さが身にしみた。

自分の愛する家族と私との距離を縮めようと、それもさりげなく自然に近づけようとする優しさ。やがてはいなくなる私なのに、彼の生活の全部に関わらせてくれようとする潔さ。

私が日本に帰ったあと、ジェロームもこの町を離れて、パリのグランゼコールに通うことになるのだろうけれど、それでも彼の故郷はずっと変わらずこの町だ。何年経っても彼が故郷に帰るときは、私と手をつないで歩いた道を歩いて、私を連れてきて一緒に食事をしたこの家なのだ。その時ジェロームは誰と一緒なのだろう? 私は見えないその人に激しく嫉妬した。

「どうしたの?」ジェロームが優しく私の肩を抱く

「ううん。ちょっと飲みすぎたのかもしれない」

「小夜子に会う前は、日本女性っていうのはお酒を飲んだりしないんだと思ってたよ」

「そうよ。私だって日本に帰ればおしとやかな大和撫子なのよ。日本ではね、郷に入っては郷に従えっていうの。だからすっごく無理をしているの」

「・・・それ、どういう意味?」

「ん?この前教えてあげたでしょ、この諺。違う土地にいったら、その土地の習慣やしきたりに従って暮らしなさいっていう意味よ。忘れちゃったの?」

「いや、諺の意味は覚えてるけど、小夜子がどんな無理してるって?」

「だ・か・ら!すっごい頑張ってフランス風にしているの。あなたに好かれようと思って、勝気でわがままな感じにしてるのよ。とっても大変なんだから」

「それは、本当にありがとう」

お芝居が終わるときみたいに深々とお辞儀をすると、ジェロームは声を立てて笑った。

動物園の子ザルみたいな、この屈託のない笑顔が私は一番好きだ。

「小夜子、いま僕たちは幸福だよね」肩にまわされたジェロームの手に少し力がはいった。

「ええ、シンデレラにも負けないくらいね」

そんなことを聞かなくてはいられないジェロームも白々しく答えてしまう私も、なんだかとても情けなかった。

人影がほとんどなくなった石畳の道には、私とジェロームの足音だけがコツーンコツーンと響いて、空に浮かんだまあるい月が、輝いていた。




(つづく)