「ヒロアキ、ちょっと池に行ってみるか?」
じいちゃんがアゴで指した先には、昔じいちゃんと良くいった公園が見えた。
「どうだ、亀吉探すか?」
公園の池には、亀の集団がいて、子供の僕はその亀達がやたらと好きだった。一度僕が
保育園でけんかをして泣いて帰ってきたら(うちは共働きだったから、保育園が終わると
僕はいつもじいちゃんの家で母親を待っていたのだ)、じいちゃんが亀の池に連れて行って
くれた。
「ヒロアキ、いいことを教えてやる。この池には千年も前から生きている真っ赤な甲羅の
亀がいるんだ。そいつは亀吉って言う名前で、この池の主だ。もう1000歳で相当な年
寄りだからほとんど池から出てこないけど、亀吉に会えるとラッキーになるんだぞ。ラッ
キーっていうのは願いが叶うってことだ。」
じいちゃんの言っていることは良くわからなかったけど、“池の主”っていう言葉はやけ
に魅力的に聞こえたから、子供の僕は、泣いていたことも、けんかの原因も忘れて、一生
懸命になって、その赤い亀を探した。そんな風にして、じいちゃんが僕についた罪のない
小さな嘘は、たくさんあった。
ある時、じいちゃんが入れ歯を外すのを見とがめた僕が、真似をして歯を外そうと口蓋
に手をかけて一生懸命頑張っていたら、じいちゃんは真顔で「それは富士山に登って、てっ
ぺんにいる仙人に頼まないと外れないんだよ」と言ったから、僕にとって富士山は神聖なも
のになった。入れ歯の話が嘘だって分かってからも富士山を見る時の高揚感は変わらない。
久しぶりに入った公園は昔のままだった。僕とじいちゃんの他には誰ひとり見当たらな
かったけれど、昔と同じ池があって、昔と同じにやたらと沢山の亀がいて、海藻臭さにも
似た、亀独特の匂いがただよって、なんだかとても懐かしかった。亀を見ながらじいちゃ
んと色んな話をした。どうやらじいちゃんには、僕達の様子はお見通しだったらしくて、
父さんが突然バイクの免許を取ったこととか母さんが韓国俳優のおっかけになったことな
んかも全て知っていた。それからスタートレックの新シリーズ(っていっても、もう結構
古いんだけど)の話をやたらと知りたがったけど、残念ながら僕はあんまりちゃんと覚え
ていなくて、じいちゃんをがっかりさせてしまった。
「おっ、そろそろ時間かな。」
じいちゃんが目を向けた先にはソルが羽をバタバタさせて飛んでいた。
時間のことを口にしたわりに、じいちゃんは大して急ぐ風でもなくて「なんだぁ、今日は
亀吉はいないのか」なんてまだ言っている。
(つづく)