読書感想文150 井上荒野 切羽へ | 恥辱とカタルシス

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作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

はい、150冊目!

 

こんにちは、渋谷です。

 

 

 

さて、昨日あんなこと言ったんですけどねー。結局なんだかんだ言って、ホラーの方をきりの良いところまで書きましたよ。どうしても書きたくてっさ。

 

やっぱ「面白いはず!」と思って書き始めた話なので、自分でも続きを知りたくなっちゃうのね。でも、新しい短編のアイデアも同時に浮かんできたので、やっぱり長編はしばらく寝かせておこうかと思います。短編は、以前から書きたかった「白い靴下への憧れ」をテーマにする。「白い靴下」って何なんだって話なんですが、要は「ちゃんと大切に育てられている子供を羨む、可哀そうな子供」の話といえば適切でしょうか。

 

自分はきったない穴の開いた靴下しか履いたことがないのに、真っ白でレースがあしらわれた靴下を履いている子が目の前にいる。ハンカチにもちゃんとアイロンがあてられている。憧憬といいますか、嫉妬といいますか。綯い交ぜになった感情が発酵し、やがて二人が大人になった時に事件が起きる。……みたいなね。相変わらずえぐーい話になりそうですが、それを爽やかに書きたい。で、9月半ば締め切りの新人賞に応募したいと思います。

 

100枚前後の短編です。美しい海と、山の手のお屋敷と、赤線の名残が残る盛り場。控えた表現でぎょっとする話が書けたらいいな。と、いうわけで、頑張りたいと思います。そして、読んだ本の話。

 

井上荒野さんの「切羽へ」を読みました。直木賞受賞作です。以前から気になっていた井上さん、すっごく印象に残る作品でした!

 

 

 

井上荒野さん、ちょっと前にネットでよく拝見してたんですよね。何がどうって、「あちらにいる鬼」って作品が気になっちゃって気になっちゃって。

 

これ、井上さんのお父様で作家の井上光晴さんと、瀬戸内寂聴さんの不倫関係を赤裸々に描いた作品なんですね。長年の愛人関係だったというお二人。……その二人の話を、不倫相手の娘が小説にしようって言うんですよ。なんだその生々しいの。興味深い……まあ、読んじゃいないんですけど。

 

ちなみにね、井上荒野さんと江國香織さんって同じ文学賞出身なんですって。しかも同時受賞。江國香織さんのお父さんも高名な文筆家。そしてその時の選考委員が瀬戸内寂聴さん……。……なんかね、うがった見方なんですけど。まあ忖度ってやつなんですかね。古い時代の話ですしね。でもなんか……なんかやな。ま、大人の事情ってことで。

 

しかし、しかーしこの「切羽へ」はそんなもやもやも吹っ飛ばす面白いお話でした。ちなみに「切羽」は「きりは」と読むそうです。面白い……というとよっしゃあ爽快感!みたいな感じになっちゃいますが、違うの。じんわりとした日常の積み重ねの向こうに、隠している感情が見え隠れする物語。まさに今読むべき作品を読んだ、そんな気がしています。

 

 

 

主人公はセイちゃんという小学校の養護教諭。30代初めぐらいです。舞台は長崎の離島。美しい方言で綴られる島民との日常。セイちゃんには画家の夫がいて、ふたりは小さな居を構え静かに愛情深く暮らしています。

 

小さな島ですので、同僚は校長、教頭、月江ちゃんという若い女性教師だけ。セイちゃんは月江ちゃんを友人とし、島のみんなに愛され、何ひとつ不満のない日々を送っていました。しかしそこにやって来たのが若い新任教師の石和くん。つっけんどんで何を考えているのか分からない石和くんに、セイちゃんはなぜか惹かれ、心は千々に乱れていくのです……。

 

……なーんていうと安っぽい不倫ものみたいになっちゃうんですが。

 

これがすごく良かったのですが、セイちゃんは自分が石和くんに恋愛感情を抱いてるって、ちっとも認めないんですね。なんか気になる。なるけど、それより目の前の夫と共にあろうとする。なのになんか夫をみてたら悲しくなってきてしまう。夫もセイちゃんの変化には気付きながら、あえて愛情を確かめるようなことをしようとしません。それは、確かめることによって妻との距離を確認してしまうことを恐れてのことなのでしょうか。

 

お友達の月江ちゃんには、本土から泊りがけでやって来る妻帯者の彼氏がいます。あだ名は「本土さん」。その本土さんとの間で月江ちゃんは生々しい痴態を繰り広げます。人前でいちゃいちゃしたり。嫁が突撃して来てつかみ合いの喧嘩になったり。この月江ちゃんのやりたい放題が、不動のセイちゃんとの対比になっていて、セイちゃんの切なさを際立たせていました。セイちゃんはとにかく動かない。石和が気になって気になってしょーがないのにちっとも動かない。

 

やがて本土さんともめ倒した月夜ちゃんは、ヤケになったのか石和くんとやってしまいます。しかもそれをわざわざ家にまで来てセイちゃんと旦那さんに聞かせるんだぜ。意地悪いよなー。旦那さんはどんな気持ちで聞いていたんでしょう。セイちゃんはもちろん心中穏やかではありません。それでやっと実力行使に出るのかと思えば、それでもセイちゃんは動かない。

 

結局、石和くんは逃げるようにして島を出ていくことになります。本土さんと殴り合いの喧嘩をしちゃったんですね。石和くんも別に月江ちゃんのことが好きだってわけでもないんでしょうが、とにかくよく分からん男なんだよこいつが。ちょっと精神的にいびつなところがある彼は、ひっそりと現れセイちゃんに別れを告げ、霧のように島から消えてしまうのです。

 

 

 

まあとにかく。

 

美しいお話でした。情景も。言葉も。はっきり書かれていないのに、ありありと読み取れる登場人物の心情も。もう簡単に言っちゃえば、セイちゃんはただ単に島に来た珍しい若い男、石和くんとえっちしたかっただけなんだと思うんですよね。これだけ静謐な物語なのに、セックスシーンから始まってますしね。あちこちにそういうエッセンスが散りばめられているんです。

 

でもそんな感情をおくびにも出さないセイちゃん。石和なき後、ちゃっかり旦那さんとの間に子供を身ごもります。子供を得て、石和への思いにやっと区切りをつけることができたのです。それはもう、「あの男とやってみたい」と思う必要がなくなったということなんじゃないかと私は思います。この美しい作品の陰にあるのは生々しい女の性欲。それをこんだけ隠して清々しく爽やかに書き上げれるって、ほんとにすごい技術だと思います。

 

読む人によっては、違う解釈になるかも知れないけど。私は、セイちゃんは子供産んだのちにもっかいこういう気分になるような気がするぞ。「よその男とやってみたい」って考えるタイプの女性はいますし、そういう思考ってもう本能だからね。あの物静かで誠実な旦那さんをもう悲しませてはいけませんよセイちゃん!やるならこっそり!バレないようにうまいことやりなさいよ!

 

……と、いうわけで「切羽へ」でした。井上荒野さん、好きになっちゃった。いろいろ読んでみたいと思います。

 

ではでは、またっ!