お疲れ様です。

今日は嘉瀬がラストブログを担当させていただきます。

 

まずはいつも通りに、今日の練習の報告から!

 

今日からドライがFPになりました。みんな思い思いにルーティンをこなしていました。もうすっかり夏ですね。二食のプールサイドはサウナのように暑くて、少し腹筋をするだけで汗だくになってしまいます。

 

今日の練習は短めのレースペースでした。100、50、25と、各々自分のやりたい距離を泳いでいました。私は最低目標は達成できたので及第点でした。

 

今日の練習にはスペシャルゲストも大勢いらしていました。圧倒的な存在感を放ちながらプールの上を縦横無尽に飛び回る超巨大カミキリムシ。練習後の私達をサプライズで迎えてくれた超大型の蛾。最近は毎日のように顔を出してくださるMr.G。

 

もしかしたら二食は本来は彼らの住処なのであって、我々がお邪魔させていただいているに過ぎないのかもしれないですね。

 

何はともあれ、関カレ、全国公に向けて、みんな着々と盛り上がってきている気がします。世界水泳も激アツですね!水泳は、シーズン真っ盛りです。



 

ふう。ラストブログです。

 

長くなりそうなので忙しい方向けに要点をまとめておきます。

 

・水泳生活は社会勉強だった

・世の中には理解しあえない人もいる

・何か一つに打ち込める人はかっこいい

・先輩、同期、後輩への感謝




 

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一年生の時の私は、河村の探究心と、吉野の図々しさと、岩本の生意気さと、ゆうなちゃんの無垢さと、寺師のツイッターでのテンションの高さを抽出して作り上げたような、水泳部の異端児でした。

 

アメリカから帰国して以降水泳から離れ、中高も茶道部だったので、5年ぶりの水泳でした。水泳については何も知りませんでしたが、部活はとても楽しかったです。

 

私は先輩方が大好きで、先輩方には本当にお世話になりました。いっぱいご飯を奢っていただいて、水泳に限らずいろんなことを教えていただきました。お兄さんがいっぱいできたような気持ちで、それがすごい嬉しくて、女子大に進学した友達に会うたびに自慢していました。

 

るりさんの存在も私の中でとても大きかったです。私の東大での水泳人生において唯一の女子バック陣仲間でした。入部して早々に「るりさんに勝つことが私の目標です!」とか生意気なことを言ってしまいました。当時は分かっていませんでしたが、程よく目標にできる人が身近にいるという環境は、とても恵まれたものでした。

 

先輩方に良くしていただき、楽しい水泳生活を送っていたのですが、1年の5月、早々に初の挫折が訪れました。

 

同期の一人と些細なことから喧嘩をしてしまいました。その後、仲直りを何度も試みましたが、彼が部活を辞める最後まで、結局同じ方向を見ることはありませんでした。

 

私は幼稚園から一貫校に通っていました。120人の女の子で入れ替わり無く過ごす珍しい学校でした。友達=幼馴染のような価値観で生きてきた私は、「出会った人は全員友達」「誰だって話せば理解し合うことができる」という楽観的な考え方の持ち主でした。

 

そんな私にとって、どんなに頑張っても理解し合えない人がこの世の中には存在するというのは、とても悲しい学びでした。これが私が水泳部で得た社会勉強その1です。笑

 

そんな一件もありましたが、2年生の前期も、楽しく部活動をしていましたが、夏に社会勉強その2が訪れました。

 

部活の行事の運営を担当することになり、引き継いでくださった先輩とは少し違う方法で運営することを提案したところ、その先輩を怒らせてしまいました。それ以降その先輩には許していただくことができませんでした。社会勉強その1の応用編です。諦めないといけない人間関係もあるのです。

 

女子校歴14年の私が、男性のプライドの高さを学んだ経験でもありました。

 

この行事の運営では至らない点があまりに多く、大勢の人に迷惑をかけてしまいました。今はやめてしまった同期の子に責任感不足を怒られたのも鮮明に覚えています。自分には合っていない仕事を引き受けてしまい、申し訳ありませんでした。

 

2年の冬は私の水泳人生で一番辛い時期でした。

 

私よりも先に、女子部員たちが病んでしまいました。更衣室は日々愚痴と弱音であふれていました。今はやめてしまった子達も、碧も、あまり部活に来なくなってしまいました。

 

私はこの時期までは無遅刻(ほぼ)無欠席だったのですが、「速い人たちは、遅い人たちをやる気が無いと思っているらしい」という噂を聞いてモチベーションが落ちてしまいました。他の女子たちとともに一気に病み期突入です。

 

冬の合宿では女子のみ、先輩方のミーティングに呼び出されてしまいました。怖い顔で色々と言われたのですが、泣いていたのであまり覚えていません。大好きだった先輩方ですが、この時期以降関係がぎこちなくなってしまった方が数名います。組織のなかで平和にやっていくために絶対にしてはいけないことを学んだ、社会勉強その3です。

 

合宿明け、私しか女子が来なかった練習日、どうしても泳ぐことができずプールサイドに座り込んでしまった日がありました。練習に顔を出されていたOBのまさやさんが隣に来て励ましてくださいました。「俺も同期と意見が合わなくて辛い時期もあったけど、そういうときは後輩が好きだから、っていう気持ちで部活を続けていたよ」と教えてくれました。

 

この一言は私にとってすごく大きかったです。辛い時でも自分にとってプラスになっている部分を見つめる姿勢を教えていただきました。

 

17-18シーズンは、他の部員たちと、自分との違いに気付き始めた時期でもありました。

 

部員のことについて詳しくなっていくにつれて、部員の多くは私より水泳について数百倍詳しくて、日常生活において水泳の占める割合がはるかに高くて、水泳にかける想いが強いことに気付きました。

 

毎日まじめに部活動に取り組んでいる「つもり」の私でしたが、そのような部員たちからしたら、「やる気がない」ように見えてもしょうがなかっただろうと、今なら思います。

 

大学生活は(基本)1度しかないのに、挑戦できることはたくさんあって、そんな中で水泳だけに絞るのは、私にとっては不可能なことでした。好奇心が強いからという理由もありますが、その絞った一つで成功できなかった時のリスクヘッジをしてしまう、という自分もいたのだと思います。だからこそ、水泳に絞って打ち込む部員たちは本当にかっこよく見えていました。

 

そんなこんなで3年の冬。幹部代になりました。

 

先シーズンのゴタゴタは水に流してすっきり再スタートを切った、はずだったのですが。なかなかうまくいきませんね。幹部代としての運営について、色々とゴタつき、やや遅い滑り出しになったなと感じます。

 

幹部代として議論を重ねる中で、普段からのコミュニケーション不足による信頼関係の足りなさを実感することが多かったです。今は部活を辞めた同期との議論での対立などの中、私は「自分はこの部活に必要無いんじゃ無いか」と考えるようになってしまいました。(病み期が、長い!笑)

 

少しグレた私は3年の春休みに、私の選手人生で最大の失敗を犯してしまいました。

 

オフ明けに毎日怒られました。同期から。先輩から。そして後輩から。

 

すごく反省しました。同時に「自分は部員としての行動を期待されていた」ことを実感しました。これは、私にとっては救いでした。モチベーションはグンと上がりました。

 

態度を改めました。でも、一度犯した過ちは消えません。これが私の社会勉強その4です。前までの自分の作り上げたイメージのままあらぬ噂を流されてしまったり、いろいろなことがありました。

 

練習に向き合おうとする問題児を支えてくれた後輩たちには本当に感謝しています。周、レースや、練習後の自主練に誘ってくれてありがとう。女子と競ることを嫌がる男子が多い中、声をかけてくれる周は本当に貴重で大事な存在でした。

 

悩んだ時に側にいてくれた方々にも感謝は尽きません。大切な大切な同期、碧。何回号泣しながら電話をかけたかわからない、梅崎さん。どんな話も前向きに聴いてくれた、家族。愚痴を聞いてくれた先輩方。



 

最近、やっと、本当にやっと、今までじわじわと学んできた水泳の知識が自分の中で体系化されてきたような気がします。歴代の先輩方から教わってきたこと、優しい後輩たちが教えてくれたこと、同期からのアドバイス、何となく繋がってきました。ここまで時間がかかってしまいました。




 

幼少中高女子校。友達は幼馴染のみ。運動部経験無し。性格は変人。

水泳部が就活だったら、きっと、「社風に合わない」とかで落ちていました。

 

水泳についても、集団でスポーツをすることについても、勝手が全く分かっておらず、多くの方に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。

 

それでも最後までやりきることができたのは、私を暖かく迎え入れてくださった先輩方、適宜声をかけてくれた同期たち、そしてこんな私を慕ってくれたかわいい後輩たちのおかげだと思います。本当に感謝しています。

 

なんだかんだ水泳が好きでした。好きです。ちゃんと引退できることが、私はすごく嬉しいのです。残り12日間、一緒に頑張らせてください。

 

最後くらい書いてみましょうか。

 

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