1993年、脳腫瘍による水頭症で32歳という若さで亡くなられた広島・津田恒実投手。


この度、野球殿堂入りが決まったそうですね☆


現役時代の全盛期当時は小学生で、特に広島ファンではなかった自分ですが、好きなプロ野球選手の一人でした。ホントに嬉しいです。


南海・野村克也監督が阪神をトレードで出された晩年の江夏豊を説得し、日本のプロ野球で先鞭を拓いてから、今ではすっかり定着した試合を締めくくる【ストッパー】。


当時は【リリーフエース】という名が一般的でしたね。


同じ時代、ロッテの牛島、西武の郭泰源、中日の郭源治、阪急のアニマルレスリー、巨人のサンチェ、大洋の斉藤明夫、など個性派揃いでしたね☆


そんな中『炎のストッパー』と呼ばれた津田恒実投手。


ストレートで押す真っ向勝負が小気味よい投球スタイル。


特に印象深かったのが、多分最後の出場となった【オールスター】で、(自分の記憶によると)150キロ前後の【全球ストレート勝負】で抑えてしまった。
子供心にワクワク、すっかりひき込まれて観ていました。


ストッパーという役割は、チームみんなが【打って・守って・抑えて】保ってきたリードを、最後に締めくくって勝ちにつなげる重大な責任を一人で背負っている。


登板間隔も狭く、調子の善し悪しもあるし、辛くて逃げ出したい日もあることでしょう。


元来精神的には強くなかったといいます。
マウンド上での派手なオーバーアクションもたくさんありましたが、負けてしまいそうな自分を必死で奮い立たせていたことの【裏返し】だったのでしょう。


彼の帽子のつばに書かれていた、彼の座右の銘にもなっていた、


『弱気は最大の敵』。


その言葉を心の糧に活躍を続けてきた。


『もしも、津田がいたら…』


実労年数も少なく、新人王を獲得した以外で成績上では目立った記録はないのですが、野球殿堂入りでこれからもプロ野球ファンの記憶に残り続ける選手になりますね☆