H310404 日本料理屋から夜の街へ | 慢性腎臓病(IgA腎症)、あと4年で透析と宣告、埼玉

慢性腎臓病(IgA腎症)、あと4年で透析と宣告、埼玉

平成27年6月10日、医師から「このまま行くと、あと4年で透析」と宣告。扁桃腺摘出・ステロイドパルス終了、平成28年3月8日に尿所見が寛解。クレアチニンは、現在1.29Hです。令和3年3月30日たんぱく尿が1+になるも、同年7月20日、再び尿所見寛解に。

 

 

 

時間になったので大切なお客様との待ち合わせ場所に向かう。

 

待ち合わせ駅に17時25分位に着いた。程なくして大切なお客様と合流し、予約してくれたお店に向かった。

 

紺色の暖簾には白抜きで日本料理の文字があった。暖簾をくぐり中に入った。入った瞬間いい店だなと思った。ビールで乾杯。コース料理を頼んでくれていたので順番に日本料理が運ばれてきた。魚料理が中心でどれも美味しかった。刺身は絶品だった。仕事の話も多少した。大切なお客様は熱燗を5合呑んだ。お猪口が、空になる前に私はお酌をした。美味い酒を呑んでもらうのも仕事の内だ。大切なお客様が支払いを済ませた。

 

電車に乗り違う駅で降りた。この駅で吞むのは初めてだ。

 

繁華街を歩く。呑屋のお姉さんや呼び込みのお兄さんが話しかけてきた。行く店は決まっているらしく私は後を付いて歩いた。大切なお客様は私より11歳上だ。

 

袖看板のネオンが華々しい雑居ビルに入った。ドアを開け中に入る。スナックだった。聞いていた通り中国人女性の店だった。正方形のこじんまりとした店内は、どの席からも店内が一望できるようになっていた。スーツ姿のサラリーマンが5組程いた。他の客が煙草を吸う姿を見て私も吸いたいと思った。カラオケをご機嫌に歌う客もいた。夜のサラリーマンの姿を見て微笑ましく思った。肝心の大切なお客様は、お目当てのママがいない事からご機嫌斜めだった。程なくして店を出た。

 

同じ雑居ビルの上の階に行った。そこも中国人経営のお店だったが、客は誰もいなかった。泉里香似の中国人美女が接客してくれた。大切なお客様は、呑み過ぎたのか荒れていた。カラオケを歌えを言うのでお座敷小唄を歌った。大切なお客様は、涙の操、芸者ワルツを歌った。再度、歌えと言うので柳ジョージの青い瞳のステラ、1962夏を歌った。日付が変わる前に私は帰る事にした。これだけ付き合えばいいだろうと思った。大切なお客様から言われたままの金員を渡した。

 

帰り際、ママが○○さん(大切なお客様)は、いつも接待される方だった。○○さんが、殆ど払うのは余程あなたが大事な人なんだね、と言った。

 

繁華街を抜け駅に向かった。

 

JRの駅にはホームドアが設置されていた。

 

自宅近くの最寄り駅まで行く電車は、もう無かったので出来るだけ近くの駅まで帰ることにした。そして、タクシーに乗って帰宅したのは1時前。

 

やはり自分の金で吞むのが一番良いと思った。

 

1回トイレで目が覚めた。

 

 

4月4日(木)

 

6時半過ぎに起きる。

 

体重63.5kg、内臓脂肪レベル7、筋肉率34.4、体脂肪率16.1、血圧118/79、脈拍89、体温36.5度。

 

朝風呂に入る。

 

もずく酢生姜、昆布出汁の海藻春雨の汁物、納豆、ご飯、ストロベリーヨーグルト、カルシウムウエハース1枚。

 

腹が減っていたが、ご飯は少な目にした。

 

 

スーツのみで少し遠回りして9時頃出社。

 

昼食はもりそば、米菓3枚、桃のゼリー。たんぱく質は、10.1g。

 

午後、30分程お昼寝する。

 

今日は、なるべく水分を取るようにした。

 

18時過ぎに退社。

 

今宵は休肝日にします。

 

お疲れ様でした。

 

 

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