昨夜の突然の地震。
朝からテレビで見る惨状。
続く余震…  
皆さまが平穏な日常を1日も早くとりもどせますように。


避難所にはペットを連れて行っていいのでしょうか…

私達飼い主にとっては家族。でも、他の皆さまの中には嫌いな方、アレルギーのある方などなど。

連れて行けないなら家にいる。
車にいる。

そんな方もいるんでしょうね。

🐶の散歩に行きながら、考えたら涙が溢れました。


もう、今から40年以上前、
高知を秋台風が狙っていました。
秋台風独特のノロノロした迷走台風。
1週間雨が降り続き、とうとう台風上陸。

その日は日中から大雨が続き、母が
「避難しないといかんと思うから🍙作るの手伝って」
母と1升のご飯を🍙に。

当時は台風、大雨の時には「最後の清流」仁淀川では鮎が釣れるという事でにわか釣り人が堤防で釣糸を垂れてた、そんな時代。我が家の父も釣りに行っていました。


🍙が出来上がった頃、父が顔色をかえて帰ってきました。

「避難する」


その時点ではすべての退路はたたれていました。
避難場所に移動することもほぼ不可能。

我が家の前には川幅の広い仁淀川がいつも穏やかに流れているのですが、その日は牙をむいた仁淀川が。

堤防から川面まではビルで3階相当ありますが、水は堤防に届いていました。堤防から水が溢れ出す寸前。

どこに避難するの?

父は
「堤防の一番高い場所。トラックで行く。車で過ごす」

我が家は会社を経営していたので12トンのトラックがあり、その荷台で一晩を過ごすことになりました。

当時飼っていた柴犬🐶ミカ。

「連れて行くよね?」


いや、おいて行く、と父。

もう、だめかもしれない。自分達は。

放しておいてやれば犬は本能で安全な所に逃げて行く。だから、放してやって避難する。


緊迫した一時でした。


夜中、ラジオからは当時の県知事が  
「非常事態宣言をします。自分の命は自分で守って下さい」との放送が。

その一晩を無事やり過ごし、仁淀川の堤防は上流の方で崩壊して、私達がいる場所は急に水がひきました。


翌日は落石の中、徒歩で2時間かけて自宅へ。

ミカ、門の前で仁王立ちして待っていました。

家を守りきったとほこらしげな彼女の可愛い顔。


お互い、生きて会えたこと。

今でも忘れられません。

たくさんのペット達、そして飼い主さんが一緒にいられますように。
ひととき、非常事態にペットと別れなければいけなかったあの日を思い…




一緒にいられる幸せ。
九州の方にもどうかその幸せを。