困った人々番外編-緊急着陸 | 添乗員のひとりごと

添乗員のひとりごと

添乗員として海外・国内の旅行で出会ったあれこれをお話しします。

テレビや映画などで、飛行機で急病人が発生し、CAが「ただいま機内に急病人が発生しました。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と呼びかけるシーンを視たり聴いたりしたことのある人は結構いるんじゃないだろうか。


では、実際に飛行機に乗っている時にこのようなアナウンスを聞いたことがあるって人はどのくらいいるのだろう。


私自身、それが多いのか少ないのかわからないけど、今までに3度ほどある。


その中でも印象に残っているのが、今から15年ほど前、成田空港からミラノのマルペンサ空港に向かう機内での出来事。

 

 




日本を飛び立って約10時間、荒涼としたロシアのツンドラをようやく抜け、到着までは残り2時間ほどだった。


乗客の中に具合の悪くなった人が出たらしく、冒頭のような内容のアナウンスが日本語・英語・イタリア語で行われた。


実際に医師は見つかったのかどうなのかはわからないけど、結局、患者の強い希望もあり、機長判断で最寄りのワルシャワに緊急着陸することになった。


この時、私のグループはミラノが最終目的地で、その日はホテルに入って寝るだけだったので、スケジュールに影響を受けることはほとんどなかった。


しかし同じ便にはミラノで乗り継いで他のヨーロッパの都市へ向かう予定のグループが何組か乗っていたようで、当然、その人達の乗り継ぎが危うくなるだろうことは簡単に予測ができるって事で、各グループの添乗員さん達がざわつきだした。


こんな時って、機内でできることなんてたかが知れているけど、せめて降りてから再び飛び上がるまでの所要時間、つまり乗り継ぎ便に間に合う望みがあるのか無いのかぐらいは知っておきたいだろう。

 

 

気持ちはわかるぜ、痛いほどに。

 

 




ところで飛行機の緊急着陸って、実は結構面倒なのだ。


まずは機内の燃料タンクに残っているジェット燃料をすべて破棄しなければならない(ちなみに燃料の破棄は、主翼の先端にあるバルブから空中に放出して行われる)。


もったいないけど、そうしなければ着陸時の重量過多で着陸装置(脚とか)が壊れないとも限らない。


そして、着陸後は、残りの距離から割り出された必要な量の燃料を再度給油しなければならない。

 

 

だから、ちょっと降りて、病人降ろして、パッと飛び立つ・・・ってワケにもいかないのだ。

 

 




そんなこんなで、飛行機はポーランドの首都ワルシャワ・ショパン空港に着陸した。


当然、救急隊員的な人が機内に乗り込んできて、急病人が担架かストレッチャー的なもので運び出されるだろうと思っていたのだが、一向にそのような動きは無い。


そうこうしている内に、係員に付き添われて日本人と思しきおじさんが、トボトボと歩いて飛行機を降りていったのだった。


まあ、一概に歩けるからってだけで病状を判断することはできないんだけど、グループを率いて乗り継ぎ便に間に合うかどうかの瀬戸際にいるツアコン達に、その姿はどう映っただろう。


私なら「ミラノまで我慢できひんかったんかーーーい!」って心の叫びを上げていただろう。


いや、実際に声に出てしまったかも知れない。


なぜなら、自分で歩ける程度の体調不良なら、想定外のワルシャワよりも、本来の目的地であるミラノまで頑張った方が、日本語が話せる現地アシスタントの手配、日本語対応可能な医療機関の手配、海外旅行保険のサポートの受けやすさなど、色々な意味で間違いなくレベルの高い対応が受けられるはずだとも思ったし。


そしてそれから数十分も経った頃だろうか、なんとこのおじさん、再び歩いて機内に舞い戻ってきたのだ。


そもそもどういった症状だったのかもわからなければ、なぜ戻ってきたのかも不明。


だもんで、機内待機している間に色々と情報を集めてみた。


まったく、好きだねえ。


聞き込みの結果わかったことは、どうやらあのおじさん、一人旅の日本人(個人向けのパッケージツアー利用か?)らしく、機内でお酒を飲み過ぎて、気分が悪くなったようなのだ。


まあ、飛行機で出されるお酒は基本無料なんだけど、だからって飲み過ぎると、気圧の低い状態だとすんごく回るんすよね。


そして、地上に降りて気圧が上がった途端に、気分も良くなり、治療を断って帰ってきたようだ。


結局、再給油と出発準備を終えて、再びワルシャワを離陸できたのは1時間30分後だった。


当然、ミラノ到着も1時間30分遅れになった。

 

 

 

 

ミラノでの乗り継ぎのグループが次の便に間に合ったのかどうかはわからなかったが、もしも間に合っていなかったとしたら、彼らの、そして各グループの添乗員の苦労はいかばかりであろうと、心が痛んだよ、マジで。


そうしてよくよく考えてみると、今まで私がここで挙げてきた『困った人々』なんて、可愛いもんですわ。


だって、迷惑をかけた人数が桁違いだもんね。


しかし、つくづく思うのは、あのおじさんが自分のグループのメンバーじゃなくって良かったって事。


お酒の飲み過ぎってわかってはいても、本人が「我慢できない。」って言ってる限り、「ミラノまで頑張れ」とか言って、もし万が一のことがあったら責任問題だったろうし、ワルシャワで離団されてたらされてたで、余計な仕事が激増したろうし、戻ってきたからって素直に喜べなかったろうし・・・あ、想像しただけでなんか変な汗が出てきた。